柴田 愛子                 

 「連休は雪だ、雪だ」と天気予報が大騒ぎするので、前日に食料を買いこみ、自転車をしまい、玄関には膝まである長靴を置き、外には雪かきシャベルまで用意したのです。
 降るには降りました。うっすら屋根が白くなる程度には。
 でも、ちっとも積もりませんでした。
 翌日は、雨になってしまいました。
 やっぱり、東京は暖かいのでしょうね。
 雪かきは夢で終わりました。雪だるまなんて、とんでもなかったです。(雪の多い地方の方には、失礼な楽しみでしたね)
 連休最後は快晴で暖かく、昼間は暖房もいらず、ひなたぼっこでした。

 今回はちょっと昔語り。
 歳をとると、昨日何をしたかさえ忘れてしまうけれど、昔のことは妙に思い出すと言います。
 私、それみたいです。おつきあい下さい。
 先日、静岡に仕事でうかがいました。東海道新幹線の右の窓側の席をとりました。だって、富士山ですから。
 ところが、この日霞んでいて、残念ながら見えませんでした。そうなると、妙にトンネルの多さが気になり始めました。そして……

 昔です。わが家は親戚が少ないために、私が生まれる前の戦争中、「富士市」のまったく他人の家に疎開していたようです。その後、その家の息子がわが家に居候していたりして、いつの間にか親戚のようにつき合っていました。
 私が小学校入学前の5歳くらいの時でしょうか。何の用かは知りませんでしたけれど、他のきょうだいが学校に行っている間に、母とその家を訪ねたことがあります。そのときに乗ったのが、東海道線です。
 なんと、蒸気機関車でした。トンネルを通る度に「窓を閉めて!」と母に言われた覚えがあります。
 ご存じのように、蒸気機関車は石炭を焚いて走っていますから、もくもく煙を吐いています。トンネルに入ると窓から煙が入ってきてススだらけになってしまうのです。窓は閉めても、帰宅したときは鼻の穴はススだらけだったような気がします。
 あれから60年も経っていないのに、東海道線は蒸気機関車から新幹線へと思うと、すごい勢いで世の中は変化していると感心します。もっとも、若い人は60年て、そのぐらい長い年月と思うかもしれませんね。
 トンネルが多いと思ったところから、タイムスリップして思い出すのがおもしろいでしょう? そうなると、さらに芋づる式に思い出してくるのです。

 もうひとつ、昔のこと。
 東海道線に国府津(こうづ)という駅があります。そこには親戚の旅館がありました。母が幼かった頃(大正時代)、ここから先へはトンネルがなくて、伊豆方面にはここで船に乗り換えたそうです。
 この旅館で母は小学校1年生から3年生を過ごしたそうです。母の叔母が嫁いだ先のようです。
 たぶん、私が小学校1年生の頃だったと思います。どうやら法事があって、母と行きました。(私は小さいときはいつも母にくっついて、どこへでも行きました。上の兄姉のPTAでさえ、全部くっついて行きました。黙って座っているのは、全然苦痛ではありませんでした。)
 そのときの駅からの畑道の緑、出されたお膳の料理など覚えているのですが、それはさておき、海岸で石を拾ってきたのです。
 たぶん、学校を休んできたので、翌日先生のおみやげにしなさいと母に言われたような気がします。
 翌日、先生に石を差し出しました。すると、先生は「どこに行って来たの?」と聞きました。私は地名はうろ覚えです。そして、つい「こうべ」と言ってしまったのです。似ていますものね。「こうづ」「こうべ」。
 すると、先生が笑って言ったのです。「神戸に日帰りはできないでしょう」って。
 私はうつむきました。
「こうづだった」って、言い直したような気はしますが、とっても傷つきました。そのときの気持ちはまだ、胸に入っています。
 石なんてひろってこなければよかったと思いました。
 おとなは何気ない子どものミスを笑ってしまうことがよくあります。子どもの気持ちではなく、言葉尻に反応してしまうこともよくあると思います。
 先生をうらんでいるわけではありません。だって、そのときの先生の名前も顔も覚えていないんですから。
 けれど、そんなとき、子どもには笑って返す力はまだついていないのです。「あ! まちがっちゃった!」なんて返すことは出来ないのです。
 学校で口数が少ない私だったのは、こんなきっかけもあったかも知れないと、(今や想像でしかありませんけれど)車窓の景色を見ながらぼんやり思っていました。

 そうそう、未だに苦手なのが、金と銀。東と西。ブランドとブレンド。口にする前に、いったん頭で確認したりしています。
 いまでは、例え間違っても笑ってごまかせます。おとなになるって、こういうことかも? (2月13日 記)

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