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 暑い夏が続きもう秋や冬は来ないのではないかと思っていましたが、ちゃんと来ました。

 この数日、急に寒くて、日なたを求めてしまうほどです。うそみたいですね。


 日曜日、出版記念会に行ってきました。ひとなる書房から出版された 「保育園だいすき」という本のお祝いで、 著者は山田静子さん。76歳になられる方です。
 4月、新らしい保育園を開設なさったので、そこをお祝いの会場に催されました。
 この本は彼女が歩んでこられた人生の書でもあります。その変遷は簡単には書けませんが、力強くたくましく、肝っ玉園長として、歩まれてきた姿は圧巻です。

 山田さんとの出会いは、確か、私が保育雑誌の手伝いをしていたころに、意識の高い保育園ということで取材に伺ったように思います。その後、りんごの木を始めてから、小さな勉強会を始めた頃に講師としていらしていただきました。
 丹沢の塔の岳の山小屋で、偶然に出会ったときもありました。満員の山小屋に大きなリュックを背負ったおばさんが入ってきたと思ったら、山田さんだったのです。その大きなリュックの中からは数個のタッパーが登場し、手作りのご馳走が次々出てきて、周囲の人に振る舞われました。

 一人で登ってきたのに、こんなにご馳走を担いで、なんて人だろうと驚いたのを覚えています。

 もう、30年も前のことです。
 その後、1996年、新しい園を開設されました。見せていただきにうかがうと、それはそれはピカピカ。「子どもの昼間のお家」と口にされました。床も壁もテーブル、椅子、すてきな木です。

 でも、おっしゃいました。

「近所の反対運動などもあって、ここまで来るのは大変だった。血と汗と涙をだしきった」

 それが、なんと16年後の今年、76歳にして、次の園を立ち上げたのです。血と汗と涙は再生されたようです。前にも増した木の温もりと、考えられた設備の園舎でした。
 保護者が安心して働ける保育園。子どもが「保育園だいすき」と言ってくれる保育園。

 彼女の視点は決してぶれることがありません。太く、強く、突っ走り続けているのです。


 お祝いの会には90人近く方が集まっていました。

 私はお名前しか知らない保育界のすごい面々がおられました。

 研究熱心な彼女は、たくさんの仲間を持っておられます。 周囲をキョトキョトしながら、自分がちっぽけに見えてきました。
 確かに私より5〜10歳くらい上の人々は精力的に保育界を動かしてきました。いえ、保育界ばかりではありません、そのへんの人たちは元気です。
 あまり保育界とつながりを持たなかった私は、この世界に「同志」といえるような人とのなつながりを持っていません。保育園運動を社会の中で推進する意欲もありませんでした。ひとりでりんごの木という小さな世界をやってきた私が、ここによんでいただけていることに不思議な気がしました。でも、いつの間にか、小さな世界が大きな世界に接触していたのでしょう。ちょっと、うれしかったです。

 

 家に帰って新聞を開いたら『「騒音」苦情 悩む保育園』という見出しが目に入ってきました。

 子どものことにご近所とのトラブルはつきもの。まして、保育園、幼稚園など集団の子どもたちとなるとなおさら。少子化、待機児童という話題がしきりに伝えられる一方、現状は皮肉なものです。きっと、今日集まった方々も、こういう苦労をしながら太く、強く頑張っておられるのでしょう。
 先輩たちにハッパをかけられた日でした。(10月14日 記)

 

 

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