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 ずーっと昔、小学生のころ、夏休みの登校日の帰りのこと。途中の家のゴミ箱の上に子犬を見つけました。箱から降ろしてあげると、ころころとついてきます。走っても必死で、ころころとついてきます。とうとう、家まで来てしまいました。

 母に「この犬を飼いたい」と言いますと、「犬は最初の日が泣いてうるさいのよ。一晩泣かないで慣れたら飼ってもいい」と言ってくれました。うれしくて、玄関の中に入れました。

 夜は泣かないように、なるべく近くにいました。そして、泣かずに一夜を過ごしたのです。

 もちろん、文句なしで飼うことになりました。名前は「くりちゃん」とつけました。くりくりっとしてかわいかったからです。

 あまり番犬にはなりませんでしたが、庭に古い木の風呂桶で、犬小屋をつくってもらいました。
 やがて、お祭りで買ったアヒルのひよこを飼うことになりました。小さくて手のひらに乗るほどでした。寒さで死んでしまうといけないので、玄関に行李を置き、中にお湯の入ったビンを湯たんぽ代わりに置き、さらに電気スタンドで暖め、布をかぶせました。

 この一連のことは、私より兄と母がやっていたように思います。だんだん大きくなったアヒルは、家の中で食卓にも乗ってしまうようになり、外で飼うことになりました。縁の下がアヒルの家です。
 外に出たアヒルは犬(くりちゃん)に出会いました。そして、犬の後をついて歩くようになりました。犬が靴や下駄を集めると、いっしょになって集めていました。人の足音で反応するのは、犬よりアヒルの方が敏感で、鳴きます。番になるのはアヒルの方でした。
 やがて、不思議なことに、クリスマスにもう一羽アヒルが門から入ってきました。交番に連れて行くと「おたくで飼って下さい」とお巡りさんが言い、飼うことになりました。

 そのアヒルは、前からいるアヒルの後を着いて歩きます。つまり、犬のクリちゃんの後をチーコという雄のアヒル、そのあとにやってきたガーコというアヒルが歩くという絵本のような光景でした。

 中学生になった兄は、ハトを飼い始めました。当時、伝書鳩を飼うのが流行っていたようです。鳩舎はかなり立派で13羽のハトがいました。兄はレースに連れて行ったりしていましたし、鳩舎の掃除もしていました。
 その他にも、池には金魚とカメ、庭には勝手に住んでいるカエルやヤモリもいたように思います。そうそう、アヒルはくちばしで地面の中のミミズをさがして食べていました。
 こんな人間以外の生きものと一緒の暮らしは、懐かしい原風景になっています。

 

 なんで、昔を振り返ったかと言いますと、先日「子どもが世話をすると約束して動物を飼ったのにご飯をやらないので困っている。ご飯をあげないと死んじゃうよと怒っても、わかっているのかわかっていないのか?」といった相談があったのです。

「ご飯をあげないと死んじゃう」ということは幼児には実感しにくいです。食べることが生きることという実感がないからです。今は空腹感さえ実感したことがある子は少ないのではないでしょうか。

 おとなが言うから「あげないとしんじゃう」といいます。

 おとなが怒るから「えさをあげなくちゃ」と思います。

 ですから、世話をさせたいのなら「仕事」として習慣化する以外ないでしょう。

 でも、それは生き物という自覚とは別だと思います。

 話はそれますが「死」ということは4歳くらいから意識します。自分が大きくなると、お母さん、お父さんが年をとって死んでしまうと不安感にかられる子どももいます。

 大好きな人や動物が、見えなくなってしまう、自分の前から姿を消してしまう、ということはいやです。が、世話をしないと死んじゃうというのとは別です。

 子どもは飼いたいから「世話をする」と約束します。

 でも、ちゃんと、意識的に飼えるようになるのは、小学校中学年くらいからではないでしょうか?
 私の昔の話は、小学生になっていました。「自分で飼いなさい」とは言われませんでした。

 餌は残飯が主でしたが、母がやっていました。予防注射なども母が連れて行っていました。

 つまり、いいとこ取りの私です。

 でも、こんなふうに懐かしく、暖かく、その風景は今も心にあります。

 つまり、「子ども自身が、自覚して世話をすることで、責任感を持たせる」という配慮より、「まず、生きているものと共に過ごす楽しさ、おもしろさを感じる」時期があってもいいのではないでしょうか?
 「子どもの自信をつけるために」「子どもに責任感を持たせるために」「子どもに協調性を……」と、効率よく学ばせたくて急いでいるような気がします。そのまえに、ゆっくりとした時間の中で心を膨らませるというすべての源になるものに、幼児期(子ども時代)を使ってほしいと思います。

 やがて、子どもも育っていきます。教えなくても学んでいきます。そんなに先を、急がないで。

(6月2日 記) 

 

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