柴田 愛子                

 11時頃、4、5歳児の教室に向かうと、10人くらいの子どもと保育者が出かけるところでした。
 そのひとりのゆうきくんは、着ぐるみの頭をかぶり、サンドイッチマンのように前と後ろにヒラヒラと紙をくっつけています。
 そこにはこう書いてありました。

「あかいぼーるをさがしています。さっかーにつかいます。みつけたひとは、りんごのきにとどけてください」

 かずくんは手にかごを提げています。
 その中には、同じように書いたビラがたくさん入ってます。
 その他の子も、同じものを手に持っています。
 面白そうなので、少し距離をあけてついていきました。

 駅の方に向かいます。まさに都会の光景です。
 駅前の広場に行くと、親子連れを見つけて近づいていっては、チラシを見せて話しかけています。
 やがて、駅から出てきた人が通る、マッサージのチラシを配っているお兄さんの隣に一列に並びました。
 共同募金と間違えそうです。
 人が来ると近づいていき、「すみません。あかいボールをしりませんか?」と声をかけます。
 まあ、感心してしまいました。見ず知らずの人に声をかけるなんて、よほどの勇気がいります。
 でも、子どもはたいしたもので、邪険にされそうな人には声をかけません。
 ちゃんと好意的に受け止めてくれる人がわかるようで、100%イヤな思いはしなかったと思います。みなさん、温かく応じてくれていました。

「りんごのきってどこにあるの?」と聞かれると「あそこのかいだんをあがって・・・」と指をさしながら的確に教えるのです。
 チラシを手に取った人にはあげますが、困っているような人にはあげません。
 4歳児のかいくんやなおきくんが、通りがかりの人を見つけては、自分から前に出ていって声をかけていく姿には感動さえしました。その顔は、いつもとは違う張った顔です。話し終わったときのなんともホッとした顔も印象的。
 そうそう、えらく反応のいい人には子どもたちが群がります。

 こうなったいきさつは、サッカーに使っていた赤いボールがなくなってしまったのです。
 大事なボールで、みんなで近くの道や公園内を捜したけれどみつからないまま、2日もたったそうです。
 保育者と一緒に相談した結果「小学校、コンビニなどに貼る」「新聞にいれてもらう」など意見がだされ、できることからやって来たそうです。
 アイディアのなかのひとつ、「人が多くいるところでビラを撒く」ということが今日、実行されたわけです。こんな駅近くまでボールは転がっては来ないだろうと私は思ったのですが、見たという情報があるかもしれないということでした。

 りんごの木に帰ってきてから、やってきたことを4,5歳児のみんなに報告していました。
 話の最後に、私が「ボールをどうしてもみつけたい?」「もう、あきらめたらいい?」「あたらしいのかえばいいじゃん」と三つのうち、どの気持ちかを全員に聞いてみました。
 圧倒的に「みつけたい!」でした。
 子どもに「物を大事にする」ように教えたいと思うおとなは多いですが、それを教えるには、こんなにおもしろくて、手間のかかることが必要なのかも知れませんね。
 ちなみに、保育者は「物を大事に」というねらいを持ってしたのではないと思います。子どもが考えたことを実現する手伝いをしたのだと思います。(3月14日 記) 

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