柴田 愛子    

パッチワーク=福島裕美子 
  


 ひろきくんがカマキリを捕まえてきました。
 オオカマキリかもしれないくらい、大きくてりっぱです。お腹に卵が入っているのかもしれません。

「あいこさん、むしかごかして」と言われたのですが、あいにく先客が入っていて、空いているケースもなかったので、他の子の持ってきたのを借りるのはどうかと聞いたところ「じぶんだけのいれものにしたいの。だれかにかりるのはいや」と言うので、お茶が入っていた紙の箱を出してあげました。
 中にカマキリを入れ、ふたをして、空気穴をプスプスと開け、半分はドアーのように開けられるようにしました。
 中でひっくり返っているカマキリを見て、「そうだ、くさをいれなきゃいけない。きのえだもいれなきゃ。つかまれるくらいのきをさがさなくちゃ。あいこさん、いっしょにさがしてくれない?」
 今日は、随分頼りにされている私。

 箱を持って、でかけました。
 まず、枯れ草を入れました。
 木の枝がみつかりません。
 やっとあった細いのを入れると、カマキリは、まるで両手で鉄棒をしているような格好になってしまいました。
「これじゃ、ほそすぎるんだ。もっとふとくて、あしも、のっかれるようなのじゃなくちゃいけない」とひろきくんが言い、太い枝を探して歩きました。
 やっと、直径4センチくらいのがありました。ところが、長さが40センチほどもあったでしょうか。箱は長い辺で20センチくらいです。箱に穴を開けて枝を通すか、のこぎりで切るか、彼は考えていました。そして「もっとおおきい、だんボールとかがほしい」と言い出したのです。
 ちょうど手頃な段ボールがとってありましたので、それをあげました。
 木の枝を斜めに入れるとちょうどいい感じです。
 底からでないように、ガムテープをびっちりはり、木を斜めに固定し、ふたをしました。

 1分もたたないうちに、のぞきます。
 彼の予想通りに、カマキリは枝の上に載っています。
 また、1分もたたないうちに「そうだ、つちをいれてあげなきゃいけない」
 また、1分もしないうちに「はっぱも、いれたほうがいい」「だんボールのなかに、さっきのちいさなはこをいれてみよう。きからおちたときに、はこのなかにおちたほうがいいかもしれない」
 まるで段ボールの箱の中に、森とカマキリの家を作ろうとしているような感じです。
 あまりにいろいろやったり、触ったりし続けているので「…カマキリも、少しはそっとしてほしいんじゃあなぁい?」と言ってしまいました。だって、弱ってきた感じなんですもの。

 お迎えの時間、ひろきくんの心配は、お母さんが自転車で来るか、車で来るかでした。
「このはこをもって、じてんしゃにはのれない。どうか、くるまできますように・・・」
 思いは通じました。
 この日は一日中、ひろきくんの頭の中はカマキリでした。いい一日だったろうと思います。

 ふと、昔、幼稚園に勤めていたときのことが思い出されました。
 かおるちゃんが園庭の出入り口で、靴を抱えていました。
 そおっと、てのひらで靴を触っています。靴の裏にわずかについた土を手で払っています。
 一人の先生が「かおるちゃん、おそとであそばないの?」と声をかけました。
「くつがよごれるから、そとにはいかない」と答えていました。
 すると先生が言いました。
「あのね、お母さんはお外で元気にいっぱいあそんでねって、新しい靴を買ってくれたのよ。だから、靴はよごれていいの」
 私はその先生を押しのけて「かおるちゃん、きれいなくつだね。新しいの! だいじなんだよね」と声をかけてしまいました。
 この日、かおるちゃんは出入り口のすのこに座って、外で遊ぶ子を眺めて過ごしました。(その先生には、私なりの考えを話しました。たとえこの日遊ばなくても、新しい靴がうれしくて大事にしたいかおるちゃんの気持ちを尊重してあげたい…)
 翌日は、かおるちゃんが靴をはいて園庭で遊ぶ姿が見られました。

 どうして、このことが思い浮かんだのかしら。
 この日、ひろきくんは、たぶん誰とも遊ばなかったと思います。
 ひろきくんもかおるちゃんも、自分の思いで、自分ひとりで、一日を過ごした姿が似ていたのかもしれません。
 自分の思いでたっぷり過ごせる『子どものじかん』も大事にしてあげたいと思います。(11月28日 記) 

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