タイトル

はな

柴田愛子

 先週は、うれしいことがふたつありました。
 ひとつは6年生の子どもから手紙をもらったことです。
 話は昨年にさかのぼります。地方での親向けの講演会がありました。そのとき、会場に小学生の女の子がひとり座っていました。
 子どもが2時間も子育ての話を聞けないのではないかと尋ねましたら「愛子先生の絵本が大好きなのでだいじょうぶ」だということでした。
 なるほど、彼女は眠ることもなく、グズグズすることもなく、最後まで熱心に聞いてくれました。
 そして、帰るときにメモを私にくれました。
 そこには、私と会えてうれしかったと書いてありました。そして、「ぼくはいかない」という絵本が好きであること。その中でも「ごめんねといわなくていいんだよ」というところが好きだと書かれていました。
 この絵本はお泊まりキャンプに行くときの話です。寸前に、行くか行かないかの決定を一人ひとりに聞いていったとき、しんちゃんが「ごめんなさい。ぼくはいけない」と答えたのです。
 彼は親と離れて泊まったことがなく、心配をしていました。でも、それ以上に親や私が行かせたがっていることを感じて「ごめんなさい」と言ったのです。
 私はこう言いました。
「しんちゃん、ごめんなさいなんていわなくていいんだよ。しんちゃんの気持ちできめていいんだから」と。
 ごめんなさいと言わせてしまったことに、私こそごめんなさいという気持ちで、涙を浮かべて言ったのがこの言葉でした。
 しんちゃんは言い直しました。
「ぼくは いかない」
 絵本でこの箇所は、私のテーマでした。おとなとして、子どもに教えられた箇所です。
 おとなは子どもによかれと思っていろいろするけれど、肝心の子どもは自分の気持ちより、おとなの気持ちを引き受けようとするのです。
 小学生の子がここが好きと言った驚きと、私の気持ちをわかってくれたうれしさ。
 私はメモを大事に手帖に挟みました。今でも持ち歩いています。
 その子から、今度は手紙をもらったのです。
 そして、彼女は私の講演を聞いて「心に添う」というメッセージを実行してくれたエピソードが書かれていました。泣いている子がいたときにずっと見ていて「悲しかったね。たいへんだったね」と言ったら、泣いている理由を言ってくれたというのです。
 他にもいろんなことが書かれていました。今6年生だそうです。
 またまた、私のメッセージをおとなではなく、子どもがわかってくれた驚きとうれしさ。とっても励まされました。

 もうひとつの、うれしい出来事は卒業生の結婚式によんでいただいたことです。
 2歳から6歳までりんごの木で過ごした教え子が、26歳で素敵なパートナーとめでたく結婚。
 式の間中、幼かった頃の姿が走馬燈のように浮かんでいました。まだ若いとはいえ、彼女なりにいろんな出来事があって、今を迎えたのです。当たり前ではありますが、人生はその子自身がたどっていくものです。これからも、彼女は真面目に自分に向き合いながら、歳を重ねていくのでしょう。「自分らしい人生を」と、祈ることしかできません。
 しかし、ひとりの子どもがたどっていく人生を見せていただけて、ほんとにありがたいことだとつくづく思いました。 (6月5日 記)

       

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