其ノ五・『The Worst Man』


 一年中、東風を感じていられる場所――そう呼ばれている場所が、南の大陸・アルトウである。南国特有の農業国で、輸出物の80%が果物という決して貧しい国ではないが、特別恵まれた国とは世辞にも云えない。失業者は全人口の、実に三分。かたよった土質の差が産み出した、一部の不運な者達だ。そしてそんな者たちはどうするのか。更に南、ワゴナルの町へ行くのである。彼等はそこで路商人となり、生計を立てる為に働く。
 そういった一種スラムの様なこの町も、旅の者の間では『ゼネラル・パーク』(よろず広場)などと呼ばれ、一度は訪れたい場所の一つになっている。(八百屋と花屋しか無い、この国の他の町へ行きたいという旅人が皆無なのは、当然と云えば当然であるのだが)

 さて、上の様な話しをしたのは、御存知例の三人がここへやって来たからなのだが……。
「これが、かの有名な『ゼネラル・パーク』か……」
 トウタがキョロキョロと見まわす。
「昔来た時より、店が増えてるみたいだな」
「へぇ、ホンダ君は来た事あるんだ」
「当たり前だろ。この町に来た事無い奴が、トレジャーハンターなんて名乗れるかよ」
 得意満面でホンダ。機嫌はすこぶる良いらしい。そこで、トウタさえツッコまなければ……。
「で、今回はどういった情報なんだ?」
「ったく、人にばっかり調べさせやがって……いいか、『海に沈みし山の臍に水の龍あり。其の頭は赤き光を放ち、主を蘇らせんとす。其の龍、古の力を得たなら、主を解き放たん』……」
「“龍”に形容詞が付くと、絶対違うんだよな……」
 開始2ページ目にして失敗を悟るこの男。
「バ、バカ者ッ! 今回は、こっちの『主』ってのが龍皇だと、俺様は踏んでいるンだッ!!」
 言い訳がましい。咄嗟に口から出てきたのであろうことは明白である。トウタの直感はやはり当たりそうだ。そんな三人の耳に、男の声が入ってきた。
「頼むわ! 丁度固形燃料が無くなってなぁ。10R(アール)で売ってくれへん?……ダメ? なら、そのコンロと一緒で15R!!……う〜、分かった!! マッチも付けて18Rで頼ま!! そうか、おおきに!……あ〜良かったわ。もう20Rしか無かったからな〜」
 小さな路商屋のテントの前で、どデカいリュックサックを背負った男が、値切りに値切って買い物をしている。ちなみに“R”とは、この国の通貨の単位だ。
「セコい……」
 呆れるトウタの横で、さっきまで御機嫌だったホンダの表情が曇った。
「どうしたの? ホンダ君」
「いや……ちょっと嫌な思い出が頭ン中に浮かんでな……。ああいう大きいリュックを見ると、ついアイツの事を思い出しちまう」
「アイツって……?」
 ニーサに訊かれたので、ぽつりぽつりと話し始めた。

 数年前のホンダは、まだ駆け出しのトレジャーハンターだった。しかしその才能は他から認められる、天性のハンターであった(ホンダ・談)。そんな中で、同じくビギナーのワグ=R=スズキという男と出会う。
「お前があの、ソウタロウ=ホンダやな」
「『様』が抜けてるぜ」
「何ぬかしとんねん! お前、カップ伯爵の屋敷にあるっていう、『秘宝チーノ』狙っとるんやてなァ」
「何が言いてェんだ?!」
「オレもその、『秘宝』が欲しいんや。どや、オレと勝負せぇへんか? お宝を手に入れた方の勝ちや」
 頭に血が昇ったホンダがそれを断るハズもなく(今思えばこの辺の話し方もスズキの計算(ヤマ)だったのだろう)、その夜に二人は屋敷に忍び込む。しかし――
「くそっ、見つかった!!」
「前からも来とる! 挟みうちや!! こうなったら一時休戦や。こいつらを先に何とかしよ!」
「仕方ねェな!!」
 ホンダは追いかけてきた兵士を次々に倒す……が、スズキの相手のハズの前からの兵士達も、ホンダに襲いかかってくる。
「さいなら、ほな、きばってや〜」
「てめェ!!」
 逃げたスズキを追うこともできず、ホンダは屋敷から逃げ出すのが精一杯だった。そして次の日、スズキが『秘宝』を手に入れたという話しを聞いた。それ以来、彼とは会っていないらしい。

「ひっどォ〜い!」
「よくある話だが、それは気の毒だったな」
 二人の同情も、ますますホンダを不機嫌にさせるだけだ。
「あの野郎は、次見たら殺すって決めてんだ!」
「そら、殺生やなぁ〜」
 さっきのセコいリュック男が、買った燃料とコンロを持ったまま、こちらに歩み寄ってきた。そして、ニヤニヤして話しかけてくる。誰だって、これには辟易してしまうだろう。
「ホンダぁ、もうかってるかぁ〜??」
「てめェ、……スズキ……!!」
 ホンダの体内の血管が二、三本音を立てて切れた。
「その顔じゃ、ぼちぼちってとこやなぁ〜。いやあ、懐かしいわぁ。『秘宝チーノ』の時には、悪いコトしたなぁ」
「お前は、絶対殺す!!」
「なんや、昔の事やんか。それにしても短気な所は変わらんなぁ。短気は損気、あかんでぇ」
 短気な者に(とくに怒っている時は)その言葉を使ってなだめられたという記録(れい)は残っていない。逆上させ、「お前が怒らせとんじゃ〜!」と言われる(またはその後、殴られる)のがオチである。
「お前が怒らせとんじゃ〜!!」
 ほらね。
「なんやねん、フツーのリアクションしてからに」
 それについては賛成できる。
「も〜っ! ケンカはやめてよ、二人ともっ!」
 止めに入ったニーサの顔を見て、スズキの動きと喋りが途絶えた。
「なんて……美しい人なんや……」
「えっ?」
 顔を真っ赤にするニーサ。こんな歯の浮く台詞でも、やはり面と向かって言われると、少々複雑な気持ちになってしまう。しかも、ふたりは初対面だ。
「オレは、惚れてもおた! あんたが、メッチャ好きや!!」
 ホンダとトウタは目を点にして、スズキの言葉を聞いている。なんにしろ、これでホンダとスズキの仲は、決定的に修復不可能となってしまったのである。

 仲も悪けりゃ、間も悪い。宿まで同じ、目的さえ同じ。更に悪いことに……
「それにしても、あの時は悪かったわ、ホンマ」
「もういいって言ってんだろ」
 ぶすっとしてホンダが言った。
「なあ、もう一勝負せえへん??」
 全く悪びれた様子も無く、スズキが持ち出す。
「誰が!!」
 二人しかいないのを確めてから、ホンダが吠えた。
「まァ、負けっぱなしいい言うんなら、ええけどな」
「あの勝負は……」
「なんや、言い訳かいな。どんな手ェ使おうが、勝ちは勝ちでんがな」
「フザけるな! もう一度やれば、俺が勝に決まってる!」
 我が意を得たり、とスズキが笑みを浮かべる。
「だったら、勝負しまひょ。負けた方は……そうやなあ、ニーサはんを諦めるいうんでどや?」
「なんだと……? てめェ、冗談じゃ済まさんぞ!?」
「絶対勝つんでっしゃろ? それとも、自信が無いんでおじけづきましたの?」
 そう言われて、断れる訳がない。こうして再び、二人の勝負が始まったのである。

「アイツ、何なんだ?」
 ニーサにつきまとっているスズキを見て、トウタが訊いた。
「文句は言ったんだが……。『ついてくるな』ってな。でもアノヤロー、『自分の勝手だ』とか吐かしやがる……」
 ニーサの表情はあきらかに困惑のそれだ。だが、スズキはそんな事おかまいなし、である。その様子を見て苛々するホンダ。ついに二人はののしり合いを始めてしまった。
「放っておけ。お前の気にするトコロじゃない」
 トウタにそう言われたものの、やはりニーサは二人の事が心配でならなかった。
 さて、まあそれはそれで、情報収集を始める三人+一人(よにん)。スズキの狙いは、ニーサだけでなくここにもあった。彼等の入手した情報を、苦もなく自分のものにすることができるのである。そして、これだと思ったモノがあれば、一人でお宝を頂戴する肚であった。そんな彼の悪だくみも、ホンダにはミエミエである。
 聞き込みの間にも、スズキはニーサにつきまとっていた。
「ニーサはん、知ってまっか? ホンダの奴なぁ……」
 そっちが気になって仕方ない様子のホンダ。
(変な事言いやがったら、殺す……!)
 そして、今回も影に回されるであろう事を予感し始めている“蚊屋の外(トウタ)”。
(五話目にしても、この役回りか……)
 ゴメン。

 何人目かの町民の話では、南の海の沖に『三角岩』と呼ばれるものがあるという。それは干潮の時だけに、頭をみせるらしい。
「行ってみるか……あれ?」
 見回してみると、スズキの姿が無かった。
「またヌケガケかよ!! そうはいかねェぜッ!」
 ホンダも南へと走った。それを追いながら、
「海から突き出た“山頂”だと踏んだんだろうな」
 と、トウタ。ニーサも続ける。
「『海に沈みし山』ってくらいだから……」
 遅れた二人が南端の海岸へ着くと、そこにはゴムボートで先を行くスズキと、それを泳いで追うホンダの姿があった。二人とも、かなり沖まで出ている。ニーサの心配は尽きることがなさそうだ。逆に、あくまで冷静に考え込むトウタ。
「大昔の伝説で、『海に沈みし山』と謳われているのだから、海面が下がった今でもそのままで解釈する事は無いだろう……」
 ポンと拳で掌を打つニーサ。
「そうね、ひょっとしたらもう海面より上に出てしまっているかも……」
「ただそれが、どこの、どの山なのかが問題だ」
 引き返して来たホンダとスズキを遠くで眺めながら、トウタは唇を噛んだ。
 やがて岸に上がった二人。
「バカは風邪引かん云うんわ、ホンマやったんやなぁ」
「チッ、その汚ェリュックとテントを何とかしろ、乞食野郎」
 スズキの背中の荷物を蹴っぱくりながら、ホンダが吐き捨てた。
「何するんや?! オレの家と、商売道具を!」
 ニーサとトウタは、そんな敵同士(ふたり)を見て、溜め息を吐いた。先が思いやられるとは、まさにこのことだろう。

 夕方、四人はこの日最後の聞き込みの為、酒場へと向かった。中は仕事を終えた路商達でにぎわっている。一人のバーテンと、二人のウェイトレスが忙しそうに歩き回っていた。
「ねーちゃん、バーボンや」
 こちらのテーブル近くにやってきたウェイトレスの一人に、スズキが注文する。ホンダは彼女に一つ訊いた。
「この辺りで、変わった所……名所みたいなのはないか?」
「あら、お兄さん達観光に来たの?? 珍しい事もあるもんね。……そうだなぁ……あ、この町を出て東にちょっと行くと、断崖があるのよね。で、そこに『山の臍』って云われている深い洞窟があるわ。それの他には『三角岩』くらいなモノかしら」
「そうか、ありがとう。……それと、ラムを頼む」
「あたしも、それ!」
「俺は日本酒(ジャパニーズ)を……」
 それからの四人は暫し、時間が経つのを忘れた。

 次の朝、部屋のドアを激しく叩く音がする。眠たい目を擦りながらドアを開けるニーサ。すると、そこには怒りの表情をあらわにしたまま立っているホンダが居た。
「どぉしたのぅ……?」
「スズキのクソバカヤローが居ねェ! 俺達も行くぞ!!」
 彼の横にはトウタも居る。頭を押さえて、なんとか目を覚まそうとしている様子だ。言葉づかいも眠そうである。
「それにしてもこんな時間まで眠っちまうたぁなぁ……」
 もう昼(正午)近い。
「きのうの酒に、スズキが一服盛ったんだよ! 早く来い!」
 ホンダに言われるままに、東へと向かう。

 町の東には確かに断崖があった。そしてそこから、下の海抜ギリギリ上に見える横穴までロープが垂れている。おそらくスズキはすでに行ってしまったのだろう。
 下へ降り、穴へと入る三人。そこで松明をつけた。足元にマッチの燃えカスがあるが、おそらく彼が松明をつける為にそれを使ったのだろう。ホンダはその燃えカスを海へ放り投げた。プカプカと漂うマッチは、やがて海中へと沈んだ。
「ここが『山の臍』か。どっちかって云うと
『陸の臍』てカンジだな」
 奥へ走ってゆくホンダを見て、トウタは呟きを止めた。その後ろでホンダの姿を見つめ、何やら考えているニーサ。二人は、ホンダとスズキの賭けをまだ知らない。

「深いな」
 トウタの一言は重かった。もうこうして一時間以上もこの暗く狭い穴の中を歩いているのだ。ニーサはもう気を失いそうになっていた。やがて少し先に分かれ道と二人の男が居た。
「なんでテメェがここに居やがんだ!?」
「先に何があるか分からんから、人数が多い方がエエと思ったんや! どーせあんたらもココへ来る思うたさかいにな。……あ、ニーサはん〜」
 ニーサを見つけ、表情をコロリと変えるスズキ。彼女の辟易気味の態度にも、全くおかまいなし、といった感じだ。それにしてもこの男さえ居なければ、ホンダにも少しは『希望』というものが感じられたのかもしれない。
「どっちがいいかな……」
 左右に分かれた通路を交互に見渡しながら、ニーサは腕を組む。
「右にしよう!」
 自然と得た決定権を行使するニーサ。すると、今迄ののしり合いをしていた二人が一斉に右の通路奥へと駆け抜けて行った。またもとり残され、キョトンとする二人。
「……ホンダくぅ〜ん……。もう、どうしてあんなに急いでるのかしら?」
 首をかしげてから、トウタに振り向いて言う。トウタの方といえば、さっきから黙ったままだ。眉間にしわを寄せて、ホンダ達の行った先を見つめている。
(……あの二人……)
 鋭いのは、目つきだけではない。

 四人はどんどん奥へと進む。ただし、ホンダとスズキは走って先に行き、分かれ道で残り二人を待つ、というのをくり返している。
 ニーサがまた一つの分かれ道を選ぶ。マッピングしながらゆっくりと歩くトウタを尻目に、またホンダとスズキは駆けっこを始めた。
 二人の目論見に薄々感づいているトウタだが、隣にニーサが居るので口には出さない。一歩のニーサと言えば、相変わらず二人を案じている様子だ。
「また行っちゃった……。大丈夫かなぁ……見たところ古い洞窟みたいだし、何が出てくるかわからないよ」
 それは、次の瞬間(すぐ)に分かった。二人の背後から、巨大な魔物が現れたのである驚くのを後回しにして剣を抜くトウタ。
「こんなのが出たぜ……」
「きゃああっ、ホンダくん、スズキくぅん!!」
 ニーサの呼ぶ声は、二人には届かない。
「グルルル……」
 この狭い洞窟で生活するには大きすぎるだろうと思われる体格をしたその魔物は、低く唸った。隙を見て、すかさずトウタが胴体(ハラ)に斬りつける。
「ぐっ……!?」
 敵についた傷より、自分の肩に走った衝撃の方が痛いだろう。堅い。堅すぎる。人間一人の力ではそこに傷をつけるなど到底叶わないと思われる。更に――
「グオオオオオッッ!!」
 その腕のゴツイ爪でニーサを狙う。間一髪でトウタがかばわなかったら、今頃即死だっただろう。
「トウタくん!!」
 肩口から背中にかけて、滑るように爪で引き裂かれ、真紅の血が流れる。トウタはその痛みをこらえてニーサの背中を押した。
「……行け、ニーサ……!」
「デメ! 一緒に行こうよ!」
「このザマだ、俺と逃げたんじゃスグに捕まっちまう……」
 その通り、トウタを魔物がわし掴みにする。その拳の中で必死に叫ぶトウタ。
「ニーサ……逃げろォォ!!……」
「まっ……待ってて、スグにホンダ君達呼んで来るから!!」
 ニーサのその声に、返事は無かった。

 息を切らせて、狭く暗い道を駆け抜ける。明りはトウタの所に置いてきてしまったが、一本道なので迷うことはない。それにしても長い通路である。今迄の一本道の中でも、一番長い部分かもしれない。何度も足がもつれそうになった。ときどき、めまいもした。だが彼女はホンダの所まで一度も休むことなく走りきったのである。目の前で口ゲンカをしながら待っている二人の姿を確認した瞬間、体の力が一斉に抜けた。その場にへたり込みながら荒い息づかいと共に声を出す。
「ハア……ホンダ……君……ハア、トウタ君が……まっ、魔物に……」
「なに……? トウタが?!」
 足が駆け出そうとするが、頭の中をよぎった何かがそれを止めた。
(ここで……戻ったら……)
 賭けに負けるかもしれない、という考えである。事実、女(ニーサ)と友(トウタ)を天秤にかけるハメになったホンダ。スズキはその様子をニヤニヤと観察している。実に楽しげだ。
(ふっふっふっ。行けば、ニーサはんはオレのモン。行かなかったら行かなかったでニーサはんに嫌われるやろから、やっぱりニーサはんはオレのモン。ホンダはん、ゴクローサン、ゴクローサン)
 なかなか動こうとしない二人を、朦朧とする意識の中でもじっと見つめているニーサ。やがて彼女は俯き、立ち上がった。ふらふらとした足どりでホンダの元へ歩く。心配したホンダがその肩を支えようとしたその時、ニーサは思いっきりひっぱたいた。パアンと甲高い音が響き、ホンダの顔が少し腫れる。
「ニーサ……」
「もう……もういいよ!!……信じてたのに……」
 瞳から『賭けの代償』がこぼれおちる。ニーサはくるりと身を翻し、来た道を戻ろうとした。しかしそれを一対の手が阻む。
「スマン、ニーサ。漸く目が覚めたぜ。トウタの事は俺に任せて、お前はここで少し休んでろ」
「ホンダ君……」
 目に涙を溜めたままでニーサが微笑んだ。これだけでも決心したかいがあるといえよう。
「でも、その魔物……トウタ君でもかなわない程、強いの……」
「大丈夫だって。俺とアイツが組めば、無敵だ。……スズキ、ニーサを頼むぜ」
 その返事も待たずに、ホンダは走り出していた。

「がはっ!」
 ボロボロになったトウタが地面を転がった。背中をしこたま打ってようで、むせ払いをしている。もう動くのもままならない。それでも、彼は渾身の力を込めて立ち上がろうとした。しかしそこに魔物の爪が、次はとどめを刺してやらんと言わんばかりにせまる。
「グオオオ――!!」
 体中の神経一本一本が軋み、悲鳴を上げる。すでに『内面の死』は迎え済みなのだ。彼はゆっくりと目を閉じ、体の力を抜いた。――あとは、『現実の死』を待つのみである。しかし、
「トウタァァァァーーーーーーーーーー!!!」
 誰かのタックルをくらい、立ちかけていたトウタはまた尻もちをついた。その痛みの代わりに、魔物にとどめを刺されずには済んだが。
「遅すぎるぞ……」
 怒りも喜びもしない、そんな表情(カオ)でトウタが言った。
「スマン……。とにかくコイツを片付けようぜ」
 珍しくホンダが謝ったのを見て、トウタも軽く、しかしハッキリと答えた。
「……よし」
 目の前の魔物をしっかりと見据えて二人は身構えた。
 先ずホンダが魔物の横に、後ろにと回り、牽制しながら気を引きつける。彼の素早い動きならでは、の確実かつ高いレベルの戦法である。
「ホラホラぁ! こっちだぜ、ワニ公!」
 すると、今迄はいつくばっていて見えなかった腹の部分が見え隠れしだした。ホンダを捕まえようと後ろへ体をそらした、その刹那に彼はトウタに腹をかっさばかれた。そのまま倒れる魔物に息は無く、他の魔物の気配も無い。
「行こう、ニーサが待ってる……」
 トウタに肩を貸し、ホンダが言った。勝利の余韻に浸っている暇はないのだ。

 さっきの分かれ道に着いたホンダとトウタ。それについて何のリアクションも無いのを不思議に思った二人は辺りの気配をうかがった。
 そしてその理由はすぐに分かった。
「スズキとニーサが……居ない……」
 二人の間に沈黙と、同じ怒りがこみ上げてきた。
「……こういう奴なんだよ」
 ホンダが吐き捨てた。
「なるほど、俺の好きになれるタイプじゃないな」
 トウタも低く呟く。
「珍しいな。気が合うじゃねェか」
 二人は頷き合った。その表情は、まさに同じ者を蔑むものであった。
「急ぐぞ。……だがな……」
「ん?」
 トウタの声に振り返るホンダ。
「……仲間をチップに、バクチをハるんじゃないぜ」
「トウタ、お前知ってたのか?!」
「まぁ、なんとなくさ。さぁ、奴を追うぞ」
 前を歩くホンダを、トウタが追い抜く。ホンダはもう一度、トウタの前に回り込んで言った。
「ニ、ニーサも知ってるのか……??」
 彼の汗まみれの額を見て笑いながら答えるトウタ。
「いいや。でもお前が負けちまったら、知ることになっちまうだろうよ」
 二人はそこから、真剣に急ぐことにした。

 奥へと進む二人の耳に、女の悲鳴が飛び込んできた。声の主を確認した二人の足が勢いを増す。通路の奥の奥が広間の様になっていて、そこから微かな光が漏れている。おそらくニーサかスズキの落とした松明の光だろう。
「ニーサァ!!」
 部屋へ飛び込んだホンダの見たものは、さっきより大きな魔物が三匹、仁王立ちでニーサを囲んでいる光景であった。
「ホンダくぅん!!」
「今行く!」
 どうやらスズキの方はとっとと逃げ出してしまったようだ。巨大な魔物達はニーサから、標的を変えてこちらに向かって来る。そいつらをジッと見据えたまま、トウタがホンダに言った。
「こんな所で立ち止まってる場合じゃないぞ」
「ああ、分かってる。けど、コイツらもどうやら俺達のジャマをしたいみてェだしな……」
 あとは黙って、その三匹に向かって身構える。もうその後を書く必要は無いだろう。なぜなら、今の二人は無敵であったからだ。

 体中の痛みが、一歩踏みしめる度にひどくなっていく。ホンダ、ニーサに両脇から支えられているとはいえ、その足取りは重い。
「トウタ君、大丈夫?」
 自分とてかなり疲れている。しかし人を想う気持ちはそれよりも優先されるものなのだろう。
「もうどれくらい深くまで来たんだろうな……」
「そろそろ終わってほしいトコロだな」
 トウタが本音をぶちまける。
「あ……明りが見える……」
「本当だ……。おいトウタ、次が最後かもしれねェぜ」
 さっきの魔物部屋よりも二回りほど広い空間が、三人を迎え入れた。先ず三人を驚かせたのは、部屋に天井が無かった事であった。上からの光は見えなかったものの、恐ろしい程に縦長の部屋はまさに天へと届くパイプの様にも思えた。
「ホンダ君、あれ!」
 部屋の中央に泉がある。そこに、一筋の水が上から垂れてきていた。まるで、一本の糸が泉から天へと紡がれているかのようだ。そして泉の近くには彼等と同じようにその神秘的な光景に目を奪われている、スズキの姿があった。
「てめェ!!」
 彼を見つけた瞬間、ホンダがキレた。そしてその襟首を掴んで吠える。
「ニーサを放っておいて先に行きやがって……!!!」
 意外そうな顔をして、スズキはその腕を払いのけた。
「アホか。オレが死んでもうたら何にもならんやろ! 他人(ヒト)より自分、当然やろ?」
 むしろ毅然として、彼は言った。その態度に、ホンダの顔色が変わる。
「貴様ァァ〜〜」
「なんや、オレに死ね言いはるんか?! オレにも生きる権利くらいはあるやろ!!……力の無い奴は、逃げるしかないんや!」
「フザケろよ、この野郎! 屁理屈ばっかりコネやがって!」
 拳を震わせ、ホンダ。
「なんや、殴るんなら殴りゃええやろ! 自分より弱い奴殴るんか?!」
 そこまで言ったトコロで、ホンダやトウタより速く、(おそらく)強く、ニーサの平手打ちがスズキの頬に入った。さっきのホンダへのヤツよりも、数倍強烈な一発であった。そして、キツく言い放つ。
「馬鹿ね、あなたって」
 この時の彼女の顔を、全員(みな)忘れることはできないだろう。

 すっかり落ち込んだスズキを無視して、ホンダは吹き抜けを見上げた。相変わらず、上から水の糸が降り続けている。ふと、トウタが呟いた。
「なんか、コレに似たシチュエーションが前にもあったような気が……」
 落ちているのが金だったら、トウタもあの頃を思い出していたかもしれない。
「おい、それより……」
 ホンダが見上げたまま二人に言う。
「伝説……覚えてるか? 『海に沈みし山の臍に水の龍あり。其の頭は赤き光を放ち、主を蘇らせんとす。其の龍、古の力を得たなら、主を解き放たん』――ってヤツ。あの『水の龍』はこの水の糸のことを言ってると思う」
「じゃあ『其の頭』ってのはこの上に何かあるってコトなのかなぁ」
 頷いて、トウタは壁に手をついた。
「周りの壁からよじ登るしかないみたいだな」
「まあ待てよ」
 そりゃムリだ、という顔でホンダ。
「こんなヌルヌルしたトコロ、登れる訳無ェだろ」
 そう言いながら、放心状態のスズキのリュックを勝手に探る。そして中からめぼしい物をいくつか拾いあげた。
「フッフッフッ……天才ホンダ様に任せとけって。いい事思いついたぜ〜〜」

 先ず、テントをニーサに渡したホンダは、彼女にそれを袋状に縫いつけるように伝えた。
「ソーイングセット、持ってたろ?」
「……うん。でもどうするの?」
 それには笑顔のみで答える。続いて彼はトウタにゴムボートを渡した。
「コイツを膨らませといてくれよ」
「なあ、テントにゴムボート……それとその、お前の持ってる……」
「ああ。固形燃料とコンロだ」
 自信たっぷりのホンダに、不思議顔のトウタ。
「何をする気だ?」
「そいつは後のお楽しみだ」  と言い残して自分の仕事を始めた。その後ろで顔を見合わせるニーサとトウタ。
 やがてテントの袋ができあがり、ゴムボートも膨らませ終わった。ホンダの方もコンロの細工を完了させたようで、ニヤニヤしながらそれらを見渡している。
「これで材料がそろったぜ。あとはこのボートと袋をロープでつないで……」
 言うが早いか、彼は作業を始めた。それもすぐに終わり、次に彼が手にしたのはコンロであった。
「よォ〜し、みんな乗れッ!……そのボケも乗せろ」
 四人がボートに乗った。二人乗り用なので、ギュウギュウである。
「なぁ、これがどうなるんだョ?」
 コンロのコックを開くと、そこから横の袋めがけ火炎が吹いた。ただしそれは、袋の中にである。
「……これは……」
 するとその袋がゆっくりと持ち上がり、宙に浮き上がった。更にロープが張ったかと思うと、ゴムボートまでゆっくりと浮き始めたではないか。
「すげぇ……」
 トウタが感嘆の声をあげた。
「即席熱気球のできあがり〜♪」
 ボートの底が地を離れると、そこからは早かった。グングン吹き抜けを昇り、あっと云う間に天井までやってきたのである。途中、高所恐怖症のスズキが気絶してしまったほどだ。

 天井に、人一人通れるくらいの穴が開いている。水の糸もそこから垂れていた。トウタが穴の中へロープを引っかける。
「上に部屋があるんだな」
 気球を浮かせっぱなしにしておいて(もちろんスズキも置いたままで)ロープで上へあがる。そこはやはり空洞になっていて、手が届くくらいの高さの天井も真ん中――丁度穴の真上――に先のとがった赤いルビーの様な石があった。水の糸は、その石を伝って垂れ落ちてきている。
「『其の頭は赤き光を放ち』……」
 思わずそう呟きながら赤い石にトウタが触れる。すると、今迄流れ続けていた『水の龍』が突然途絶えてしまった。そして一呼吸置いて、はるか下の泉から『水の柱』がトウタとその石を巻き込み、天井に、穴を開けて突き抜けた――――!!
「……」
 ホンダは次の言葉を出すのに、今の出来事の倍以上の時間をかけた。いや、今の出来事を理解するのにそれだけの時間がかかったのであろう。
「トウタァァ!!!」
 上を見上げると、空が見えた。無我夢中で上へとよじ登るホンダとニーサ。
「トウタ君……!」
 外へ出た二人は辺りを見渡した。そこは、海に囲まれた小さな岩島だった。その影にトウタが浮かんでいる。
「生きてたか!」
 海に飛び込み、ホンダはトウタを運んで岸へと上げた。少しむせて、トウタが喋り出す。
「ホントに死ぬかと思ったぜ……。まさかあの洞窟がこの『三角岩』につながっていたとはな……」
 そう、ここはワゴナルの町の南の沖、『三角岩』の上なのである。
「あの『水の柱』が、『水の糸』にとっての
『主』だった訳か……?」
 頭をかきながら、トウタ。
「どうだろうな。トウタ、ピアスの色が……」
 そう彼の金色だったピアスは、ニーサの腕輪と同じく、淡いグリーンになっている。
「『古の力を得たなら、主を解き放たん』――」
 ポツリと言ったニーサの言葉に、三人は黙って見合わせ、頷き合った。

 青い空、白い雲、輝く陽の光。そして静かにそよぐ風。そんな自然の長閑な日、海の上にボートが一隻。
「……ん?……ここは……」
 スズキはそのボートの上で目を覚ました。周りは見渡すかぎり、海、海、海。水平線しか見えない孤海である。海鳥すら見あたらない。
 彼はとある方向を向いて力いっぱい叫んだ。が、その声を聞くことができた者は皆無であっただろう。
「ホンダァァ〜〜!! この借りは、絶対返すでぇぇ〜!! 覚えてなはれ〜〜!!!」
 その前に、彼は再び陸地を見ることができるのだろうか。
 合掌。

「へ〜〜っくしょいッ!!」
 ホンダが古風なリアクションをする。
「スズキか」
 さすがに鋭いトウタ。
「ボートに乗せて海に流しちゃうなんて、少しやり過ぎだったと思うなぁ……」
「何言ってんだニーサ。アイツは危険な奴だからな。とくに、お前にとっては……」
「え? どうして??」
 慌てて口を押さえるホンダ。その後、ニーサにしつこく理由を訊かれるハメになる。彼は頭の中で叫んだ。
(スズキィィ〜〜!! テメーが勝負なんてしかけてきやがるから、こんな事に……!! ニーサにバレたらどうなるか……。くっそ〜〜、覚えてろォォ〜〜!!!)

 で、その頃……
「ぶへェェ〜〜ィックショォォン!!!」
 おそまつ。

―終―