ぬぬ

 めずらしく、お芝居を観てきました。
 劇団「民芸」の『パレードを待ちながら』という演目です。(作ジョン・マレル)第二次世界大戦中のカナダ・カルガリーが舞台です。
 男たちが國のために戦地に赴いていったときに、残っている女たちの話でした。日本の戦時中の話は耳にしますが、勝利した側の話、それも女性たちの話は聞いたことがありませんでした。
『・・・ところが、勝った側にも食糧不足はあり、国防婦人会もあり、夫や息子を戦地に取られた人たちがいたのです。「挙国一致」「欲しがりません、勝つまでは」など、戦争の狂気は向こう側でも罷り通っていたのです』(パンフレットの吉原豊司さんの文章の一節)
 そうだったんですね。勝っても負けても、大変な状況に置かれてしまうのが戦争なんだと知りました。その状況を体験しないで人生を過ごして来れたことは幸せです。もう、戦後76年ですものね。
 第二次世界大戦は1939年〜1945年ですから、6年間に及びます。なんと長い期間でしょう。
 どうしても今回のコロナと比較して考えてしまいます。逆にコロナのことがあって、身の危険を身近に感じるという想像がしやすくなった気がします。
 コロナは見えないし、不安と緊張が漫然と漂っている。だれが、どういう経路で感染するのかはっきりしない。同じ家族内でも陰性と陽性がいます。
 戦争は焼夷弾が落とされたり、防空壕に避難したり、まさに命にぶち当たってくる恐怖。
 どっちもいやなことですが、ふと思うと、戦争はそんな状態で6年間!
 子どもを守るために「学童疎開」なる大胆なやり方もしたわけですよね。子どもも、送り出す親も、それはそれは辛い、勇気のいることだったでしょう。
 コロナの家庭内感染が多くなっているのは致し方ないですよね。だって、外出してはいけないし、リモートの家での仕事も多くなっていて、家族はいつも密になって固まっているのですから。いっそ、ウイルスのいない過疎村か無人島に学童疎開? なんてどうでしょう。それで、子どもが守れるならそうしますか?
 保育園で、マスクを外した保育士を見た子が泣いたという話があります。学校に行ってもしゃべらない、給食が出ても黙って前を向いて食べる。その光景は刑務所? 行ったことがないから知りませんが、そんな感じかと想像です。大きな公園は密を避けるために制限。
 だから、放課後の近くの公園は小学生で賑わっています。おとなの管理のないところで開放されなくちゃやっていられない子どもたち。りんごの木の子どもたちもお昼までの保育にしているために、あそび足りないらしく「もう、いえにいるの、あきた」と言い始めたようです。保育者だって短時間保育のわりに、そのあとの消毒などがあるため、掃除の時間が長くてたいへん。
 みんなちょっと疲れ気味。今なにを優先して考え、どうしたらいいのか迷います。そして、それは人それぞれです。まして、コロナは実態が見えない、先がわからない人生初めての体験ですからね。専門家だって、情報だって、どうしていいかわからないほど様々。絶対の真実はないのです。
 だいたい日常だって、西洋医学と東洋医学の考え方の違い。健康のために体操をする人もいるけど、ヨガや太極拳もある。抗がん剤を使って治療する人もしない人もいます。子育てだって教えて育てる派もいるし、子どもの主体性を尊重する派もいる。多数派の人が絶対と思っていても、そう考えない人もいつもいます。コロナに関しては、個人的なレベルではないので、どうしても正悪に決めつけたくなってしまう。自分のやり方をしていない人を非難したくなってしまいます。
 ずっと前、クリスチャンである母に聞いたことがあります。「神様っているの?」って。母はこう言いました。「神様がいるか、いないかが問題ではないの。私はいると信じた方が生きやすいからそうしてきた」と。もしかしたら、クリスチャンの方には顰蹙ものの発言かもしれませんが、すでに天国に逝っていますからお許しください。
 今またこの言葉が私の中に広がっています。自分が生きやすい、もしくは受け入れやすい方法を選択していくことが自分を生きるということなのかもしれません。だから、違う考えの人を理解できなくても、嫌でも、それはその人のやり方。自分は自分のやり方を守る以外にない。もちろん、お互いの言い分を話して、折り合えることはできると思います。
 りんごの木の保育は、ずっと少数派でした。でも、私が自分にウソをついたやり方はできないから、そのまま続けてきました。40年前は考え方に賛同してくれる園長はほぼいませんでした。けど、スッキリとマイペースでこれました。自分らしく歩んでいけば、後悔はない。
 不安を感じ、いちいち迷いながら、親として判断しなければならない連続で気持ちがほぐれないですよね。そのせいもあってか、おとなの笑顔が少なくなってきた気がしています。どんなときにあっても、心を元気にするのは笑顔ではないでしょうか? まして、子どもが求めているのはおとなたちの笑顔です。眉間のしわをのばして、子どもたちに笑顔を! (9月12日 記)

 

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