真・桃太郎伝記 著:サンダル親父
第2章「老夫婦との絆〜我は人の道を行くなり」
「私はかくしてあの老夫婦の下で育てられることになった。私は何故十五にもなるのに再
び赤ん坊から人生をやり直さなければならないのか考えたが、考えれば考えるほどあのク
ソ神が、脳裏をぐるぐると回ったので考えるのをやめにした。しかし、あの老夫婦の下で
鬼を打倒できるようになるのかは不安である。不安であるが、それしか手段がないので仕
方ない。何年かで力を蓄えて、とりあえず鬼を退治することにしよう」
桃太郎は、そう覚悟を決めて人間界で生活することとなった。
桃から生まれて三年後、桃太郎は一通りの言葉が話せるようになり、いよいよ天界で育
った横暴極まりない性格が現れたのだった。
「おい、クソ爺!」
「な…、なんて言葉遣いじゃ! 桃太郎や、儂のことはちゃんと爺様と呼ぶのじゃ」
「やかましい! 俺は神の一族の者ぞ! 貴様ごとき爺に言いがかりをつけられるほど落
ちぶれ…う、うぷ!?」
「儂の愛しき爺様になんちゅうことを言うのじゃ、この馬鹿坊主が!」
老婆が桃太郎にふんどしを投げつけて、顔を赤らめていった。
「仮にもお前が言うように神様の血筋をたどっている者だとしてもな、儂が桃を川から拾
い上げて、爺様が桃を切らなければお前さんは飢えて死んどったじゃろう? 命の恩人に
は、たとえ人に対してでも感謝するのが当然の礼儀というものじゃ」
「何が命の恩人じゃ! 神の一族の者に対する当然の礼儀じゃ。それにクソ婆! お前は
私を運ぶときにどうやって運んだか覚えてるか? 思いっきり転がしとったじゃないか。
あんなに回されたらさすがの私だって耐えられんわ! それにクソ爺は『うんべらぼー』
とか言って思いっきり斬りかかっていったではないか。それが命の恩人のすることか!
ただ桃が喰いたかっただけだろう。この、欲ボケ爺婆めが!」
「お前は愛しき婆さんに向かって何ちゅうことを言っておるのじゃ。それに、わしゃいつ
どこで桃を切ったのかまるで記憶にないわい。ただの言いがかりじゃ」
「おやおや…、爺様は最近物忘れがひどいですじゃ。あれはかれこれ五十年前に……」
「三年前だ! ボケ!」
「まあ、桃太郎も腹が減っているから叫んでおるのじゃろう。飯にしたらどうじゃ」
「そうじゃ! 飯じゃ!」
「まったくどいつもこいつも飯飯飯って…まぁ、腹も減ったことだし私も飯でもいただく
とするか」
婆さんは奥へ行って鍋と具と漬け物を持ってきた。そしてお粥を作り始めたのである。
「はい、出来ましたよ」
婆さんはお粥をお椀に盛りつけて翁と桃太郎に配った。
「おおう! 今日も御馳走じゃ! 婆さんも奮発したのう。」
「あら、爺様。昨日と同じ食べもんなのに」
「やかましい! わしはまだボケておらんぞ! 儂が違うと言ったら違うのじゃ!」
「何を言い出すのじゃこのボケ爺が! 作った儂が同じものと言うたら同じものに決まる
っとるじゃろう。桃太郎も何か言っておやり」
老婆と翁はそろって桃太郎の方に向いた。桃太郎は何事もなかったかのように飯を食っ
ていたのである。
「ん……。どうした、爺、婆。今日の飯もうまいぞ」
「さっき爺様が今日は御馳走とかボケたこと言い出したのじゃ」
「何を言うか。ボケているのは婆様のほうじゃ。昨日と同じとか言いよるし」
「まあ、うまければどちらでも良いだろう。早く食わんと冷えてしまうぞ」
「そうじゃそうじゃ、とりあえず食うべえ食うべえ」
桃太郎にうながされ、翁と老婆も飯を食べはじめた。最近は毎日この様なことが繰り返
されているのであった。
ある朝、行商人が桃太郎達の住む村を通りかかると聞いて、三人は早速村の中心部へと
いった。この頃この村に商人が訪れるのはごく希であり、村人にとって貴重な情報をもた
らす至高の存在となっていたのであった。
変わり者と都会で評されている行商を生業とした商人・傘樽屋豪右衛門(さんだるやご
うえもん)は旅を好む人物であった。己の見聞を広めるべくどんな小さな村にも出向いて
いた彼であったが、裏の世界では将軍家の情報係という肩書きも持っているのである。彼
は将軍より『鬼の動向について調べよ』と言う密命を受け、旅をしているのであった。そ
してこの村の裏にある大海を渡ると鬼が大量に出没をするという噂を聞きつけてやってき
たのであった。彼は行商という形で農民と接触し、情報を収集するやり方で成功を収めた
人物である。
「さあ、いらっしゃい。都の珍しいもの、便利な小道具、薬や縄文式土器など目玉商品が
いっぱいあるよ」
この日、村の中心部は商人の訪問によって祭りのようなにぎわいを見せた。しかし、肝
心な情報があまり集まらないまま時は流れていったのである。桃太郎は都の話が聞きたい
と言いだし、傘樽屋の元へ言った。
「おじさん、何か面白い話はないの」
桃太郎はわざと丁寧な言葉を使って話を聞き込もうとした。
「坊や、面白い話を聞きたいかい。なら鬼の話をして上げよう」
話はごく単純な話でただのこけおどしの話に過ぎなかったが、桃太郎は一瞬この男の心
を盗み、鬼がこの村の対岸の島にいることをつかんだのであった。
「ありがとう、おじさん」
桃太郎にしてはごく単純な礼をして、翁と老婆の買い物が終わるのを待ち、皆で家に戻
ったのであった。その晩、翁と老婆は桃太郎に鬼の話を聞いた。
「お前さんは確か鬼を退治するためにこの世界に来たのじゃろ。行商人の話では鬼はこの
村の近くにいるようなことを言っておったのじゃが……」
「確かにそう言っていた。あの商人はどうやらその話の真相を調べに来たらしい。しかし、
今の私の姿では口惜しいが従来の力の一割も引き出せぬ。せめてあともう三、四年あれば
……」
「それまでに鬼がこの村を襲ってこなければよいがのう……」
「私も人としての道を歩まねばならぬのか……。それまでは世話になるぞ、爺、婆」
こうして、桃太郎は鬼の存在を知ったが今の自分の姿では何も出来ず、己を鍛え、ただ
時が流れるのを待つしかなかったのであった。
第3章に続く