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TAKA-4 H.P. 890701
Release 0.11

  VIEW ・・・・・Michelangelo/Piazza de Campidoglio
Speace 4     Michelangelo/ Piazza de Campidoglioe

ヴェネツィア広場からエマヌエーレ2世記念堂の右脇を入り、緩やかな階段を上がったカピトリーノの丘の上にある広場。ミケランジェロが設計した鮮やかな幾何学模様が敷き詰められたこの広場は、3方がルネッサンス様式の重厚な建物(右がコンセルバトーリ美術館、左がカピトリーノ美術館、正面がローマ市庁舎)で囲まれ、調和のとれた一角となっている。広場の中央には、マルクス・アウレリウス帝の騎馬像がある。市庁舎の裏からはフォロ・ロマーノが一望できる。

ローマ、カピトリーノ広場の見学記録を紹介する。

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2. アプローチの階段あるいは斜路

3. 広場より アプローチ側、古代彫刻は巨    人像と馬の像

4. 広場より セナーレ宮

5. ヌオヴォ宮

6. セナーレ宮のバルコニーからの眺め

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7. 手前がセナーレ宮 奥がヌオヴォ宮、奥にサンタマリア・アラコエリ聖堂への階段。背後に ヴィットリオ・エマヌエレ記念碑

8.コンセルヴァトーリ宮内庭

9.10. 内部 古代彫刻

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10. 中庭 全景

11.12. 古代彫刻郡。

            

カンピリオドの丘は「ローマ七丘」の中で最も小さいにもかかわらず古代ローマの宗教・政治の中心として最も神聖な丘であった。
1537年7月、ミケランジェロはカンピドリオの丘で名誉ローマ市民権を授与され、翌月から丘の整備が始まり、マルクス・アウレリス騎馬像が運ばれ、その台座をデザインする。(写真6の広場中心の座台。騎馬像は修理中です)ミケランジェロはセナーレ宮とコンセルヴァトーリ宮(コンセルヴァトーリ美術館)の建っている場所はそのままにしてファサードを変更し、コンセルヴァトーリ宮に対する新しいパラッオを建てることで広場を限定し、新しいアプローチを造り上げる計画とその実施にたずさわる。
広場の大きな楕円形の舗装はマルクス・アウレリス騎馬像を中心に波紋を描くように広がっていく。だが実現したのは400年後の1940年であります。 (この十二陵形の舗装のデザインは 後に 磯崎新による筑波センタービル中央広場で アイロニカルなモチーフとして出現!)
今日のカンピリオド広場と三つの建物が基本的にミケランジェロによって デザインされた事は明白だが建設の経過は決して明白ではない。

現在、広場の三つの建物はセナーレ宮(ローマ市庁舎)、コンセルヴァトーリ宮(コンセルヴァトーリ美術館)、ヌオヴォ宮(カピトリーノ美術館)として公開されています。ちなみにコンセルヴァトーリ宮の中庭広場の巨大彫刻はコンスタンティヌス帝です(写真11.12)。なお、市庁舎後下にでるとひらけた展望に出ます。 足もとから広がるフォロ・ロマーノとその後方にコロッセオ、パルテーノの丘とつづきます。

参考文献:長尾重武/ミケランジェロのローマ
フォロ・ロマーノにて 「ニャーゴ!」

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