柴田愛子

 始まりました、新学期。
 初日、2歳児のあっくんは、お父さんに連れられてやって来ました。
 うれしそうに入ってきました。
 あそんでいる子を見て、あそび始めようとしましたが、私がお父さんと話しているイヤな感じを察したようです。だんだん、お父さんに近づき、手を握りました。そして、私の顔を見て泣き出したのです。私に捕まりそうな気配を感じたようです。
 さっと、抱きました。
 大泣きです。
 お父さんは戸惑った顔になりました。
 でも、この場面は短い方がいいです。
「だいじょうぶですから、行ってください!」と促すと、後ろ髪を引かれるように帰っていきました。
 まだ十分なおしゃべりができないあっくんは、お父さんの去った方向を指さし「あっち! あっち!」と言いながら身体を傾けて、私の腕から落ちそうです。
 りんごの木の中を一周しましたが、泣き止むめどが立ちません。仕方ないので「あっち」に行くことにしました。

 泣いている子に、私はあまり話しかけません。「あとで、お父さん来るから」とか「お母さんが好きなのね」「お弁当食べたら、来るからね」くらいです。だって、初めてあった得体の知れないおばさんになんと言われたって、安心できる訳がありません。
 それに、必死で泣いているときは、聞く耳持たずです。いっしょにいるうちに、人畜無害な人間であることを感じてもらうより仕方ありませんから。

 あっくんと近所を一周してくるうちに、泣きやみました。中に入っていくときも、強い抵抗はありません。一気に部屋に入ります。「あっくんのリュックには、何が入っているのかな?」と、もちかけました。自分の物を見ると、ちょっと心が和みます。
「あ、お弁当入っていた。開けてみようか」
 時間は少々早かったのですが、ここで自分のお弁当を口にできれば、もう少し、心が和むと思ったのです。
 ふたを開けると、小さなかわいいおにぎりと、卵焼きが入っていました。
「あら、おいしそうね。食べる?」と聞くと、首を横に振ります。
 でも、手で卵焼きを一切れ持ちました。すると、なんと、私の口に! くれたのです!
 ジーンときました。
 これって、「あなたを信用します」っていう意味じゃないですか?! 
 ありがたく口に入れました「おいしい!」って。
 すると、「おばちゃん」って言って、自分から膝に乗ってきたのです。
 それからは、お弁当を食べ、あそび始めて、お父さんが迎えに来ても気がつかずに、帰りたがらなかったほどです。

 3歳のたいちゃんは「じゃあね」と、お母さんが帰っても平気でした。砂遊びに夢中だったので。
 ところが、30分した頃に、ふとお母さんのことが甦ってしまいました。「ママー」泣き始めました。
 他の子の砂あそびを見せても、水あそびも、気持をそらすことができません。
「ママをさがす、ママをさがす」と言います。
 仕方なく、ママ探しの散歩に出ることにしました。
 この子はちょっと重かったので、「手を繋いでいこうね」と早々におろして、泣きながら手を繋いで歩きました。
 散歩しているうちに、水が流れているところで止まって、ひとあそび、どろんこの空き地をみつけて、ひとあそび。
 帰った頃には、すっかりお腹が空いて、ぱくぱく食べて、大きなウンチまでしました。
 途中何度か「ママは?」と聞きましたが「後で来るからね」という返事をすれば、だいじょうぶでした。

 4歳のたくちゃんは、来た早々に、木ぎれを金槌で打っている子に魅せられ、自分もやると言い、木を二つ選んで持ってきました。
そこで、フッと気づきました。
「ママがいない!」
 お母さんは、たくちゃんが気づかないように、そっと帰ってしまったのです。
「ママがいない」と言うので、
「あらそう?」と、私も少しキョロキョロして、
「帰ったんじゃないの。あとで、迎えに来るよ。それで、たくちゃん、これどうしたいの?」と、間をあけず、木ぎれに話題を持っていきました。
「ふねにしたいの」
 うまくいきました。その後は、トンカチ、トントンにはまっていきました。

 お母さんに「帰るからね」と言われた方が納得する子もいるし、わからないうちに置いて行かれた方がいい子もいるような気がします。親のタイプ、子のタイプ、それぞれで、いろんな別れ方があるのではないでしょうか。

 新学期の子どもとのやりとりが大好きです。知らない者同士が、お互いに探りながら近づこうとする感じに、快い緊張を感じます。
 そして、何より、子どもが全身全霊を使って、乗り越えていこうとする姿に感動するのです。
 毎年体験するのですが、毎年感動してしまいます。
 一生懸命な子どもを心から抱きしめたくなるのです。(4月16日 記)


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