第一話「それは突然の出来事」



「やっとお会いできましたわ。勇者様」

 駅を出たところで、女の子の声が聞こえてきた。

 どうやら自分に言っているらしい。とゆうことは分かったので、声の聞こえた方を向いてみる。

 まず目を引いたのはその格好。ゆったりとした裾の長い白い服、何と言うか、教会のシスターが着るような感じの服である。

 年齢は自分と同じくらいであろう。長い黒髪で色白の肌、なかなか可愛い子である。

 分かったことと言えば、それぐらいだろうか。

 しかし、その言葉の意味するトコロはどうあっても分かりかねた。

 ユウシャ? そんな珍妙な名前でないことは当然だし、TVゲームじゃあるまいしそんな職業に就いた覚えもない。

 だが、彼女は胸の前で両手を組み合わせ、熱い眼差しでこっちを見ていた。

「え〜と、どこかで会ったっけ?」

 そのまま黙ったままでいる訳にもいかない雰囲気に押され、さしあたっての疑問をぶつけてみる。

「いいえ」

 彼女はふるふると首を横に振った。

「じゃあ、きっと人違いだよ」

 自然な結論に至った俺はそう言って、少しばかり心残りではあるがその場を去ろうとした。

「いえ、人違いなんかじゃありません。間違いなくあなたは勇者様です」

 去ろうとする俺の服の袖を掴んで引き止める彼女。

「俺の名前は小峰龍哉コミネ タツヤ。しがない高校生。『ユウシャ』なんてもんには縁もゆかりもないんだけど……」

「今までは、です。これから立派な勇者様となられるのですから」

 なにやら意気込みすら感じられる彼女の返答。

 苦笑するしかない俺。

 と、その時。ふと脳裏に浮かんだことがあった。

 不思議な格好に、人のことをユウシャと呼ぶ……もしかして彼女がやっているのがコスプレとゆうやつか!?

 でもここは横浜駅前、有明じゃあるまいし。いやしかし、それしか考えられん。

「あの、悪いけど俺、コスプレに興味ないから……じゃ!」

 そう言い残すと、もはや振り返らず俺はスタスタと歩き出した。

 きっとこの近くで何かのイベントがやっているに違いない。で、彼女の仲間内で「勇者役」がいなかったため、こうして勧誘してるんだ。きっとそうだ。「駅前で宗教家に勧誘された」と友達から聞いたことはあるが、よもや駅前でコスプレに誘われるとは……前代未聞じゃないだろうか。

「え? あの、いや、そういったのではないんですけどぉ」

 彼女が引き止めようと声を掛けてくるが、コスプレする気は全然ない。別に偏見がある訳ではないのだが、何かに扮装するとか何かを演じるとゆうことが昔から苦手なのだ。

 それに掛ける時間があるならば、もっと「自分」とゆうモノを洗練し「自分」とゆうモノを表現していく方が好きだった。

 せっかく可愛い子に声を掛けられたのに、少しばかりもったいない気もしたがここは仕方がない。変に期待を持たせるよりはいいだろう。

「待って下さ〜い」

 彼女の声に何となく肩越しにチラリと後ろを振り返ってみる。

 トテトテと追っかけてくる彼女。あんな服じゃ走りづらそうだ。

 それでもトテトテ走ってくる。

 コケても知らんぞ。

 あ! コケた……

「だぁぁぁぁもうッ!」

 言わんこっちゃない、と思いつつ俺は彼女の所に駆け寄った。

「大丈夫か?」

 手を貸して彼女を起こしてやる。

「わざわざすいません……」

 服に付いた埃を払う彼女、白いから汚れが目立つ。完全には落ちなかったようだが、一通り叩き終えると俺の目を見て、

「でも、はっきりしました。やっぱりあなたは勇者様です」

 と言ってきた。

「だから、違うっての。『女の子は大切にしろ』って死んだじいちゃんの口癖だったからだよ」

 そう、俺はあくまでじいちゃんの言葉を守っただけだ。決して、「可愛い女の子とお近づきになりたい」とかゆう下心に負けた訳ではない! ハズだ……

「亡くなられたおじいさまのお言葉を、一途に守ってらっしゃるなんて……やはり勇者様以外の何者でもありません!」

 瞳をきらきらさせる彼女。

「あのね……別に一途ってわけでも……だいたい――」

「いくら否定なさっても、ここに動かぬ証拠があります!」

 どうにか諦めてもらうため、説得を試みようとする俺の言葉を遮って、勝ち誇ったように胸を反らし彼女は何かを差し出した。

 ぱっと見、運転免許証のようなそれを、とりあえず受け取ってよく見てみる。

「ん〜?」

 大きさも形も運転免許証のそれと大差ない。運転免許証なら写真が貼られる所にも、やはり写真が貼ってあった。もっとも、なぜ俺の写真が貼られているのかは謎だったが。

「何これ? 俺、フツ免とか持ってないし……」

 彼女にそれを差し出しつつ訊いてみる。

「ですから、それが――ああ!」

 突然大きな声を出す彼女。

「ど、どうしたの?」

「そういえば自己紹介がまだでしたね。どうぞ、これ」

 さっきの免許みたいなのは受け取らず、また何かを差し出した彼女。今度は一見すると名刺みたいなものだった。

 やはり受け取りよく見る俺。

「なになに……」

 それには、こう書かれていた。

『勇者選定委員会 一級勇者補佐官エリス=リトール』

 と、どうやらまんま名刺のようだ。

 ただし、やはり分からないことばかりだ。特に気になったことといえば、

「キミ、外人?」

 ってことであろうか。

「え……ええ、まあ、そんなところです」

 ちょっと迷って彼女は答えた、要はそれがコスプレしてるキャラの設定ってことなのだろう。

「『勇者選定委員会』って何?」

「世界中から勇者となり得る人たちの発掘、及び選定する機関です」

「……スカウトするってこと?」

「そう、ですね。分かりやすく言えば」

「『勇者補佐官』てのは?」

「同機関は同時に勇者の育成も行っているんです。勇者補佐官とは、言わば勇者様の助手です」

「一級ってことは、いくつか級があるわけ?」

「はい。三級からあります」

 一通り名刺についての質問を投げかけてはみたが、返ってくるのは即答。そうとうキャラになりきっているんだろう。

「はあ……」

 そうと分かったら、もはや生返事を返すことしか出来ない俺。

「それでそのカードが、私達委員会が認定した勇者様に与えられるライセンスです」

「これが……?」

 どうやら俺の手の中にある運転免許証みたいなのも、まんま免許だったようだ。ただし勇者の……

 改めて見直してみると確かにそんなことが書かれていた。

 有効期限までちゃんと書いてある。運転免許証において種類が書いてある所には「取り扱い可能武器」とやらが書いてあった。

「よく出来てるね」

 コスプレするには小道具用意するのも大変なんだなぁ。その程度の感慨しか俺には浮かばなかった。

「それはもう! 委員会が自信を持って発行してますから」

 誇らしげに言ってのける彼女。きっとコスプレ仲間と共に手間暇かけて作ったんだろう。

「でも、こんなの出されても、俺は『勇者』なんてやるつもりはないよ」

「そんな……私達にはあなたが必要なんです」

 眉根を寄せ困ったような表情で彼女が食い下がる。その表情もまた可愛い。

「でも、さっきも言ったように俺コスプレに興味ないからさ」

 せっかく頼ってくれたのに申し訳ないがこれは譲れない。

「ですから、そうゆうのじゃないんですってばぁ」

「何にせよ他当たって。どうあっても俺はやんないから」

 最後通告としてキッパリと言い放つ。

「私の担当はあなたなんです。職務放棄は出来ません!」

 ムキになって反論してくる彼女。

「そっちの都合なんて知らん! じゃあ、『駄目でした』って仲間にでも何でも言っときゃいいじゃん」

「そんな事言わず、行きましょう。やっちゃいましょう。一度『勇者』をやっちゃえば、ヤミツキになりますよ。きっと」

 彼女が、さも楽しい所へ行くかのように、笑顔で俺の左腕を強引に抱え込んで引っ張る。

「……でぇぇぇい! やっぱコスプレじゃんか!」

 抱え込まれため左腕に彼女の胸の感触が伝わり、危うくつられて行きそうになる両足を踏み留め、一振りして腕を振りほどく。

「いえ、そうじゃないんですってば〜〜私の言い方が悪かったんです。誤解しないで下さいよぉ」

「いや、俺の認識は正しいと思うぞ」

「え〜と、ですから、まずは私達の世界に来ていただいて――」

「だから、そっち系の世界に興味な・い・の!」

「ああ! また何か誤解されてますぅ。こことは違う世界がありまして……」

「ああ、違うだろうさ。日常茶飯事だったらそれこそコトだ」

「う〜〜。とにかく来て下さい。そこで勇者とは何か、聞いてもらえれば……」

「どうせ、やれ魔王を倒せだ世界を救えだ言うんだろ?」

 勇者ときたら次は魔王とゆう、もはやB級以外の何者でもないネタを言ってみる。

「あれ? 解ってるじゃないですか」

 少しの間の後、驚いた表情で彼女が言った。

 ……ふぅ〜、疲れた、何かとても疲れた。

「やっぱり勇者様ですね、ちゃんと使命を心得――」

「もーキミには付き合っとられんわ〜〜!」

 ツッコミこそしなかったが漫才の締めのような言葉を残し、俺は今度の今度こそ足早、いやむしろダッシュでその場を後にしたのだった。


次回予告
  見切り発進もいいトコロ。いつ終わるか二つの場合でわかったもんじゃない
  とりあえず、次回のネタはあるにはある!
  これはすきもんか? 本当にすきもんか? 自問しつつも、
  次回、すきもんキューブ第二話『それは意外な転校生』いや、バレバレだろう……