〜第六章「魔狼」〜



「でりゃー、どりゃー。ちっ、まだか池は」
 昨日手に入れた刀を無造作に振り回し、草木を薙ぎ倒しながら進む鬼太郎。斬るとゆうよりは叩き付けているだけなのだが、それでも草や細い木なら簡単に斬れるほど、淡く輝くこの刀の切れ味は素晴らしく良かった。尋常でないのは見た目だけではないようだ。
 おかげで、ほぼ真っ直ぐに北へ進むことが出来ている。しかし、池らしきものは一向に姿を現さない。
「まだまだ音は上げん! どんどん行くぞ、狐封刀」
 刀に語りかけるようにさっきつけた銘を呼び、ブンブン振り回しながら前進を続ける。
 狐封刀――由来は書くまでもないだろう。
 なんにせよ、鬼太郎が通った後には草と木の微塵切りが出来上がっていた。
 それから間もなく。突如目の前が開けたかと思うと、澄んだ水を湛えた直径七メートルくらいの池が鬼太郎の目に写った。
「ふう、やっと着いた〜。ここじゃなかったら泣くぞホントに」
 刀を鞘に戻し池に近づく。飛び込みたい衝動にかられたが、これから魔狼と戦おうって時に濡れた服を着てては動きが鈍くなる。さりとて裸で戦う気など毛頭無いので、その水を両手ですくって、顔だけ洗い、喉を潤す。
「さて、あいつが言うにゃこの近くだったっけな」
 昨夜の妖孤の言葉を思い出しグルリと周囲を見回す。そうしたところで結局は木しか見えなかったが。


 一応、少し休んでから鬼太郎は池の周囲を捜索し始めた。
 そして、しばらく探してるうちに開けた所に一つの洞窟を見つけた。人がなんとか立って歩けるくらいの大きさだが、狼一匹くらいなら余裕で入れるだろう。棲み家にするならもってこい、とも思える。
「ここ、かな?」
 慎重に入口に近づくと、さらに慎重に中を覗く。
 が、良く見えない。
「術でもぶち込んでみるか。そうすりゃ、いるかどうか判るだろ」
 そう決めると刀を足元に置き、手の平を洞窟に向け妖力を集中する。
「鬼火!」
 そして術を放つ。
 放たれた火の塊は、洞窟内を照らしながら真っ直ぐ進んで行く。
 が、次の瞬間。
「うっ!」
 強烈な突風が洞窟内から吹き荒れ、鬼太郎を襲う。思わず目を閉じ片手で顔をかばう。その風で『鬼火』は掻き消された。
「なんだぁ!?」
 風が収まると、鬼太郎は目を開け、何が起きたのか洞窟内を凝視する。やはり闇に閉ざされ奥は見えなかったが。
「何者か知らんが、ずいぶん物騒な事をしてくれる」
 すると、そんな声が洞窟内で反響しながら聞こえてくる。
 そして暗闇から二つ赤く光るモノが近づいてきた。 
「あれが、魔狼……か?」
 徐々に近づく二つの赤い光を目で追っていると、闇に目が慣れたのか、入口に近づいてきたためか、やっとその声の主が見えた。
 一匹の真っ黒な狼だった。しかし、今までこの島で出くわした狼とは明らかに威圧感が違う。もっとも、言葉を話すだけでも普通の狼でないことを物語っているが。
 この狼こそ、その昔「闇より暗き体、血より赤き瞳の魔物」と恐れられた魔獣である。
「お前が魔狼だな?」
 身構えながら確認のために訊く。しかし、間違ってることはないだろうと心の中で確信めいたものがあった。言葉を話すとゆうのが、その理由ではない。話すだけなら下級の妖怪にも出来る。目の前の狼にはこの世の者ならざる雰囲気が漂っていた。と言っても別に幽霊じゃない。
「鬼か……俺に何のようだ」
 やはり、思った通り肯定を示す言葉が返ってきた。
 鬼太郎は満足げに笑みを浮かべると、
「お前を倒しに来た」
 威嚇するように一歩踏み出す。
「貴様が死ぬことになるだけだぞ」
 嘲笑うかのように冷ややかに魔狼が言う。その顔には余裕の表情さえ浮かんでいる。
 その態度にカチンときた鬼太郎。
「お前が死ね!」
 叫んで瞬時に妖力を集中し、両手を魔狼に向けて突き出す。
「妖火!!」
 鬼太郎の両手から、巨大な高温の火の塊が魔狼に襲い掛かる。
 『獄炎』と同様に、鬼が使う妖術の上級に位置する術だ。ただ、単体用なので威力は上である。その威力は「全てを燃やし尽くす」と言われるほどのもので、『鬼火』の比ではない。
 そして鬼太郎が使う最も強力な術であった。
 魔狼はニヤリと笑い、素早く後方――洞窟の奥へ跳ぶと、
「風牙!」
 魔狼の口から竜巻のようなモノが発せられ、妖火を掻き消した。
 カマイタチの嵐をぶつける風の上級妖術であった。
「消しやがった……」
 それはつまり、まともにやっては鬼太郎の妖術が効かないことを意味している。
「どうした、終わりか?」
 愕然とする鬼太郎を見て、やはり、余裕の表情で言う。
「では、こちらから行こう」
 そう言って魔狼は風のように駆け出すと、鬼太郎の横を通りすぎ洞窟の外へ出る。戦いの場を広い所に移したかったのだ。
 慌てて後ろを向く鬼太郎。
「風刃!」
 魔狼もクルリと鬼太郎に向き直すと、左右に動きながら迫り、術を連射してくる。
「のわっ、あぶねっ!」
 次々と飛んでくる風の刃を、何とかかわし続ける鬼太郎。
「て〜い、こっちも……鬼火!」
 機を見て反撃を試みる。
 が、動きの速い魔狼には掠りもしない。
 そして、また魔狼の連続『風刃』が迫ってくる。
 魔狼ほどとはいかないが、鬼太郎も巧みなフットワークで再びかわしてゆく。
 が、かわし損ねた一つが脇腹を浅く傷つけた。その拍子に鬼太郎は僅かながらバランスを崩す。
「もらった!」
 その一瞬の隙を付いて、魔狼は一気に勝負をつけるべく鬼太郎の喉を目掛けて跳ぶ。
「やばいっ! 獄炎!」
 かわせないと悟った鬼太郎は咄嗟に術を放つ。
 妖力の集中もままならないうちに使ったため、大した威力は出なかったが、それでも鬼太郎の周囲に一瞬、炎が吹き上がった。
 それで充分だった。術を警戒した魔狼は、大きく後方に飛び退いていたからだ。
 それで、両者とも仕切り直そうと、互いを睨んで動かない。
 額に浮かぶ汗を拭う鬼太郎。
(危なかった……)
 『獄炎』の威力が弱いと分かってたら、魔狼は躊躇せず鬼太郎の喉に食らい付いていただろう。あの程度の炎では、魔狼には浅い傷くらいしか付けられないからだ。
 魔狼が警戒してくれたおかげだ。その意味では最初に放った『妖火』は、いい布石を演じてくれた。
(さて、ど〜すっかな)
 術の打ち合いではいかにも不利である。魔狼が風の妖術に長けているなど大誤算だった。最大威力の『獄炎』を使ったとしても、風の術の中には風で身を守るのもあるので効かないだろう。
 動きが速いから術を当てられない。敵を追尾する術もあるが、鬼太郎はそんなもの知らなかった。もっとも『風牙』の前ではどんな火の妖術を使おうとも掻き消されるのがオチだが。
(とりあえず、あれでいくか)
 魔狼を見据えつつ口元に笑みを浮かべ、手の平を真っ直ぐ突き出す。
 鬼太郎の動きを見て、魔狼はいつでも避けれるような体勢をとる。と同時に、避けきれない術を放たれた時に備え、『風牙』を放てるように妖力を集中するのも忘れない。
「出でよ、餓鬼!」
 鬼太郎が使ったのは、火の妖術ではなく召喚術だった。
 突き出した手の平のやや前方の空間に黒い穴のようなものが出来る。そして、そこから現われる小さな奇怪な生物。
「それが、召喚術とゆうやつか」
 楽しいものでも眺めるように、妖力の集中を解いた魔狼が言う。
 その間にも、餓鬼は食欲を満たそうと魔狼に近づいて行く。
「そのまま、食らい付いてやれ」
 跳びつく餓鬼。魔狼は避けようともしない。もっとも、機敏に動く餓鬼は、魔狼といえど避けられないだろうが。
 そして――
 食われたのは、餓鬼の方だった。
「ふんっ、不味いな。しかも、腹の足しにもならん」
 そう言って、口をくちゃくちゃさせている。
「のわっ! 餓鬼を食っちまうのか」
 餓鬼の青黒い血を口から滴らせる魔狼を、気味悪そうに見ながら鬼太郎が一歩後ずさる。
「魔界では、文字通り弱肉強食なんでな」
 胸中で唾棄する鬼太郎。焦りが汗となって頬を伝った。