柴田 愛子                

 ほんとに暑い夏です。二学期が始まっても、いっこうに秋らしい風が吹いてきません。
「異常な暑さに中高年は参ってしまうが、子どもは慣れてしまう」と、報道から耳に入ってきましたが、ほんとです。子どもたちは元気にやってきます。
 エイ!ヤー!と、二階で戦いごっこをやっていた3歳の連中が、一階から泣き声が聞こえてきたとたん「だれかないてる! いってみよう!」と、どやどや降りていきました。
 ついこの前までは、他の子が泣いていても気がつかなかったのに、もう、仲間意識が芽生え、周囲が見えてきたことを感じうれしく思いました。

 さて、4、5歳児の「風船騒動」を聞いてください。
 朝、二人の子がふんわりと宙に浮いた風船の糸を持ってやってきました。どうやら、近くで宣伝に配っていたようです。
 子どもたちが騒いでいたので、とりあえず、ひとりで偵察に行ってみることにしました。
 途中で、背後に気配を感じて振り返ると、なんと、後ろにかなめちゃんがついてきていました。
「何やっているのか、見に行くの。かなめちゃんは?」と、聞くと、
「ふうせんを、もらいたいの」と言います。まあいいか、と手を繋いでいきました。
 そこは東京ガスのショールームでした。お祭りのような雰囲気で宣伝をしています。
「私、何かと思って来てみたんです。ですから、お財布も持たずに‥‥」と言いますと、
「どうぞどうぞ、ご覧になるだけでも」と中に案内されました。
 部屋の中には、風船がふんわりと、4個浮かんでいます。
「かなめちゃん、自分でお願いする?」と聞くと「うん」と言い、ひとりのお姉さんに近づいていきました。
「ふうせんください」と言いました。おねえさんは、
「いいですよ。なに色がいいの?」と聞いてくれました。
「オレンジ」
 風船をもらったときのかなめちゃんの顔は、たとえようがないくらい、うれしそうな、かわいい顔でした。
 風船をふわふわ浮かして、笑顔のかなめちゃんとりんごの木に戻りました。
 さあ、困りました。だって、みんなほしくなってしまったのです。
 子どもはどうしてこんなに風船が好きなのでしょう。全員の子が「ほしい!」と言います。
 しかし、30人もが「ふうせんください」って、もらいに行くのはひんしゅくではなかろうか‥‥。なんか、恥ずかしい気もするし。

 そこで「風船はフーフーと膨らますのもあるね(ゴム風船)。それから水を入れてあそぶ水風船もある」と、たまたまりんごの木にたくさんあったので、それを見せました。
「この風船でもいい人、いる?」と聞くと、かなりの子の反応がありました。
 でも、「やっぱり、とんでいるのがいい」という子も。
「これは(ゴム風船は)、ちょうだいって言えばすぐにもらえる。あっちの風船は、知らないお兄さんやお姉さんに、風船下さいって言う勇気がなければもらえない。それに4個しかないかもしれない。どうする?」と聞くと、大半の子が普通のゴム風船でいいことになりました。残る6人の子がもらいに行くと言います。
 人見知りで言えそうもない子も混じっています。ほしいという気持ちは大したものです。その子たちは出かけていきました。
 残った子が色を選んで膨らまします。思いの外、かなりの子が自分の息で膨らましたのには驚きました。そんな、肺活量があるんですね。

 膨らんだ風船を持って、たけちゃんがやって来ました。「ひもつけて」って。
 他にも、4歳児が4人くらいやって来ました。しつけ糸を結わいてあげました。
 ところが、それを持つと「とばない」と言います。
 え?! なんと、糸をつけると、あの風船のように宙に浮くと思っていたのです。
「ほんとだね。とばないね」としか言いようがありませんでした。
 そこへ、5歳児のこうちゃん「ガスなんだよ、ガスが入ってないから、とばないの!」。
 でも、まあ、凧揚げのように、紐付きの風船を持って走り回っているのも楽しそうでした。

 そうこうしているうちに帰ってきました。
「もらえたよー」「はこいっぱいあった」と、お気に入りの色をチャンと手にした満足げな連中が。
 飛ぶ風船は魅力的。でも、あそぶにはゴム風船が盛り上がっていました。
 風船騒動は午後の1時近くまで、空腹を感ずることもなく続いていました。

 どうして、こんなに風船が好きなのかと不思議なくらいです。
 でも、思い出しました。
 ずーっと昔、祖母が私はもう4年生になっているというのに、宣伝カーを追いかけて風船をもらってきてくれたことを。
 幼かった私もきっと、風船をもらったときに、なんともうれしそうな、いい笑顔をしたのでしょう。
 祖母はそんな私の笑顔を忘れられずに、大きくなったことも忘れてもらってきてくれたのかもしれません。
 今、初めておばあちゃんの気持ちがわかったような気がしました。(9月12日 記)

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