柴田 愛子                

 子育てひろばにお話しにうかがいました。
 今や全国に「子育て広場」や「子育て支援センター」があり、子育て中の親子を支えています。初めての子育て、不安と孤独にさいなまれている親の心をほぐしてくれています。
 子どものあそべる場所を、親の居場所を用意してくれているだけではなく、スタッフの声かけや対応が、親子を救ってくれているのです。
 そんな広場に出入りしてる方々に、子どもについてお話にうかがうのです。
 話し終わった後に、担当の方がアンケートを見せてくれました。そのひとつに私の目は釘付け。
 うろ覚えですが、こんなふうに書かれていたと思います。
「子どもの言うとおりにしなければ、こどもが傷つくと思っていました。そうじゃないことがわかって、気持ちが楽になりました」。
 すごく驚きました。だって、子どもの言うとおりなんて、あり得ないじゃないですか。
 ところが、広場の方に聞くと、そう思っている人は何人もいるというのです。
  赤ちゃんのほっぺのように、柔らかくて美しくって、ちょっとでも引っ掻いたら跡が残ってしまう、そんなイメージなのでしょうか? だから、子育て苦しいのです。

 日頃、私は「子どもの心に添う」を基本姿勢にしているとお話ししています。すると、
「心に添うって、むずかしくてなかなかできません」と言われます。
 そう、確かに、子どもの思いより自分の思いのほうが先にわかりますから、つい、子どもの思いを察する前に「なにしてるの!」「だめでしょう!」「泣いていちゃわからないでしょ!」と出てしまいます。私だって、なかなか難しいと思っています。
 ところが、この‘むずかしい’の意味が違っていたのです。
 それは、子どもの気持ちを聞いて、その通りにしてあげられないということだったのです。
 例えば、ご飯のおかずが魚だったとします。すると、子どもが「やきそばがいい」と言う。だから、子どもの気持ちに添って焼きそばを作らなければいけないけれど、なかなかできないというわけです。
 そんな! 子どもの召使いではありません。子どもの思い通りになんてしなくたっていい。
 子どもの心に添うとは「あー、焼きそばがよかったよね。でも、残念、今日はお魚でした!」ということです。
 子どもの"心に添う"とは、とりあえず、子どもの"気持ちを察する"ということで、その思いを実現してあげるということではないのです。
 とりあえず察することで、「自分の気持ちを受け止めてもらった」という安心感があるということのなのです。あまり適切な例ではなかったかも知れませんけど。

 子どもが悲しそうな表情をしてるときに、理由を知りたいのは山々だけれども、とりあえず「悲しいね」と言う。怒っているときに「怒ってるんだよね!」と気持ちを受け止めてあげるということなんです。
 自分の気持ちを受け止めてもらうと、子どもは落ち着きます。
 話せる子ならば、心が静まったときに「だってね・・・」と話し始めて、理由がわかったりします。
 心が静まっても、なにも言いたくない子もいます。そんなときは、自分で気持ちを落ち着けられたのですから、ほっておいていいのです。

 ともかく、「子どもは傷つきやすいので、真綿でくるむように育てなければいけない」と思っていたら違います。
 子育てという未知のことに、真面目に一生懸命やろうとする気持ちはすばらしいですけれど、そんなに覚悟しないでだいじょうぶです。
 だって、太古の時代から、人が人を育ててきたのです。特殊な能力はいらないのです。無傷で育てる必要はないのです。
 人は人として育つ能力を持っています。傷を治す力を持っています。
 あなたが人間であると同じように、子どもも人間。嬉しいことばかりではありません。イヤなことや、悲しいことや、思い通りにならないことなんて山ほどあって育っていくのです。
 あなたがあなたらしくあればいいのです。力量以上の母親、父親像を掲げるのはやめましょう。(11月21日 記)

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