ぬぬ

 緑が美しい季節です。花も咲き乱れ、新しい息吹を感じますが、コロナが治まるどころか拡大で、気持ちがゆるみません。
 とはいえ、新学期が始まりました。新しい子の戸惑い、進級した子の不安、大きくなった誇りにテンション上がりっぱなしと、さまざまな子どもの揺れ動きを感じます。
 昔よりは泣く子が少なくなっているように感じますが、それでも2、3歳の子は泣く子が何人かいます。気持ちを泣くことで表現する、人間の原点に近いのですから、もっともな話です。泣き声がとどろく子は、声帯がいいのです。キーキー叫ぶ子もいますが、ともかく声が通るというのは声帯がいい。そして、それは遺伝性が強いらしいです。ご近所にご迷惑と言われようと、仕方ありません。将来、歌手やお坊さんなどになったら歓迎されます。かつて大きなお寺の住職さんと話したとき、本堂が大きいので、声帯が弱い人はポリープが出来てしまうとおっしゃっていました。ちなみに私は弱い方です。


 泣く子を見ても、こんなふうに余裕なのはいつのころからでしょう? 昔は、

「泣かれたらどうしよう?」

「どうやって、泣き止ませたらいいのか」

「一日中泣いているんだろうか」

と、オロオロしたことだってありました。
 子どもを園に送っていく親御さんも、「今日も泣かれたら・・・」と辛くなっている人もいるかもしれませんね。
 ともかく、だいじょうぶです。
 不安や心配、怒りを泣くことで表現していますが、それはやがて安心に変わるのです。園は恐ろしいところではないことが、毎日通っていくことでわかっていくからです。

 そりゃあ親御さんにはかないませんよ。けれど、まあまあ、だいじょうぶそうだということがわかってきます。
 泣きたい気持ちを収めるとき、子どもによってきっかけが違うように思います。
 特定の人になつくことで安心を得る子。初めて抱かれた人になりがちです。
 人ではなく場所の子もいます。部屋の中の子もいれば、庭の隅の子もいます。
 園には小動物を飼っているとこが多いと思います。りんごの木もカメとメダカがいますが、それを見ることで心が落ち着き、視野が広がる子もいます。飼っていない場合は、アリやダンゴムシがいますからだいじょうぶ。動くものに吸い寄せられるということです。
 子どもに目を奪われる子もいます。
「あのこ、なにしてんのかなぁ」
「おもしろそう」
「あのこ こわそう」
などなど観察します。だいたいは興味のあることをやっている子どもに釘付けになり、やがて自分も動き出します。
 おもちゃに救われる子もいます。家にあるのと同じだったり、興味を持てたおもちゃだけに視野を狭めて外界から壁を作ります。
 こんなふうに、いろんな窓口から園生活を受け止めていきます。

 今回、この一年のコロナによる誤算がありました。というのは、昨年度はコロナの影響で少人数のグループでの保育になっていました。それも、密を避けるために、外をグループごとに旅するような保育でした。それは、子どもたちとおとなの関係性が深く、強くなり充実した日々となりました。

 ところが、新学期でクラスや学年やおとなの担任がシャッフルしたら、しらない人だらけということになってしまったのです。4歳児になった子どもはそれなりに大きくなった誇りがありますし、動揺は少なかったようですが、3歳児クラス以下の子どもたちが不安な表情をしています。同じ園にいても、担任以外のおとなや仲間以外の子どもたちに会ってこなかったわけですから、担任がかわり子どもも新しくなると、大海原に投げ出された状態に近かっただろうと思います。配慮したつもりでしたが、持ち上がった2〜3歳児は、新しく入った子どもたちより緊張感が漂っていました。それでも、日々子どもたちはふれ合うようになり、関係が生まれていくであろうことは目に見えていますが、しばらくの間前の担任とも関われるようにしました。
 いろんなきっかけで馴染んでいきますが、最終的にはやはり担任のおとなとの信頼関係が安心できる場所になっていくのだと思います。徐々に新しい担任とも関係は作られて、移行していくのだとも思っています。


 先週気になる新聞記事がありました。保育者不足でパートの保育士を増やす。「つきましては一日4時間勤務の保育士2人が午前午後と担当して、クラスを担任することができるようになる」というものでした。保育時間は長くなり、子どもは何人かのおとなの手から手に渡されていく。子どもにとっての一番大事な環境は保育者環境だと思っています。親がいないときに安心できる保護者が保育者なのです。人を信じ、人に頼って、生きていくという安心した土壌が揺らいできそうな不安を感じます。   (4月18日 記)

 

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