〜序章「少年」〜



 ちゅどぉぉぉぉぉぉぉぉん!

 明け方の村に爆音が轟き渡った。
 畑で仕事をしていた百姓たちが、何事かと一斉に動きを止め爆心地と思しき方へ視線を向ける。
 その方向には、煙がモクモクと立ち昇る光景が見えた。
「……あの方向さ、宿屋でねえだか?」
 百姓の一人が鍬を振り下ろしたままの体勢で呆然と言うと、「んだぁ」とか「つげぇねぇ」などと同意の言葉が他の百姓たちの口からも漏れる。
「行ってみんべよ」
 誰からともなく、そんな提案が成された。
 何が起きたのか確かめたい。という野次馬根性を刺激された百姓たちは、その言葉を合図に次から次へ鍬をその場に残しつつ宿屋の方へと走り出すのだった。


 一方、その宿屋はというと…………無惨にも二階部分が吹っ飛んでおり、火が燻っているのだろうか、ちらほらと煙が立ち昇っていた。
 この煙を百姓たちは見たのだろう。
 幸いこの宿屋は村の外れに建っていたため、他の家に被害は及んでいないようだ。
 そして、半壊した宿屋の前に佇む人影ふたつ。
 一人は中年の恰幅のいい男だ。着ているものこそ百姓たちとさほど変らないが、片手に宿帳をもっているので、おそらく半壊した宿の主人なのだろう。
 宿の主人は、目の前にいる人物に、怒りでわなわな震えながら睨み付けていた。
 目の前にいる人物……つまり、もう一つの人影は、十四歳くらいの少年だった。肩まで伸びる墨汁のような真っ黒な髪の毛。拗ねたようにツリ上がった目。着ているものは村の同じ年頃の子供と同じものだ。
 そんなとこから「目つきの悪いガキ」というのが宿の主人の第一印象だった。ただ、一つだけ村の子供たちと違うところがある。それは、左手に鞘に収まった刀を持っていることだ。
 宿の主人の態度からして、この少年が宿の二階をふっ飛ばした張本人のようだ。
 宿の主人は、その常識外れの破壊力を目の当たりにしながら、少年に恐れを抱くより二階を吹っ飛ばされたことの怒りが上回ったらしく、少年に食って掛かる。
「おめえ、こっただ事すて、ただですむと思うなぇ!」
 宿帳が、くしゃりと潰れるほど拳を強く握り締めながら、なまりのある口調で怒鳴りつける。
「んなこと言ったってよ、あんたがワリーんだぜ。しつこく『宿代払え』なんて言うからよ」
 鞘を握っている左手を腰に当て、右手で髪を掻き上げながら、さも「自分の行動は正当である」と言わんばかりにさらっと言う少年。
「宿屋が宿代請求すんのは、あたりめえだべ」
 宿の主人はツバを飛ばしながら言い返す。そりゃ正論だ。
「だからよぉ、さっきから言ってんだろ。俺が天下取ったら百倍にして返してやるからツケといてくれって。すぐ天下なんか取ってやっからおとなしく待ってりゃいいのに」
 ふざけた事を言っているように聞こえるが……いや、まあ実際ふざけた事を言っているのだが、本人はまったくもって本気である。
「俺もさぁ……火炎弾!」

 ずどぅぉぉぉぉん!

「本当はこんな手荒な真似……爆裂弾!」

 ずどぶぁぁぁぁぁぁん!

「したくねーんだけどな……裂火球!」

 どぅぉん! ぼぉぉん! ずだぁぁん!

 少年が両方の手の平を上に向けて、ヤレヤレと頭を振りながら言う。ちなみに、言葉の後の単語は全て火系の霊術であり、軽薄な効果音は術が着弾した爆音である。
 術は全て宿を直撃しており、おかげで宿はすでに見る影もない。
「お、おんめえ〜」
 自分の宿が崩れる様を呆然と眺めていた宿の主人が、怒りに燃える瞳で少年に振り返る。
「もうゆるさねぇだぁぁ!!」
 ついにキレた宿の主人。そのまま少年に殴り掛かろうと距離を詰める。
「炎熱波!」

 ばしゅぅぅぅぅ!

 その宿の主人に、いや正確にはその横すれすれに、少年は熱線を放った。宿の主人の脇を通り熱線は後方に抜けて行く。威嚇のつもりなのだろう。が、しかし……
「うわぁぁぁぁ!!」
 悲鳴が上がった。宿の主人の後方から……。
「お?」
 あらぬ方向から聞こえてきた悲鳴に、少年が眉をしかめる。
 見れば、何人かの百姓たちが熱線に吹き飛ばされていた。冒頭の彼らだ。
「あっら〜」
 他人事みたいに少年が声を漏らす。
「お、俺が悪いんじゃねーぞ。勝手に来た野次馬根性丸出しのあんたらが悪いんだぜ。ともあれ、ゴミクズみたいな最後でアレだが…成仏しろよ」
「まんだ死んでねえだ!!」
 合掌する少年に向かって吹き飛ばされた百姓の一人がツッコむ。大した生命力である。
「ところで、晋作よぉ」
 晋作とは宿の主人の名前である。
「……んッ? お〜なんだべ伍介」
 百姓・伍介の声に、熱線が脇を通り過ぎたのにビビって今まで固まっていた宿屋・晋作がやっと動き出す。
「おめえの宿屋、こげな姿にすたのあの子供だべか?」
 超巨大なキャンプファイヤーのような姿に変わり果てた宿を指しながら伍介が訊いた。
「お、おうそうだべ、あの子供とんでもねえ術さ使うだよ」
「そうみてえだなぁ、とにかく役人さ突き出すべ」
 そう言って伍介は後ろの百姓たちにも声をかける。そうすると「んだんだ」とか「そうすべ」とか簡単な返事が百姓A〜Fから聞こえてきた。
「ってえことだから、おい小童! 役人さ突き出すからずっとすてろ!」
 皆の同意を得て、強気の伍介が代表して少年に告げる。
「俺を役人に渡すってのか……」
 おいおい冗談はよしてくれよ、と言いたげな反応を見せる少年。しかしもちろんのこと百姓たちは本気だ。
 伍介と晋作を先頭に、じりじりと少年に近寄る総勢八名。
「俺はそのうち天下を取る人物だぜ。だから……」
 少年の言葉を無視し(当然だが)八人はさらに近づく。
「こんなトコで捕まる訳にゃいかねーんだ! くらえ、火炎弾!」

 どぅぉぉん!!

 いきなり少年が術を放った。それは近づく伍介と晋作の中間の足元に直撃した。
「そら、まだいくぜ! 火炎弾! 爆裂弾! 烈火弾! 炸裂波! 爆裂球! 破砕弾! etc……」
 面倒なので擬音は省かせてもらうが、少年は百姓たちの足元に向かって術を連射を始めた。
 伍介、晋作をはじめとする百姓たちは、避けようと両足を激しくバタバタと動かす。
「ど、ど、ど、どぅわぁぁ、あ、あ、あ、あぶねえべよぉぉ!!」
「ほ〜ら踊れ、踊れ! 当たったら足が吹っ飛ぶぞぉぉッ!!」
 そう言って、必死で避ける八人を楽しそうに眺める少年。もちろんその間も術の連射はやめない。しかも、当たらないように足元ぎりぎりの所を狙って。
 少年は術の威力を抑えているのだが、それでも普通の人の足にでも当たれば木っ端微塵は避けられない。さすがにそこまで極悪卑劣な行動を取る訳にも行くまい、と少年は考え足元を狙っているのだ。
 …………おや? すいません。今、少年から臨時訂正が手元に届きました。なになに、何故足元を狙うのか、その答えは……「一発でキメちまったらつまんねーだろ!」だそうです……
「俺に逆らうとどうなるか分かっただろう?」
 尚も術を連射しながら八人に向かって言う。
 もっとも、んな言葉、術の着弾時の爆音や八人自体聞いてる余裕がなかったりして、結局誰も聞いてないが。
「よーく覚えときな、俺がいずれ天下を取る――」
 聞いていようが、いまいがお構い無しに、左手から術連射を続け右手は握り拳を作ると親指だけ立てて、それで自分を指し、
「桃次郎様だッ!!」
 ふんぞり返ってエラソーに名乗る。その後に高笑いなどしつつ……。
 が、当然百姓たちは聞いてる暇などなく(例えその暇があっても聞く義理もないが)悲鳴を上げながらバタバタと騒々しく術から逃げている。
「…………っえぇぇい! 俺の話しを聞けぇぇぇぇぇぇッ!!」
 お前が術の連射をやめろや。
「まあ、いいさ覚えなくても……」
 ひとまず冷静になって、桃次郎は不敵な笑みを浮かべながらそう言った。
「どうせあんたらは――」
 術の連射をやめ、自分の言葉に耳を傾けさせる。
 伍介、晋作、百姓たちは、憔悴しきったような状態だったが、桃次郎が発する次の言葉を聞き逃す事はなかった。
「今、死ぬんだからな!」
 きっぱりとさわやかに言い放つ。
「……ど、どわぁぁぁぁッ!!」
 一瞬、桃次郎が何を言っているのか理解しかねた百姓たちだったが、その目が本気である事を悟ると、蜘蛛の子を散らすように逃げ出した。
「おっそ〜い。とどめの……炎舞陣!!」
 ………………MPが足りない………………
「は?」
 そりゃ、あれだけ術を使えば足りなくもなるわな。
「MPなんてあったんかいッ!」
 正確には「霊気」だけどね。まあ、今更慌てても無駄やで桃次郎。いつのまにか伍介、晋作、百姓たちが周りを囲んでいたりする。
「え〜と……」
 自分を囲んでいる者の顔を一人ずつ見ながら、冷や汗を滴らしつつ桃次郎が言葉を紡ぎ出す。
「なんか……およびでない?」
 自分を囲んでいる顔は当然どれも一つの例外も無くどうヒイキ目に見ても怒りに満ちている。
 それらの顔をきっかり二度見た桃次郎は、ひとつ大きく咳をすると、
「こりゃまた失礼いたしました!」
 そう叫び、後は囲いを突破し一目散に砂煙を立てながら逃げ出すのだった。