●演奏
●演奏曲目
20世紀の音楽名曲展・室内楽
1999年8月27日・サントリーホール小ホール)
ドビュッシー:《ビリティスの歌》

バルトーク:弦楽四重奏曲第5番

ケージ:《コンストラクション第1「金属で」》

ストラヴィンスキー:管樂八重奏曲

朗読:エストレリータ・ワッセルマン

ハープ:篠崎史子、篠崎和子

フルート:小泉浩、高桑英世、木ノ脇道元

チェレスタ:小坂圭太

ヴァイオリン:松原勝也、鈴木理恵子

ヴィオラ:柳瀬省太

チェロ:山崎伸

 20世紀音楽名曲展とは思いきったタイトルだ。20世紀の室内楽をこの4曲で総括する。もしも僕が4曲で今世紀の室内楽を総括するとしたらどんな曲で構成するだろうか。もちろん名曲は星の数ほど存在するが、ここで総括するのは20世紀の室内楽であり、そのストーリーはおそらく今世紀の音楽史の「幹」にあたるものでなけれはならないはずだ。そう考えると単に民族主義的な立場での創作にとどまらず、音楽の歴史に大きな影響を与える、いやむしろそれ自体が音楽の歴史に流れを作った、そんな曲を持ってこなければならないだろう。

 今夜のプログラムはその点で考え抜かれた構成になっていると思う。更にそれが企画倒れではなく、力のある演奏によって再現されていた。調性の崩壊をヴィーン楽派ではなく、ドビュッシーに見られる無調志向に託し、更にこの「朗読のための付随音楽《ビリティスの歌》」に顕著な、19世紀ロマン主義の残照のような表題性や西洋社会の底流を流れるギリシャへのノスタルジーも包括してこの20世紀が始まって行くことを聴衆に見事に意識させた。バルトークでは20世紀を貫く人間的な意志の力を十分に表出している。そのバルトークの音楽に内包される無垢な人間賛歌は、近代科学技術を拠り所とした絶え間無い発展という20世紀後半まで続く直線的な価値観に通じるものを感じさせる。

 僕はバルトークの音楽が大好きである。多様な形を取りながらもその作品から感じられる強靭な意志はすべて同じ方向を向いているように僕には感じられる。晩年は不幸の底に沈んだこの偉大な作曲家の目は、限りなくポジティブに人間とこの世界のすべてを見据えていたように思えて仕方が無いのだ。今回の演奏はピンと張り詰めた緊張感が快い。そしてあくまでもポジティブに人間を内省するバルトークの想いが僕には痛いほどに伝わってきた。身体が熱くなった。真摯にバルトークに対峙した演奏者の方々にも拍手を贈りたい。しかし、僕はこの大好きなバルトークすら相対化していきたい。それがケージの役割である。
 この作品《第1構成》が「金属で」の副題を持っているのは、ストリング・ピアノ(プリペアド・ピアノ)やサンダーシート、ウォーターゴングなどの珍しい楽器の響きすべてが「金属」から導かれるということに由来している。僕はこの曲の演奏を初めて聴いたが、より急進性を増して行く後期の作品に比べて、非常に聞きやすく面白いものだった。ノイズと楽音の差を意識させようとするケージの試みは、芸術の意味を拡張しようとしたヨーゼフ・ボイスの試みにも通じるものがある。ボイスがアートの排他性を批判し、社会彫刻という新しい概念を産み出したのと同様に、ケージは楽音の排他性を脱し、ノイズすらその領域とする音楽の姿を求めたのだ。

 この夜最後の楽曲は、ストラヴィンスキーの手になる管楽八重奏曲であった。ストラヴィンスキーといえば「春の祭典」や「火の鳥」などのバレエ音楽が最もポピュラーである。そこに見られるバーバリズムをストラヴィンスキーとイコールで捉えてしまうと、この管楽八重奏曲などは肩透かしの最たるものになるはずだ。流石カメレオン作曲家の異名をとるストラヴィンスキー。大規模なバレエの後は、「プルチネルラ」を皮切りに新古典主義時代に突入する。「プルチネルラ」は僕の大好きな曲のひとつ。その様式の美しさ、安定度は素晴らしいと思う。そして管楽八重奏曲。この曲に関してストラヴィンスキーは「私の八重奏曲は一つの音楽的なオブジェである」と述べている。各曲は特定の管楽器が主役か準主役として展開する。ストラヴィンスキーの言うオブジェとは管楽器とその響き自体を指しているのではないか。聴きながら僕はそんなことを考えていた。管楽器への愛情と完成されたオブジェとしての楽曲という点で、ストラヴィンスキーの新古典主義の楽曲からは、バッハが残した偉大な作品のうち、フルートソナタやパルティータなどとの共通性を僕は感じている。バッハから200年以上を経て、20世紀の音楽はクルクルと螺旋を描きながら、またバッハの上空を通過しているのかも知れない。演奏は総じて熱のこもったすばらしいものだった。凝縮された時間をすごすことができたことを演奏者の皆さんに感謝したいと思う。さて管弦楽による20世紀音楽の総括はシェーンベルクの「グレの歌」ということだが、このプログラムは聴きにいけそうにない。とても残念である。

打楽器:吉原すみれ、山口恭範他

クラリネット:菊地秀夫

ファゴット:大畠條亮、前田征志

トランペット:高橋敦、山川洋樹

トロンボーン:古賀慎治、奥村晃

指揮:佐藤紀雄