其ノ四・『憂いの巫女と夢買人ギャンブラー・サガと云う名のポイズン


 カラカラカラ……
 騒がしい部屋の中で、ディーラーがルーレットを勢いよく回す。続いてそこに白い玉を落とした。その場にいる者が皆、それの行く先を見守る。やがてその玉は一つのポケットに収まった。そのポケットは、ある者にとっては地獄への門であり、また、ある者にとっては────
「00(ダブルオー)ォォォゥ!!!」
 歓喜と悲鳴が一斉に起こった。ディーラーのみ、黙って次のベットを待っている。
「また、『夢買人(ドリーマー)』のレガか!!」
「今日五度目の大当たりよ!!」
 ディーラーが、倍率通りのチップをテーブルの片隅にいる若者に滑らせた。山のようなチップを目の前にしても、その若者は非常に落ち着いた態度で、その全てをテーブルの上の「16」と書かれた所に置いた。
「今日は、早めに帰らせてもらうよ」
 皆が注目する中、再びディーラーの腕がルーレットを回す。

 レーネ村は、深刻な過疎化に悩まされている農村である。そこにこんな田舎には似つかわしくないと思える、タキシードをまとった若者がやってきた。さきほどの、『夢買人』レガである。
「勝ったよ。コレ、いつもの」
 彼は、一人の男に大きな袋を手渡した。中身は勿論、さっきのカジノで勝ってきた金である。
「すまない。じゃあコレは代表のジュコウ殿に渡しておくよ」
「頼むよ」
 レガは男と別れ、自分の家へ向かった。レガはこのように週に一度はフジという町にあるカジノで勝負し、勝った金を村に寄付しているのである。

 ドアが静かに開く。彼女はそれをずっと待っていた。
「兄さん、おかえり」
 レガの妹、シーである。この兄妹の家系は代々、女性は巫女として神に仕え、天災などが起こった場合は、その命を神に捧げ、神の怒りを鎮めるという役目を負っていた。しかしシーの場合、兄のレガがその事を村人に隠しているため、巫女としての人生を強制されることは無かった。
「兄さん、今日ね……」
「スマン……ちょっと疲れてんだ」
「……そう……」
 レガがフジの町でギャンブルを始めてからというもの、二人の時間が減った。それが、シーには不満であった。
(兄さん……)

 そんなある日、レーネ村で臨時集会が招集された。村の代表、ジュコウは皆が集まったことを確かめると、ゆっくりと口を開いた。その面もちは、どことなく暗い。
「ここ三週間以上、雨が全く降らない……。これはおそらく、神の怒りだろう。作物も弱りはじめ、土地も枯れてしまっている。そこで、何かいい案はないだろうか?」
「ジュコウよ、生け贄なんてのはどうだ??」
「ふむ……しかし、この村に神に捧げられる巫女はおらん」
 レガは生唾を飲み込んで、シーの肩を強く抱いてやった。
「レガ、お前は何かいい考えね〜か?」
「いや、ない……」
 シーの体が少し縮こまって小刻みに震えている。
(もし、シーが巫女の血筋なのがバレたら……)
 レガはもう一度、シーを抱く腕に力を込めた。

 所かわって、ギャンブルの町、フジ……「西の果て」とも呼ばれているこの町は、無法者たちであふれかえっている。最近の日照りで空気は乾燥しきっていた。あちらこちらにカジノがあり、そこだけは活気に溢れている。
「ふっふっふ。ついにここまで来たぜ」
「なんだ、今回はズイブンと自信ありげだなァ」
 男二人は町の中のとあるカジノで話し合っていた。賭けには一切興味が無いようだ。
「今のウチに発声練習でもしておけよ。自分の願いが叶うんだ。いい声で頼みたいだろう?」
「ほう。その自身の根拠は何だ、ホンダ?」
 ホンダは手に抱えていた一冊の本をトウタに見せた。
「なに……?『西の荒野の庵にて、二つの願い天に届きし時、光の龍現れ、古の王の封印が解かれる』──むう……どういう事だ?」
「まだ意味の方は分かんねーよ。ただ西の荒野って言ったら、ここら辺のことだろ。まずは庵ってヤツを捜そーぜ」
 トウタが頭を抱える。早くも今回の失敗を悟り始めているようだ。そんな彼を尻目に、ニーサが今日何度目かの歓声を上げた。彼女はさっきから、ここのギャンブルにハマリきってしまっている。
「ホンダくぅ〜ん、見て見て〜♪」
 ルーレットの台の上に、山の様にコインが積まれている。それをまた、台の数字の上に置いた。ディーラーがまた白い玉をルーレットの上に落とす。白い玉はルーレットの上で跳ね、やがて一つの運命を決めた。ニーサはまた大喜びだ。コインの山が、また一つ高く聳えた。
「すげぇな……ビギナーズ・ラックってヤツか」
 驚くホンダを、更なる驚きが襲った。
「コレ、ホンダくんにアゲルよ。好きに使っていいよ」
「へっ?? い、いいよ、お前が勝った金じゃねェか」
「いいの……。お願い、使って。私、こんなの要らないもん。それに、ホンダ君に使ってもらえれば、私も嬉しいから……」
 ニーサのいじらしい仕草に、ホンダの顔が少し赤くなる。
「そ、そうか。なら、ここはヒトツ、コイツに全部賭けてみるかな。運だめしってのも、悪くねェだろ」
「うん、がんばってね」
 ホンダは「00」と書かれた所に、コインを全て置いた。まわりから心地良いどよめきが起こる。
(悪くねェな〜)
 などと心中呟くホンダの隣で、同じく「00」に賭ける男がいた。男は白いコイン(10$コインで、ホワイトとも言う)を五枚、台に置き、残り一枚のコインを握りしめた。周りから、さっきと同じくらいか、それ以上のどよめきが起こった。
(ん? 何だ、コイツ……)
 とホンダが思っていると、周囲の人々の会話が彼の耳に入ってきた。思わず耳に手を立てる。
「おい、アイツ……」
「ああ、あの『夢買人』だぜ……。どうしたんだ? ズイブン負けちまってんじゃねぇか……」
「あれも借金らしいぜ。どうやら、ヤツの『奇跡』も底が見えたな」
 その会話が終わらないうちに、ディーラーが玉を落とした。ホンダがベットをやりなおそうと思った時には、すでに結果が出てしまっていた。
「あ〜〜〜〜」
 溜め息と苦笑いが次々に浮かぶ。玉は「16」のポケットに収まっていた。
「なんてこった……スマン、ニーサ……」
 がっくり肩を落とすホンダに、彼女は優しく微笑んでみせた。
「気にしないで。もともと無かったモノだし……ね?」
「ああ……」
 ホンダはふと、さっきの男が気になって辺りを見回した。そして出入口の所で帰ろうとしている彼を見つけた。

 レガはカジノから出た。すると二、三人の男がいつの間にか彼を囲み、うすら笑いを浮かべていた。
「坊ちゃん、いや失礼……夢買人さんよォ?」
「ヒヒヒ……『買』ってるヒマあったらよォ……」
 一人が、レガの鼻っ面を殴りつけた。建物の壁にそのまま叩きつけられ、腰から砕けるように崩れ落ちるレガ。
「その『夢』でも売って、金にしな!」
 そこに、小太りな中年の男が現れた。いかにも「金持ってんどォ〜」といったカンジだ。ポマードやら葉巻やらのニオイもカンペキである。
「貸した金は返してもらわないと、貸したことにはならんのだよ、夢買人君。……やれ!!」
「くっ……!」
 南無三、と二発目を覚悟したレガに衝撃はやって来なかった。タネは、「ある男」である。
「待て待て、待てって!!」
「ん? 誰だ、お前は?」
「無ェモンは叩いたって出ねェって。どうしても取り立てたいんなら、そうだな……オレが体で払ってやろうか?」
「いや、その気はない。ワシはノーマルなのだ」
 少し青くなりながら、中年男は言った。
「ちげーって。労働力だよ、労働力」
「なに……? ふぅむ……。しかしキサマ、それほどコイツに惚れとるのか??」
「違〜〜うって言ってんだろ! 勿論、何も言わずに借金の肩代わりなんてしねェよ。ダンナ、ヒトツ俺とハッてみないか??」
「ギャンブルは嫌いじゃないが……」
 中年男はニヤリと笑った。気風はいいようだ。(まあ、タダのギャンブル好きなのかも知れないが)
「方法は決めさせてやろう」
「サンキュ。じゃあコイツでやろうぜ」
 と言って、中年にコインを投げつけた。10$(ホワイト)である。
「よし。……表(トップ」
「じゃあ俺は裏(テール)だ」
 男の手からコインが弾かれ、もう一度手の中へ飛び込んだ。ゆっくりと開いた手の中から、裏になったコインが現れる。
「おマエさんの勝ちだ。どこでも行きな」
「お、親方!!」
「黙れ! ……行くぞ」
 そう言うと、中年男は闇へと消えて行った。後ろでレガが起きあがってきたので、男はそちらを向いた。
「ア……アンタ、何で俺を……??」
「ん? いやまァ……キマグレだよ、キマグレ。ハッハッハッ」
「な、名前を聞かせてくれないか?」
 男はニヤ〜ッと笑って言った。そしてレガにコインを投げる。
「フフフ……ある時はさすらいのギャンブラー、またある時は夜の帝王……。そしてその実体は、今世紀最高のトレジャーハンター、ソウタロウ=ホンダってのは、俺のコトだぁ〜〜っ!!!」

「アニキ、こっちです!」
「その呼び方はよしてくれ……」
 レガを先頭に、ホンダ、ニーサ、トウタが続く。昨日の件でレガはホンダに惚れ込んでしまったようで、敬意を込めて「アニキ」と呼んでいる。しかしホンダにとっては、あまり気色の良いモノではない。
「いいじゃないホンダ君。土地に詳しい人がいてくれた方がやりやすいし」
「それにしても……お前、この辺りじゃ名うてのギャンブラーだったらしいな。勝つのが普通の男だとか。それがつい最近、急に負けだしたっていうじゃないか」
「はい……。実は、妹の事でちょっと憂いごとがありまして……。ギャンブルに集中できないんです。まぁ、ただ単にツキがなくなっただけかもしれないっすけど……」
 顔は笑っているが、心中はいかがなものか。
「このところ日照り続きで、うちの村の作物は大きな打撃を受けています。そこで村の皆が雨を呼ぶためにいろいろと策をこうじていますが、いまいち効果がなくて……。妹のシーが巫女の血を引いていることが皆にバレたら、たぶん生け贄とかにされちまう……」
「巫女……。でもその血が何か力を秘めたものなら、ひょっとしたら何らかの別の方法で雨を呼ぶこともできるかもしれない……」
 ニーサが言った。
「どうでしょう。たとえそれがあったとしても、俺は皆に巫女の話はしませんね。……見えてきました。あれが村です」
 レガの指した方にうっすらと建物の影が浮かんでいる。

 村に入ると、村人の姿が見えない。レガの中に、妙な胸騒ぎが生じた。彼らは、レガの家へと急ぐ。すると、家の前に村人たちが集まっているではないか。
「シー、出てこ〜い!」
 村代表、ジュコウの声が響く。
「何だよ!? シーに何の用だァ!?」
 ドアの前に仁王立ちして、レガが叫んだ。
「レガ……シーの奴、巫女の血を引いてるらしいじゃないか」
「な……?! お前、どうして……」
 そこで慌てて口を塞ぐが、もう遅い。
「やっぱり……。近頃様子がおかしいから、村の者に尾行させていたんだ。そしたらシーが巫女だと聞いたというじゃないか」
「ジュコウ、アンタ何考えてんだ……??」
「神の怒りをおさめるためだ。仕方あるまい……」
「――てめェ……!!」
 レガが怒りを込めて吠えた。握った拳をトウタが抑する。冷汗を拭いながら、ジュコウは言った。
「すまん……しかし、我々にはこの方法しかないんだ……」
 彼は、自分を含めた「人間」という生物の非力さを謗るような表情を見せた。レガはそれを見て、正直、ぞっとした。追いつめられた人間というのは、表情も行為もこれほど醜くなってしまうのか……。
(レガ、お前の妹なら大丈夫だ。行くぞ)
 トウタの声に、驚きの表情を見せるレガ。何か言おうとした彼のみぞおちに、一瞬衝撃が走る。そのまま彼は、ゆっくりと気を失った。

「兄さん、レガ兄さん!!」
 聞き覚えのある、鳥のさえずりのような声が、レガの目を覚ました。
「シー……か……?!」
 倒れていた体を急いで起こし、レガはシーの体を抱き締めた。
「なにがどうなってるんだ??」
「ホンダ様に、助けていただいたの。ここはフジの町の宿屋さんよ。兄さんを、トウタ様がおぶってここまで……」
「そうだったのか……ところで……」
「ああ、ホンダ様たちだったら、ロビーにいらっしゃるわ」
 二人はロビーへと向かった。そこには確かに、あの三人の姿があった。
「ヨォ、起きたな」
 ホンダがそう言いながら、レガの肩を叩いた。
「アニキ、トウタさん、ニーサさん、ありがとうございました……」
 レガとシーが深々と頭を下げた。
「いーのよ、そんな事しなくても……」
「あ、そうだ……オマエらさぁ、この辺で『庵』って知らねェか? 俺達はそれを探してここまで来たんだがよ」
 兄妹が一瞬、顔を見合わせたが、二人とも首を横に振った。
「すいません……力になれなくて……」
「気にするな。……ホンダ、やはり何か別の物を暗示しているんじゃないか?」
「ん〜〜〜分からん。よし、こういう時は気分転換だ!」
 ホンダは勢いよく立ち上がった。

 ホンダ、トウタ、レガの三人は、町のカジノへとくりだしていた。ニーサとシーは留守番である。
「『25』!!」
 どよめきと、コインを寄せる音で、辺りは何も聞こえなくなった。レガの姿に、誰もが注目する。
「次は……『16』だ!」
 恐ろしいまでに高く聳えるコイン。すでに『16』のスペースは見えなくなってしまっている。ディーラの回したルーレットはもはや、彼の味方となっていた。
「『16』だ!!」
 結果はやはり、レガの勝利であった。
「『夢買人』の復活だァ!!」
 カジノの空気は、最高潮に達している。そしてその頃、もう一つの人だかりがある男を囲んでいた。
「ま、また『777』だぜ!!」
 トウタの回しているスロットの下に、数え切れないほどのコインが転がっている。人の目に弱いトウタは俯きながら、同じ動作を繰り返していた。
 そんな中、一人はずれてバーで飲んでいる男がいた。
「い〜気になってっけどなァ、奴等ァ俺の子分みてェなモンなんだヨ。なのにナンデ、大将で言い出しっぺの俺様はスッカラカンなんだ〜〜ッ!!?  ……てやんでぃ、べらぼうめ」
「お客さん、もうその位にしときな」
 グラスを丁寧に拭きながら、マスターが話しかけた。と、そのときである。
「きゃああっ!?」
 出入り口に辺りから叫び声が聞こえた。三人は騒然となった場内をくぐり抜け、そちらに向かう。すると、そこには傷だらけの男が横たわっていた。
「お、おいしっかりしろ!!」
「村の奴だ……。オイ、一体どうしたんだ!? まさか、村で何か……」
「……うう……レガ……か……」
 うっすらと目を開け、ボロボロになった村人は、レガに弱々しく呟くように話した。
「村が……魔物に……襲われ……た……。ア、アイツら……み……」
「……み?!」
 レガが訊き返すが、村人は既に息絶えていた。そこに、騒ぎを聞きつけたシーとニーサが駆け込んできた。ホンダが二人に事情を説明する。
「レーネ村が……」
 一気に血の気が退き、シーは倒れそうになった。トウタはレガに言った。
「戻ろう。本当だったら、このまま見捨てる訳にもいくまい」
「そうよ、レガ君。あなたの気持ちは分かるけど……」
 レガは黙ったままだ。そんな彼にシーが優しく話しかける。
「兄さん……戻ろう……。私の事なら大丈夫だから……」
 その言葉に、彼は無言で頷いた。

 がっぽり稼いだ『逃走費用』を担ぎながら、レーネ村へと向かうホンダ一行。担ぐ役は、一番負けた者という約束だ。
「ん? アレが……レーネ村か……?? なんか、前にここらで見た時より小さくなったカンジだな」
 ホンダ以外の者が、頷き合って一斉に駆けだした。一人取り残され、茫然自失となるホンダ。
「お、おい待てよ〜?」
 と、急いで後を追う。背中の『逃走費用』が、重い。

 村は、半分以上の建物が焼かれ、壊されていた。レガはそんな中で一人の男を見つけ、名を呼んだ。
「ジュコウ!! 一体、これは……!?」
 レガの姿を見た瞬間、彼は驚きの表情を見せたが、やがて今度はがっくりと肩を落とした。
「魔物が襲ってきたんだ。二匹……」
 ジュコウの言葉にトウタも納得した。
「この荒れ様じゃあ、それしか考えられんな。しかし、二匹とは……」
「奴等は……『巫女を出さないと、村を消す』と――」
「そんなバカな!? どうしてこの村に巫女がいると……??」
「その前に、何故魔物が巫女などを……それに、巫女そのものを知っているのもおかしな話だ」
 そう言ってトウタはジュコウを見た。
「言っておくが、我々は魔物なんぞに教えとらんぞ!! それに……村をこんなにされたんだ」
 俯いたままで、ジュコウは唇を噛む。
「トウタ、そんなら手ッ取り早く、奴等ントコ行って、話つけてこよーぜ」
 と、ホンダがナイフ片手に叫んだ。そしてそれをニーサに渡す。
「けど、奴等がどこに居るのか分からないだろ」
「フッ……この俺様に任せとけって!! テメーらはここで待ってろよ! 行くぞ、トウタ!」
 駆け出すホンダの後を、慌ててトウタが追う。二人の姿が見えなくなって、ジュコウは唾を飲み込んだ。そして――

 地面に、妙な形のくぼみがある。それは、西の山の方まで続いているようだ。それが何かわからないトウタ。
「ホンダ、こいつは……?」
「足跡さ。鳥みてェだろ? ……おそらくコイツは『テング』だろうな」
「テングだって?? でもあいつらは魔物じゃなくて、山の守り神……いや、住人みたいなモンだろ? どうして……」
 チッチッチッとホンダ。
「巫女を知ってた事……あの破壊力……少数の集団行動……そしてこの足跡……村の奴に聞いたトコロじゃ、夜だったから姿こそ見えなかったらしいが、どうやら空を飛んでたってことだ。全部ひっくるめたらテング以外に考えらんねェ」
 なるほど、と腕組みするトウタ。
「だったら話し合いで何とかなるかもな」
 しかしホンダは、いつもの楽天的な考えはどこへ行ったのか、
「どうだろうな」
 と、うそぶくだけだった。

 足跡は山を登り続け、あるときは獣道を造りながら、あるときは林の中をくぐりながら延々と標を残してくれていた。
「洞窟の中に入っていったようだな……」
 山肌に走る亀裂の途中に、人がやっと通れるような洞窟があり、足跡はそこの中へと続いている。二人はやはり、足跡を追った。
「意外と明るいな……。やはり何か居るんだろう」
「人間か……? だったら、すぐここから去れ!」
 奥の方から声がした。身構えるトウタ。
「テングだろう? お前達……。何故、レーネ村に?」
 その答えは、あらかじめあった知識と同じものだ。
「村の巫女……神に仕える者を探すためだ」
 声とともに、二つの影がホンダ達の前に現われた。やはり、テングのようである。鳥と人間をかけ合わせたような姿形は、テング独特のものだ。
「俺はホンダ。こっちはトウタだ。レーネ村からの……使いみたいなモンだな」
「そうか。だが、話すことは無いぞ」
 ぞんざいに返す片方のテングを、もう片方がなだめた。
「兄さん、いけないよ。……こちらは兄のビーオ、私は妹のテアズです。お察しの通り、私達はテングです。種別で言えば、カラステングという事になりますが……」
 テアズは丁寧におじぎをした。
「実は私達も、この日照りには困っているのです。そこで、レーネという村に代々受け継がれている『巫女の力』を借りようと思ったのですが……」
「どうして巫女の事を?」
 あくまで、冷静に、ホンダが訊ねた。
「俺たちの中でも、そういった教えくらいあるんだよ。人間の社会を知るのも、俺達が生きてゆくためには必要なのさ」
 ビーオの答え方は、相変わらずぞんざいである。
「それにしても、何も村をあそこまで壊すことはないだろ」
 トウタの一言に、ビーオがキレた。
「なんだとォ!? アレはなぁ……!!!」
「兄さん、やめて!!」
 トウタに殴りかかろうとしたビーオを、テアズが慌てて抑える。それを見ていたトウタはキョトンとして、ホンダの方を見た。
「先にやってきたのは、人間の方だった……そうだろ?」
 ホンダの声に、目を丸くするトウタ。対照的に、テングの兄妹は力いっぱい頷く。
「そうさ! 話し合いのつもりでレーネまでやってきたのに、アイツらは俺達を追い出そうとした。そればかりか、妹を……テアズを殺そうとしたんだ!! ……だから、気付いた時には……」
 悔しそうに、ビーオが拳を震わせた。横に控えていたテアズも、涙を浮かべながら言った。
「兄さんは、私を助ける為に力を解放してしまったの……。だけど、確かにやり過ぎてしまったと思います。そのことについては、追ってお詫びしたいと思います……」
「そんな事する必要は無い!!!」
 ビーオが満面に怒りを表しながら吠えた。
「奴等が悪いんじゃないか……奴等が……」
「兄さん……」
 身を震わせながら、ビーオが呟いた。
「帰ってくれ……」
 二人は、その言葉に従うことにした。

 洞窟を出た二人を待っていたのは、武装した村人達であった。皆、鉄クワやオノなどを手にしている。
「ここが魔物の巣か? よし、行くぞ!!」
 先頭にいるのはジュコウである。
「アンタら、どうしてココに??」
 ホンダの問いの答えは、既に明白であった。
「つけてきたんだよ。お前達が本当に役に立つかどうか分からんからな。……その様子じゃ、カタはついていないようだな。仕方ないから、我々が行く! どけっ!」
 ジュコウ達の行く手を、二人が阻む。
「待てよ、テングに聞いた話しじゃ、お前達の方から奴等に斬りかかったらしいじゃないか」
「当たり前だろう。アイツら魔物と我々人間では、力では勝負にならん。それなら先手をうつのが常だ」
「しかし、テング達は村へ話し合いに来たんだぞ!?」
「信じられぬな」
 トウタの言葉を次々と受け流すジュコウ。舌戦では年長者に分があるようだ。騒ぎを聞きつけてテングにより、場は一段と騒然となる。そのドサクサに、ホンダとトウタの二人は背後から首を打たれ、気を失った。

「……ダ君、……ンダ君、……ホンダ君ッ!!!」
 その声に、ホンダはぼんやりと目を覚ました。すると、トウタ、レガ、そして隣にいるニーサが縄で縛られていた。体が動かないのを感じるところ、自分も同様のようだ。
「ニーサ!」
「ホンダ君、ホンダくぅぅ〜〜〜ん……」
 泣きだした。タイミングを見計らったかのように、レガが言う。
「あのあと、ジュコウにやられました……。気絶したところを、縛られたようです。……シーも、おそらく」
「ここに居ないのか。……ん? あ、あいつら……!!」
 少し離れた所で、二人のテングと村人達が戦っている。村人は一人、また一人とテングの一撃をくらって倒れてゆく。勿論、テングの方も無傷とはいかずに、浅くはないとみえる傷をいくつか負っていた。
「馬鹿な事を……。どちらかが勝って、どうなるモノでもあるまい……」
 トウタが目の前の光景を蔑むように、吐きすてた。しかし、身動きのとれない今、彼等になす術は無い。
「……ん?」
 レガの手のあたりに、何かが触った。後ろが薄畑のようになっていたのである。手の甲から血が垂れるのを見て、はっとする。
(こいつは……)

 やがて戦いも激しさを増してくる。とくに、村人の戦いは、大健闘といえた。がっぷり四つの戦いである。しかしそれも一人の少女の登場によって、暫し落ち着きをみせた。
「シー……ちゃん……」
 ニーサの目の前に、村人に連れてこられたシーの姿があった。彼女は巫女の衣装をまとい、物憂げな表情でそこにいた。その姿はやはり、神の許し得る『美』をかもし出している。
「テングども!! 巫女はこっちに居るんだ!」
「……くっ……」
 ジュコウが、動きの止まったビーオに叫んだ。シーを人質にするつもりであろう。ホンダ、トウタも唇を噛む。このままでは、どうやっても彼女は助からないのだ。――しかし、
「お前等、動くなァ〜!」
 声の方を、全員が振り向く。そこには、なんとシーにナイフを突きつけているレガの姿があった。
「お、お前どうやって縄を……?!」
 震えているジュコウに、レガは答えてやった。
「薄の葉だよ。コイツで縄を切ったのさ。さあ、お前達そのままでいろよ!」
 レガは捕らわれたままの三人の縄をナイフで切った。
 ジュコウ達村人勢は、すっかり戦う事を忘れその場に立ち尽くしている。ビーオ、テアズも同様である。レガは、彼等に言った。
「てめェら、よォ〜く聞けッ!! コイツが欲しいのなら、俺と勝負して勝ってみろ!!」
 思いもしなかったレガの言葉に、その場に居た者全員が少なからず驚いた。逃げもせず、勝負とは……。
「兄さん……」
 レガに何か考えがあることを悟っていたシーは、彼に優しく微笑んだ。
(このままじゃいけないってコトを、兄さんは分かってる……)

 レガは懐から一つの瓶を取り出し、皆に見せた。中には丸く平べったい、白いラムネのような粒が二つ入っている。
「こいつは『毒(ポイズン)』だ」
 静寂の中、固唾を飲む音が響く。続いて、ポケットから毒薬にうり二つの錠剤のようなものを取り出す。
「この中に、一つだけこの普通のラムネを入れる」
 言葉通りに、瓶の中にラムネを入れてみせるレガ。さらに、瓶を数回振り混ぜる。瓶を足元に置き、彼はゆっくりと説明を始めた。
「勝負の方法は簡単だ。この瓶の中から各自一つずつ取り出し、食べる。ラムネを取った奴の勝ちだ。この方法なら、負けた後につべこべ言う事もないしな」
 全員、例外なく背筋が震えた。負ければ、即ち死を意味するのである。
「村の代表、テングの代表、そして俺の三人で勝負する。反対意見があれば聞いとくぜ?」
 すかさず手を挙げるジュコウ。
「む、村の代表ってのは、俺じゃなくてもいいんだな??」
「……さあな。それは、後ろの奴等にでも聞いたらどうだ」
 ジュコウの背後で、村人達の冷たい眼差しが光っている。彼はあっという間に縮こまり、何も言わなくなった。
「しかし、お前の賭けに、お前自身が参加するのは、公平とは言えないんじゃないか?」
 こちらは、とっくに肚の決まっているビーオだ。その意見にジュコウも続く。
「そうだそうだ!! お前、自分が勝てるように仕組んでいたりしているんじゃないのか??」
「それは無いが……仕方ないな。じゃあ代理人を頼むことにするさ」
 おそらく皆一様にしてぞっとしたに違いない。
「その女だな。そいつなら、場をブチ壊したりもできないだろうしな……」
 ジュコウが冷たく言い放った。ニーサの顔色が変わる。
「フザけるな!! 俺がやる! おいレガ、俺にやらせろ!!」
「……大丈夫です、アニキ……。――じゃあニーサさん、お願いします」
 レガの自信に押されて、ニーサはこくりと頷いた。暴れるホンダを、トウタが抑える。
「話せ、トウタ!! ニーサが……」
「待て、あのボウズ、何か考えがあるみたいだ……」
 まだ何か言いたそうなホンダに、トウタは更に付け加えた。
「あの顔は、奴が勝つ時に見せる顔だ……!」
 同じタイプの悪友を目の前に、トウタは力強く言った。

 瓶を一人ずつ振ってゆく。最後にニーサが二、三回振った。次に、レガが一人一人を順番に廻り、瓶の中身を取らせてゆく。やはりニーサが最後の一つをつまんだ。
「……当たりは、一つ――!!」
 ジュコウ、ビーオ、ニーサの三人の間に、暫し緊張した空気がおとずれた。
「おい、レガ」
 ジュコウだ。
「何だ?」
「これで死んだら、怨むぜ」
 レガはニヤリとして、
「好きにしな。……けど、お前は死なないよ」
「……なに……??」
 次にビーオが、レガに言った。
「俺は別に怨みはせん。だが俺が負けた時、妹はどうなるのか……。どうか、コイツだけは見逃してくれないか??」
「妹さんのコトなら、心配ない。ただ、アナタも死なないだろう」
「……??」
 レガが瓶を置き、いよいよ勝負である。しんとした辺りの間が、死に対しての恐怖を一層あおりたてる。
「……死んでやるッ!!」
「南無三……!!!」
「あむっ」
 三人が一斉に白く、丸く、平べったい『ポイズン』をほおばる。一瞬、凍ったような緊張が辺りを包む。しかし次の瞬間には、青ざめた顔をした二人の男は同時に『運命』を吐き出してしまった。やはり死ぬのが恐いのだ。彼等を尻目に、ニーサは口の中の物をポリポリと噛み砕き、そのまま飲み込んだ。
「甘い!」
 甘ずっぱいラムネの爽やかな味と香りが、彼女の舌の上に広がる。その様子を見ていたホンダが、冷や汗を浮かべたまま、地べたにへたり込んだ。
「…………助かった〜〜」
 ジュコウとビーオの吐き出した物を手に取り、レガは二人に言った。
「よく見てみろ。コイツは確かに『毒(ポイズン)』だが、食わせて殺す『毒』じゃあない。……コレは、人の『性』を『毒』に変えるモノなのさ」
 口の中でコーティングが取れたそれの表面に、『50』という字が見える。
「これは……『50(ホワイト)』チップ……!?」
「御名答!」
 負けたジュコウとビーオは俯き、黙り込んでしまった。やがて、ビーオの口が震えつつ、開いた。
「……俺達は……今迄お互いに殺し合いをしてまで、自分だけへの利益を求めていた……」
 ジュコウも悲痛な面持ちで続けた。
「お前はシーを奪回した時点で、逃げる事も出来た……。ただし、それをしたら俺達は多分、殺し合いを続けてでも、それを阻止しようとしただろう」
「ああ。それに、殺そうと思えば、本当の毒を使う事もできたんだ。俺達は君に、感謝しなければならん……」
 当のレガは、何も言わずに二人をじっと睨みつけたままだ。ここだけの話、この賭けはイカサマである。ニーサに瓶の中身を取らせる際に、コインとラムネを入れかえたのである。つまり、始め入っていた三つの『運命(タブレット)』は、すべて『毒(ホワイト)』だったのだ。

 気付く者は少なかったが、もうすでに夜のとばりが落ちている。皆、すっかりすっかり元気をなくしてしまったようだ。それもそのはずで、シーの命は救われたものの、このままでは今度はもっと多くの死者が出てしまうのである。
「ホンダ君……どうするの?」
「とにかくこのままじゃイカン。シー、なんとかならねェか? 一応巫女だろ」
「ええ……。でも、私一人の力では、この地へ雨を呼ぶことはできないでしょう……」
 ホンダの問いに、シーがすまなそうに答えた。そこにビーオとテアズが来た。
「君達にも、すまない事をした……」
「気にするな」
 ビーオとトウタの会話も聞かず、ホンダはブツブツト独り言を始めた。
「……『西の荒野の庵にて、二つの願い天に届きし時、光の龍現われ、古の王の封印が解かれる』――……」
「庵だって……?」
 ホンダの独り言に、ビーオが反応した。
「何か知ってんのか?」
「ああ、この山の頂上に、『神の庵』と呼ばれる小屋があるのだが、昔は人間達がよくやってきたらしいが……」
「おめェ〜なァ〜、そーゆー事は、ハヤク言えッッ!!」
 ホンダが立ち上がる。
「よし、皆でそこへ行ってみよう! ビーオ、案内しろ!」

 一行は山道を行く。不意に、先頭を行くビーオとテアズが立ち止まった。止まることができずに、ビーオの背中に突っ込んだホンダが叫んだ。
「なんだァ〜?! ど〜したァ??」
 なんと、目の前の道を、ヤブが密生して閉ざしてしまっている。
「トウタ、剣で払っちまえよ」
「よし……って、そう言えば村を出る時にニーサにあずけてきたんだ……」
「ニーサ、何か切るモンは??」
「……ごめ〜ん、あの後スグに捕まっちゃったから、置きっぱなしだぁ〜」
 ホンダとトウタがコケた。
「俺達に任せてくれ。行くぞ〜!」
 ジュコウの掛け声とともに、村人達が戦う為に持って来たクワ、鎌、オノなどでヤブを切り開いた。
「人を斬るより、草を刈らせてやった方がコイツらも喜ぶだろう……」
 手に握られた鎌を見て、呟くジュコウであった。

 山の中腹まで来たところで、幅の広い崖が彼等の行く手を阻んだ。よく見ると、二本の杭が立っている。
「なるほど、橋があったみたいだな」
 トウタの言葉にテアズが頷いた。
「ええ。おそらく……どこかがちぎれてしまったんでしょう。ほら、向こう側にぶら下がっている」
「よしテアズ、手伝ってくれ。あの橋をつなげるぞ」
「はい!」
 と言うが早いか、二人のテングはそれぞれの崖でぶら下がっている橋へと飛び立った。そして二つの橋を手でつなげる。ちぎれた二つの橋の端を二人のテングが向かい合って飛びながら一本の道を造った。
「さあ、迅く!!」
 全員が丁度渡り終わったところで、橋の別のロープがちぎれた。皆の背筋を冷たいモノが走る。橋は崖の下へと落ちていった。

 もう夜が明けようとしている。今の季節は極端に夜が短い。それにしても数時間は歩きづめなので、さすがに疲労の色は隠せないようだ。しかし、それでも音を上げる者は皆無であった。そしてその努力は報われる。
「あれだ! あの小屋だ!」
 なるほど、目の前に古ぼけた(と言うのでは少し甘いが)家がある。どうも、これが例の庵らしい。
「間違い無ェ! こいつこそ『伝説』の庵だぜ!!」
 ホンダがパチンと指を鳴らす。
「だが、『二つの願い天に届きし時』ってのが分からない」
 トウタが腕組みをして唸った。隣でレガが呟いた。その言葉は、もう一つの謎を生み出す。
「巫女は、二人なんじゃないか? 二人の巫女の祈りってコトなのかもしれない……」
「……けど、巫女は私だけ……」
 シーが肩を落とした。周りでもちらほら、天を仰ぐ者達の姿があった。ホンダ達も同様、大きな絶望感を抱かざるをえなかった。――しかし、
「あのね、ホンダくん……」
「ん?」
 モジモジとニーサが言う。
「今迄言ってなかったけど、私も実は……巫女の家柄だったりして…………テヘ♪」
 皆はその言葉に最高潮の盛り上がりを見せたが、ホンダは只一人、
(こいつ……死にたくないんで、隠してたな……)
 と、ニーサの心中を悟っていた。

 二人は庵の中へ入った。中には何も無い。扉がはずれてしまっているので、中で必死に祈りを奉げる二人の巫女の姿は、ホンダ達にも見えている。天へと念じるニーサとシーの『願い』は、やがて形となって上空に現れた。いつの間にか黒い雲が天に広がっていた。
「雨雲だ!! やったァ!」
 ジュコウが叫んだのを皮切りに、その場にいる全員の歓声が響いた、いや、轟いた。ジュコウなどは、ビーオと抱き合って、涙まで流している。そう、彼等はもう敵ではない。レガとの勝負で自分達の間違いに気付き、登山中のアクシデントも協力して乗り越えた二つの種族は今、抱き合って泣いている……。
「ニー……」
 ホンダがニーサに声をかけようとしたその刹那、庵の上に雷が落ち、爆発が起こった。少し離れた所に居たホンダ達は無事だったが、中の二人には直撃であった。
 一瞬の沈黙の後、天が泣きだした。大粒の雨が彼等を濡らす。が、それを喜ぶ者は皆無であった。それどころか、そのことに気付いた者ですら、何人居ただろうか。
「光の……龍が………………ニーサぁぁぁぁッッ!」
 叫びながら、ホンダが庵のあった所へと駆けつけた。そこにはもう、何も無かった。ただ、今迄庵だった破片だけが、辺りに散乱している。それを払い、ホンダが手で土を掘り返す。
「俺達も手伝おう!」
 レガの意見に反対する者は居なかった。トウタやテング、レガと村人達もホンダに続いて一斉に地面を掘り出した。ただ二人の無事だけを祈りながら……。

 雲の向こうにはもう日が昇った頃だろう。雨は大地を潤し続けている。天はやはり、人々に厳しいものなのか。地中のどこに二人が居るか分からないため、クワ等は使えない。
「ちくしょう……」
 指先から血が流れ、激痛が走る。それを恨めしそうに睨みつけながら、トウタは低く唸った。彼がリタイヤした事で、残りはホンダ一人になってしまった。だが彼とて機械ではない。その勢いも徐々に衰えてきた。
「……ニーサ……ニーサ……!!」
 思わず呟いた彼の声が、奇蹟を呼んだ。
「ホン……ホンダ……く……」
 地中から応答が聞こえる。それに刺激されたように、ホンダは更に地面を掘った。レガ、ビーオ、ジュコウ、そしてトウタ達も痛みをこらえてそれに続く。すると、土の中から泥だらけの二人の顔が現れた。
「ホンダくん……」
「……兄さん……」
 二人とも生きている。体にかかっている土をすべて払い、ホンダはニーサを強く抱きしめた。涙を悟られぬように、声は殺したままで。
「ごめんね……」
 途切れそうな声でニーサが言った。真っ黒な顔に涙が光る。ホンダはやはり、何も答えなかった。
「雨、呼んだのはよかったけど、心配かけちゃった……アハ……」
 一方シーはレガの肩を借りて立ち上がっていた。ややふらついてはいるが、傷は浅そうだ。
「ニーサさんがあの瞬間、私をかばってくれて……」
「そうだったのか……あれ? ニーサさん、腕輪……」
 レガに言われて左上腕のあたりを見ると、さっきまで金色に輝いていた腕輪が透き通った淡いグリーンになっている。それを見たホンダが、ようやく口を開く。
「……『光の龍現れ、古の王の封印が解かれる』……」
 だがその呟きに気付いたのは、ニーサとトウタだけであった。

「もう行かれるのですか?」
 シーが沈んだ表情で訊いた。
「……少し解ってきたトコロがあるんでな……」
 ホンダの言葉の意味は誰にも分からなかったが、とにかく決意の方は確かに伝わっただろう。
「アニキ、いろいろと世話になったよ。ありがとう」
「レガ、ちょっと……」
 言われて、レガはホンダと内緒話の構えに入った。
「シーが知っているかどうかは解らんが……いや、知らんだろう。……お前とアイツは本当の兄妹じゃないな?」
 その言葉にあきらかに動揺を見せるレガ。嘘をつけない性格が災いする。
「どうして……気付いたんスか……?」
「まず、この日照りの原因だ。おそらくお前はギャンブル通いとかで家に帰ることが少なかったんだろうな。だから、シーの『一時でも兄と居たい』っていう『願い』が大きくなって天へ届いてしまったんだ。日照りの結果、お前はシーを守る為に一緒に居ることが多くなっただろう?」
「なるほど……」
 心底感心、いや感動したレガに、ホンダはもう一つ付け加えた。
「『夢を買う』なんて呼ばれているオマエが
『買えなかった夢』……。それが、種族を超えた血と涙を呼び、そして性って云う名前の『毒』を皆に飲ませちまったんだ……」
「はい。……俺もこれからは、なるべくシーと一緒に居てやろうと思います。……そしていつか、本当の事を話しますよ。それから、ギャンブルは――たまに二人で楽しみ程度にやりたいです」
「治らんな。そっちの中毒は」
 笑って言うホンダに、レガも切りかえす。
「ハハハ……でもアニキも、巫女の力には気をつけた方がいいですよ」
「!!」

「レガの奴を拾った時、お前体ハッてまで助けたんだってなぁ。見直したぜ」
 トウタが言った。嘘はつかない男だ。
「ああ、アレか……。まぁ、フジの町の者でバクチ嫌いはいないだろうから、と思ってな。まァ負けた時は全員ブン殴って逃げるつもりだったケド」
「……前言撤回……」
「あはは……」
 ホンダの背中に負われたまま、ニーサが笑った。本当はもう歩けるのだが、ホンダが優しくしてくれるので甘えているのである。
「次はどこに行くんだ?」
「そうそう、この伝説によるとだな……」
 彼等の旅は、まだ続くのである。

 その後、レーネ村とテング達の働きかけによって、西の地では人間と魔物との争いはほとんどなくなったという事である。そして今、レガとシーは二人で静かに、どこか別の土地で新しい暮らしを始めたらしい。

―終―