其ノ二・『闇にとろける酒臭(あま)誘惑(ワナ)


 二人の女が、大陸とゼダン島を結ぶ連絡船の甲板で寝そべっている。片方は金髪で、長い髪を後ろで結っている。もう片方はロングの黒髪だ。二人でバカンスといったところか。
「あまり焼くと、おハダに良くないのヨねぇ〜」
「あんな狭い部屋じゃ、寿命の方が縮んじまう」
 金髪の方は、青い瞳をぱちくりさせて言った。どうも、男言葉がクセらしい。そういえば、カッコの方も男っぽい。
「あんたは百まで生きるんだもんね。……ま、私は美しいまま死にたいから、こんなコトしてるんだけど……」
 黒髪の方が、ウィンクして言う。仕草が、いちいち色っぽい。服装は、肌を広く露出していて、いかにも彼女らしい。
 さて、この二人の職業というのが……
「た、大変だー! デスマンタが出たぁ〜〜!!」
 エイの形をした、巨大なモンスターが、船の上を飛んだ。そしてまた海へと消える。デスマンタはその際、胴体の裏にある口で、船員を二、三人、丸呑みにした。
「行くぜ、ノース!!」
「わかってるわよ、ユノ!」
 ノースが船室の上に立つ。ユノはその真下で剣を構えた。
「来るわ!!」
 ノースが上から叫ぶ。その彼女を狙って、デスマンタが再び海面から飛び上がった。ノースは腰に下げていたムチで、その上からデスマンタに一撃を入れる。
「一丁上がり!」
 と、ユノが言うが早いか、彼女の剣は、落ちてきたデスマンタの胴を真っ二つにしていた。船員や乗客たちから、一呼吸置いて歓声が上がる。
「お嬢さんたち何者だい!? いやー、ホレそうだぜ!?」
「モンスターハンターでもか?」
 その言葉は、全ての歓声をかき消した。ある者は青ざめ、またある者は恐怖に震えた。二人は黙って見合わせる。
「行こう、ノース……」
「ユノ……」
 そして二人は、再びデッキへと向かうのであった……。

 ところ変って、ここはゼダン島の港町ゼダン。この島にある町はここだけだが、都市密集型のジティー島と違い、島のあちこちに住居が散らばっており、実感的な人口密度は低い。所謂リゾート地なのである。
 この島の一番の特徴は、ドーナツ型をした、そのカタチだろう。丸い島の真ん中に、丸い、大きな湖がある。そして不思議なことに、湖には波が全く立たないのだ。そして、水は底が見える程に澄んでいる。そのため、ここの地酒は旨い。
「いい所なのねぇ」
 だからぁ〜、ナレーション読まないでってばぁ〜っ。
「この輪っか島に何があると言うんだ」
「見た限り、洞窟とか、遺跡とかはなさそうだし……」
 トウタとニーサが少しうんざりした表情で聞いた。先頭を歩いていたホンダは二人の方に振り向くと、開いた本を突きつけた。
「これだ。『輪の形をした島に、龍眠りたり。光、輪をくぐりしとき、龍、飛昇す。青き竜、深き所より古を運びたる』とある。今度こそ、“龍皇”に会えるハズだっ!」
 三人は宿場の1Fのバーに入った。しかし、どうもこのままでは酔わせてくれそうにない。巨体がこっちに飛んできたからである。
「うわっ!?」
 ぶつかって倒れたホンダのこめかみが、ケイレンし始めた。巨体を蹴り飛ばし、真正面を睨みつける。
「ヒトのメーワク考えろ、どアホウッ!!!」
「ホ、ホンダ君、あの人……」
 そこには、女の戦士がいた。さっきの巨体は、彼女のケンカの相手だったようだ。フツーならここで退くのだが、
「アヤマレ、コノヤローッ!!」
 ホンダの場合、男でも女でも全くひるまない。まぁ、男女差別のない男だとも言えるが……。トウタの場合と違い、障害となる奴は男女にかまわず切先を交わす。
「お前も、アレみたいになりたいのかっ!」
 彼女の指した方に、男どもが倒れている。勿論、彼女にやられたのであろう。
「やってみろ、金髪ヤロー!」
「小癪な……!」
 ホンダと女が身構えた。
「ち、ちょっとユノ!! 何してんのヨ!?」
 ワンレンの色っぽい女が、金髪女を呼んだ。
「ノース、止めんじゃねぇ! コイツをブン殴る!」
「バカ言わないでよ、この島に居られなくなっちゃうわヨ!」
 ホンダはキョトンとして、二人のやりとりを眺めている。ニーサとトウタも同様だ。
「……チッ、坊や、命拾いしたな……」
「坊やだと、てめぇっ……!!」
「どう、どう、どう……」
 なんとかニーサがなだめる。やがてユノとノースが外に出てゆくと、カウンターの影からマスターらしき男が顔を覗かせた。
「……金髪の女戦士は……もう行きましたか……?」
「……隣にいるじゃねぇか」
「ひ、ひィッ!??」
 マスターは顔をひきつらせて、左右を見回した。
「嘘だよ。もう行った。アイツ、何者なんだ?」
 ホンダは、マスターのリアクションが意外につまらなかったので、ぶすっとして訊いた。マスターが静かに答える。
「奴ら、あのモンスターハンターですよ……!!!」
「えっ……!!? ま、まさか、あの……?!」
 ニーサが青ざめる。
「あんな女どもが……??」
 トウタの手が震えている。
「何だ、ソレ??」
 一同、コケる。

 モンスターハンターとは、所謂『始末屋』である。殺しをメインに、裏の仕事は大抵こなす。そこまでは単なるギャングだが、モンスターハンターはその名の通り、魔物狩りまで請け負う。その恐るべき冷徹な戦いぶりに、人々は大凡震え上がったという。そしてある年を境に、モンスターハンターは姿を消したのである。
「何、ビクついてんだヨ。奴等がモンスターハンターなら、俺たちはトレジャーハンターだぜ」
「阿呆が……。やるなら一人でやれよ」
「どっちの、やるなの?」
 ニーサは、『殴る』か『殺る』かを訊いたのだが、トウタは別の意味でとってしまったようで、顔を真っ赤にしてうつむいてしまった。どんな意味でとったかって? ……子供は知らなくてよい。
「まぁ、あんな奴等相手にしてる暇ァ、こっちにゃ無ぇからな。とっととヤマぁ片付けて、龍皇に願いをきーてもらおうぜっ!」
 三人は湖に向かいながら、今回のヤマについて話していた。それを二つの影がじっと見ている。
「聞いた? ユノ。あんたが、ブッとばすとか言うから後つけてきたけど、い〜〜コト聞いちゃったわぁ〜」
「ブン殴るのはカンベンしてやるか……」
「それどころじゃあないでしょ、あのコ達のお手伝いして、最後に私達のお願い聞ーてもらうのヨ!!」
 ニヤニヤするノースに対して、ぶすっとしているユノ。
「ちょっとセコくねェか? 俺達だけで探しゃいいじゃねーか」
「あのコ達、トレジャーハンターでしょ! こういうコトは、プロの力が無いとうまくいかないわヨ!」
 仕方なく、ユノは頷いた。

 ゼダン島の中央、ドリック湖のほとりに、五人はいた。ユノとノースが少し離れたのを見はからって、ホンダはトウタに詰め寄った。
(おい、トウタ! てめェどうゆうツモリだ!?)
「な、何かの役には立つだろうと思ってな……」
 嘘がすぐ態度に出るのが、彼の弱点であった。ニーサは笑いを必死でこらえている。事情を知っているからだ。それに彼女は、どんなにホンダが問い詰めても、トウタが口を割るハズのないことをも悟っていた。
 トウタが逃げたので、ホンダはニーサに訊くことにした。しかし、
「知い〜〜らないッ。知ィィ〜〜らないッ」
 と云って、笑っているニーサを見て、諦めた。
 彼等が手を組んだのは、トウタの一存であった。ノースは三人の中で一番奥手な男を選び、その美貌を使ってトウタに仲間に入れてくれるように頼み込んだのである。
「奥手のコほど、たまってるモンなのヨ」
 とは、ノースの弁である。
 とにもかくにも、ここに同じ目的を持った五人が集まった訳だ。
「この湖に、龍皇が眠っているのね……」
 ノースが目を輝かせて水面に顔を写す。
 しかし……現実はそうナマ易しくはない。
「『輪の形をした島』ってのは、ココに間違いない。問題はその後なんだ。『光、輪をくぐりしとき……』たぶん、この島の中央、つまり輪っかの内側を何かがくぐった時、龍は飛ぶんだと云うコトだろう。だから、ココに何かのカギがあるかもしれないって思ってたんだが……」
「湖の中に、何かを入れるってコトじゃないか?」
 ユノがホンダに訊いた。ホンダは一つ頷いて、腕を組む。
「だとすれば、それが何なのか、が問題だな」
「カルラちゃん、『光』って云うくらいだから、宝石じゃない?」
 カルラとはトウタの名前の方である。
「ニーサ、お前……どう思う?」
 と、ニーサの方を見たホンダは目を丸くした。彼女の腕輪が、神々しい光を放ちながら、カン高く鳴いているのだ。
「この腕輪のコトなのかもしれない……その『光』って……」
 そう言って、ニーサは腕輪を水面に浮かべた。それは更に強い光を放ちながら、波一つない湖の上を滑ってゆく。やがて中央に辿り着くと、その光は音も止み、真っ直ぐ湖の底へ沈んでいった。しかし、その後はいくら待てど、何も起こらなかった。

 結局これがトドメになり、五人はひとまず町に帰るコトにした。酒場では、二人のおかげでタダで飲めてしまったのだが、そこからがチョット問題だったりする。
「オイ、カルラ……よォく聞けヨ……てめえはなァ……」
 ノースはもう一時間以上トウタにカラんでいる。一方、
「坊や、いい飲みっぷりねぇ……お姉さん、火照ってきちゃった」
 ユノはホンダを誘惑していたりした。……あれ??
 どうやらこの二人、酒が入ると性格が逆転してしまうようだ。しかも両者ともかなりの呑ン兵衛で、その間のことは忘れてしまうタチらしく、上戸としては最悪である。
 ユノをトウタの方へ預け、ようやくホンダは自由の身となった。四ツん這いで人の群れに紛れ、酒場を抜け出す。
「よ、よォ……ニーサ……」
 外で建物に寄りかかっていたニーサを見つけ、ホンダは声をかけた。が、どうも不自然である。
「どうしたの?」
「いや、俺は一人で月見酒もいいかな……なんて思ってな。そういうお前は、どうしてイキナリ外に出たんだヨ?」
 少し間を置いて、ニーサは下を向きながら答えた。
「……ホンダ君も、きっと来てくれると思って……」
「な、ななな何ゆーとるがね、お、おいどんがそんな……」
 コイツも嘘が下手だ。まあ女に限ってのことだが。
「ど、どうだお前も一緒に月見酒……いいヤツ持ってきたぜ」
「うん。でも、月は出てないよ……?」
 言われて空を見上げると、なるほど月は出ていない。しかも雲らしきものも見当たらない。
「この島じゃあ、今日は新月じゃないハズだけどな……。ま、いいか。月のヤツも、今夜は遠慮してるんだろう。カンパイしようぜっ」
 前髪を揺らして、ニーサがホンダの目を見ていった。
「何にカンパイしよう?」
「……俺達の……夢に……」
 二人のグラスは音を響かせ、そのムードを飾ってくれた。

「ぷはぁーーッ!!」
 湖から、ホンダの姿が上がった。キョロキョロと辺りを見回して、岸へと泳ぐ。
「だめだ、こりゃ。息が続かん」
 と、行きがけの駄賃として採ってきたシャケを陸に上げた。
「腕輪は、諦めろ」
「光もくぐらせたコトだし……一体、あと何が足らないのかしら……?」
 ノースが、トウタと腕を組みながら言う。トウタの方も、ようやく慣れたという顔つきをしている。昨夜、どこまでいったのか。
「『輪』はこの島、『光』は光る腕輪……」
 そこでニーサは、はっとしてホンダに向かって叫んだ。
「ちょっと待って! 伝説の『輪』の方こそ、あの腕輪かも……!!」
「そ、そうか!! 考えてみたら、腕輪なんだからな……」
 トウタが、そこで質問をした。顔は至って真剣だが、女と腕を組みながらでは、なんとも締まらない。
「ならば、『光』とは何を指しているんだ?」
「まあ待てよ。まだ『輪』が本当に腕輪を指しているかどうか分からねぇ。だろ? 坊や」
 ユノの言葉に、黙って頷くホンダ。
 やがてさっきのシャケをメインに、昼食が始まった。

 夕食が終わって、陽も完全に落ちた。だが、湖の方に変化は見られない。ホンダはあれからずっと一人で考え耽っていた。
(光ってのがもし、そのままの意味、つまり光学現象だとすれば……それは、或る特定の物のハズだ……。宝石……? いや、アレの場合、光とは言わん……光って言うのは、もっとこう……闇を開くような、そう、闇の中で感じられるモノ……『光』くぐると云うことは、それが『光』と感じられるモノで、動きとともに、『輪』を抜けてゆくと云うこと……………………そうか!!!)
 ホンダが自分の中で答えを出したのとほぼ同時に、上空で何やら音がした。空は漆黒に金箔をちりばめたように見える。星はあるが……
「何か、向かってくる!!」
 ユノとノースがいち早く何者かの気配を感じ、身構えた。ユノは長い剣、ノースは革製の鞭をそれぞれ手にしている。顔は天を見上げて、一点に集中しているようだ。
 バッサ、バッサ、バサバサ、ババババッ……!!!
 蝙蝠だ。巨大な蝙蝠である。しかも、何十匹と。
「きゃあああっ、ワ、ワーバットぉぉっ?!」
 ニーサをかばうように、ホンダが前に出た。
「多すぎる!!」
 ユノが地団駄を踏んだが、それでどうなる訳でもない。降りてきたワーバットを次々と斬ってゆく。少しずつ、傷を増やしながら……。
「古を狙う、人間どもを殺すべ!!」
 ワーバット達はそう叫びながら、五人の方へ突っ込んでくる。
 ホンダがナイフで刺し、ユノは斬り、ノースがひたすら打ちはたき、トウタはたたき割る……四人は、空中からの攻撃をひたすら攻撃で返し続ける。それは、善戦であると言えた。だが、彼等の体力は、確実に限界へと向かっていた……。

「うッ!!」
 ワーバットの体当たりを受けて、ホンダがふっ飛んだ。
「ホンダ君!!」
 叫ぶニーサに、一匹のワーバットが突っ込んでくる。人間のそれよりも発達した太い足が、彼女を襲ったのかと思われた、その瞬間――
「きゃああっ!!」
 身替わりとなって飛び込んだノースが、天高く連れ去られてしまった。そこで彼女はガクリと頭を垂れた。
「そ、そうか……ノースは高所恐怖症なんだ……」
 ユノが震える声で呟いた。
 続いて、ワーバットの叫ぶ声が聞こえる。
「グフグフグフ……古を、人間などに渡すものか、だべ!」
「その通りだべ。古を眠らせておくのが、我々の役目!!」
「どうやらこいつら、伝説を完全には解いてないようだし……」
 飛び回りながら、口々にわめきちらしている。
「ちっ……体が……」
「ホンダ君、大丈夫!?」
 ニーサが駆け寄るが、ホンダの傷はだいぶ深いようだ。
「今、お医者さん連れてくるから……!」
 と言って立ち上がったニーサの腕を、ホンダが掴んだ。そして首を横に振る。
「それより、俺の話を聞いてくれ、いいか……」

 ニーサは、ワーバットに見つからないようにその場を抜け出し、ゼダンの町まで走った。
『いいか、町へ戻ってアレを一つ買ってこい。それと、犬笛もだ』
 ホンダの言葉を口で繰り返しながら、ニーサは走った。

 ニーサが町へ着いた頃、湖では……
「ああッ!!」
 最後まで、孤軍奮闘していたユノが、ついに倒れた。そしてそのまま動かない。もはや、精も根も尽き果てたと云ったトコロであろう。
「ユノ……! トウタ……くそっ、コイツら何匹いやがんだ?!」
 ホンダが唇を噛んで吐きすてた。近くで倒れていたトウタが必死で立ち上がろうとするが、体がそれを拒む。
「トウタ……! 聞こえるか……??」
「ホンダか」
「伝説の……『光』ってヤツを教えとくぞ……。いいか、よく聞け」
 トウタは生唾をごくんと飲み込んだ。
「先ず、今日が何の日かって事と、この空に無い物ってのがカギだ。ワーバットの奴ら、俺達が探してる伝説の意味を知ってるんだろう。群れになって、『光』を必死で隠してやがる」
「……そ、そうか……!! 『光』は『満月』か!!!」
「そうだ。湖の“底の『腕輪』の”水面に『満月』の姿さえ写し出せば……」
 二人の間に確信が芽生えた。そしてそこに、女の声がした。ホンダとトウタが立ち上がる。
「ニーサ、買ってきたか!!」
「うん、はいコレ!!」
 瓶と犬笛をホンダに手渡し、ニーサはニコッと笑った。が、彼女はそのままホンダの体にもたれかかるようにしてバランスを崩してしまった。よほど疲れたのだろう。息が荒い。
「よく頑張ったな。後は俺達にまかせて、お前は寝てろ」
「うん……」
「行くぞホンダ!」
「よし、頼むぜ相棒!」

「今回の『龍』も、おそらく『龍皇』じゃあない……」
 そう言って、ホンダは湖へ瓶を投げ込んだ。
「よし、トウタ、頼む!」
 トウタが頷き、犬笛を力いっぱい吹いた。だが、何も聞こえない。当然だ。人間には、聞こえない……。
「うがァッ!?」
 ワーバット達が、次々と地面や湖に激突している。元来、蝙蝠というのは、自分で超音波という人には聞こえない周波数の音を出して、そのハネ返りを感じることによって周囲の地形などを読み取る。だがその音波に別の音波を混ぜてしまうと、彼らは正確な情報を得られなくなる。ホンダは犬笛(超音波で鳴る笛の為、人には聞こえない)を使い、ワーバット達を混乱させる作戦を企てたのである。
「くそ、人間め! ヒキョーなマネをっ……だべ!」
「こうなりゃ皆、一つになるべさ!!」
「んだ!!」
 ワーバット達がヨロヨロと宙に集まってゆく。そして一瞬、煙が立ったかと思うと、そこには更に巨大な一匹の蝙蝠があらわれた。そいつは、エコーがかかった声で言った。
「我が名は夜の帝王、コズモ……」

「事態は良くなったのか……?」
 トウタが小声で訊いた。
「さあな。後は『伝説』とオマエにかかってる」
「……分かった。任せておけ」
 二人はニヤリと笑い、頷いた。
「偶然ながら、ヤツが一匹になって助かったぜ!」

 犬笛を吹きながら、トウタが走る。その音にコズモと名乗った巨大蝙蝠は顔をしかめた。
「クッ……まだその手で来るか……愚か者!!」
 コズモは大きく息を吸い込み、強力な超音波を発した。犬笛はそれによってかき消されてしまう。それだけではなく、波の直撃を受けたトウタの頭に激痛が走る。彼は、思わず耳を塞いだ。しかし――
「無駄だ!」
 更に大きな音の波が、トウタを襲った。彼はたまらず、逃げるようにその場から背を向け、走り出した。そして、大きな岩の、丁度こずもの死角になる裏側に隠れた。
「待てぇッ!! 逃げるか、下衆めーー!!」
 そこで一つ羽ばたいたのが、コズモの失態であった。今迄その影に隠れていた満月が、その姿を湖に写しだしたのだ。水面に写った光は、その明るさを増してゆく――。
「死ね!!」
 それに気づかず、音波で岩ごと吹っ飛ばす。そこで、ようやくトウタは動かなくなった。否、動く必要がなくなったのである。二人のおとり作戦は、成功したのだ。
 後ろを振り向いたコズモは、絶叫した。
「しっ……しまった……!!!」
 湖と月が、金色の光の帯を造っている。やがて湖水が波立ち、うねり始めた。そして、光の帯に沿って次々と昇ってゆく。その様は、まるで……
「伝説は、この事をうたっていたのか……『青き龍』……」
 ようやく立ち上がってきたユノが、呟いた。
「こうなれば、貴様等を殺し、再び古を眠らせるまで!!」
 コズモの目が光った。
「こっちには、人質もいるのだからな……」
 そう、その足にノースの命は文字通り、握られているのだ。ホンダとしても、さすがに今回は見捨てる訳にはいかない。
「ふっ」
 ホンダが自信満々の笑みを浮かべた。水の柱から、何かが飛び出し、ノースの顔に中身をぶちまける。瓶の中身は酒だった。
「何だぁっ!? てめぇは!!」
 目を覚ました彼女は、まさに別人であった。ノースであった頃の高所恐怖症も、今ではすっかり忘れている。そして、靴に下げてあるサバイバルナイフを抜き、コズモの羽に突き刺す。
「何をする!? そんな事をしたら――!!」
 蝙蝠の羽というのは、一ヶ所でも破けると、飛べなくなってしまうのである。コズモも同様、真っさかさまに落ちていった。
 下では、ユノがホンダに中指を立てている。
「一歩間違えたら、とんでもない事になる……。よくもこんな作戦立ててくれたな」
「頭いいだろ? 動けねェ時は、考えるしかないって事だ」
 ニヤリと笑って、ユノは言った。それは、ホンダに届いただろうか。
「大馬鹿だよ……。俺が惚れる位のな……!」
 ユノの剣は天に真っすぐ翳され、落ちてくる巨大な物体を捕らえていた。ノースの真下には立ち上がってきたニーサ、トウタ、そしてホンダがマントを三人で広げ、待ち構えている。
「はぁッ!」
 ユノが跳び上がり、剣を一閃する。その次の瞬間には、コズモの体は立てに真っ二つになっていた。
「お……のれ……!! 魔族の歴史に栄光あれ――!!!」
 絶命する刹那、コズモは断末魔の雄叫びをあげた。

「さすが、ユノだぜ。俺のパートナーだけの事はある」
 そう言ったのはノースだ。まだ酔っている。
「最後は、オレたちが決めたようだな」
「……ああ。助かったよ」
 ホンダとユノは見合わせて、ニヤリとしてみせた。
「ホンダ!」
「どうした?」
 トウタの呼ぶ声に、ホンダが振り向く。トウタは、一対のピアスを手にしていた。
「何だヨ、コレ……??」
 ユノも覗きこむ。
「ワーバットは、これを守っていたのよ……」
「こんなモノをか? ……なんでまた……」
「伝説の中や、ワーバットの言葉にあった『古』ってのが、コレ?」
 ニーサは、『青の龍』が落としてくれた腕輪をピアスに近づけた。すると、いつかのそれのように、二つの『古』は金色の光を放ちながら、カン高い音を響かせる。
「共鳴しているのよ。二つの『古』が……!!」
 ニーサの言葉に、皆は息を呑んだ。

 傷だらけの五人がゼダンの町に帰ると、そこでは島民達の厚いもてなしが待っていた。その次の日の夜は、島をあげての宴が開かれた。
「もう、お酒なんて見たくもないわ……」
 頭を抑えながら、ノースが呟いた。その様子を見て、ホンダがニーサに耳打ちする。
(お前、何て云う酒買ってきたんだ??)
(……え〜と、確か……リキュールとかって……)
 メチャクチャキッツイお酒である。
「大丈夫か?」
「うん……」
 トウタとノースが寄り添って座る。その先は見ざる聞かざる言わざる、である。
「ユノさん、この後はどうするんですか?」
「どうするかな……一人旅ってのも気楽でいいな……」
 グラスを揺らして言う。まだ呑んではいないが……。ニーサの質問の中には、ノースをどうするかというのも含まれている。
「ホンダ君……あの二人、どうしたらいいのかな……」
 ニーサの言葉に、ホンダはぞんざいに返した。
「さあな。そいつは奴さんが決める事だ」
 その言葉に間違いは無いだろうと、ユノとニーサは頷いた。旅立ちの朝は、近い。

 次の日の朝、ユノは静かに部屋を出た。誰の姿もない廊下をそろりそろりと歩く。ニーサの部屋、トウタの部屋の前を通り過ぎ、ホンダの部屋の前で立ち止まる。そして小声で呟いた。
「また、会おう」
 再び歩きだし、すぐ止まる。そこは、ノースの部屋であった。
(バイバイ……)
 心の中でもあくまで小さく、彼女は呟く。昨夜泣き腫らした目から、また涙が出た。流れる前にそれを拭きとり、ユノは宿の外まで、足音と声を殺して走った。
「うっ……」
 我慢はそこで切れ、やはり涙は流れてしまった。モンスターハンターとなった時から忘れたはずのそれは、とめどなく、彼女の頬を伝わり、落ちてゆく。それを止めるには、少し時間が必要であっただろう。その声がなかったならば――――
「ユノ!」
「――えっ……お前、どうして――?!」
 そこで待ち伏せていた影の名を、彼女は口にすることができなかった。

「ユノ! 起きたか?」
 そう言ってドアを開けたホンダの目の前に、ユノの替りに一枚の手紙があった。
『俺は一人で旅を続ける。ノースの事は頼む――――ユノ』
「アイツらしいぜ……」
 そこに、トウタが飛び込んできた。息を切らせて、目が血走っている。こういう彼は珍しい。
「ノースさんがいなくなってる! こ、こいつを残して……!」
 それはやはり置き手紙であった。そこには、こう書かれている。
『カルラ、ごめんなさい。寂しがり屋のユノを、やっぱり一人にはできません。でもいつか、あなたの元に戻ってきます。待っていてとは言えません。自分勝手を許して下さい。どうか、お元気で――――ノース』
 ふっと笑って、ホンダはトウタの肩を叩いた。
「惚れ合ってんなら、また会えるだろ。……昼には行くぞ」
 ホンダが部屋を出てきたのを見て、ニーサは心配そうに訊いた。
「トウタ君、大丈夫かなぁ……」
「ヒトの恋愛を心配してどーすんだ。ほっとけ。そのうち良くなるだろ」
 しかし、その後数日間、トウタは一言たりとも話すことを拒んだという――。

「良かったのか?」
「そっちこそ」
 互いの人の良さをつつき合いながら、ユノとノースは甲板で寝ていた。
「ホントはトウタの奴が心残りなクセに……」
 とユノが聞こえるように呟けば、
「自分だって、ニーサちゃんが居ただけでホンダ君から身を引くなんて、ガラにもないコトしたじゃない」
 などとノースが返す。
「なんだと、てっ、てめー!」
「やる気!!」
 ユノがノースの掌に一発、パンチを叩き込む。そこで二人は一緒に吹き出してしまった。そんな二人を鴎や太陽や潮風が、静かに見守っていた……。

―終―