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 イベント続きの日々を過ごしています。
 子どもたちが夏休みになってから、私は幼稚園の先生たちに講演に行き、苗場のフジロックであそび、りんごの木の夏季セミナーを終え、石川県に保育園の先生たちにお話に伺い、そして今。
 そこにオリンピックも加わって、時間的にはゆとりがあるような、気持ち的にはせわしないような日々です。

 

 オリンピックはすべてが競い合いです。スポーツってそういうものなのですよね。

 それにしてもいろんな種類のスポーツがあるものだと感心しています。柔道やレスリングや卓球、テニス・・・など、少人数で向かい合って戦うのを見るのはどうも苦手です。はらはら、どきどきするのがいやなのです。だからいいんじゃないというかたもいるでしょうね。

 水泳や体操などが安心して見ていられます。

 金メダルをねらったような種目は、結果がわかって安心してからテレビを見ます。

 おかげで夜中に観戦という事態にはなりません。
 応援に熱が入り、こぶしをあげ、怒鳴り……というのは、どうも苦手です。自分ができもしないのに、あーやれ、こーやれって怒鳴るのは、あさましいし、やっている人に申し訳ないと思ってしまうのです。

 それにどっちかが勝てばどっちかが負けるわけですしね。これって、性格なんでしょうか。

 ですから、心から応援したことはない気がします。

 

 この三月、5歳児を中心にサッカーがはやりました。おとな対子どもでやりたいと子ども側からの申し出がありました。
 その日、子ども26人対おとな6人で試合がなされました。手加減なんかしないおとなたちですから、6対2で子どもは完敗。
 その後のミーティングのときです。子どもが子どもを応援せずに、おとなを応援していたことに選手たちがクレームを出しました。

「大人を応援する声が聞こえると、やる気がなくなる」

「子どもは子どもの仲間なのに、どうしておとなを応援するのか、許せない」

という主旨の抗議? けんかでした。応援する側にもそれなりの訳がありました。人数が少ないとか弱い方を応援したくなるとか。
 そんなやりとりを聞きながら、私はびっくりしてしまいました。だって「応援が大事」なんて思いもしなかったからです。夢中になって走り回っているときに、応援する人の声が聞こえているなんて思いませんでした。自分を応援してくれないとやる気がなくなる。応援されるとパワーが出るなんてそんなこと思っても見たことがなかったのです。
 スポーツ選手が勝ったときにインタビューで「応援してくれたみなさんのおかげです」というのを常々耳にしてきました。それは、ずーっと、社交辞令だと思っていました。が、子どもたちの話を聞いて、あれはほんとの気持ちなのだと目から鱗でした。応援はプレッシャーもあるけれど、やる気にもさせてくれるということなのでしょう。
 今回のオリンピックの選手の「みなさんの応援のおかげで……」の挨拶を、初めて素直に聞けるようになりました。
 保育ってありがたい仕事です。思い込みを、こんなふうに新しく変えてくれるのですから。 (8月12日 記)

 

 

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