真・桃太郎伝記     著:サンダル親父
第1章「桃太郎生誕! 我は神の使いの者なり」
「私の名前は桃太郎。神より鬼退治を命じられ、人間界に降臨した神の一族の者である。
人間界とはいかなる所か、不安を感じずにはいられないのであるが、考えても仕方がない。
しかし、いくら何でもこの乗り物はいかがなものか。確かにこの乗り物は目立つ。これな
らば、確かに愚鈍な人類であろうとも我の存在に気づくと思うのだが、まさかこんなにど
でかい桃の中に私をぶち込むとは。本当にこれで、私は無事に使命を果たすことができる
のであろうか……」
 桃太郎は自分に課せられた使命を思いつつ、桃は波に揺られて、
 ドンブラコ、ドンブラコ
 と川を漂流していました。
「それにしても、何故私はこんなに幼く、頼りなさそうな赤ん坊の姿に、しかも全裸で桃
の中にぶち込まれたのだろうか。謎だ、解せぬわ」
 と桃太郎は、何故赤ん坊の姿に変えられたのか考えてみた。すると桃太郎は突然、
「だまされた……」
 と言いだした。桃太郎は、人間界に降臨する数週間前に、神の茶碗を割ったのだった。
そのときに桃太郎は、
「これは地震だ、天界に地震が起こるとは……、悪魔の仕業です。悪魔を討伐しなければ
災いが起こるでしょう。それにしても悪魔とは恐ろしき者なり」
 と平然と嘘をついたのだ。その後桃太郎は、神に呼ばれて、
「以前汝は、予の茶碗が割れたのは悪魔の所業だと申したな。そこでその悪魔を討伐する
ために汝の力を借りたいと思うてな。人間界に降りて、地震の元凶を成敗してきてはくれ
ぬかな?」
 と言われたのであった。桃太郎は焦って、
「い、いや、そんなのいるわけがございません」
 と言ってしまったのだ。神は、待ってましたと言わんばかりに桃太郎に、
「何故いないと言い切れるのかな。汝はあの時確かに悪魔の仕業と申したではないか。汝
はこの私を騙したのかな。それとも悪魔を退治するのが嫌で嘘をついたのかな。はっはっ
はっ、心配を申すな、悪魔と言っても所詮は鬼を退治するだけじゃ。最近人間界で鬼が悪
さをしでかしてな、その鬼どもを成敗するだけじゃから心配することは何もないんじゃが
のう。それともこの予の命を受けるのは嫌と申すのかな?」
 と言いがかりをつけたのであった。神は全てのことをすでにお見通しであった。その事
を悟るのが遅かったのである。桃太郎は神に何も言い返すことができず、
「拝命つかまつります」
 と言い、鬼退治のために人間界に降臨したのである。その事を思い出した桃太郎は、
「騙された……。私は騙されたのだ! おのれ神め計ったな。そうか、そうか、だから私
は赤ん坊の姿で、しかもこんなどでかい桃の中で裸で、この私を裸で、裸で……。そっち
がそのつもりなら私もただでは帰らぬ……。今に見てろよ!」
 と、大声で雄叫び、やり場のない怒りがこみ上げてきたのであった。

 桃太郎が降臨してから二、三日がたった頃、彼を乗せた桃がある村の川を漂流していた
時のことである。
「腹減った……」
 と、桃太郎は元気のない声でつぶやいた。
「腹減ったよう……」
 桃太郎は、誰かに泣きすがるような声で、寂しくつぶやいた。
「私はこのまま飢え死にしてしまうのか……。私はこのまま使命を果たせずに天寿を全う
することとなるのか……。私はこの暗い闇の中、桃の匂いに包まれながら天界にも帰れず
に裸のままで死んでしまうのか……。父ちゃん、母ちゃん、暗いよ恐いよ助けてくれよう! 
や、やだよ……このまま死ぬなんてやだよ! どうしてだよ! どうして……」
 桃太郎は涙をぼろぼろと流して、桃の中で、一人大声で喚いたのだった。それから桃太
郎は泣き疲れて眠ったのである。その数時間後に、ようやく桃を目撃した人が現れたのだ
った。その人、齢はおよそ六、七十才くらいで、腰の曲がった老婆であったが、その老婆
が今日も普段通りに川へ、洗濯に出かけた時のことだった。
「おや、川の上から流れて来るのはいったい何じゃろう」
 と、老婆は遠くからゆったりと流れてくる謎の物体に注目した。その謎の物体は、徐々
に姿を大きくさせ、老婆の視界に完全にとらえられる所にさしかかるあたりでようやく桃
だと判ったが、この桃はとてもでかく、老婆の目の前を流れる頃には、三尺ほどの大きさ
となっていた。
「ほえーっ、何じゃこの桃は。大けえなぁ! ほんまに大けえ桃じゃ。最近ろくな物食っ
とらんからのう。お家に持って帰って、爺さんと食うべえ、食うべえ」
 と、桃を拾い上げようとしたが、三尺もある桃を老婆一人で川から陸へ引き上げること
などできるわけがない。しかし、
「意地でも持って帰って食ろうてやるじゃけん」
 と、桃を川から引き上げて、転がして持って帰ったのだ。老婆が桃を転がして帰る時に、
桃太郎は目を覚ました。そして桃が転がされるという異様な事態に気づいたのであった。
「回っている……」
 桃太郎はひっそりとつぶやいた。
「しかも、なぜか揺れている。目が回るし、いったいこの先私はどうなるのだろうか……。
もういいや、考えるのも面倒くさい。為るように為ればいいさ。ここで死ぬのならば、私
は所詮その程度の存在でしかなかったのだから……」
 腹が減っているせいか、まともに思考回路が働かない。しばらくして、老婆は家に着き
翁の帰りをわくわくしながら待った。
「じいさんはこの大きな桃をみたら何と驚く事じゃろう。ほっほっほっ」
 とほくそ笑んでいる時に、山へ芝刈りに行った翁が帰ってきたのだった。
「婆さんや、今日も食べれる草は取れずにワライダケと毒キノコしか取れなかったよ……。
もう儂らどうしたらええんじゃ」
 と暗い話題が先行する。今年は十年に一度の凶作の年にあたり、畑では作物は収穫出来
ず、翁は山へ食糧を求めて出かけたのであった。
「爺さんや、心配せんでもええんじゃよ。今日はな、川からこげんでかと桃が流れてきた
んじゃけん。長生きすればええ事もあるもんじゃのう」
 と、婆さんが奥から桃を転がしてきた。すると、翁は、
「う、うんべらぼーっ!」
 と奇声を発し喜んだ。この声は桃太郎にも届き、彼に恐怖と絶望と発狂を与えたのであ
った。
「こっ、殺される……。間違いなく殺される……。いやじゃー! たすけて! たすけて
くれー! 何なんだ、あの奇声を発した生き物は……。あんなの天界にも居なかったぞ。
退治するのは鬼のはずなのに、なんでこんな化け物が……。あ、悪魔だ……。悪魔が人間
界に待ち伏せていたのだ。なんで、鬼退治に悪魔が……。知らないよ、聞いてないよ! 
ああ……。何故私だけこんな仕打ちを受けねばならないのか。やっぱりあの時嘘なんかつ
かなきゃよかった……」
 桃太郎は、己の死を悟り、己の嘘を憎んだのであった。そんなことを知らぬ老夫婦は、
久々の食料に狂喜乱舞し、老婆は裏庭から昔落ち武者狩りをした時に手に入れた刀を取り
にゆき、翁は、桃を断つべく準備運動を、
「ありがたや、ああ、ありがたやありがたや」
 と一句歌いながら行ったのであった。
 数十分後、いよいよ桃を切るべく、翁が刀を握った。そして振りかぶり、「首ちょんぱ
ーっ!」と叫んで桃に斬りかかった。桃太郎は運が良かった。翁の声に反応して、とっさ
に身を丸めたのだった。そして刀は桃太郎の一寸上を通り抜けたのであった。翁が、切り
口を覗くとそこには赤ん坊がいた。赤ん坊は涙目で翁を睨み付けた後、大声で泣き出し、
喚いたのであった。
「危ないじゃないか、このクソ爺! この俺様を何だと心得る。天界より鬼退治の命を受
け、人間界に降臨した神の一族の者であるぞ! それを、貴様は……。この愚か者が!」
 と、相手が老人であることを見計らって、文句を言ったが、
「ばぶばぶばぶう」
 としか老夫婦には聞こえず、
「おおっおおっ! 元気な赤ん坊じゃて」
 と言って笑みをもらした。その笑みに桃太郎はぶちきれて、
「このしれもの共がぁ! 俺は神の一族の者ぞ! それなのに爺の分際で俺を手に掛けよ
うとするとは……。許さん! 成敗してくれるわ!」
 と言い暴れたが、桃太郎は人間の赤ん坊の姿で降臨していたため、老夫婦から見れば、
赤ん坊が泣きながらじたばたしているようにしか見えないため、
「おうおう、元気のいい赤ん坊じゃて。これはきっと子宝に恵まれなかった儂らへの天か
らの授けモノに違いない。長生きはしてみるもんじゃのう」
 と、爺は言ったのであった。桃太郎は、さらにぶち切れて、
「爺! 勝手に私物化するな! 俺は神の一族だぞ。それを何が悲しゅうて、こんなオン
ボロな家の小僧にならねばならんのだ……。おい、聞いているのかボケ老人共!」
 と叫んだときに、どことなく聞き覚えのある声がしたのだった。
「桃太郎よ、元気にしておるかな」
 桃太郎は、この声の主に自分の怒りをぶつけたのだった。
「おい、このクソ神! 俺を騙したな! こんな赤ん坊の姿で、しかも裸でこんな桃の中
に閉じ込めるなんて……危うくド貧乏なボケ老人に斬り殺される所だったわ! 俺をこん
な目に遭わせておいて……。何が神じゃ! 片腹痛いわ!」
 すると神は、
「何じゃと……」
 と。恐ろしく震えた声を出し桃太郎を睨み付けたのだった。桃太郎は、その声と、恐ろ
しい視線でようやく我に返り、自分が吐いた言葉に後悔したのである。そして、このまま
ではより恐ろしい目に遭うことを察知した桃太郎は、この場に及んで嘘をつくことにした
のだ。
「い、今、私は悪魔に洗脳されていました。悪魔の恐ろしさを今改めて実感しました。悪
魔に洗脳されていたとはいえ、私は尊敬する神に向かって数々の暴言を……。いや、悪魔
とは恐ろしき者なり」
 と言った後、神は冷たく、
「そうか、それは汝が未熟であるからじゃ。赤ん坊からやり直せるなんて、己の腕を上げ
る絶好の機会ぞ。これを期に精進することだな。ではさらばじゃ」
 と言い放ち消え去っていったのであった。桃太郎は、その言葉に絶望して、老夫婦の件
もどうでもよく思えたのだった。かくして、桃太郎はこの家の赤ん坊として育てられるこ
ととなった。
「さて爺さんや、この子の名前は何としよう」
 と、黄昏ている桃太郎を抱いていた老婆が言った。爺は、
「そりゃ儂等の子供らしく、威厳あふれる名前にせにゃあならん。そうじゃのう……」
 と考え込む。しばらく沈黙が続いた後、老婆が、
「『汚ジャム堂』というのはどうじゃろう。なんか胡散臭いが、威厳ぐらいはありそうじ
ゃ」
 と言った。それに、爺と黄昏ていた桃太郎が文句を付けた。
「ボケ! 胡散臭いとは何じゃ。それじゃこの子があまりにもかわいそうじゃ」
 と爺が言えば、桃太郎も
「ばぶばぶばぶう!(名にぬかすんじゃこのボケ婆! 神の子に向かってそんな胡散臭い
名前を付けるとは……いい加減にせんかい!)」
 と言って、ションベンを漏らした。
「そうじゃ、『禿虎』ならどうじゃ!」
「ばぶっ! ばぶばぶ。(そんな愛嬌のない名前もいやじゃ! 怖すぎるじゃないか)」
「『伸挫柄悶』は? 『宅振吏汚』は? 『正壱』は?」
「ばぶっ! ばばばぶぶばぶう!(阿呆! いい加減にせんかい!)」
 桃太郎はセンスのない名前に対しあきれるのであった。
「そうじゃのう……。それじゃ桃から生まれたと言うことで『桃太郎』というのでどうじ
ゃ」
「ばぶっ!(それじゃーっ! 天界でもそう呼ばれてたんじゃー)」
 かくして、赤ん坊の名前も決まり、桃太郎が人間界で生活し始めたのである。

                                  第2章に続く