ぬぬ

 日差しは強くても、どことなく秋の風。水遊びをしている子どもたちのプール滞在時間も、短めになっているような気がします。
 夜になるとやっぱり秋です。昔はどこの家でも鈴虫を古い火鉢に飼っていて、リーンリーンと鳴いていたものです。最近はめっきり聞かなくなりましたね。
 8月末の27,28日は青森県五所川原の子育て支援によんでいただきました。3年前にもうかがい、それからおつきあいが続いています。
 そして、今回は仕事前にすばらしい企画をしてくれました。
222 みなさんは青森県五所川原市にお住まいの桑田ミサオさんをご存じですか?
 NHKプロフェッショナルでも、ETV特集でも登場なさった、笹餅を作られている95歳のおばあちゃんです。この方とお目にかかったのです!
 津軽鉄道からの車窓はすばらしく、平らな津軽平野の広々とした畑から目をあげると岩木山がみえます。駅を降りてから車で数分。ミサオさんのご自宅と工房がありました。
 工房の入り口を入ると、笹の葉を重ねて水で洗っておられました。すでにオーラを感じます。
「こんにちは。笹を洗っているんですか?」と、近づいて声をかけました。
「今年の冬は雪が多くてね。でも、このところはちっとも雨が降らないから、笹が堅いんです」と言って、手で優しくこすっていました。もう一束は水の中に浸けられていました。
 TVで拝見したときに履いていた赤い長靴が置いてありました。小さな身体には似合わない大きな自転車が置いてあります。荷台が大きく、電動ではありません。家の前はなだらかな登坂です。いまでも使っているそうです。
 私がテレビを見て何よりも印象的だったのは、山の中でキノコを見つけたときのミサオさんのキノコに向けられた愛おしそうな、とんでもなく素敵な笑顔でした。
 お話ししていると、ときどきその笑顔が浮かびます。声もしっかり通るし、話しもリズミカルにトントン弾み、気がついたら二時間もおしゃべりしてしまいました。
 子どもの頃は身体が弱くて、学校に行かない日も多く、お母さんに料理や繕い物を習っていたそうです。長いこと保育園の用務員として働いてきて、その間に調理師免許をとったそうです。定年退職して、いろんな会に呼ばれたりしていたときに、介護施設に慰問に行くことになった。けど、なにももって行くものがなかったから、子どもの頃に食べた「粟餅」を作っていったそうです。すると、まだ食べてもいないのに泣いて喜んで下さった。きっと、みなさん懐かしかったのでしょうね。その喜んでいる様子を見て、私は一生これを作っていくと決めたそうです。
 粟は手に入りにくくなったので、いまのお餅になったそうです。やがて、津軽鉄道の中でも売るようになり、必要迫られて会社にしたのが74歳のとき。今の私の歳です。もう、年寄り気分になっている私なのに、今から起業ということですから、すごいです。
 今は販売数を少なくしているので、30分並んだくらいでは手に入らないようです。二時間待ちとか。私も過去二回いただきましたが、甘さと柔らかさと、笹の香りがなんともおいしいのです。
 お話ししながら、できたての笹餅をご馳走になりました。絶品でした!
 ここに至るまでは試行錯誤しながら追究していらして、大事なのは「努力」ですとおっしゃっていました。今はこれを伝えていきたいので、教えているそうです。話し終わる頃には一降りした雨が止んで、大きな虹が架かっていました。帰り道では大きなお日様が沈む瞬間に出くわしました。
 お話の世界のような、ドラマのようなひとときでした。まだ、私って若輩者でした。
 最近、輝いている年配の方が多いですよね。
 かつては絵描きの堀文子さんにあこがれていました。佐藤初女さんの「おにぎり」のはなしもすごいです。すでに亡くなられていますが、いまでも夜空の星となってあこがれて眺めています。そして、桑田ミサオさん。この夏セミナーにいらしてくださった中村桂子さんはまだお若い86歳。
 参っちゃいますね! しっかり生きていかなくちゃね。

 

<おまけ>
 この話で終わりたかったのですが、9月2日の毎日新聞の夕刊の一面を見て、あきれてしまったので少し書かせてもらいます。小学校で登下校時に日傘をさすことを、学校によって良いか悪いかの判断が違う事についてです。へー、日傘ねと発想していなかったので、読みました。日傘がどのくらい頭部の温度をさげるかということが数字で出されています。学校側は「トラブルが起こる可能性があるので許可しない」というやりとりが書かれていました。学校によっては許可しているところもあるようです。しかし、この親と学校側のやりとりを見ながら、どうして子どもに選択させないの? と、腹が立ってきました。傘の善し悪しの情報をそのまま子どもに伝えれば、子ども自身が判断して決めます。なんで、全校(もしくは全市)で統一する必要があるんでしょう。今、「主体的な子ども」をと保育も教育界も目標に掲げているというのに、おとなのやりとりで、おまけに学校単位で決められて、子どもの意志が育つはずはない。怪我をしたらとか、買ってもらえない子がいたらとか、転ばぬ先の杖ばかり議論されています。困ったら一緒に考えればいいじゃないですか。もっと、子どもを信じて欲しいと思います。  (9月4日 記)

 

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