くちげんか

はな

柴田愛子

 子育て中の親たちからの相談で、自分の育ちに関してのものがあります。
 多くは、親の期待に応えておけいこ、塾、受験と過ごしてきたけれど、親の愛情を実感したことがないというものです。
 その方々は親の期待に添える力を持っていたからこそなのですが、自分の意志ではなく、親に誉められたい、期待に添いたい、親を裏切りたくないと頑張ってきたのです。
 ところが、その結果、親からの評価や愛は期待したようには返ってこなかった。何のために頑張ったのか、むなしい思いが残ってしまっているようです。

 今幼い子どもたちを育てている親は、比較的経済状態のいいときに子ども時代を過ごしてきたと思います。洗濯機や冷蔵庫、掃除機はあるのが当たり前、家電の発展が家事を楽にしました。
 食糧事情もよく、服も作らないでも手近なところで売っている。さらに子どもの数が少なくなった。一家族に2,3人が平均だったでしょう。
 この時代は経済的に豊かであることがプライドになっていたと思います。ですから、リサイクルなんて思いもしない、人のお下がりを着るなんて貧乏臭いとさえ思ったでしょう。
 親は教育に目を向けて、お金を子どもにかけるようになりました。
 ちゃんとした教育を受けさせるのが親の役目。
 幼いときにはピアノ、体操、造形などのお稽古に通わせ、中学年になると塾に通わせ、中学・高校受験をさせていい学校に入り、いい大学に入り、有名企業に勤め、将来いい経済状態で暮らすことが子どもの幸せと、励んでいたように思います。
 親は、子どもによかれと思って、「子どもの仕事は勉強」とばかりに、家の手伝いもさせなかった。
 そういう方法が愛情の形(子どもを大事にするということ)と信じた時代ともいえるかもしれません。
 ところが、子ども自身はそんな人生設計はしていないのですから、親のレールにただただ従ってきただけなのです。それが親の愛だなんて、思えなくても当然でしょう。
 子どもにとっては今が全部です。今、感じる親の愛が欲しかったのです。
 こんなふうに、いつの時代も、親が子どもにかける愛情と、子どもが親に求める愛情はずれているように思います。

 かつて、私が幼い頃、1950〜60年頃はまだまだ日本は貧しく、塾に行く子や中学受験をする子は少数派でした(私の地域では)。
 家事は電化されていませんでしたし、子だくさんでした。ですから母親は、世話をするだけで精一杯だったのです。
 お総菜は売っていませんでしたから、素材を工夫しながら子どもの好きそうな栄養価の高い物を作っていました。残飯は庭に穴を掘って埋めていました。お風呂も薪と石炭が一般的でした。洗濯もお風呂の残り湯を使って、腰をかがめて洗濯板で(途中、簡単な洗濯機が登場しますが)。 まだお母さんやおばあちゃんは着物を着ている人も多かったです。着物は解体して、洗い張りをして縫い直します。布団の綿の入れ替え、子どもが破いた障子や襖張り。子どもの服もセーターも作る。
 今は想像もできないくらい手を休ませず、座る時間もなく家事に明け暮れていたのが主婦です。父親は高度経済成下、家のことはまったくしないのが一般的。
 母親の大変さを見て、子どもが手伝うのが当たり前でした。
「子どもは勉強が仕事」なんて思ってもいない時代です。
 小学校の遠足の前日、母はいつまでも縫い物をしていました。当日、新しい洋服を着せたいと思っていたのでしょう。私が寝る時間には、まだ形にもなっていませんでした。ところが、翌朝、新しいスカートとベストが出来上がっていました。
 これは、母の愛情であり親心です。
 でも、それを愛情と感じたのは大人になってからのような気がします。
 ちらほら既製服を着ている子どもたちが登場した頃でした。私も、親の手作りでなく、既製服が着たいとさえ思っていたのですから罰当たりです。
 今の親たちの世代とは、子どもに向かう愛情の視点がずいぶん違います。
 親が子どもにかける思いの形は、こんなふうに時代の背景があると思います。
 もちろん、親も人間ですから、自分の欲やプライド、夢を子どもにのせる部分もあるでしょう。でも、子どもをペットや着せ替え人形のように考えている親は少ないと思います。その根底には、やはり子どもを思う親心が流れているのです。
 親の愛情への疑問が不消化になっている方は、いままでの自分の育ちを振り返って、自分が子ども時代に求めていたことを整理してみてください。そして、それを参考に子育てしてみたらいかがでしょう。かなり、子ども心に近いやりかたができるのではないでしょうか。
 親の愛情=子どもが求めている愛にはならないのが常ですが、子どもが大きくなったときに、そう思ってもらえるやり方がきっとあると思います。

 今回は頭の中に混沌としているまま、書き始めてしまいました。考えの道筋にいくつもの複線・枝分かれがあることに思い当たり、この問題の深さを感じています。とりあえず、考え中ということで、もう少し整理されたらまた書きます。(10月16日 記)

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