Story_2 草馬月兎ト云フ者
「おい、草馬。どうゆうつもりだ」
沙紀を引き連れるかたちで七組の教室に入った一は、月兎を見つけて足早に詰め寄る。
「お、穂村。なに怒ってんだよ?」
きょとんとしている月兎。それ以上にきょとんとしている沙紀。
「あれ? 二人とも顔見知りなの?」
「え? ああ、体育の授業で同じ班になったことあってね。それ以来何かと話しをするよ
うになったんだ」
体育の授業は二つのクラスが男子と女子別々になって行われている。七組と八組はその
組み合わせで、最初の授業であったサッカーのチーム分けで一と月兎は同じチームになっ
ていた。
「大概に於いてお前が勝手に話し掛けてくるだけだろ」
「そうそう、反応薄くて冷たいんだよなぁコイツ…」
月兎は腕を組み嘆息しつつ悩み事のように言うが、声や雰囲気からするとそれほど切実
さは感じられない。一がどんな反応をしようともお構い無しに声を掛け続けていく腹づも
りなのだろう。
「んなことよりだ。草馬、なんで俺が夜中に学校へ行ったなんて嘘を付く?」
「は?」
「ほら、私に言ってたことよ」
そう前置きし未だ事情を飲み込めていない月兎に沙紀が手短に訪問の理由を説明する。
「ああ。アレか」
「それだ!」
「確かに学校の方に歩いてたじゃんか」
「お前が直接見たのかよ?」
「あ? ああ」
「間違いなく俺だったって証拠でもあんのか? 暗いから見間違えかも知れねえだろ。ち
ゃんと確認したのかよ?」
「お、おい、ちょっと待った。とゆうかお前、僕が『やあ、穂村』って声かけたら。『お
お、草馬』って返しただろ?」
「…………」
問われるままに記憶を辿り過去を思い返す。
「で『今からどっか行くのか?』って訊いたら『ああ、ちょっと用がな』って答えたじゃ
ん。あれがお前じゃなかったなんて言わせないぞ」
「…おお」
ポンと手を打つ一。
「そういや。出くわしたな。はっはっは失敬失敬」
その光景を鮮明に思い出し、バツの悪さを隠そうと後ろ頭を叩きながら笑いかける。
「なによ、やっぱり本当だったんじゃない」
「いや、アレはたまたま方向がそっちだっただけで、別に学校に行ったわけじゃないって
の」
「あ〜やしいな、あやし〜な。ほらほら白状しちゃいなさい」
「知るかボケぇ。関係無いっつったら関係無い!」
言い合う一と沙紀を見ながら、月兎は内心冷や汗をたらしていた。
あれは昨日の放課後――
「ねえ、月兎。そろそろ新聞部に入っちゃわない?」
帰る支度をしていた月兎に沙紀がそう訊いてきた。
「だから入らないって」
投げやりに一蹴する月兎。
そのやり取りは今に始まったことではない、最初に勧誘されたのは一年の時の二学期半
ばであった。
「なんでそうしつこいんだ?」
「だからぁ。月兎のお兄さんって雑誌の編集者なんでしょ? だったらその弟のあなたな
ら我が新聞部の貴重な戦力に成り得るじゃない」
「あのねぇ。編集者と記者の仕事を一緒くたにしてないか?」
嘆息混じりの月兎のツッコミに凍り付く沙紀。図星だった……。
「……ハハハ。えーと、だったら紙面の構成とかそれこそ記事の編集とかさぁ」
「どのみち――」
ガタッと音を立てて席を立つ月兎。
「どのみち僕に編集なんて無理だよ。あれは兄貴が自分の才能と誇りを持って就いた仕事
なんだから」
「んーッどうでもいいから部に入ってよ。一年三組の事件知ってるでしょ?」
今にも帰りだそうとする月兎のカバンを掴んで食い下がる沙紀。
「ああ、知ってるけど…?」
「あれの真相を解明して今度の記事にしたいんだけど、何の情報もないトコから始めるに
は今の部の人数じゃ足りないのよ。だから新たな戦力が必要なの」
「じゃあ、別に僕じゃなくてもいいじゃんか」
そう言ってカバンに掴まる沙紀を振りほどこうとするが、一層力を込めて掴み返す沙紀。
「せっかくの心当たりなんだから。首を縦に振ってくれるまではーなーさーなーいぃぃッ」
だだっ子のようにカバンを掴んだままブンブン大きく左右に揺らす。
「あのねぇ…」
揺らされながら苦笑し困り果てる月兎。
「あ! じゃあ僕が情報提供したら勧誘は諦めてくれるか?」
「え? うんうんいいわよ」
月兎の言葉に顔を輝かせつつパッと手を放す沙紀。
「実はあの日の夜に学校の方に向かう奴を見かけたんだ」
「え!? 誰?」
「八組の穂村って奴なんだけど」
そのへんは前述した通りである。
「ホントに?」
「うん、なんか慌ててた感じだったけど…」
これは月兎のフィクションである。
「へ〜そりゃもう犯人確定って感じね。ん、分かった。さっそく明日本人に訊いてみる。
じゃ〜ね〜」
手の平を返したようにあっさり月兎を諦めると、沙紀は帰ろうとしていた月兎を差し置
いてさっさと教室を出ていった。
「ふぅ」
友を売ることに罪悪感がなかったわけでもないが我が身には変えられない。
(穂村が犯人なわけないし、すぐに白だと判るさ)
一応そういった確信もあった上での情報提供だった。
(それが――)
一の疑いが晴れる様子はない。むしろ深まっているクサく言い合いが続いていた。
(すまん穂村。あぁすまん穂村。ホンマにすまん穂村)
「あんたもなにか言ってやりなさいよ」
月兎の内心での懺悔は、唐突に沙紀に振られて中断せざるをえなかった。
「え? あー……」
沙紀と一の顔を交互に見てから。
「幸い沙紀は穂村と同じクラスなんだし、追々尻尾を掴まえるってことでいいんじゃない
か?」
さらっと提案する月兎。沙紀の興味を一に向けることによって己の保身を謀る事にした
ようだ。
「うーん、まあそうね。それでもいいかもね」
「でぇい。俺は関係無いっつーの」
(あぁすまん穂村。実にすまん穂村。こうして人は大人になっていくのだなぁ)
勝手に一人しみじみ思う月兎であった……。
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