くちげんか

はな

柴田愛子

「ぼくは、ずーっと、かんがえてたんだ。かなめは、ぜんぜん、かんがえていないじゃないか」と、あおいくん。
「わたしだって、かんがえてたもん!」と、かなめちゃん。
「かんがえてなかったね」
「どうしてそんなこと、わかるのよ」
「かおみれば、わかるよ」
「わたしのことなのに、どうして、あおいにわかるのよ」
「だって、そういうかお、してた」
 口げんかが始まってしまいました。
 4、5歳児混合の30人のグループでのミーティングの最中です。22日に予定されている運動会の種目を出し合っていたのです。

 あおいくんは運動会をすごく楽しみにしているようです。とくに、リレーは絶対やりたいという気迫が伝わってきました。
 ところが、まゆちんとかなめちゃんは他の子の提案に「そんなの、つまんない」「そんなのやったことがある」と、いまひとつのらずに、ケチをつけていたのです。
「リレーなんてつまんない。でたくない」と耳にしたことが引き金になったようです。あおいくんが怒り始めたのです。
 あおいくんの隣には私が座っていました。私の隣にはまゆちん、その隣がかなめちゃんです。
 間にいる私たち二人を飛び越えて、罵声が行き交います。
 ふたりとも椅子にすわったままの口げんかです。
「としうえに、そういうこというな」とあおいくん。もう、何を言っていいのかわからなくなって、年齢を持ち出しました。
「としうえなんて、かんけいない」と、かなめちゃん。
「かんけいあるね。おおきいんだから」
「としうえも、とししたもない! おんなじひとなんだから!」
 思わずかなめちゃんに拍手したい反撃でした。
 私も興奮していて、記憶が定かではないのですが、このバトルは延々と続きました。
 途中で、「運動会の話をしたいから、けんかはタンマにしてくれない?」と頼みましたが「いや!」。
 話題を強引にもどしても、すぐに二人のバトルが始まってしまいます。
「口のけんかだから終わらないんじゃない? 身体のけんかにすれば」と、私が提案しましたが、 「いや。くちがいい」とかなめちゃん。
 確かにあおいくんの方が身体が大きく、優勢かもしれません。でも、体の方がスッキリするし、終わりがわかりやすいです。
「かなめちゃん、思いっきりやれば、負けないと思うよ」と言いましたが、「けんかはやめない。くちのけんか」と言い切ります。
 あおいくんも、ちゃんと座っているのですから、たいしたものです。
 途中からかなめちゃんは、椅子の上に足を乗せ、膝を抱えて泣いていました。泣きながらも決して負けていません。はっきり、口で返します。
 でも、ついにこう言いました。
「もう、りんごなんかやめる。あしたからこない!」
 この言葉を受けて、あおいくんが言いました。
「あー、やめろ! やめろ! かなめがみえなくて、せいせいする!」
 私はドキッとして「私は、かなめもあおいもいなかったら悲しいから、やめちゃいやだ」と口を挟みました。
 口げんかも行き着くところに行った頃、青くん(保育者)が、あおいくんをしっかり見ながらいいました。
「体のけんかは、なにも使わなかったらいいよね。でも、椅子や棒を使ったらいけないでしょ。今のあおいくんの言葉は、もう、言っちゃいけないことまで言っていると思う」
 その視線はすごく真剣で、隣に座っていた私には言葉の内容より、胸に刺さってくるようでした。
 他の子どもたちも二人の口げんかの迫力に、目を奪われていました。
 でも、もう、12時15分過ぎです。ミーティングを始めたのは11時10分ぐらいでしたから、限界です。
「今日は、もう、話すのをおしまいにしよう。お昼ご飯を食べると気持ちが変わるかもしれないから、お昼にしよう」と私が立ち上がりました。
 すると、隣のあおいくんも立ち上がりました。
 あおいくんはトボトボとかなめちゃんに近づき、後ろから肩に手を乗せました。そして、ちょっとのぞき込むようにして「かなめ。ごめんね」と言ったのです。
 かなめちゃんは、少し大きく泣きました。そして、泣きじゃくりながら言ったのです。「いいよ」「わたしのほうこそ、ごめん」って。
 私の目からは涙が溢れました。子どもたちは手を叩きました。あおくんの目にも涙が!
 みんながホッとしたんです。じーっと、恐い顔をして見つめていた4歳のしゅうちゃんが近づいてきて言いました。
「よかった。よかったね」。
 机を並べてお弁当の用意です。
 あおいくんはサッサと座り、隣に椅子を並べました。
 かなめちゃんが近づきます。あおいくんが手招きして、かなめちゃんが隣に座りました。
 泣きはらした顔をしたかなめちゃんとあおいくんは、楽しそうに笑顔でお喋りを始めました。
 もっと、もっと、仲良しになったみたいです。(10月10日 記)

 新しい絵本が出版されました。「バナナこどもえん ざりがにつり」童心社。 文 柴田愛子 絵 かつらこ。
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