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 日常、私は朝、ラジオを聞きながら身支度をしています。その日は高齢者の介護についての話題でした。ふむふむと聞いていましたら、司会者が「高齢者って、何歳からをいうのですか?」と質問しました。「65歳からです」という答えを聞いたとたん、手が止まりました。
 皆さんご存じですか? 私の歳を。1948年、昭和23年生まれです。つまり現在64歳なのです。 来年私は高齢者なのだと、すごい衝撃でした。

 両手はもう、高齢者にかかっている。あと一年で体ごと持ち上げられて高齢者。

 だいたい、自分の歳は自覚がない。客観的に見られないので、いくつになっても若いつもり。

 ショウウインドウに写った自分を見たときぐらいギョッとすることはありません。

 でも、それ以上にギョッとしました。

 

 さて、その日は電車で出かけました。シルバーシートに堂々と座っていいような気がするのですから、なりきるのが早い。

 残念ながら席は空いていなかったので、立っていました。

 やがて、私の前が空きました。ラッキー!
 座ると前に、反対側に向かって立っている人がいます。私には背中が見えているわけです。その人は背中からすると、高齢者。たぶん、後期高齢者。
 片手はつり革につかまっていました。やがて、両手になりました。それぞれの手が、つり革につかまっています。私がこういう使い方をするときは疲れているときです。自分の体を支えるために両手でつかまるのです。
 どうしようか迷います。向こう向きですから、席を譲るにはちょっと離れています。おまけに目の前には席を狙っているおばさんが。
 実は昨日、腹をたてていました。その気持ちが整理できないままに出かけてきたのです。どこか、私ってイヤなヤツかもという気分が混ざっていました。ちょっと黒い気持ちというか、そんな感じでした。電車に乗って、今から講演に行くところでした。
「ここで、ひとついい事しておくと、心の中の黒がグレーくらいにはなるかも」と思いました。気持ちのテンションも変わるかも。

 こんな事を思いながら席を譲る人っているんですね。ちょっと、自分にあきれましたが。
 行動に移しました。

 左手で前のおばさんをよけて、背中をトントンとたたきました。

 振り返った顔は、案外つやつやしていました。

「どうぞ、おかけください」と言うと「大丈夫です」と返ってきました。

「でも、立っているのはしんどくないですか?」と言うと「ありがとう。でも、大丈夫です」とおっしゃるので、私は座り続けました。その人は立ち続けました。
 終点で降りるとき、お互いに声をかけて話していましたら、なんと「私は90歳です」。

 びっくり仰天。

 背筋もまっすぐ、歩き方もしゃんしゃん、ちょっとダンディーな服装。

「すごいですね。おみ足もしっかりしていて、若々しいです。どうぞ、お元気で」と、お別れしました。
 高齢者といっても、ピンキリだわ。

 私と年の差25歳。

 高齢者という言葉に浸っていないで、あの人みたいに生きましょうと思いました。
 気分はグレーになっていました。落ち着いて考えられるトーンになっていきました。ありがたい後期高齢者さんでした。
 思いもかけないことが、よどんだ気持ちに風を吹き込んでくれるものです。(6月3日 記)

 

 

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