PDP市場の創造とマーケティング発想
(電気ジャーナルへの寄稿)
はじめに
 多くの分野にわたる近年の技術革新には目覚しいものがあり、PC・携帯電話・PDA・カーナビゲーション等、少し前ならばSF的とも思える新市場・新商品が続々と登場している。こうした新商品カテゴリー及び新市場は、取りも直さず広告コミュニケーションの新しい沃野となることから、我々広告会社のマーケティングスタッフも新市場創造に関する研究を要請されている。今回は最近のマーケティングコミュニケーション論をベースに、次世代大画面テレビという新しい市場について技術とは異なる立脚点から論じてみることにしたい。

 
新市場創造における消費者ニーズ発想の重要性
 PDPによる次世代大画面テレビの実用化は家庭内CRTとのリプレースであるか全くの新用途であるかを問わず、今までなかった、という点で明らかな「新市場」の創造である。「新市場」創造のマーケティング戦略は競争市場のマーケティング戦略とはやや性格を異にする。競争市場のマーケティング戦略の基本は、既に成立している市場内での競合差異化であり、その大半は「製品スペック」によるもの、つまり送り手側による差異化である。一方「新市場」は未だ存在しない市場であり、その成立には導入される製品・サービスと消費者ニーズとの合致を見ることが不可欠である。よって「新市場」の創造には消費者ニーズと正面から向き合う姿勢と受け手側からの発想が必要ということができるだろう。

 新技術・新素材、………..そんなコトバはおそらく電子技術産業内に氾濫していることと思う。しかし大切なのは消費者にとっての「新」の意味である。次世代大画面テレビの標準と目される技術は多々あるが、単なる技術競争にとどまらず消費者のニーズをうまく掬い上げることに成功した製品技術こそが次世代大画面テレビという「新市場」の創造者となると予想される。PDPはあらゆる研究分野における優れた技術革新の集大成であろう。しかし送り手である技術者は、そうした技術が受け手である消費者にどのような「具体的な」メリットをもたらすのか、を常に問い直す必要がある。「新市場」創造において消費者ニーズ発想は非常に大きな役割を果たすのである。

消費者にとってPDPとは何か?
 
ここまで論じてきた「新市場」創造における消費者ニーズ発想の重要性に基づくと、PDPという「新市場」を現出させることはすなわち、次世代大画面テレビに対する消費者ニーズを掬い上げそれを体現した商品を送り出すこと、であるといえる。ではここから大画面テレビに関する消費者ニーズの実態はどうなっているか、を検証してみることにしよう。
 調査は大画面テレビユーザへのフォーカスグループインタビューという手法を採った。調査対象は最近29型以上のテレビを機種決定して購入した30代から50代の男女数名である。そこから浮き彫りになったのは、以下のふたつのニーズである。
 @大画面化ニーズ ;本当はもっと画面を大きくしたい。
 A省スペースニーズ;テレビはもっとコンパクトにならないのか。

 現在のCRT家庭用テレビについて大きな不満点はないけれど、改めて考えてみるとテレビはリビングで最も大きな電気製品だった。本当はリビングから消えてしまえば広くてキレイなお部屋になるのに、………….これが消費者が発した生のコトバである。
 そしてPDPの商品説明の後、消費者は一様に高いアクセプタンスを示すのである。「薄ければ大きくてもいい」、……….消費者の口から出たこのコトバがPDPの本質を言い当てている。つまり、PDPは表裏一体となったふたつのニーズに応える「夢の商品」として高い評価を得ているのである。次世代ディスプレイ技術と取り沙汰されているものの中で、TFT、FEDは@のニーズ対応に現段階では疑問があるし、大型CRT、液晶背面投射式はAのニーズを充足できそうにない。そう考えるとPDPは消費者が望むディスプレイの理想像に最も近い技術と言えるだろう。よって当面最大の課題としての輝度及び解像度の向上を果たすことが「新市場」創造に直接つながることになる。

「主流感」創出の世評コントロールの必要性
 「新市場」創造に関連して注目されているのが「主流感創出」の戦略展開である。近年規制緩和等に起因する環境変化によって、多くの市場で価値軸が揺らぎ争点が移動しており、結果、ブランドや規格の世代交代や単独ブランドによる市場席捲が多く見られる。アサヒスーパードライ、ソニープレイステーション等のケースがそれに当たるだろう。アサヒスーパードライでは新しい争点の提示とそこでの地位確立が、ソニープレイステーションでは徹底したオープン規格化によるソフト制作コストの低減・ソフトの低価格化が成功の最大要因と指摘されているが、いずれのケースも「将来の主流感・期待感」を上手に演出し得たことを加えて指摘したい。VHS対ベータの例を引くまでもなく、世評は時に事実を越えて真実らしい世界を作り上げ、優勝劣敗の流れを加速してしまう。「将来の主流」に最も近いポジションにあるPDPだからこそ、この世評をうまくコントロールしていくことが「新市場」の創造に必要であることをここで強調しておきたい。

 今、メーカーサイドに求められること

 
SFが人々の空想と希望の産物、人々のニーズそのものであるとすれば、SF的であることは「新市場」成立の重要なポイントかも知れない。消費者にとってのPDPはそんなSF的発想の所産である「壁掛け大画面テレビ」そのものである。送り手であるメーカーはこのことを改めて認識することが必要である。人々は「壁掛け大画面テレビ」を、PDPを待っているのである。メーカーにはPDPが持つ生活へのインパクトとその潜在的な市場性を認識し、現実的な最大課題である価格設定を含め普及のための努力を惜しまない姿勢が必要だろう。膨大な規模に上る日々の研究の積み重ね、その先にある「新しい生活」をイメージする力、が今まさに求められているのである。