lime and talk 1/ 2006.3.5.
チューニングについて

調律について:
スティールパンで言うチューニングという作業(スティールパンの調律、以下「調律という」)は、簡単にいえば鉄板を「いい音に出る形」に変形させる、という作業です。
(もちろん、金属の堅さや張りぐあいなどを調整するという、形以外の要素もたくさん含んでいます。長くなりますので、詳しくは割愛させていただきます。)
これは一般的な弦楽器などで「ネジを巻けば素人でも音程を合わす事ができる」という調律とまったく作業内容が異なります。
パンの調律では音程を合わせるだけでも、非常にたくさんの事柄について考えます。音が実際に鳴っている部分(以下、音部という)の内外におけるいくつものライン状にある無数のポイントを、どの重さのハンマーで、どの角度でどのくらいの強さで叩くのか、非常にたくさんの選択肢から選んでいかなければなりません。
また、裏から打てば表から打った逆の効果があるかと言えば、必ずしもそうなるとは限りません。

そこにオクターブ、セカンド・オクターブ、ハーモニクス、セカンド・ハーモニクス、等の倍音を調整し 「音色を作っていく」という作業が必ず入ってきます。
例えば、Cの音を一つ合わせる時に
1. 基音のC
2. オクターブ上のC
3. さらにオクターブ上のC
4. ハーモニクスのEもしくはG, (時にEbやF, Dなどを使う時もある)
等のいくつもの音程がすべて合っていればいい音色、大きい音が出るのです。

簡単にネジやつまみで音程が合わせられない、という作業の難しさと、この「音色を作りつつ、音程を合わせる」という作業との2点が一般的に考えられる弦楽器の調律と根本的に違う部分です。
(余談1参照)

おまけに:
おまけにもう一つ言うと、この作業の中では一つの音を調整する作業によって、その周囲にあるすべての音部がどう狂っていくかを計算の上で行います。
この作業はある意味、「ツボ」を刺激して体調を整える整体師や針師に近いような仕事なのではないかと考えます。

さらにもう一つ付け加えると、同じ作業をすれば、Aの音部もBの音部も同じ効果があるかと言うと、必ずしもそうは言えません。
音程がオクターブ違えば、音を出す理論が変わってきますし、使っているオクターブハーモニクスも違います。
音部の形の違いと倍音の違いによって、テナーとセコンドとギターとチェロの「音色の違い」が出てくるので、それぞれを把握していなければトータルな調律ができるとは言えません。それをすべて「テナーの調律理論」だけで調律してしまいますと、音を出すのに無理がかかり、音部をつぶす事になります。一度つぶれてしまった音を復活させるのは大変に骨が折れます。
(余談2参照)
チューニングが狂うという事:
変形された金属は元に戻ろうという力を潜在的に持っています。音を出す、つまり振動をさせると、金属の元に戻ろうとする力を引き出しますので、少しづつではありますが、チューニング(音程、音色の完成度)は狂ってきます。
また、金属ですから、暑い夏はのびますし、冬は縮みます。のび縮みも元に戻る力を助けます。日本のように夏冬の寒暖の差が激しい土地では、ほっておいても多少のチューニングの狂いはでます。
もちろんチューニングが狂わないように調律するのは調律師の仕事の一つです。
しかし、狂い方は、プレイヤーのくせや演奏スタイル、スティックの堅さ、重さ等、様々な要素で違いがあり、一つ一つの楽器に対処していくしかないのが現実です。

まず新しいスティールパンを演奏し、チューニングが狂った所で一度調律する。
また同じような狂い方をすると思いますので、もう一度調律する。
いい楽器では、一回で、悪い楽器でも3-4回すれば、音程が安定してきます。
この時点で、楽器が「あなたの演奏になれた。あなたの楽器になった」と言えるのではないでしょうか。

音痴なパンでなれてしまうと、あなたの耳がそれに慣れてしまって、正確なピッチにしたときに、逆に違和感をおぼえたりすることもあります。
また、正確なピッチにつねに調律されているパンは、その音で安定するようになっていきます。
パンにとっても演奏家にとっても、常に正しいピッチで演奏されるのが理想だと考えています。
調律の狂いの種類:
以上は、理想的な調律がされていて、その上理想的な条件での演奏がされていた事を前提としています。
現実的には調律の狂いは次の4点に集約されます。

1.最初の調律で安定化がされていないため、前述の「元に戻る力」によって
  正確なピッチ、音色からはずれていく
2.演奏者のスティック、演奏法等が使用している楽器と合わないために演奏の度に
  音部の形を変化させてしまい、本来調律された音からずれてしまっている
3.必要以上に激しく叩いたために、音部そのものを変形させてしまって、
  音がずれている
4.故意、または事故により、音部が変形され、音がずれている
 (故意の例として、調律の基本ができていない方が調律を試みて失敗した、等。
  事故の例として、楽器を落としたりぶつけたりして、狂ってしまった、等。
curepeでは:
私どもSteelPan Lab Curepeでは、お客様に安心して楽器を購入していただけるよう、また安心して演奏していただけるようにチューニング保障制度をもうけております。SteelPan Lab Curepeでお買いあげいただいたお客様には、2000円の入会金で会員になっていただき、購入から一年間は無料で調律を保障、またそれ以後も一回につき3000円で調律いたします。
また、SteelPan Lab Curepeでファインチューニングをしていただいたお客様にも、同様に3ヶ月間のチューニング保障をしております。
チューニング保障規約
保障を受ける顧客はパンラボ・キュレップの会員であること。
保障を受けるパンはパンラボ・キュレップで購入、もしくはファインチューニングされたものであること。 保障期間は購入の楽器の場合一年間、ファインチューニングだけの楽器の場合3ヶ月間とする。
保障を受けるパンは自然にチューニングの狂ったものに限る。
 (上記「調律の狂いの種類」の1〜3に該当する物)
次にあげるパンに関しては別途ご相談させていただきます。
・事故等により変形してしまっているもの
・ハンマーでチューニングを試みるなどして、故意にチューニングを変えているもの
 (上記「調律の狂いの種類」の4に該当する物)
余談1:
悔しい事に弦楽器では基音を合わせると、オクターブ、セカンドオクターブ、オクターブの5th等が、勝手に合ってくれます。これはパンの調律で使う、ストローブというタイプのチューニングマシンを使うと、目で見て確認できます。
簡単にネジやつまみで音程が合わせられない、という作業の難しさと、この「音色を作りつつ、音程を合わせる」という作業との2点が一般的に考えられる弦楽器の調律と根本的に違う部分です。
こういう事を言うとまた怒られるかも知れませんが、基本的なピアノの調律などはパンの調律にくらべれば、驚くほど簡単な物と思います。
もちろん、想像するだけでもいろいろな問題があり、(一音に対して複数弦あるピアノの調律はそれぞれをどれだけずらす事によってどういう効果を出すのか、純正律と平均律のバランスをどう取るのか、等)それぞれに解決の難しい話ですので、やはりピアノの調律師は職人級の腕をお持ちだと思います。
例えば、私がピアノをきれいに調律できるか、というと全く別問題だと思います。
ここでいう簡単とは、「倍音について考える内容がかなり違う」「ネジをしめれば音が上がる、というはっきりした理論のもとに作られた楽器である」という2点についての話しです。
例えば調律の際に数十種類のカンナやニカワを持ち出して、「箱の鳴り」自体を調整する調律師がいたとすれば、おもしろいんですけどね。
例えば管楽器などでは、倍音の調整ができる職人がいると聞いています。
音程はたしかに管の長さで決まるのですが、基音以外に鳴っている倍音を管部分の形を変形させるか、削るかして、調整し、「より鳴る」楽器に仕立て上げるというような作業だと思われます。
これはいわば、制作の最終工程をやり直す作業です。
パンに関しても同じで、メッキから上がってきたパンに倍音と基音の調整を施し、楽器が完成するのですが、完成したてのパンは音も安定しないため、通常何日かかけて、狂いを出し、また調整する作業を繰り返します。
再調律はこの作業を「演奏者による狂い」を計算しながら合わせていく作業だと考えます。

余談2:
とあるバンドに調律を依頼されていった時に、テナーからベースにいたるまで、素人のハンマー後が付いていてビックリした事があります。
とあるパン輸入業者がメンテナンスと称して仕事をしていったという話でしたが、およそ仕事とはほど遠い、「かろうじて音程を合わせた」程度の物で、楽器というよりオモチャの次元の音でした。倍音に関してはまったく手をつけられなかったのだろうと推測しました。
それでも一応、本かなにかで勉強したようでした。私も読んだ事もあるその本は、悲しい事に基本中の基本である音程の調整の仕方しか書いておらず、テナーからベースにいたるまでの6パートすべてにその理論を使って調律されていたのです。

そういうひどい楽器を調律する作業量は音を一から作っている時と同等かそれ以上でした。
一度つぶれてしまった音を復活させるのは大変に骨が折れます。
時には鉄板に全く張りがなくなってしまい、元に戻らなくなってしまった音もありました。別の方法で音程だけは出しましたが、音量の小さい力のない音になってしまいました。素材のせいですので、仕方ないのですが、無力感とこういういい加減な仕事をした「自称チューナー」に対する憤りを感じずにはいらせませんでした。
またこういう話しもあります。
とある有名なトリニダード人の調律師は、テナーに関しては非常に優れていました。倍音をたくさん鳴らすのが得意で、きらびやかなサウンドが彼の音の特徴でした。低音域のベースやチェロなども同じ様にキラキラとしたサウンドを作り、派手な音色すぎて、音が立ち上がってしまい、いやがるアレンジャーもいました。
複雑な和音を使う場合にいらない倍音がたくさん聞こえてくると、必要以上に濁った音に聞こえたり、そもそもどのコードを鳴らしているのか聞き取れなくなったりする場合があります。
とある有名なトリニダードのスティールバンドの調律師でもあった彼は国内外で活躍していましたが、ある年のバンドアレンジャーによって彼の調律の問題点が指摘され、解雇されてしまいました。
ギターにはギターのチェロにはチェロの倍音があり、音色があり、時には「倍音を殺す」事が必要な場合もあるのです。
もちろん彼のポリシーで、上から下までキラキラさせたかったのかも知れません。そうなると、センスの問題ですから他人には口を挟めませんね。
文責:村治進 / Steel Pan Lab Curepe

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