私には、物心ついたときから一生許さないと思っていた人がいる。
とにかく人間として扱われたことがなかった。
幼い心に、本当に鬼や悪魔に映った。

あたしがいつか大きくなって、自分の力で生きていけるようになったら、絶対に許さない。今はただやられるばかりだけれど、いつかぜったいにぜったいに。

呪文のように毎日つぶやく。

殺意というのは、きっとああいう気持ちを言うのだろう。

「憎しみのエネルギーからは何も生まれない」
母はそう私に言い続け、私は表面的には解ったフリをしていたが、心の中ではそうじゃなかった。

何をしても認められない。
認めさせたくて、いろんなことをがんばった。
優等生のフリして、嫌いな勉強をして、常に学年で上位の成績を保った。
勉強だけでなく、とにかくなんでもがんばった。
けれど、水泳でいい記録を出しても、コンクールで入賞しても、受験を突破して賢い学校に入っても、
何様のつもりだ?とか言われて、罵られるだけだった。
がんばっても結果が出なかったり、しくじったりすると、鬼の首を取ったようにできそこないと罵られた。
やっぱりお前は生まれてくるべきじゃなかったと、高らかに嘲笑された。

どちらにしても罵られるだけなのに、いつかきっと誉めてもらえると信じて頑張り続けたあの頃。

ばかばかしくて、泣きそうな人生だった。

月日は経ち、私は成長し、演技で接してきたあの人にどうやってこれから仕返しをしていこうかと思ったとき、憎いあの人は倒れた。
歳を取り、体が利かなくなり、頭もボンやりとしてしまっていた。

それからは、何故か常にあの人は私のことを探す。
見つけると、安堵の表情をする。
たったひとりの宝物だ、と呪文のようにずっとつぶやいている。

どの口が言う?
今更そんな!

どれが本心だかは分からない。
けれど、私を愛していない訳ではたぶんなかったのだろう。
愛しているのに、そう接せられなかった罪悪感から来る行動なのかもしれない。

私は憎しみを向ける場所を失った。

私は救われたのだろうか?

わからない。

自信に満ち、色々なものをテキパキとこなしていく影には、常に病的に人の目を気にし、怯えている自分が今でもここにいる。




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