ぬぬ

 手強いですね、新型コロナウィルス、どうにもこうにも・・。

 そして俳優の岡江久美子さんが亡くなられたことがこたえていませんか?

 べつに個人的に存じあげているのではないのですが、一方的にテレビを通して知っているのも、知っている方のうちになるのですね。他の方は数字でしか思わないのに、テレビに出ている人のことは近しい人に感じ、ショックを受けてしまい、怖くもなります。けど、そちらに我が身を投じると不安になりますから、他のことに興味を向けるようにしましょう。
 土曜日は目覚めても布団の中に入っていました。8:00からNHKラジオで「石丸謙二郎の山カフェ」というのを毎週やっています。枕元にラジオを置いているので、寝坊できる土曜日は聴いている好きな番組です。この日100回と言っていましたから、随分前から放送されています。

 山を映像がないラジオで ?  と不思議でしょう。それが、なかなか面白いのです。この日は山頂で聴きたい曲というのをやっていたんですが、登山口から歩く景色の変化を語り、背景にわずかな枯れ葉を踏む音が聞こえます。若い頃山登りが趣味でしたから、この日も知っている山でした。目をつむって聴いていると、もう、ほんとに登っている気分です。今やそんな体力がないのに、想像の世界ではちゃんと一歩一歩踏みしめて登頂します。景色が見えてきます。やっぱり感性と共に体験してきた記憶は、長持ちするんですね。

 番組が終わって、心地よくまたひと眠りしてしまったら、なんと10時半! あ〜しあわせ!

 外はこの日も爽やかな日差し。でも、ついついパソコンを開けてしまい、メールのやりとり。テレビをつけるとスタジオにいない人同士が、リアルタイムでしゃべっているですからすごいです。学校などもオンライン授業だというのですから、まあ、こんな非常事態にも対応出来る進化をとげているともいえますね。


 さて、夕飯はスパゲッティにすることにしました。トマト缶が数ヶ月前に賞味期限がきれてますから、それを使って大量につくりました。で、たらふく食べるために麺も多めに茹でたら、やっぱり多すぎたので「明日の昼の足しにしよう」と残しておきました。
 夜一眠りすると、ふと気がつくことがよくあります。この日、ふと気がついたのは母が90歳くらいのときのこと(96歳で元気にあちらに逝きました)。土・日曜の昼はたいていうどんかそばかチャーハンか焼きそばをつくって出していました。きつねうどんが私は好きでしたから、つくって出すと「こんなにたくさんは食べられないわ」と、母がため息をつきます。

「だって、一人前がこうなっているんだから、しょうがないでしょう! 残せばいいじゃない」とにべもない私の返事。心の中は素直に感謝して食べない母に腹を立て、文句言うなら自分でやってくらいに怒っています。そして、母は心苦しそうに残しました。

 思い起こすと、嫌なヤツです。どうしてこんなことを平気でしたんだろうと情けなくなります 。 たしかにうどんなどは一玉になっているので、残すと中途半端になりますけど、なにも全部どんぶりに入れることはなかったのです。「次のご飯のときに使いましょう」と思えなかったのは、料理をしつけなかったことだけではない気がします。あの頃、私は結構忙しかったので、自分のお腹が空く・空かないはさておいて、作らなければいけない義務でやっていた気がします。
 今考えると、ほんとに申し分けなく情けない自分です。こんなふうにそのとき平気でやっていたことが何年もたってから思い起こされ、悔やまれることが結構あります。立ち止まったら、「あら、いやだ」の自分だらけで、私はいつも私らしく生きてきましたなんて恥ずかしくて言えません。いつも強気でやってきて、振り返ると情けないことばかりですというのがほんとのところです。
 そして、思ったのです。「義務にやさしさは入り込めない」
 たぶん、いつも自分らしい感性でいられたら、あまりバカなことはしないですみます。けれど、<ねばならない><させられる><義務>という自分の気持ちから発しないでやることには、その人らしさや優しさは消されてしまうのかもしれません。
 いま、いろんなことで義務に囲まれています。いまの暮らしもそうです。そのなかで自らを失わないでいられるなら虐待も起きないかもしれません。
 どうしたらいいのでしょう? 思いつきませんが、そのひとつに<愚痴が言える>というのがある気がします。愚痴は心の煤(すす)のはけ口。吐き出すと、多少自分の中が澄んできます。

 それと、私最近気がついたのですが、鼻歌をうたっていないのです。昔は鼻歌か口笛を吹いていた気がします。「今日は機嫌がいいですね」と、その歌でわかられてしまうこともありました。鼻歌がでるようなゆったり観がないのかもしれません。で、意識的に鼻歌や口笛を吹くようにしています。ちょっと、気持ちに隙間ができるような感じがします。いい音楽、いい写真、いい本、好きなことをして、心を取り戻す方法もあるでしょう。
 みなさんもカリカリしそうな自分の心に水を撒いてくださいね。(4月27日 記)

 

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