第四話「それは胡散臭い奴」



「タツヤ君。キミ、なんで来ないかなぁ」

 珍しく余裕で遅刻を回避し悠然と自分の席に着いた瞬間、当然と言えば当然に浅羅が文句を言ってきた。

 昨日の屋上の件に間違いない。いつまで待ってたのかは知らないが、怒るのも無理ないだろう。

「いや〜悪い悪い。急用ができてさ」

 座ったまま体を浅羅のいる方に向けると、俺は頭を掻く仕草をしながら笑顔で用意しておいた答えを返す。

「まったく……七時まで待ったのに」

 両腕を組んで憮然と言う浅羅。

「そうなのか。そりゃ本当に悪いことしたな。よし、お詫びに今日の昼『やきそばパン』をおごってやろう」

 さすがに本気で気が咎めたのでここは素直に詫びることにした。やきそばパンは俺が最も好きなパンなので俺なりの最大の敬意の表現である。

「ふう……まあ、いいけどね……」

 何か思いっきり疑われているようだ。ちょっと笑顔がぎこちなかったか……いや、やきそばパンは嫌いだったのか……(そうゆう問題ではない気もするが)

 とにかく俺は自分で浅羅の言った言葉の意味を知る機会を放棄したことになる。確かに今でも浅羅の言葉の真意を知りたい気もあるのだが、もう、半ばどうでも良くなってきた。なんかそんな事で悩んでる事自体、術中(何の?)にはまってる気がしてきたのだ。

 かと言って、じゃあすんなり仲良くなれるのかと言うと……やっぱそうも行かなく、かと言って今までのように避け続けてたら、いつ女子たちに体育館裏に呼び出されるか分かったもんじゃなく……。

 結果として、ある程度の距離を意識しつつ相手をして行くことに決めた。着かず離れず、今の俺に捻り出せる精一杯の対応だ。その場しのぎの感は否めないが……。

「おっはよ〜う!」

 俺の密かな決意が馬鹿なことに思えるような、馬鹿明るく聞きなれた声が教室の入口から聞こえた。それに応えるクラスの奴の「おはよー」とか「うぃっす」とかの挨拶も聞こえる。声の主は確認するまでもなく尚子に違いない。

「あら、今日は随分早いわね。しかも珍しい組み合わせだし」

 その声の主はツカツカ寄ってきて、向かい合って話していた俺と浅羅を覗き込むように見てくる。思った通り尚子である。

「そりゃ俺だって余裕を持って登校することもあるし、お前や貴志以外と話すことだってあるさ」

 体を屈めて覗き込むようにしている尚子に言ってやる。

「ま、そうだけどね。でも今までこのツーショトは四回しかなかったわよ」

 指折り数える尚子。

「そんなこといちいち数えてんなよ」

「じょーだんよ。私もそこまで暇人じゃないって」

 「そこまで」ってことはある程度は暇人に変わりないのだろう。

「なんか今、失礼な事考えなかった?」

 ふるふる。首を横に振る俺。

「あっそ、なら、いいけど」

 明らかに疑いの眼差しを送って来る尚子。どうやら俺は嘘を付くのが下手らしい……。

「あれ? 貴志は?」

 フッと、俺の後ろの机、つまりは貴志の机を見て訊く尚子。そこに貴志の姿はない。

「いや、今日は一緒に来なかったぞ。俺は」

 俺の答えを聞いてから、尚子は浅羅の方に問い掛けるような視線を向けた。

「ボクも今日はまだ会ってないよ」

「そう……」

 浅羅の答えを聞くと顎に手を当て考え込むようなポーズを取る尚子。

「じゃあ……今日は遅刻ね」

「ああ、遅刻だな。下手したら昼頃来るぞ」

 尚子の言葉に、即、同意見を述べる俺。少し言葉を付け足して……

「そんな、勝手に決めつけちゃ……」

 貴志に悪いとでも言いたいのだろうが、しかし

「あまいわね、浅羅クン。あなたが知らないのも無理ないけど、一年の頃の貴志は『遅刻王』と呼ばれる程の男だったのよ」

 尚子がキッパリとした態度で浅羅に言って聞かせる。

「最近でこそ、そのなりは潜めてるけどね。でも、すでに遅刻して昼頃来たことは数回あるのよ。特に龍哉と一緒に来ない日の遅刻率は八割を超えてるわ」

「そ、そうなの」

 尚子の解説に微苦笑を浮かべるしかない浅羅。

「そうゆうことさ。そういった根拠があるから昼頃来るって言ったんだ」

 最後に俺が締めるように付け加えた。

「誰が昼頃来るって?」

「あぁ? 貴志だよ貴志……って貴志!?」

 いきなりかけられた声に、振り返りながら答える俺。が、鞄を持ってそこに立っていたのは話題にしてた人物、貴志本人だった。

 さっぱり気付かなかったが、いつのまにか近寄ってそのまま突っ立っていたらしい。

「なんでこんなに早く来るのよ。あんたらしくない」

「アホ、お前らが来るとっくの昔に来てたっつーの」

 尚子の言葉に余裕綽々の笑みを浮かべながら俺たちの間を通り抜けつつ言う。そしてその先にある自分の席に落ち着く。

「私より先に来てたの!?……やっぱあんたらしくない」

 尚子が驚愕したように目を見開く。

「なんでそんな早く来てんだ?」

「いや、ちょっと用があってな」

「用があるからって学校に早く来るなんて、どう考えてもあんたらしくないわよ」

「なあ、尚子。一回じっくりオレの『らしさ』について語り合わないか」

 尚子の肩に手を乗せ真顔で訊く貴志。

「い、いや。遠慮しとくわ」

 それに冷や汗を浮かべて答える尚子。

「ところで、その『用』って何だったの?」

 貴志と尚子のやり取りを苦笑しながら見ていた浅羅が、切りの良い所で割って入る。

 俺としても貴志が朝早く学校に来る程の「用」とやらに興味が無いと言えば嘘になるのでナイス質問だった。

「あ〜? その〜、だな。なんつーか…」

 何か言いにくいのか困ったように言いよどむ貴志。

「言いにくいのなら無理には聞きませんよ。ん? 貴志君」

「って、思いっきし聞きたそうな目で言われても説得力ねえぞ龍哉」

 言いよどむ貴志に助け船を出してやったつもりだったが、一瞬で心を悟られ半眼で返して来る貴志。

「はっはっは、バレたか。ってことで、どんな用だったのか言ってしまえ」

「まあ、別に隠すほどのことでもねーからいいけどな」

 そう言って貴志はひとつ咳払いをして話し始めた。

「お前ら『前世』って知ってるか?」

「あ? あ〜、今の自分になる前の自分とかってやつか?」

 いきなりの質問にあやふやな知識で答えを返す俺。

「おう、まあそんなとこだ。でよ、それを占える人が居るんだよ、上級生に」

「はあ」

 なんか貴志にしては意表を突いた展開に、アホみたいに生返事を返すしかなった。

「あ、私、知ってる。オカ研の部長でしょ?」

 が、俺と違って尚子がその話に反応する。

「おう、そうそう」

 尚子の反応を見て意気揚々と答える貴志。

 オカ研――オカルト研究会ってやつだったな……。さもありなんってトコか。

「『前世』って、今、女子の間とかでちょっとした流行りになってるのよ。前世の自分を知ることで、今の悩みとかを解決する糸口にしたり、これから先の運勢を占えるらしいわよ」

 惚けている俺を見かねてか尚子が説明してくれる。

 そんな事が流行っていたとは知らなかった。まあ、自慢じゃないが俺は流行り物には疎い性格なんだ。

「ま、前世なんて確認のしようがないから言った者勝ちっぽい気もするけどね」

 肩をすくめて言って説明を締める尚子。

「なんだ? やけに冷めてんな。お前はその流行りとやらには乗らないのか?」

「あ〜パスパス。私としては前世なんかより、甘いものをいくら食べても太らない方法を知りたいわよ」

 パタパタ手を振りながら半眼で答える尚子。それこそ尚子らしい意見だと思う。

「じゃあつまり、その前世占いをしてきたって訳なんだ」

 三人の中で唯一興味を引かれた様子の浅羅が食いついてきた。

「ああ、面白そうだから行って来た」

「朝、早くからか? なんだ? オカ研ってのは朝練でもしてんのか? 運動部じゃあるまいし……」

 朝練のある文系部なんて聞いたことがない。ってゆうかそもそもなんの練習をするんだろうか?

「ん〜なんかね、流行り人気が合間って占い希望者が続出しちゃって、通常の部活時間じゃ捌き切れないから朝早くからも始めたみたいよ」

 首を傾げる俺に尚子が事情を語ってくれた。

「興味なさげな割には詳しいな」

「友達に『一緒に行かない』って何度か誘われたから。まあ、朝早く行くのも面倒だから断ったけどね」

「とことん『ロマンチック』だ『夢があるだ』には程遠い現実主義者だなお前って……」

「あのね、今の御時勢『夢』を語るのも現実を前提にしなきゃただの妄想よ」

 人差し指を立て、それを振りながら自説を説く哲学者の如く言い切る尚子。

 まあ、そんなもんかもしれない……。

「で、タカシ君の前世って何だったのさ?」

 脱線しがちな俺と尚子の会話の修正役にハマりつつある浅羅の一声。

 確かに貴志の前世とやらが一体どんな奴だったのかちょっと興味はある。だが…

「聴いて驚け、実は――」

 だが…

「前世とか言ってもどうせあれだろ。やれ『中世ヨーロッパの貴族だ』とか『古代ギリシアの哲学者だ』とか『戦国時代の武士だ』とか、果ては『アトランティスの神官だ』『ムーの光の戦士だ』とか言われたんじゃないのか?」

「あのねぇ、そんな同人ネタじゃないんだから」

 俺の言葉に尚子が呆れたように言い返す。

 確かにその占いが出来ると言う先輩がいかなる人物かは知らないが、尚子自身が言う通りそんな言った者勝ちっぽい胡散臭い占いなどにはその程度の胡散臭い答えで十分なのではないか、とゆう気がする。

「おお、よく判ったな。オレはヨーロッパの貴族だったぜ」

 呆れる尚子をよそに、貴志の答えはそれを上回る呆れっぷりだった。

「やれやれ、だな…」

「やれやれ、ね…」

「なんだよ。二人して肩すくめんなよ」

 今はそういったいわゆる同人的ネタが流行っているのだろうか? この前、俺のことを「勇者」だとか言った女の子しかり、前世うんぬんしかり、これが世紀末ってやつか…。にしても尚子に負けず劣らず現実主義者だったはずの貴志が「前世」などに興味を持つなどどうにも解せない。

「いや〜しかしお前がそんなものに興味を持つとは思わなかったぞ」

「何言ってんだよ。『前世』ん〜ロマンチックじゃないか。な、汰介?」

「うん、まあボクも興味はあるよ」

 貴志の言葉にはどこかわざとらしさが感じられる。浅羅が興味を持つのは何となく納得できるものの、やはり貴志は解せない。

「と〜か何とか言ってるけど。本当の目的は違うんじゃないの〜?」

 ジト目で探るように貴志に問う尚子。

「ヴッ!」

 尚子の指摘に吹き出す貴志。あからさまに動揺している。

「何だ? どうゆうことだ?」

 言葉をはさもうとする貴志を押しのけて、何か事情を知っている風な尚子に問いただす。

「その前世占いが出来る先輩ってのが、これがまた奇麗な女性(ヒト)なのよ」

「は、なるほど」

 謎は全て解けた、ってやつだ。

「フ、フハハハハ。バレてしまっては仕方がない!」

 開き直った貴志は三流悪役よろしく高笑いをして見せる。

「かくなる上は、放課後お前ら前世占いに行け!」

「なんでそうなるッ!」

 ビシッと突きつけてきた指を叩き落とし詰め寄る俺。

「いや〜また先輩に会いたかったもんで『前世にとても興味がある友達がいるから占って欲しい』って話しつけといたから……」

「勝手にそんなモノつけるなよ!」

「い、いいじゃねーかよ。個人的に占ってくれるって言ってんだから。特別だぜ、普通じゃ並ばなきゃいけないんだぜ。こりゃもうオレに気があるとしか思えないな」

 最後のセリフはあえて聞かなかったことにする。

「しょうがない……どうせ断ったところで『当て身』をしてでも連れてく気だろ?」

 貴志は「当て身」が得意技だ。つくづく変な奴……

「そうそう分かってんじゃん、事は穏便に済まそうぜ」

「で、それは私も数に含まれてる訳?」

「おう、お前と龍哉と汰介の三人だ。ホントはもっと連れて行きたかったんだけどな」

「じゃあこの際、草馬も連れて行くか?」

 草馬とは一年の時同じクラスで俺と貴志共々初日から意気投合した希有な奴だ。二年になってクラスが違ってしまったが、その友好関係は崩れる気配すらない。

「いや、今回はやめとこう。あいつは次回に取っておく」

 友人連中を撒き込んで何度か足を運ぶつもりだなこの男。

「お前ねぇ〜」

「みなまで言うな! 名付けて『何度か行って徐々に親交を深めよう作戦』さ」

 作戦なんてそんな大層なもんでもない気が……

「あ〜そうそう。行ってあげてもいいけど紅茶とチーズケーキぐらいおごってね」

 思い出したように、それでいてこればかりは譲らんぐらいの勢いでに尚子が交換条件を提示する。

「お、それいいな。俺もコーヒーとな」

 俺的にもそれはナイスな提案なので便乗することにした。

「ぐふっ、……まあいいさ、この際みんなまとめておごってやるよ」

「あ、ボクはいいよ。ちょうど興味あったし」

 俺と尚子の言葉にダメージ(主にフトコロ)を負った貴志に、そんな浅羅の言葉はどれだけ心に響いただろう(笑)。

「くぅ〜やっぱお前っていいやつだよ」

 両手で浅羅の手を取り固く握り締めた。どうやら笑い事では無く、実際貴志の心に響いたようだ。

「それに引き替えなんだお前らは。もう少し汰介を見習ったらどうだ!?」

「ふざけんなよ。死んだじいちゃんだって珍しく横文字でこう言ってたぜ『ぎぶ・あんど・ていく』ってな。俺は誰を差し置いてもじいちゃんだけは裏切れないからな」

「ぬッ…」

「ってゆーか、いいのよ別に。たったそれだけで、わざわざ前世占いに行ってあげて、あんたに口裏合わせてあげて、先輩に下心があるのを黙っててあげようってのにねぇ……悪い話しじゃないと思ったんだけど残念ね」

「ぐッ…」

 貴志の表情が苦渋に歪む。自分が余りにも不利な立場に立っていることにようやく気付いたようだ。

「解りました。ええ、是非私からおごらせて頂きますとも……」

「取引成立ね。じゃあ私達も協力を惜しまないから安心してね」

 にんまりと笑みを浮かべ、がっちり固い握手を交わす尚子。


 時は流れて放課後、俺たちは貴志に連れられて校舎の四階に来ていた。この階は主に三年の教室が並んでいる。三階は二年、二階は一年と言った感じで、一階は職員室や校長室や事務室など一般生徒にはあまり関係無い部屋が並んでいる。で、各階に散らばって音楽室や化学室など特別教室が配置されている。そして幾つかの文系部の部室は使っていない教室などに割り当てられていた。

 貴志の目当てであるオカ研の部室はこの四階にあるとのことで、俺たち四人は普段あまり縁のないこの階に連れて来られたのだ。

「で、どこなんだよ?」

 放課後とは言え未だ数多く残る先輩たちの姿に若干の緊張を覚え、あからさまにきょろきょろと件の部室を探す訳にもいかず、俺は横を歩く貴志を肘で突つきながら訊いた。

「慌てんなよ、黙ってオレに着いて来いって」

 自信満々に答える貴志。ま、ここは素直にそうさせてもらおう。

 程なくして、目的のオカ研部室前に到着した俺ら四人。

「…………」

 その部室を前にして俺は苦笑した。部室がどこにあるか探そうとした己の行動の無意味さを思い知らされたからだ。

 入口横には黒い背景に血糊が付着しているかのごとく赤くおどろおどろしい文字で「オカルト研究会(ハァト) 」と書かれた立て看板があり、入口ドアには何かの骨で作られたお守りのようなモノが下がっている。そしてご丁寧に窓の内側には暗幕が垂れていた。

 つまるところどこをどう間違えても、およそ見落とすコトなどありえない部室なのである。

「なんとゆーか…なあ?」

 なにか感想を述べた方が良いのかと思い声を出してみたが、先が続かず視線だけで尚子の奴に振る。尚子は迷惑そうな顔で俺を睨んだが、あえて無視する。

「えーっと…ねえ?」

 が、そんな尚子も答えに窮して浅羅に振った。

「ははは…とても…変わっ…いや、個性的な……部室だね」

 さすがの浅羅も苦笑を浮かべながら、どうにか言葉を絞り出した感じだ。

「解ってる! 何も言うな! オレだって朝来たときはここで引き返しそうになったさ」

 貴志はそんな俺たちを片手で制して、

「でもな、中に美女がいると分かってれば行くしかないだろ? 男としてはッ!」

 と、両の拳を固めて力説してみせる。

「あの〜私、女なんですけど…」

 熱弁を振るう貴志の勢いに圧されてか、控えめに挙手して一応と言った感じで抗議する尚子。しかし燃えている男の耳には聞こえなかったようだ。

「いざ行かん!」

 そう宣言して、貴志は俺たち三人を尻目にさっさとオカ研部室の扉に手をかけるのだった。


次回予告
  発覚していくそれぞれの過去。
  幽玄の彼方に見る奇妙な縁。
  夢と現、前世と現世、意識は揺らぎ過去へと溯っていく…
  などとゆう展開も無く、ただただ貴志の口裏を合わせるのに必死な三人。
  そして暴かれる衝撃の事実!
  次回、すきもんキューブ第五話『それは胡散臭い事』いつになるやら…