柴田 愛子                

 4月に4、5歳児の「大きい組」で、ふたつの大げんかがありました。
 少し前に戻りますが、なんともご紹介したいので、そのひとつを書きます。

 跳び箱の上に乗って、天井から下がっている紙の帯を触る、というあそびを数人がやっていました。やりたい人が一列に並んでいます。
 見ていてやりたくなったさくちゃんは、しーちゃんの後ろに列びました。
 でも、でも、気持ちはどんどん、やりたくて、早くやりたくて、しーちゃんを押しのけて、先にやってしまったのです。
 怒ったしーちゃんとさくちゃんのつかみ合いが始まりました。
 真っ赤な顔をして組んずほぐれつ、長いです。
 とうとう、しーちゃんは大泣き。悔し泣きと言ったほうがいいかもしれません。
 保育者に抱えられて、気持ちを落ち着かせました。
 少し時間がたち、平常心に戻った頃、みんなで丸くなり、ふたりのけんかを話しました。
「はじめはならんでたんだけど、どんどん、はやくやりたくなって、ずるをした」と、さくちゃんがそのときの気持ちを言いました。
「わたしだって、ずっとまってならんでいたのに、ゆるせない!」と、しーちゃんが言いました。
 恐い顔で「まだ、おこっている。まだ、ゆるせない」とも。
 さくちゃんはすっかり反省し、眉毛は八の時になり、涙も出てきました。
 その涙はこちらまでもらい泣きしそうに切ないです。
 私が口を挟みました。
「さくちゃん、さくちゃんの今の気持ちは、ごめんなさいっていう気持ちだと思うの。だから、しーちゃんにごめんなさいってあやまってみない?」
 すると「うん」とうなずきました。
 私はさくちゃんの手を取って、しーちゃんの前に行きました。
 さくちゃんは「ごめんね」と、泣きながら言いました。
 ところがです、しーちゃんは「ゆるせない」と言いました。
「謝られても、気持ちが元に戻らないの?」と聞くと「うん」と言います。
 さくちゃんはもっと泣いて、自分の席に戻りました。
 状況を整理し、子どもたちに聞きました。
「こういうときは、どうしたらいいの?」
 すると、
「そのままにしておくと、あさにはなおってるよ」
「もうすこしたってから、また、ごめんねっていってみたらいい」
と言います。さくちゃんはうなずき、この場はそのままになりました。

 お弁当を食べて、あそんでいたときです。さくちゃんがホッとした笑顔で言いに来ました。
「ごめんねっていったら、いいよっていった!」
 しーちゃんの気持ちも収まったようです。
 さくちゃんの気持ち、しーちゃんの気持ち、正直な子どもの気持ちが胸に沁みました。 
 それにしても、5歳にして'時間を待つ'なんて、すごい知恵を知っていることに驚きました。
(5月10日 記) 

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