第一話「闇の赤」



 暗い……。

 そこはとても暗かった。

 一片の光さえも通さない陰鬱とした空間。

 むしろ「昏い」と言った方だ正しいだろうか……。

 そしてひどく寒かった。

 身を切るような冷たさだ。

 しかしそれは空漠で空虚な心の寒さを投影したに過ぎない。



 そんな場所で、僕は玉座のような物に座っている。

 足元には赤い絨毯が遥か闇の彼方まで続いていた。

 その上に、折り重なるようにして人が倒れている。老人、子供、男性も女性も問わず、なんの共通性もなく、ただただ無造作にうち捨てられたかのように絨毯同様闇の彼方まで続いていた。

 いや、ただ一つ共通点はあった。

 それは、彼らがすでに息絶えた者たちであることだ。

 何故判る? 簡単なことだ。僕が殺したからだろう。

 腹を裂かれた者、頭を割られた者、体を二つにされた者、あらぬ方向に首が回っている者……死に方は様々だ。

 流れ出た血は床にたまって鮮やかに赤く染めていた。

 絨毯に見えたのはその血だったのか……いや、真に絨毯が敷かれているのかもしれない。血で赤く染め上げられた絨毯だったのかもしれない。どちらにせよ、どうでもいいことだ。

 全て闇の中で、その「赤」だけは妙に鮮明に僕の目に飛び込んでくる事実には変わりない。



 そして呟く僕……



 我が足元に屍を……

 我が左手に恐怖を……

 我が右手に混沌を……

 そして、我が魂に更なる闇を……



「うわッ!」

 僕はベッドの上で跳ね起きた。そのまま気が落ち着くまで薄暗い部屋を無為に視線を泳がせる。

 しばらくしてから目頭を押さえつつ、僕一人しかいない部屋の中、誰に聞かせるでもないが敢えて声に出して呟く。

「また、あの夢か……」

 いや、自分に聞かせたかったのかもしれない。夢から覚めたことを実感させるために。

 夢……。

 そう、全ては夢なのだ……。

 いつの頃からか、繰り返し見る夢……。

 夢を見ているという自覚はある。現実のことでない事も解っている。

 こんな状態のことを何と言ったか……? 明晰夢……とか言っただろうか? 誰かに聞いた事があるが、良くは覚えていない。全く違う言葉だった気もする。

 とにかくこの状態だと、夢を自分の思い通りに展開することができるらしい。

 しかし、僕の見る夢は、僕の思い通りに進んではくれない。夢を「見ている」と言うよりは「見せられている」と言った方が的確かもしれなかった。

「でも、一体誰が?」

 ふと呟いてから、自嘲的なフッという苦笑が洩れる。

 他人の夢を好き勝手に、しかも細部まで操ることなど出来るわけないか……。それが出来る者がいるとすれば、結局それは自分自身……潜在意識とかそんなモノだろう。

 だとしたら、あのビジョンは僕が求めているもなのだろうか? いや、断じてそんな事はない。人の幸せと平和を望みこそすれ、あんな残忍なことを望む気持ちなどありはしない。

 まあ夢など、ひどく朧げで曖昧なモノだ。見たままを潜在的な欲求だとかに結び付けるのはあまりにも短絡的と言えよう。

 確かに僕の夢は毎日ではないにしろ同じのを良く見る。しかし、そもそも偶然立て続けに似たような夢を見て「またか……」と気にし、ストレスとなり、結果また同じ夢を見てまたストレスになり……とゆう悪循環が原因かもしれない。

 夢で未来を予知する人がいると聞いたこともある。僕にもそれに近い能力があり、これから起こり得る未来のビジョンを見ているのかもしれない。

 あるいはその逆……遠い過去の出来事を見ているのかもしれない。

 いずれにしろ、深く気にすることでもないだろう。もっとも、完全には無視できない存在感の様なモノがあったのも確かだが。

「ふう」

 僕は気を取り直してベッドから起き上がると、両開きの木の格子戸で閉められている窓から薄く日が差し込んでいるのに気付いた。

 もう朝だった。なんだか寝た気がしない。あの夢を見た時はいつでもそうだ、精神的にやたら疲れる。

 それでもまだ今日の夢は良い方だ。いつだかは無抵抗な人々を殺している場面が生々しく映し出された。あの時はさすがに参った、一日中何も手付かずの状態に陥ったぐらいだから。

 木の格子戸を開くと朝の光が部屋の中を照らし出す。

 その眩しさに目が慣れるのを少し待ってから窓を開ける。すると、清々しい朝の空気が部屋に流れ込んだ。

「今日もいい朝だ、空も晴れ晴れしてる」

 夢の嫌悪感を拭い去るように言って、大きく伸びをする。

 この宿屋の二階から見下ろす街並みは、実に平和で安らぎに満ちている。朝から商売に精が出る路商の人々、それを眺めながら歩く人々。仕事先に向かうのであろう人もいれば、鎧を着て帯剣する冒険者風の人もいる。

 かく言う僕も仲間と共に各地を旅している冒険者である。まあ「冒険者」と言えば聞こえがいいかもしれないが、要は「何でも屋」である。

 危険と思われる遺跡や洞窟の探索、遠い所まで物品の運搬、賞金首の捕縛。果てはペットの捜索、屋敷の掃除、店番等様々な仕事をしている。

 しかし最近は物騒になったもので、商隊の護衛をしたり、人里などに出没する凶悪な怪物を倒す仕事が多い。もっとも、危険度が高い分報酬も格段に高いので、仲間内ではむしろこちらの方が好評だった。僕としても、凶悪な怪物を倒せるチャンスが増えるので嫌いでは無い。

 ドンドン!

 窓の外を見ながら物思いにふけっていた僕の思考が、扉を叩く音で現実に引き戻された。

「おーい、フェイル。起きてるかー。メシにしようぜー」

 そして扉の外から聞こえる知った声。仲間の一人、マークの声だ。

「わかった。すぐに行くから先に行ってて」

 扉に振り返り外のマークに向かって答える。

「おう、じゃ、先に下に行ってんぞ」

「ああ」

 この宿屋の客室はこの二階で、一階では食堂兼酒場として経営していた。まあ、ここに限ったことではなく、概ねどこの宿屋も似たような形式である。

「さて」

 僕は窓を閉め簡単に着替えると、顔を洗おうとタオルを掴んで部屋を出た。外の井戸が言わば共同洗面所だ。

 階段を降り一階に来ると、十数個あるテーブルの一つに仲間達の姿を見つけた。

 仲間は四人。金髪でがっしりとした長身の男が戦士のマーク。ゆったりとした神官衣を着ている長い黒髪の女性が神官のウィリア。灰色のローブを着込んで本を読んでいるのが魔術師のアル。そして、栗色の髪をショートカットにして一見少年のような格好をしている少女が盗賊のティーレだ。

 そしてその四人に僕、フェイルを加えた五人が、冒険の旅を共にする「パーティー」と言うやつだ。

「フェイルーこっちこっちィ」

 向こうも僕の姿を見つけた様子で、ティーレが大きく両手を振って呼びかけてきた。

 僕は片手を軽く上げて返事をする。

「その前に、顔、洗って来る」

 そう言って皆が座るテーブルを通り過ぎる。

「あ! 待った、俺も行く」

 その時マークが慌てて僕を呼び止めた。

「な〜に、マーク。顔洗ってなかったの!? きったなーい」

 ティーレが眉根を寄せ嫌悪感あらわに身を遠ざける。もっとも本気でやっている訳では無い。マークをからかっているだけだ。

「うっせーな。つい忘れちまっただけだよ」

 言いながら席を立ち、僕の隣に並ぶマーク。

「さて、さっさと洗ってメシ食うぞ。腹減った」

「ん、そうだね」

 僕もマークの意見に賛成だったので二人してさっさと裏庭の井戸に向かう。朝は一日の始まり、しっかり食べないと一日の行動に支障をきたす。殊更、僕ら「冒険者」にとっては下手をすると命に関わる状況に陥りかねないので、ただの「食事」と侮ることは出来ない。

 もっとも、そこまで意識している人はそんなにいないだろう。実際、僕も仲間たちも単純にお腹が空いたから食事を摂っているのである。


 ほどなくして裏庭の井戸に辿り着いた。ここは宿の宿泊者共同の井戸であったが、今は僕ら以外誰もいなかった。

「んじゃ、おっ先ぃ〜」

 言ってマークはロープが結わえ付けられた桶を井戸に落とした。慣れた手つきで水を満たすと引き上げていく。滑車がついているため概ね誰でも楽に引きあがるようになっている。

 引き上げ切るとマークは頭を下にして一気に桶の中の水を被った。

 呆気に取られる僕を尻目に、濡れた頭を振って水を弾いてから更に無造作に手櫛で雫を払いながら頭を上げる。

「おーっし。洗顔終了」

「まったく…豪快というか横着と言うか……」

 あれだけで完全に水を切れる訳も無く、呆れる思いでマークの頭から垂れる雫を見る僕。

「いいんだよ。フェイルもやってみろよ、気持ちいいぜ」

 白い歯を見せながら屈託無い笑顔を向け勧めてくれる。

「いや、遠慮しておくよ」

 僕は苦笑混じりに断わってからタオルをマークに貸して、自分も顔を洗う為に桶を井戸に落とした。

 カラカラカラ、ポシャ!

 滑車が回る音に続いて桶が着水した音が聞こえる。

 僕もマークと同様に勝手知ったる手つきで水を汲み上げると目の前に置く。

 そこに映り込む「赤」が目に入り僕の動きが凍りつく。

 赤い物の正体は何のことは無い僕の髪の色。髪の色としては、この国で多くは無いが珍しいと言うほどではない。そんな割合だ。

 普段は気にすることも無い色だが、あの夢を見た後ではどうにも気持ちが沈む。

「どした? さっさとメシ食おうぜ」

「ん? ああ、そうだね…」

 マークの声にハッと我に返った。でも夢の光景は頭から離れない。

「どしたよ? 何かあったのか?」

 僕の様子に気付いたらしく、マークが怪訝そうにタオルと質問を寄越して来る。

「あ、いや。大した事じゃないよ」

 タオルを受け取りつつ言ったものの自分でも判るくらいに声が沈んでいた。誤魔化すのが下手な自分に溜め息が出る。

「また例の夢でも見たのか?」

 マークの声音が心配のそれに変わっていた。夢の事はいつだったか皆に話したことがあるので知っているのだ。

「まあ、そんなところだよ」

「う〜ん……よしッ、まずはとにかく顔を洗え!」

「え?」

「いいからッ」

「う、うん。わかった」

 勢いに圧されるままマークの言うとおりに顔を洗う僕。

「んじゃ、皆にも聞いてもらいましょか」

 顔を拭く僕の背中を叩いてそう言った。

「いいって。わざわざ聞いてもらうほどのことじゃないよ。いつものことだって」

 それを聞いて僕は拭くのを中断し慌ててマークの提案を辞退する。

「あのな〜一人で抱え込んだってしょうがないだろ?」

 濡れる頭を無造作に掻き、

「物知りアルの冷静な分析を聞くも良し、優しいウィリアに慰めてもらうも良し、生意気なティーレに茶化されるのも一興、ってな」

 そう、とぼけた表情で言ってウインクひとつするマーク。

「でも――」

「まあ待てって。何もお前の為だけで言ってるんじゃないんだ」

「?」

 僕の反論を片手で制するマークの言わんとすることが判らず思い切り疑問符を浮かべる。

「お前なぁ、自分じゃ気付いてないかもしれないけど、例のその夢見たら一日中ものすごいテンション下がってんだぞ」

 呆れた様な調子で指摘してくるマーク。

 確かに…思い当たらないことも無い……。

「そんな姿見てたら、俺たちまでテンション下がるっての。だからお前の為でもあり俺の為でもあり、延いてはパーティーの為になるんだ」

 少々強引に押し切られている観もあるが、全面的に僕が悪いのも明白なので返す言葉は無かった。

「だからお前もパーティーの一員として協力しなさい」

 ぶっきらぼうに言うマークだが、僕に気を遣わせないようにとあえてそう言っているのはその目を見れば解った。マークも僕並に自分の気持ちを誤魔化すのが下手らしい。

「解ったよ。じゃあ皆にも聞いてもらうことにする」

 感謝しつつマークの提案を受けることにした。

「もっとも、ちょっと朝にはそぐわない内容だけどね」

「ハハハ、お手柔らかにな」


次回予告
  忘れえぬ言葉は過去むかしの記憶。
  積み重ねる時は現在いまの決意。
  絆は未来さきを繋ぎ続け、全ては巡り運命は紡ぎ出される。
  次回、すきもんキューブ第二話『蒼の残滓』動き出す「時」。