柴田 愛子                 

 土曜日は長野県塩尻市にうかがいました。
 新宿発9:00特急「あづさ」に乗って行きました。
 すばらしい天気です。やがて、進行方向右手に真っ青な空に包まれて、白く雪をかぶった八ヶ岳連峰がくっきり見えました。もう、息をのむほど、全容が堂々と見えます。
 かつて、あの山を何回登ったことか。
 雪の中にテントを張って、お正月を過ごしたことが思い出されます。
 お米をとぐとシャーベット状になってしまう、あの冷たさが懐かしい。
 しばらく行くと、今度は左手に南アルプスが! これまた白く美しい姿を見せてくれました。
 あわてて、空いている進行方向左の席に移動。美しくなだらかなあの姿は仙丈岳でしょうか。あそこも3回ほど登りました。
 さらに進むと、右手前方に大きく広がった北アルプスが!
 どれも真っ白。美しい三角の山は常念岳。
 そこは雪山の練習をしたところです。ピッケルを横に持って急登を這うように登っていくと小屋に出て、その奧に穂高が姿を現したのが目に浮かびます。
 ヒダがゴツゴツしたのは穂高連峰です。ここもお正月にオレンジ色に輝いていた素晴らしい姿に感動したものです。
 予想もしなかった車窓です。
(あとでお聞きしますと、塩尻に着くと北アルプスがここまでは見えません。さらに松本からだと、山に近づきすぎて姿がみえません。どうやら、電車の走る高度があの辺が丁度いい眺めのようです)

 塩尻は初めて行くところです。
 でも、考えてみれば、松本の一つ手前の駅。
 あー、こんなことなら、泊まるようにしてくればよかった……。

A「そうだ、講演が終わったら、松本に行って泊まろう。そして翌日、上高地に行って穂高を見てこよう」
a「でも、歩くような靴、はいていない。上高地のカッパ橋あたりを町の靴を履いて歩いている人を見かけたときのいやな感じを、自分でやるか?」
A「まあ、許されるよ」
a「でも、バッグひとつで、着替えも洗面道具も持っていない」
A「いいじゃあないか。パンツくらいどこかで買えるさ」
a「あー、今、顔に湿疹が出ているから、薬がないのは困る」
A「自然の中に行けば、湿疹なんて治るさ」

 こんな問答を心の中で悶々としながら、塩尻に着きました。
 Aは子ども心に近い私、aはおとなの私とでも言えるでしょう。今の気持ちのままに動きたい私と、先のことや状況を考えて、ちゃんと判断しようとする私。
 そして、私はおとなでした! 帰って来ちゃったんです。つまんない私です。
 佐野ようこさんの「だってだってのおばあさん」の絵本を思い出しました。
 自分で自分を年寄りにしてしまっているのかも。もうちょっと、のびのび生きなくっちゃいけません。

 肝心の塩尻での会場は「えんぱーく」と言って、市民交流センターです。
 図書館や会議室、ホール、子どもたちが勉強したりパソコンをしたり出来る場所、子育て支援センターもあります。
 あちらこちらにあるベンチ。
 空間がたっぷりの現代的な設計の建物で、夜10時まで開いているそうです。
 すばらしい大きな施設でした。
 その屋上からも、北アルプスが美しく見えていました。
 お聞き下さった方は、反応もよく、食い入るように私を見つめてくださって、ついつい時間オーバーとなってしまいました。
 帰りの電車の外は真っ暗。心地よい疲れで熟睡しながら10時帰宅でした。
 泊りはしなかったけれど、山をたっぷり見て、思い出を辿って、なんだかいい空気を吸ったときのように潤っていました。(12月5日 記)

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