ぬぬ

 外は夏のようになり爽やかな季節ではありますが、あと一息頑張らなければなりません。

 さすがにこの頃、保育の夢を見るようになりました。遠足に行った先で天気が急変したり、迷子になったり、知らない子どもたちなのが不思議なのですけどね。あまり楽しい夢ではなく、困っている夢です。
 さて、このところ耳にした話をいくつか書いてみます。
「近くの公園に行くのですが、遊具は周囲がロープで囲われています。それで、あそべるのは砂場か木登りに限定されてしまいます。砂場に集まって、どうかと思うんですけど……?」
「木登りはだいじょうぶなんですか?」
「子どもが数人であそんでいたら“いま、警戒中だろう! 家に帰れ!”」と言われてしまった」
「公園の近くで、住宅の中から子どもたちを見張っている視線を感じます」
「3歳の子が自転車に乗れるようになったので、遊歩道を走っていました。下の子にかまっていたら、あらあらという間に先に行ってしまいました。すると“この子の親は誰だ!”とお叱りの声。歩いていた男性にぶつかってしまったのです。たしかに遊歩道を自転車で走ってはいけないのは知っています。でも、まだぎこちないので他に走れるところがなくて……」さらにこの方は、

「三人も子どもがいると目が届かなくて、どうしたらよいのか」と、ご自分を責めていました。
 どれもコロナでなくてもある話です。でも、おとながいっそうピリピリしているのを感じます。そして、幼児や小学校低学年の場合は、親がいっしょのために親に厳しい言葉がかけられます。
 なんかおとなが怖い。もっと優しく言えないものなのでしょうか? 優しく言える人は、見守ってくれているのかもしれませんけど。
 子どものやっていることが目に余るようだったら、普通の声で「やめな」とか、「いたかったよ! こんなとこで自転車に乗っちゃダメ」と子どもに言ってほしいです。三人の子持ちの方に私はこう言いました。
「目は二つ、だから三つを追いかけることはできません。だから、三人になったら手を離す以外にない。親の手が離れたぶん、子どもは自由になる。で、周囲の人の助けを借りることになるのです。これが子どもが皆さんの力を借りて育てられていく始まり。この時代に三人も生んで育ててるのだから、あなたは偉い!」と、励ましました。 

 こんな声も聞きました。
「子どもと、なにをしてあそんだらいいのでしょう」
「このあそびの相手の仕方は、正しいですか?」
「どんなおもちゃを置いたらいいのでしょう」
などとね。
 確かに、保育園や幼稚園に入り、日常的には保育者という専門家に任せているので、毎日いっしょだと、どうしたらいいのかと戸惑ったり心配だったりするんでしょうね。学校の授業がオンラインで始まったり、宿題を出されたり、それなりに勉強というのがあって、この時間も有効に使っている。しかし「乳幼児はこの時間を無駄にしているのではないか」「何かをさせなければ成長しないのではないか」と思うのでしょう。
 本来子どもは育つ能力を持っています。あそびを通してね。それも、与えられたあそびより、自ら楽しめるあそびをみつけて育っているのです。どんな不自由な環境の中でも、子どものこういう力はあると私は信じています。赤ちゃんだったら手をかざしてクルクルしていたり、ひたすらはいはいをして床のほこりを摘まんだり、歩けるようになったら歩いて尻餅の繰り返し。走り続けたり、紙を破き続けたり、トイレットペーパーをクルクル出したり、どの子も今の自分に夢中になります。幼児ならば親も一緒に遊べるものがあります。(それに関してはつれづれ585回を読んでみてください)
 有効なあそびを子どもに提供するより、ここは子どもが楽しめていたら<ほっておく>のがいいです。 
 そこで、『親の思うようにはいかないこと』『散らかること』『声をかけても反応しないこと』を覚悟しましょう。
 家の中におとなも子どももいる。なるべくお互いに快適にくらす。子どもは子どもであることを尊重し、おとなはおとなであることを尊重してもらいましょう。
 おとなだって『子どもの思うようにいかないこと』『片付けが好きなこと』『声をかけてもすぐに動かないこと』を子どもが知っていいのです。
 小学生の親からもおっぱいをほしがる、夜怖くて眠れないとの声も聞きます。みんな安心して暮らせない状況です。みんないつもより優しくなれるよう頑張りましょう!(5月11日 記)

 

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