其ノ三・『恋と王子と町娘・影と炎と大逆転!!』
世界一天に近い所にある城――ミービッシ国の王が住む城は、そう謳われている。段々になっている土地の一番上にミービッシ城、その下に農地が広がっている。そこでは、この国の特産品である菜の花が一面に植えられ、観光の目玉としても利用されていた。一番低い所(と言っても海抜高度は結構あるが)には城に最も近い村、デマンテがある。
「何の情報も無いまま、こんな所まで来ちゃったけど……」
アレ? 君達、いつもの伝説とかはどうしたの?
「見つかんなかったんだヨ! 今回は!」
「行き当たりばったりか。阿呆」
「うっるせェ! ピアス野郎! ホモくせェんだよ!!」
「フン、どうやら殺されたいらしいな」
二人がおっぱじめようとした、その時――。
「村が見える! きっと、デマンテのむらよぅ!」
●
「エフティー!」
男が、井戸で水くみをしている女の名を呼んだ。
「あ、パゼロくん。おはよう」
長い黒髪を一つかき上げて、微笑む。パゼロと呼ばれた少年は、彼女の水瓶を持ってやった。
「ありがとう、パゼロくん。重いでしょ?」
「だ、大丈夫だよ、これくらい」
(ギャ〜〜重い〜〜死ぬ〜〜)
心の中で叫びつつ、ヨロヨロと歩く。その先に、宿屋が見える。
「後は大丈夫よ、ごめんね。私今からお店の仕事あるから、またあとで会える?」
その言葉に、パゼロは大きく頷いて、手を振った。店の中に彼女の姿が消えると、彼は村を出た。そして山を登る。やがて菜の花畑が目に入って来た。
「パゼロくん、おはよ〜〜ぉう。今日も頼むよ」
「はい」
と言うと、彼は今度は野良仕事を始めた。
一体彼が何者なのかというと、実はこの国の第一王子である。そんなヒトが何故、こんな所で農民に混じって野良仕事に精を出しているのかというと、少し説明に時間がかかる。
今より数ヶ月前、パゼロは城の抜け穴を偶然知った。ほとほと飽きていた城の生活から逃げ出すために、彼はそれを利用して城を抜け出したのだ。
山を下って菜の花畑に着いた彼は、いたく野良仕事が気に入り、手伝いをさせてくれるように頼んだ。農夫たちは喜んで彼を仲間に入れてくれた。野良仕事は、彼にとって始めての労働であったが、若い体は疲れよりむしろ喜びを感じていた。
太陽が真上に昇り、昼食どきを報せた。やがて、パゼロの耳に若い女の声が届いた。
「皆さん、昼食をどうぞ」
「オゥ、すまないねェ、エフティちゃん」
これが、パゼロとエフティの出会いだった。エフティに目を奪われたパゼロに、彼女はおむすびと言葉をわたした。
「お手伝いしてくれてたんですね。ありがとうございます」
この瞬間、彼の中に眠り続けていた恋心が目覚めた。
それからというもの、毎日城から抜け出しては、野良仕事やエフティと会うのを楽しみに、王子であることを隠して村に下りてくる日々を送っているのである。
●
「シングルを三つですね、ありがとうございます」
エフティはニッコリと笑って、おじぎをした。
「皆さんも『龍』をお探しなんですか?」
「えっ!? ナンデそれを……??」
ホンダ、ニーサ、トウタの三人は目を丸くした。
「城に、『龍』にまつわる伝説があるって、結構有名な噂ですよ」
「ホントか?!」
ほんだが身を乗り出して訊いた。
「さぁ……城に入れてもらえないみたいですよ。皆さん、それで帰ってしまうんですけど……」
「エフティ、弁当さ届けてきておくれ」
奥から声がしたので、彼女は三人に礼をして行ってしまった。
「ヒョータンからコマが出やがった……」
トウタの呟きに、ニーサも頷いた。ホンダは独り、ニヤついている。
●
窓の外を見て、ミービッシ国王は拳を震わせた。
「パゼロめ……。また外で遊び呆けているようだな」
その表情は冷たく、怒りに満ちている。
「誰かおらぬかッ!?」
「はッ!!」
そこに、騎士団長ジートが現われた。
「兵を派遣し、パゼロを連れ戻すのだ! 急げ!」
「――!!」
●
菜の花畑にやってきたホンダは、大きく伸びをした。そして辺りを見回す。年配の男達に混じって一人、若い男が見える。金色の髪を揺らしながら、一所懸命に野良仕事をやっている姿は、どことなく不自然に思えた。そう、パゼロである。
「じゃあ、一休みにすんべェ!」
「はい!」
パゼロは畑のはずれにある東屋に向かった。そこに、エフティの姿が見える。
「パゼロ君、お茶とお弁当持ってきたよ」
「ありがとう、エフティ!」
「ううん、いつもガンバってくれてるんだもん」
その様をじっと伺うホンダ。
(はは〜ん……さては……)
やがてエフティや農夫が仕事に戻り、食事に手間どったパゼロが一人とり残された。すると、どこからか声がした。
「王子! やっと見つけましたぞ!」
ビクッとして立ち上がるパゼロ。完全に血の気が退いている。声のした方をそろりと振り返ると、
「やっぱり、ミービッシ王子だったか」
ホンダが云った。そして、短刀をパゼロに投げる。
「家紋付きのヤッパなんて落としたら、スグにバレるぜ。ハニーにも」
すべてを見透かされ、顔を真っ赤にするパゼロ。ホンダは一呼吸置いてから、続けた。
「別に誰かに言いふらそうってハラじゃねーんだ。実は、アンタの家にある……」
そこで、ホンダの言葉は止まった。上から、何者かの気配がしたのだ。――ひょっとしたら、城の者かもしれないと、ホンダとパゼロはそっと隠れた。案の定、城の兵士が現われる。
「オヤジの奴がキレちまったかァ? 力づくでも連れ戻すツモリだろう」
「そ、そんな……」
「捕まりたくねェんなら、俺についてこい」
そう言って、ホンダは藪に入って行った。少しためらって、パゼロもその後を追う。
●
「王子……」
「だと……?!」
ニーサとトウタは驚いた。散歩がてらに、国の後継ぎを連れてきてしまったのだから、ムリもない。
「パゼロ=ミービッシと申します」
「そうそう、お前の家にある、『龍』にまつわる伝説……って何のコトだか分かるか? 俺達の探している『龍』に関係があるかもしれねぇんだ」
パゼロは首を振った。横に……。
「あれは代々、国の王にしか目にする権利はありません」
まァ仕方ないか、という表情をするホンダ。
「ニーサ、王子様頼むぜ」
「はァ〜い」
ニーサと王子を部屋に残し、ホンダとトウタは自室へ戻った。
●
「いらっしゃいませ……」
エフティはカウンターに来た二人組を見て、首をひねった。城の兵士などが、宿に泊まりに来るだろうか。
「あんたがエフティか……王子の寝言に出てくる……」
「王子はどこだ!?」
二人の言ってることの意味が分からず、キョトンとするエフティ。それを見て、兵士は一つ一つ調べていった。エフティが止めようとするが、聞こうとしない。
「ちっ……ここにも居ねぇ……」
最後の部屋に、二人の兵士が向かう。一人がドアを開けた。
「きゃあっ!」
そこには、タオルを巻いただけの艶姿で立っているニーサがいた。兵士たちはあわててドアを閉める。
「く、くっそう……どこかに逃げちまったようだな……」
「仕方ない、王様のいいつけ通り、お前に来てもらうぞ!」
兵士の一人が、エフティの腕を掴む。(鼻血がちょっとマヌケだ)
「やめて下さい、私が何を……」
そしてもう一人が、彼女の首を打ち、失神させた。
●
パゼロは頭を抱えたまま、激しい自己嫌悪に陥っていた。
「ボ、僕……城に戻らなきゃ! エフティが今頃、どんな目にあっているか……。僕のせいで……!!」
「自分を責めたところで、何になる。お前が悪いだなんてことは、言わなくとも分かる!」
トウタが吐きすてた。パゼロが少し落ち着いたのを見て、ニーサが声をかける。
「今、ホンダ君が見に行ってくれてるから……ね?」
●
「パゼロが戻り次第、すぐに婚儀をあげる。パゼロに有無は言わさぬ。そして城の見張りを強化させ、二度と外には出させんつもりだ」
(ひょォーー。ひっでェ話だぜ)
盗み聞きするホンダ。勿論、天井裏にいる。
「連れてきた娘は只今牢に入れておりますが……」
騎士団長が畏まって言う。
「事が終われば、自由にしてやるものを……」
しかし、王は厳しく言い放った。
「ならん! パゼロが戻ったら殺せ」
(な――!!?)
●
戻ってきたホンダから事情を聞いたパゼロは、真っ青に顔色を変えた。そして、すくっと立ち上がる。
「行かなくちゃ……エフティを助けなきゃ!!」
あせるパゼロを、ニーサが一喝した。
「あなた一人で何が出来るの!? それこそ、エフティちゃんを殺すようなモノでしょッ! 少し頭を冷やしなさい!!」
「……す……すみません……」
どっちがエラいんだか……。情けない王子である。
「とにかく、明日にでもまた兵士がやってくるだろう」
「ああ。この町にずっと隠れているのも無理だ。……そこで、だ」
ホンダは小声で、皆に言った。暫くして、他の三人が同時に生唾を飲み込む音がする。
「――……ホンダ君、それって……」
ホンダがその言葉に、ニヤリと笑って頷いた。
●
「王!! 大変です!!」
「何事だ、騒々しい……」
ミービッシ王はしかめっ面で騎士団長ジートを睨んだ。
「そ、それが……パゼロ王子がデマンテの村で人質をとって立てこもっているのです!」
「考えたな……こちらは立場上、突入という訳にもゆかぬからな」
少し間を置いて、王はジートに命じた。
「兵の数を増やし、村を完全に包囲しろ!」
「はッ!」
●
「ふゥ〜ッ。すまないな、エフティを助け出すためだ」
ホンダは溜め息を吐いて、そこにいる女性に謝った。
「いえ……私もあの娘の母親ですから……」
ホンダは金髪のかつらをかぶったまま、窓の外に叫ぶ。
「エフティを出すんだ! さもないと、この人の命は無いよッ!!」
彼は声色をつかって兵士達を脅した。トレジャーハンターならではの特技である。宿の中から外の様子をうかがう。
「よ〜し、おあつらえ向きに、援軍までよこしてくれたぜ」
さて今回の作戦は、先ずホンダがパゼロに変装し、村にたてこもり、城の兵士を少しでも多く引き寄せることから始まる。そして、その間に他のメンツは……
●
菜の花畑の作業用通路を、城の兵団が駆け抜ける。ニセパゼロを捕らえるために……。チーン(合掌)。
兵団が見えなくなり、辺りが静かになると、やがて菜の花畑から誰かの頭が飛び出した。
「ホンダの作戦通りだな」
続いてもう二つ。
「今なら、城の警備は手薄なハズです!」
「行きましょう!」
●
三人は城門が見える所までやってきた。
「さすがにココは兵士さんがいるみたいね」
「僕が使っていた抜け道から入りましょう」
パゼロを先頭に、城の裏へ向かう。そこには彼の言った通り、人が一人やっと通れるような穴があった。通路は10メートルくらい続き、やがて地下通路の床下に顔が出た。しかし、トウタはそこで止まった。
「足音がする! パゼロ、戻れ!!」
コツ、コツ、コツ、コツ……
声をひそめてトウタが呟いた。
(二人か……ここの兵士だな)
「あの女の子、可愛かったな」
「殺されちまうんだろ? かわいそうにな……」
(!!)
兵士達の会話に、パゼロが微妙に反応する。
「牢の外から、何度も声をかけようとしたけど、あんな悲しい顔されたら、逃がしちゃいそうだったからな」
兵士たちが立ち去って、三人はようやく床からはい上がった。
「牢屋だ、行くぞ!」
トウタが駆け出す。
「あの……」
パゼロが声をかけた。トウタが振り返る。
「そっちは逆方向ですけど……」
お約束、お約束。
●
牢の間に、パゼロが飛び込んできた。
「エフティー! エフティ、どこだ〜!?」
しかし、返ってくる声はなかった。続いて入ってきたニーサとトウタも、彼女をさがす。
「……うるせェなぁ……さっきからドタバタと……何があったんだ?」
囚人の一人が目を擦りながら、むっくりと起き上がった。
「お、おい、ここに捕まってた女の子を知らぬか!?」
パゼロの態度に囚人は少しムッとしたようだ。
「ヒトにモノを訊ねる時には、多少の礼儀っていうのがあるモンじゃねェのか? ん、兄チャン」
鼻息の荒いパゼロを、トウタがなだめた。
(……いいか、王子……。こういうヤカラにはそれなりの礼儀をつくさねばならん……そこで見ていろ……)
トウタが囚人の前に座った。そして、懐から水筒を一瓶取り出す。
「リキュールだ。コイツで話してくれないか」
「おっ、悪くねェな。……で、そこに居たカワイ娘ちゃんの事だったよな……。確か、兵隊の言ってたコトにゃ、今から処刑場に行くとかなんとか……」
「!!」
三人の表情が一瞬凍る。
「パゼロ君! 処刑場ってどこ?!」
「城の中庭です! ここからだと、一度二階のバルコニーまで行かないと行けません!!」
「急ぐぞ!!」
トウタが牢屋の出入り口に向かって駆け出そうとしたその矢先、大きな声とともに、大きな鎧を着た大男が入ってきた。
「こんな所におわせましたか、王子様……」
「お、お前は騎士団長……ジート……!!」
ジートがパゼロを見下ろす。威厳では、比べようもないほどに不利だ。ジートの右手に剣が握られている。金の鞘、朱の柄……その派手さも大きさも、トウタの剣より一回り上である。
「さあ、私と一緒に来て頂きますぞ……」
「イヤだ!!」
「ほう……ならば、力づくでも……」
そう言って剣を光らせた。そして、一歩一歩ゆっくりと三人に近づいてゆく。その顔には笑みさえ浮かんでいる。
「下がってろ……。ここは、俺が引き受けた」
二人の前にトウタが歩み出た。剣を抜き、ジートに向けて構える。ニーサとパゼロはその際、確かに彼の声を聞いた。
(俺がこいつを引きつける。そのスキに、処刑場へ向かえ……)
二人が頷いたのを背中で感じ、トウタはフッと笑った。
「貴様が私の相手をするだと……? いいだろう、かかって来い!!」
●
ジートの剣が一閃し、トウタの胸あたりを掠めた。ジートはトウタの剣とその後ろで逃げるタイミングをはかるパゼロ達とを次第に押しやってゆく。
「ちっくしょう……化け物かッ?!」
トウタが起き上がりながら吐きすてた。もう一度剣を構え直し、ジートと対峙する。
「降参するなら、見逃してやろう。……どうするかね?」
口の中を切ったのか、トウタが血混じりの唾を吐いた。
「誰が! 貴様こそ、逃げるなら今だぜ?」
「上等だ!!」
二つの剣が再び交錯する。その瞬間、ジートの顔が歪んだ。顔に何か水のようなものがかかっている。
「譲ちゃん! 坊や、今のうちに逃げろ!」
さっきの囚人が、リキュールを撒いたのだ。
「くそう……卑怯な……!!」
「行け! ニーサ……パゼロを頼むぞ……」
その言葉に頷きながら、ニーサはパゼロの手を引きながら、ジートの横を駆け抜けた。
「小僧……何故逃げぬ……?」
「……貴公と、ハンデ無しでやってみたくなったのでな……」
顔を拭い、立ち上がってきたジートはトウタを見て、少し笑って剣を構えた。
●
昇り階段を二回駆け上がると、光が見えた。そこには広いバルコニーがある。ニーサは辺りを見渡した。正面に階段がある。二人はそこまで走った。階段の下に処刑場はあった。
「エフティーーーー!!」
「――! パゼロ……ついに現われおったか……」
「パゼロ君!」
久し振りに聞く彼女の声に、哀しみが混じっていたのが、パゼロには許せなかった。
「エフティ……ごめん……。何にも関係ない君を、こんなことに巻き込んでしまった……」
「パゼロ君?……あなた……」
パゼロは唾を飲み込んで静かに言った。
「……うん。ボクは……ボクの名前はパゼロ=ミービッシ。この国の第一王子……」
その事実を知らないのは、エフティだけだろうと、ニーサは思った。
「父上! ボクはここまで来た。エフティを帰してやって!」
怒りを噛み潰してパゼロが叫ぶ。しかし、ミービッシ王は冷たい笑みを浮かべたまま、言った。
「パゼロ君! この人達、君を殺す気よ!」
エフティが叫ぶが、それは言わずもがな、である。
「エフティ、君はボクが助けてみせる!!」
パゼロが剣を構えた。ニーサも武器を手にする。
「上等よ、パゼロ君。私も援護するわ!」
●
巨体が崩れ落ち、動かなくなった。
「ハァ……ハァ……さすが騎士団長……だな……」
壁にもたれながら立ち上がり、勝利をかみしめる暇もないまま、トウタはゆっくりと牢屋の間を出た。頭がボウッとする。彼の体は彼の思い通りには動かなくなってしまったようで、トウタは部屋を出たところのT字路の突き当たりに、そのまま突っ込んでしまった。しかし、その瞬間、彼は壁の中に吸い込まれた。
「ここは……?」
そこには祭壇があり、一つの指輪が祭られている。トウタはそれを手に取ってみた。すると一瞬バチッと衝撃が走り、指輪はどこかへ消え飛んでしまった。ピアスが少し光る。
「なんだったんだ??」
彼は頭をかきながら、その部屋の出口を探しはじめた。
●
「パゼロ王子!! 人質を解放し、おとなしく出て来て下さい!」
「アイツら、アレしか喋れねェのかァ??」
欠伸をしながらホンダが呟いた。すると、何かが目の前に落ちる。指輪であった。それは何かを彼に伝えたがっているように、ホンダには感じられた。
「――これは……ひょっとしたら――!!」
エフティの母がホンダの顔を、心配そうに覗く。
「すまん! 俺、城に行ってくる!! アイツら、ヤバイかもしれねー!」
「わかったよ。王子様は逃げたって言っておくよ」
ホンダはエフティの母に一つ頭を下げて、建物から抜け出した。そして兵士達のスキを見て包囲網をくぐり抜け、一気に駆け出す。
菜の花畑に着いたホンダは、花の中に身を隠した。城の方から兵士が走ってきたからである。彼等の会話が聞こえる。
「城にパゼロ王子が現われたらしい。町にいるのはニセモノのようだ」
「うむ。急いでデマンテの兵士を連れ戻し、ニセモノを捕まえなくては……」
兵士達が走って行ったので、ホンダは花畑から出た。しかし次の瞬間には、町の方から兵士の大軍がやってくる。ホンダは辺りを見回した。
「……菜の花か……仕方ねェ……!」
そう言って、マッチを擦る。一輪の菜の花に火がついたかと思うと、あっという間に炎が花畑に咲き乱れた。兵士はそこで足止めをくってしまっている。必死に消火しようとしているが、菜の花は植物オイルの固まりである。簡単に消せる訳がない。
「あばよ、消火活動でもしててくれ」
ホンダは再び駆け出した。
●
パゼロの剣がまた一人、兵士を打つ。彼は、みね打ちで戦っていた。皆、城の生活で知っている者たちである。そのために、彼は刃を向けられずにいた。ニーサにしても、そんな彼の気持ちが分かるのか、深くは斬らない。ひたすら手首のあたりを狙って斬りつけてゆく。
そんな中、微動だにせずほくそ笑んだままのミービッシ王を見て、ニーサは思うところがあった。
(あの目……人間の目の輝きじゃないわ……)
しかし、それ以上考えるには少し敵が多すぎる。頭の片隅に置いておくのがやっとだ。
「フッ……どこまでやる気かね……」
そのとき、王の目がキラリと光った。すると、さっきまで気絶していた兵士達がムックリと起き上がり、二人に次々と襲いかかってくる。
「ど、どうなってるんだ?!」
パゼロが慌てた。逆に、ニーサは肩で息をしているものの、落ち着いた表情で王の顔を睨みつけている。
兵士達がじりじりと二人の周りをとり囲んでゆく。そして彼等が飛びかかろうとしたそのとき、ニーサが王に鏡を向けた!
「ぐぅッ……かッ……鏡か――!!」
王は雄叫びを上げたかと思うと、その体を震わせた。彼はそのまま倒れ込み、唸り声を上げ始めた。やがてその体の下の影から、何かがうねりながら現われた。兵士が動かなくなる。
「影が……実体化したっ……!?」
「私の術を鏡によって解くとは……人間のクセに、なかなか賢いですなァ……」
それは、真っ黒な体に真っ赤な口で笑みを作った。
「父上!! しっかり……」
影から出てきた何かが笑いながら言った。
「私にとりつかれた者は、その時点で命を私に渡すことになるのです。ムダですよ、死んでます……フフ……」
その言葉を聞いて、ニーサがハッとして言う。
「そ、そうか……あなた、シャドウね!?」
「フッフッフッ……そのとおりです。私はシャドウ……名はラウザーと申しますが。私はこの城のどこかにあるという、ある物を探し出すために、ここに忍び込んだのですよ」
パゼロの表情が哀しみと怒りであふれている。
「父上を……よくも! そのうえ、エフティまで……。お前だけは、絶対に許さない……!!!」
そんなパゼロを無視して、ラウザーはニーサの方へ歩み寄ってきた。だがセリフはやはり、パゼロに向けられているようだ。
「坊や。私を殺す為には、私が乗り移った者を殺さなくてはならないのだよ……」
そう言って、ラウザーはニーサの右手を叩いた。彼女の手から、鏡が落ち、粉々に砕ける。
「しまった!!」
「フフ……私は他人の体に入らないでいると、どんどん退化していってしまう。そろそろ貸してもらうか……君の身体を……」
ニーサに向かって、ラウザーが突っ込んで来る。彼女の影に、ラウザーが乗り移ろうと飛び込む直前、弾丸の様に飛んできた一人の男が、ニーサを突き飛ばした。
「クッ……何奴?!」
ラウザーの振り返った先には、一人の傷だらけの剣士がいた。
「トウタくん!!」
「コイツが今回の黒幕か」
「フッ……いいだろう、死にたい奴からかかって来なさい!!」
●
城門の真正面からスタスタ歩いて来る人影がある。
「さて、どうやって入るのかねぇ」
などと言って門を蹴破ろうとしている。そんな事をするのは、彼しかいないだろう。そう、御存知ホンダ君である。
「コイツもいっその事、燃やしちまうか……」
あんたトレジャーハンターとちゃうんか。
「あ、そうだったっけ。なら、この針金で開けよう」
門を開き、ホンダは城内へ入った。中はロウソクの火だけが照明となっているので、薄暗い。そんな所をスキップと鼻歌とをおりまぜて歩こうとする男など、コイツの他にはいるまい。
「いやに静かだなァ……。誰か隠れてたりして……」
ガサゴソッ!!
「うわぁーーッ?!!」
背後に気配を感じ、ナイフを突き立てる。恐る恐るその先を見てみると――――ただのネズミであった。
「ちっ、急いでんのに、驚かせやがって!!!」
これではネズミ君も浮かばれまい……合掌。
●
トウタの剣は、確実にラウザーを捕らえている。……しかし、ラウザーは全く無傷のままであった。実体を持たないラウザーには、物理攻撃が全く効かないのである。
「フフ、どうしたのかね? もう終わりなのかなァ??」
「くそっ、やはり乗り移ったトコロを狙うしかないのか?!」
一方、パゼロによって救い出されたエフティもやってきた。ニーサは彼女の体を見てケガが無いところを確めると、大きく息を吐いた。
「ケガは無いようね。じゃあパゼロ君、彼女を連れて、逃げなさい! ここは、私達が食い止めるから……」
「できません!!」
パゼロより先に、エフティが言った。しかしニーサはそれよりも早く、トウタとラウザーの戦場の方に行ってしまっていた。自分も、と駆け出そうとするエフティを、パゼロが止めた。
「今キミやボクが行ってもダメだ! 足手まといだよ!」
「私にだって、できる事はあるわ」
エフティはパゼロの目を見て言った。その言葉が何を意味するのか、勉強不足のパゼロには分からなかった。
「……エフティ?」
彼女の目に涙が浮かんだのを見て、パゼロはやっと彼女の考えを理解した。
「まさか、自分がシャドウの“入れ物”になる気じゃ……」
エフティが小さく頷く。
「だめだっ! それなら、ボクが行く!……君だけは、君だけは……この僕が死なせはしない!! この命に換えても……」
「ありがとう……」
彼女は、パゼロのスキを見てキスをした。パゼロの唇にふっくらとした感触が残る。何かを言おうとした彼の体は、その瞬間動けなくなってしまっていた。
「エ……フ……ティ……。君、口移しに……しびれ薬を……??」
「ごめんなさい、王子……。私……三年前の、王子を初めて見た国祭の日から、ずっと王子をお慕いしていたんです。数ヶ月前にあなたと出会った時、一目で王子様だと分かりました」
「エフ……ティ……」
パゼロの瞳から、涙の粒が落ちた。
「でもあなたは自分から王子である事をおっしゃられなかった……。だから、私も今まで知っている事を黙っていたんです……」
そこで、悲鳴が聞こえた。
「うわぁっ!!」
「きゃぁぁぁッ!!」
トウタとニーサの体が吹っ飛ぶ。ラウザーがゆらりと立ち尽くしている。今、地に足をついて(?)いるのは、彼とエフティだけだ。パゼロが、トウタが、ニーサが彼女を助けようとするが、体は全く云う事を聞いてくれない。
「ふぅむ……この方々の体は、もう使いモノにならないようですねェ……仕方ない、あなたの体をいただきましょうか……」
ラウザーはそう云うと、エフティの方へ歩み寄ってきた。音も立てずに、ただスライドしているように見える。
「さよなら、パゼロ君……」
エフティは後手にナイフを握りしめている。乗り移られる前に自決しようという考えなのだろう。しかし――
「お嬢さん、甘いですネ」
ラウザーの手がひゅるりと伸び、そのナイフを叩き落とす。
「!!!」
「フッフッ……なかなかいい考えでしたが……残念ですネェ」
エフティは死を覚悟し、目を閉じた。
「では、あなたの体を頂戴致しましょう!!」
ラウザーが、エフティの影に飛び込む――!!!……??
……彼女はゆっくりと目を開けた。いつまでたっても『死』の実感がやってこなかったからだ。すると、目の前からラウザーは消えていた。気配も全く感じない。ふと足元を見ると、ナイフの刺さった一匹のネズミが横たわっていた。エフティの影の微かに外である。
「これは……?? シャドウは……?」
「間に合ったようだな。皆ボロボロじゃねェかよ。ナサケネェ」
「その声は……!!」
後ろからの声に、エフティ達は振り向いた。
「ホンダくぅん!!」
泣きながら、ニーサが叫んだ。ホンダはニヤッと笑って、親指を立ててみせた。
●
「来てみたらイキナリあの娘が襲われてたから、あわてて手に持っていたものを投げつけたんだ。そしたら、ソイツ消えちまったんだよな」
ホンダの言葉に、ニーサが頷いて言った。
「死んだネズミの影に、ラウザーは乗り移ってしまったのねぇ。だから、ラウザーは……死んだのよ……」
「なんて行き当たりバッタリな……」
パゼロが溜め息混じりで言った。まだ体が動かないようだ。
「なに言ってんだ。てめーらが寄ってたかって歯が立たなかったヤローをだなァ、俺は一人でやったんだぞ!……まぁ、そのネーチャンの力も少しはあるケドな」
と言って、ホンダはパゼロの手当てをしているエフティを見た。
「あ……ありがとうございます……」
「度胸だきゃ、タイシタもんだ! そこで動けなくなってる王子様よりゃ、しっかりしてんじゃねーのか?」
「いやあの、コレは……」
エフティの顔が真っ赤になってひきつる。パゼロも冷や汗をにじませている。そんな二人を残して、ホンダはニーサとトウタの方へ向かった。
「遅かったな。死んだのかと思ったぞ」
「てめェ〜」
「まあまあ二人とも……」
トウタが売って、ホンダが買う。そこをニーサがなだめるいつものパターンである。
「行くぞ」
そう言って、ホンダはトウタとニーサに肩を貸した。
「ホンダさん、トウタさん、ニーサさん!?」
「もう行っちゃうんですか?」
パゼロとエフティが引き止めようとする。が――
「俺達の用事は済んだからな」
「幸せになってね」
「自分の国くらい自分で守れる王になれよ」
三人の姿が消えると、倒れていた兵士達が次々と起き上がり出した。彼等は新しい王と后を迎えるための眠りから覚めたのである。時代は今、変わったのだ。
●
トランペットの唄が、辺りを包んだ。暖かな日と柔らかな風が、新王の戴冠式と結婚式を祝う。パゼロは后の名を呼んだ。
「エフティ……僕は今、世界で一番幸せだよ」
しかしエフティはその言葉に首を振った。
「世界で一番幸せな夫を持つ私の方が、もっと幸せだと思うわ」
二人は今、間違いなく『世界で一番幸せな相手を持つ』夫婦であるといえるだろう。
●
「あの城にある『龍』にまつわる伝説ってのは、コイツのことだろ」
三人が船の上で話している。もっとも、二人は寝たままだが。
「たぶんな。俺が隠し部屋で見つけた時には、祭壇に祭られてたようだったしな」
「その指輪に何が隠されてるのかしら?」
三人は少し考えたが、答えが見えてこないので止めた。
「ま、いいか。そのうち何か分かるだろ」
「そうねぇ。次はどこ行くの〜?」
ニーサの言葉に、ホンダは少し口ごもった。
「考えてないな……。大馬鹿が……」
トウタが売った。
「なんだとー!? このキンニク猿ゥ!!」
ホンダが買った。
「あ〜ん、やめなさいってばぁ〜!! 二人とも少しはパゼロ君見習ってオトナになりなさいよォ〜〜」
ミービッシの地から船が離れた。次は、何が彼等を待ち受けているのだろうか……??
第一部 ―終―
…………の前に、
その頃、例の畑では……
「うぎゃ〜っ、はっ、花が灰になっちまってるだよ〜」
では皆様ご一緒に。――――――合掌。
第一部 ―ほんとに終―