Story_1 新部沙紀ト云フ者
「さあ、ネタは上がってるのよ。さっさと白状しちゃいなさい」           
 バン! と手の平で机を叩いたのは、細い黒縁の眼鏡をかけてショートの髪の利発そう
な少女だった。                                 
「なあ? もしかして俺って事情聴取されてんのか?」               
 叩き付けられた手から順に目線を上げていって相手の顔を見ると同時に疑問を投げかけ
る少年。その女生徒は自分と同じクラスの女子だ、とは判る。名前も新部沙紀(ニイベ 
サキ)というのは知っていた。が、特に話しをする仲でもなかったはずなのに何事だろう
と首を傾げる。                                 
「はァ? そうよ。人の話し聞いてなかったの?」                 
「おう」                                    
 眉根を寄せて訊き返す沙紀に、何故か威張って即答する少年。           
「はぁ…」                                   
 気が抜けたからではないだろうが、ずれた眼鏡を直して溜め息を吐く。       
「いい、穂村君。この前、一年三組の教室の机やイスがごちゃごちゃになってたじゃない
?」                                      
 少年のフルネームは穂村一(ホムラ ハジメ)という。              
 問われた一は沙紀の言わんとしていることが掴めず首を傾げる。          
「あぁ、んな事もあったな」                           
 事件自体は先週の木曜日の深夜に起こり、金曜日の早朝に部活の朝練に来た生徒によっ
て発見された。内容は沙紀が語った通りで、一年三組の教室の机やイスが乱雑に折り重な
っていたのだ。                                 
「で、それがあなたの仕業なんじゃないかって疑いがあるの」            
「なんでそこに俺が出てくんだ?」                        
 ますます首を傾げる一。                            
「だって、木曜の夜に学校の方に向かうあなたの姿を見たって人が…」        
「何を好き好んで夜中の学校に来る必要がある?」                 
 いくぶん呆れた調子で沙紀に問い返した。                    
「知らないわよ。そうゆうタレコミがあったの」                  
「タレコミって…あんた何者だよ?」                       
「新聞部、部長!」                               
 怪訝そうに訊く一に、嬉々として答えが飛んでくる。               
「……なにか? 俺は記事のネタか?」                      
「うん、そうよ」                                
「はぁ…ほか当たってくれ、ほか」                        
 そう言って一はしっしと手で追い払う。                     
「あ、そうやって隠そうとするところが怪しいわね」                
「いや、呆れてんだけどな…」                          
 一は頭を掻き、                                
「あのなぁワリぃけど俺は学校の窓ガラスを割って、やれ反骨精神だ、やれ青春だとか叫
ぶキャラじゃないぜ。まして『こんなつまらない所ぶっ壊してやる』とか、それこそつま
らん考えの持ち主でもなければ、他人にいらん迷惑かけて喜ぶような寒い奴でもないぞ」
 やれやれといった感じで沙紀に説明する。                    
「わかってるよ。誰もそんな七十年代、八十年代風のネタなんて求めてないわ」    
 あっさりと沙紀が返す。何か勘違いされているものだと思っていた一は心持ち肩透かし
を食らった気分になる。                             
「私が求めているのは、そうじゃないのよぉ。ほらぁ、今風にぃ夜な夜な学校でヤクの売
買とかぁ。爆破テロの準備とかさぁ。はたまた死体を壁に塗り込んでるとかさぁ。そうゆ
うのあるじゃなぁい。ねぇ?」                          
 目をキラキラさせつつ胸の前で両手を組み、体をクネクネさせて何かおねだりでもする
ように訊く沙紀。                                
(それらは今風なのか…?)                           
 心象風景的に一筋の汗をたらしつつ心の中で誰かに問う。それは沙紀に対してと言うよ
りは、自分の常識にだったのかも知れない。あるいは神と呼ばれる存在にだったのかもし
れない。何にせよ「イエス」と答えられた時、自分の常識が瓦解しそうだったので、一は
その言葉は飲み込むことにした。                         
「それでぇ『またしても十七歳の凶行』とかって、学校新聞に止まらず有名紙や週刊誌と
かでぇ取り上げられたりしてぇ。私はそのスクープにいち早く気付いた美少女記者ってこ
とで引っ張りだこになったりしてぇ――」                     
 一の葛藤を知る由も無く続ける沙紀は遠くを見るようにして頬が緩んでいた。    
「うぉいッ。記事のネタどころか、俺はあんたの未来のための踏み台か?」      
「そう…ぅんなわけないでしょ。ヤだなぁハハハハハ…」              
 慌てて頬の緩みを直したが笑いが乾いている。                  
「もし事実なら同じクラスの仲間としてそうならないように何とか踏みとどまらせようと
思ったんじゃない!」                              
 一転しキリッと真剣な眼差しで両手をグーにして勢い込んで迫る沙紀。       
「美少女記者だ、引っ張りだこだ、って言ってたし。顔をニヤケさせて…」      
 それを半眼で見つめ返し反論する一。                      
「……まあまあ、男が細かいこと気にしない」                   
 沙紀は場を誤魔化すように笑いながら一の肩をポンポン叩く。           
「ま、なんにせよ俺とその一年三組の事件とは関係無いぜ」             
「む〜」                                    
「だいたい、んなでたらめなタレコミした奴ってどこのどいつだ?」         
「え〜とねぇ――」                               
 人差し指を顎に当て考え込む沙紀。                       
(こうゆう場合の常としては、情報提供者は秘密にするべきなんだろうけど……)   
 自称「記者」なだけにその辺は心得ている。                   
(ま、秘密にしてくれとか言われてないし、このままじゃ進展もないし…。なにより嘘つ
かれたんならムカツクし……。いいや、ぶっちゃけちゃえ♪)            
 ……かなり適当である。                            
「七組の草馬月兎(ソウマ ツキト)よ」                     


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