wrs

 

 りんごの木2、3歳児の小さい組は、普通の住宅で保育しています。一階は一間ですが、二階に上がると三部屋あります。その一室に4人が入ってお家ごっこをしていました。

 部屋の中にはウレタンの積み木があり、椅子やテーブルにして、木の箱には赤ちゃん役が入っていました。お母さん役はあいちゃんです。
 その日、りんごの木に入ってまだ二日目のあすかちゃんと私で、そこをのぞきました。ところが入り口は「はいっちゃ、だめ」の印のように、積み木でふさがれていました。
「あら、すてきなお家ですねぇ」と入ろうとすると、「ダメ!」と強い口調であいちゃん。あすかちゃんは私と繋いでいた手をぎゅっと握りました。
「あら、楽しそうだから入りたいんですけど・・」と私が言い、あすかちゃんが「おねえさんになりたい」と言いました。「ダメ! おねえさんはいるからダメ」。

 あいちゃんがおかあさんです。おとうさん、おねえさん、あかちゃんと一人ずついます。どうやら一人ずつにこだわっているようです。

「でもさ、おねえさんて二人でもいいんじゃない?」

「ダメ!」

 とりつく島がありません。

 私は内心ドキドキです。だって、あすかちゃんは入ったばかりなのです。いきなりダメダメ攻撃はまずいでしょう。
「いじわるね。あすかちゃんは来たばかりなのに、そんな言い方されたら悲しくなるよ」と言ってしまいました。

 ちょっと考えたあいちゃんは「じゃあ、おきゃくさんならいい」。

「じゃあ、わたしたち、お客さんになりましょ」と私があすかちゃんに言うと「いや!」

 え?! 折り合えない? あくまでもおねえちゃんを主張するのです。

「もう、あっちいって!」と追い出されてしまいました。

「かなしいね。いじわるだよね。いっしょにあそびたいのにね」と、あすかちゃんの気持ちに添う言葉をつぶやきながら、他の部屋に二人で行きました。

 ところがです。しばらくしたらあすかちゃん、一人でさっきの部屋に行ったのです。閉じられたドアーを「トン、トン、トン」と叩きました。すると、中からあいちゃんが顔を出しました。無言のあすかちゃんに「あのさ、じゃあ、おかあさんのきょうだいのこどものおねえちゃんになる?」と身振り手振りを交えて聞きました。つまりいとこ? 

 あすかちゃんは「おねえさん」の言葉に納得。「うん」と返事をして、部屋の中に消えていきました。
 子どもってすごいなぁ、自己主張も激しいけれど、他の人の主張を無視することをせずに、気持ちが折り合える方法を考えるんだと感心していました。


 翌日、大きな泣き声が聞こえました。あすかちゃんです。階段の下であいちゃんと向き合っています。近づいていくと、あいちゃんが「わたしがおかあさんなのに、おかあさんになるっていうの。おかあさんはひとりなの」と言います。

 あすかちゃんは、おかあさんになれないことで泣いています。
「こまったね。じゃあ、お母さんが二人いるおうちはどお?」と言うと「ダメ!」。

 3歳児だとお母さんやお姉ちゃんは人気です。平気で一軒のうちに二人も三人もお母さんがいたりします。でも、あいちゃんはすでに‘家’の概念があるのです。一軒にお母さんは一人なのです。他の子は、まだ自由になりたいものになれれば満足できるので、お母さんが二人でも三人でもかまいません。そこに、ギャップがあって、あいちゃんなりに歯がゆかったりするのでしょう。
 私は腰をすえてあいちゃんと向き合いました。

「あいちゃん。あいちゃんにお母さんはいるね。一人だよね。あすかちゃんにもお母さんがいる。どの子にもお母さんが一人いる。だから、お家の中じゃなくて、お外にいると、おかあさんはたくさんいる。あいちゃんのお母さんもおかあさん、あすかちゃんのお母さんもおかあさん、なっちゃんのお母さんもおかあさん」

 つまり、おかあさんと呼ばれる人は何人もいるってことを話していました。

 これって、昨日、あいちゃんが使った手ですよね。話をしている間に、二人ともなんだかよくなってしまったみたいです。結局、気をそらして違う遊びになっていきました。


 それにしても、今年度は「だめ!」「はいっちゃだめ!」の時期が早くやってきました。つまり、自己主張できる場になったということでもあり、仲間意識が芽生えてきたということでもあります。手強くなります。(6月10日 記) 

 

今年度のバックナンバーはこちらをクリックしてください。