おおしま

はな

柴田愛子

 急に、40年も前のことを思い出しました。
 初めて幼稚園の先生になったとき、都内の私立幼稚園に勤めて4歳児の担任になりました。確か、ゆりぐみ、32人の子どもだったと思います。
 制服があったので、女の子はみんなヒダのある紺のスカートに白いブラウスを着ていました。男の子はズボン。そして、膝の下まである白いハイソックスでした。
 砂場であそぶと、女の子のスカートが地面をするので、汚れてしまいます。子どものせいではないのです。
 どうしてこういうことになっているのか不明です。
 クラスの中に、かなまどゆりこちゃんという子がいました。おしゃべりではないけれど、しっかりした子でした。
 ゆりこちゃんは砂あそびが好きで、帰るときにはスカートの裾がじゃりじゃりしていました。
 さようならの歌をうたって、園庭に迎えに来ている親のもとに子どもを渡します。
 みんなが帰り終わって、園庭に出たときです。
 園の門を出たところで、ゆりこちゃんが怒られているのを見てしまったのです。
「どうして、砂あそびをするの! よごれるでしょ!」と、かなり恐いお母さんの声でした。ピチャッとほほを打たれました。
 私はびっくりして、心臓が止まりそうで、見ぬふりをして園舎に戻ってしまいました。
「どうして、汚れちゃいけないのだろう」と頭の中がグルグルまわりました。
 どうして、子どもが楽しかったことをお母さんは怒るのだろう、叩かれるほどの何をしただろうと、訳がわからなかったです。
 私が子どもの頃、家の庭に砂場がありました。スカートが汚れても、かぎ裂きになっても親から怒られたことはなかったです。
 ゆりこちゃんも訳がわからなかっただろうと思います。
 翌日も、ゆりこちゃんは砂あそびをしました。保育者でありながら、帰りに園の門の外をのぞく勇気はありませんでした。そして、ずーっと私は怒らないでくださいと言えませんでした。

 どうして、今頃、こんな事を思い出したかというと、水あそびをすると怒られる子どものことを考えていたからです。
 公園で水あそびを始めると「止める」「叱る」というお母さんが大半です。その理由は「濡れるから」「人に迷惑だから」。
 保育者たちも、散歩に行って子どもが水あそびを始めたら止めると言います。
 理由は「お母さんたちが洋服を濡らすのをいやがるから」。「そこは、水あそびをする場所ではないから」と言う人もいました。
 そして、そのことに怒っている私がいるのです。
 あれから40年、ゆりこちゃんのようなお母さんが増えただけなのでしょうか? 
 当時のように、どうして濡れることがそんなにいけないのか、私にはわからないのです。
 どうして子どもの喜んでいることをほほえましく思えないのかが、わからないのです。
 プールには連れて行きたがります。スイミング教室をお母さんたちは好きです。
 水に慣れて欲しいと言います。水に顔をつけられたら喜びます。
 公園の水は水ではないのでしょうか?
 水着は濡れてもおっくうがらずに干すのに、普通の服は干すのがいやなのでしょうか?

 今なら、私は言えます。子どもが喜んでいることには意味があります。水、泥、砂はちゃんとその子の発達段階の要求に応えてくれる素材なのです。子どもの育ちに必要とあきらめてください、と。
 でも、もっとシンプルに子どもが喜んで充実してあそんでいることなんだから、いいじゃないですかと言いたいです。それでは、親にとっては説得力がないのでしょうか。
 親は子どもが大事なのですよね? 子どもが子どもであること、子ども時代だから好きなことを大目に見てあげてくれませんか? 
「汚さない」「ぬらさない」は、誰のためなのでしょう?
 日頃は、子育てしてるお母さんの大変さに寄り添っていきたいと思っていますし、そうしているつもりです。
 でも、子どもが訳のわからないことに振り回されて、輝きを失うのは残念で仕方ないのです。(7月18日 記)

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