ぬぬ

 あじさいの花や菖蒲が咲き、青虫が葉っぱを食べ大きく育ちつつあります。バッタやカマキリを子どもたちが捕まえて喜んでいます。ずっとそうですが、季節はいつものように流れているように感じます。
 いったん警戒宣言が解かれると、気持ちが少し緩んでしまいました。
 感染者が再度多くなりそうな情報を目にしても、いったん緩んだ心は閉じることは難しい。無防備に開けっぴろげにならないように注意しなければいけません。
 学校も保育園・幼稚園も様々工夫をしながら、始まっています。
 小学校も二部や三部に分けたり、学年ごとに曜日を変えたりしているようですね。りんごの木も一週間ごとにやってみては工夫し直し、翌週に繋げるということを続けてきています。やってみないとわからないのが子どもです。


 6月1日、学校が始まった日にテレビのニュースを見ていました。

 校門の前で保護者にインタビューしていました。

「学校が始まっていかがですか?」とマイクを向けると「不安です」とその父親が言いました。
「でも、学校が開いた以上、行かせないわけにはいかないですからね」と言いました。

 え! 学校が始まったから、不安でも行かせるの? 子どもの気持ち、親の気持ちを話し合って、わが家がどうするかを決めればいいでしょうが!

 他力本願というか、ちっとも自分で物事を考えていないと、腹立たしくなりました。

 さらに別の人、

「不安ですから、学校にしっかりやってほしいです」と言ったのには驚きました。

 自分の不安から手から離して、人に責任を持たせる? これまた、腹立たしい。

 まあ、報道で取りあげる発言は偏っているかもしれませんけど……親も様々ですしね。
「主体的で 対話的な 深い学び」を、今からの教育では目指しています。学校教育も幼児教育もです。わかりやすく言うと、自分で自分の気持ちに向き合い、考えを発信する。他の人とのコミュニケーションを通してさらに自分の考えに巾をもつ。そして深めて追究していき、自分なりの学びを得るということではないでしょうか。これは子どもだけでなく、おとなも勉強しなければいけません。いやぁ、子どもはこれからですから教育次第ですが、おとなはできあがってしまっているので修正はなかなかです。子どもに追いつくべく、がんばりましょう!
 
 知り合いの学校の先生に聞いたところによると、子どもを迎える前にあちこちを拭き掃除して整える。午前の子どもたちが帰ると出入り口から机の上、床も消毒液をつけて拭き掃除。自分の昼食をあわてて口に押し込み、午後の子を迎える。さらに自粛中の宿題の○付けが山積みということでした。全部、担任ひとりでやっているそうです。学校も先生もいろいろだとは思いますが、今楽をしている人はいないでしょう。
 それが先生の役目と言ってしまえばそれまでですが、今模索しながらもお互いが支え合っていくことが必要なのではないですか?

 どこも安全とは言えないけれど、心身が閉ざしてしまわないように繋がっていく。分野の違いも越えて、信頼しながら助け合っていく。「親も自宅での仕事ははかどらないでしょう? 学校にきている間にがんばってくださいね」という気持ちを先生方に持っていてほしいし、「先生も気遣いが大変ですね。でも、子どもが元気になります。ありがとうございます」という気持ちが親にあってもいいんじゃないでしょうか。

 おとなが手を繋いで子どもの育ちを守っていくことが、安心できる社会になる。これはコロナ時代だけではありません。手を繋ぐ人に地域のおとなも入れば、子どもらが住みやすい社会になる。それを目指しませんか?(子どもを正しさで囲むと言うことではありません。おとなたちが気持ちを行き交わせるということです)

 暑い! マスクがうっとうしい! 蚊がいる! 室内より外の方がというけれど、熱中症も心配。 厳しい季節です。

 しばらくこもっていたので身体がしんどい、さらに少人数からはじめてみたら大人数に戻すことを考えると、ぞっとする気持ちもあります。いままでを復活する前に、ほんとうに今までの保育がよかったのか、原点に立ち返って考えていきたいと思っている私です。

                                     (6月7日 記)

 

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