Another Story『そらのはなし』
――おそらのひとは しっている
このよのなかの あらゆることを
おやどのむこうは てんへのもん
ここではすべての ねがいがかなう
おそらのひとは おさけがすきさ
ついついねがいを わすれるほどさ
風が強く吹き抜けた。その悪戯によって乱された長く艶やかな黒髪をかき上げる。
「っち。確かここらだと思ったんだけどな」
「ノースぅ、確かなの? 朝からずぅぅ〜〜〜っとその台詞ばっかじゃないの」
「……うっせェなァ、ユノ。お前があっちこっち寄り道してっからだろーが!」
ユノと呼ばれた方は、短めにした金髪ごと頭をかいた。その直後である。
「あ〜〜〜っ!! アレ! アレ見てよ、ノースぅ!!」
彼女の指した方向に、花畑と建物の影が映っていた。
別にこの二人、酒を召している訳ではない。ホンダ達と出会うずっと以前、二人はホントに性格が逆だったのである。(詳しくは『なめ隊』二話参照)そしてお互いにその性格にコンプレックスを持っていた。ノースはユノの楽観的性格に、ユノはノースの強気な性格に、共にあこがれていたのだ。
遅ればせながら、今回の話はその二人の過去(ムカシバナシ)である。
ルッチェの村には四季がある。大陸からのびている半島の先にある、この村の特産品が、巡る四季によって色を変えてゆく花々であった。村を囲むように花園がある。二人はそこを横切り、村に入っていった。
「やっと着いたわねぇ〜」
大きく伸びをして、ユノが言う。すると、後ろから子供の声がした。
「はちみつはいりませんかぁ??」
そのまま振り返ったのでは視界に入らなかっただろう。少し下へと視線を動かすと、やはりそこには子供がいた。売り娘の少女である。みつあみにした髪とぱっちりした目が特徴だ。ユノがにっこり笑って少女に頼む。
「じゃあ、これをお願い」
少女の手に下げたバスケットの中には、いくつもの瓶が入っている。中身は黄色やオレンジ色などの液体が詰まっていた。ユノはその中の一つを、てきとうに指した。
「ありがとう! えっとこの瓶は……アレ? ラベルがないや。いくらだろ……??」
首をひねっている少女に、ノースが一枚、差し出した。
「つりはいらねえよ」
少女の名は、ナナと云った。この村の花園の中から取れるはちみつを売って生活しているという。肉親はおらず、みなしごらしい。
「えらいのねぇ、よしよし」
「そうだ、おねえちゃん達にいい話教えたげる!」
そういうと、ナナは大きく息を吸った。
――おそらのひとは しっている
このよのなかの あらゆることを
おやどのむこうは てんへのもん
ここではすべての ねがいがかなう
おそらのひとは おさけがすきさ
ついついねがいを わすれるほどさ
もう一度深呼吸してから、ペコリと頭を下げる。
「裏山のおとぎ話(うた)です。この村の裏にある山に『神様のお宿』って呼ばれてるお社があるの。その奥に『天への門』っていうのがあるんだけど、その中にものすごい宝物がある……ってことをうたってるらしいよ」
外伝にしてこの展開。お約束とはいえ、ワンパターンな話もあるものだ。……ってスマン。
「行ってみよう! 行ってみよう!」
はしゃぎまくるユノ。その横で、ノースが頭を抱えた。
「こりゃ……据膳だな……」
「そうそう! 善は急げ!!」
「それはちがうって」
いいタイミングのツッコミだ。(ボケはイマイチだが……)ともかく行こうとする二人を、ナナが呼び止めた。
「お客さん、いいひとみたいだから、いいもの見せたげる!」
“お客さん”に格上げされた二人が思わず詰め寄った。じさすようにナナがリュックを下ろす。ドスンと音がしたかと思うと、リュックがピクピクと動いた。
「じゃじゃぁ〜〜ん♪」
リュックの中から生き物がとびだした。大きな目でキョロキョロと辺りを見回す姿はどこか愛らしい。
「ドラゴン……ス、スカイドラゴン……」
ノースが目を白黒させて言った。皮膚は鱗で覆われている。ツノやキバ、爪などに特徴がみられる。それは龍独特のものであり、背中の羽は更にそれがスカイドラゴンであることを物語っている。
「バンナっていうの! はちみつが好物なのよ」
「……へぇ……スカイドラゴンって肉食のハズなんだけど……」
首を傾げるユノ。
「キュウ?」
同じ動作をするドラゴン(バンナ)。
「神様のお宿に行く時は、ふつうお神酒を買ってくの」
ナナは二人と手をつなぎながら、ニコニコしている。ユノはともかく、ノースはこの娘のノリについていけず、黙ったままだ。彼女の性格上、他人と接触するのに壁ができてしまうのは仕方のないことだろう。
裏山へ行くと、すぐに社へと続く階段がある。それを登ってゆくと、暫くして問題の『神様のお宿』が見えてくる。一見、何の変哲もない普通の神社に見える。
「名前負けだな……」
ノースの言う事に、ユノも賛成だろう。
「中に入れるんですよ、こんな小さくても」
ナナがそう言ったとき、リュックの中からバンナが飛び出した。バンナはそのまま社の中へと入ってしまった。
「バンナ!」
「そういえば、バンナをここに連れて来たのは初めてだったわ。あのコのおウチなのかも……ここ……」
ナナにユノが訊く。
「この中には、何があるの?」
「え〜と……扉があるわ。奥に……」
「ひょっとしたら、その扉の向こうに何かあるのかもな」
ノースの言葉に、ナナが首を横に振った。
「その扉を開けても、土の壁があるだけで、通れないハズです」
「とにかく、入りましょうよ。バンナも中に居るわよ」
三人は、やや駆け足で社の中へ入った。
社の中にバンナはいなかった。その代わりに、外からは感じられなかった暖かい“気”が満ち溢れている。それはまさに神の力と言っても不思議のない空気であり、雰囲気であった。
「バンナがいない……」
三人は勿論、奥のドアを見た。心なしか、扉が三人を招いているように感じる。ノブを掴むと、扉が微かに開いているのに気づいた。
「開けるぜ」
ユノとナナが頷く。ノースがゆっくり扉を引く――
辺り一面に広がる白い平原……それは雲の上であった。
青い空の下で、最初に目を覚ましたのはノースだった。
「ここは……どこだ? 社の中じゃあないな……」
「う〜ん。あれぇ?? 雲の上にでも出ちゃったのぉ?」
ユノがやや遅れて、目の前の光景を分析した。ナナもゆっくりと起きだし、目を丸くしている。二人と違っていたのは、バンナの事を覚えていた辺りであろう。
「バンナ、ここにも居ない……」
「どうする? 戻るにしても、出口がないぜ」
「あったかくて、ふかふかねぇ。きもちい〜」
三人三様、別々の事を考えているようだ。
『……貴公ら……』
どこからともなく、声がした。
「呼んだ? ノース??」
「俺じゃねーよ」
『……よくぞ、私の息子を届けてくれた……』
重く、ゆったりとした声だ。女三人、この声を出せる者はいない。
「……誰……? ひょっとして、神様!?」
ナナがキョロキョロと見回しながら、声の主を捜した。だが、声はすれども姿は見えず、である。
『私は森羅万象を司る者……龍皇という』
三人は同時に何かを感じ、空を見上げた。そこにはいつの間にか大きな一匹の龍(ナーガ)が浮かんでいた。よく見ると、その顔の周りを、何かが飛び回っている。
「バンナ!! そっかぁ、あなたはバンナのお父さんなのね?」
無言が、肯定を意味している。
『……貴公らが“天への門”と呼んでいるあの門は、我々龍皇の一族にしか開けられぬのだ。一度誰かがその門から地上へ出てしまうと、その者が帰ってくるまで、誰にも門は開けぬのだ。……礼を言う』
「いえいえ」
「畏まってどーする」
『ついては、貴公らの願いを一つずつ叶えさせてもらいたい。……それでは、さらばだ……』
そこで言葉が終わると、三人の目の前に眩しい光が広がった。ユノ、ノース、ナナはそれによって気を失う刹那、自分の願いを叫んでいた。
「んん……」
ユノは、ゆっくりと体を起こした。『神様のお宿』の外で寝ていたらしい。ユノは、隣にいたノースの肩をゆすった。
「起きろってば、ノース! オイ!」
「……むにゃむにゃ……」
プッツン。
「おきろッ!!」
「きゃッ!?……お、驚かさないでよぅ、ユノ」
「ったく……。ところで、何で俺達、ここで寝てたんだっけか?」
その答えはおそらく、永久に出ないであろう。さっき迄の二人の記憶は、すでに龍皇の“力”によって消されているからだ。だがその代償に、二人の願いは叶えられていた。それは、お互いの性格に対してのあこがれである。
「ナナ……ちゃんは……?」
「わからん。ここに来た時までは覚えているんだが……」
彼女の姿を視覚と記憶で探しながら、首をひねる二人。
「……笑われちゃうかもしれないけど……私、夢を見ていたの」
「ノースもか?……実は、俺も見たんだ」
「多分、同じ夢よ」
二人は夢の中で確かに聞いた。ナナの願う声を。
『私……私、バンナと一緒に暮らしたい……』
そのバンナという名を持った者を、二人は懸命に思い出そうとしていた。
ナナから買った瓶を取り出し、二、三回振る。ゆらゆらと動くところを見ると、どうやら彼女の言っていたハチミツではないようだ。
「なんだろう? この中身……」
「舐めてみりゃ分かるだろ。……どれどれ……」
指ですくって中身の液体を口に含むユノ。すると、彼女の顔色がほんのりと紅くなるのが分かった。
「私も舐めてみよっと」
ユノよりやや多めに、ノースも指先で頂く。彼女もまた、頬を赤らめて、目をぱちくりとさせた。
「ひっく……酒じゃねぇかよ、コイツ」
ノースがゆらゆらと体をゆらしながら言う。
「やぁねぇ。でもあの値段で買えたんだから、ナナちゃんにカンシャしなきゃいけないわん」
と、ユノ。
酒は、龍皇の力を絶ってしまうのであろう。二人の性格が、また入れかわった(ああややこしい)。
「誰だか知らないケド、バンナって子とナナちゃん、シアワセに暮らしてるとイイわねぇ〜」
ちびちびと、飲(や)りながらユノ。
「きっと……どこかで仲良くやってんだろ」
二人は、二度と再会することのないであろう少女の笑顔を、何故か空の彼方を見上げながら、思い出していた。
酒が回ったのか、帰り路を大声で唄いながら辿る二人。その姿を、きっと彼女も見守っていることだろう。ユノとノースの歌声が、空に吸い込まれてゆく。
――おそらのひとは しっている
このよのなかの あらゆることを
おやどのむこうは てんへのもん
ここではすべての ねがいがかなう
おそらのひとは おさけがすきさ
ついついねがいを わすれるほどさ
―終―