[ Beyond the killing Fields] in Vienna

Beyond the killing Fields] in Vienna

     Beyond the killing time〜(暇つぶしを越えて)

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前口上

カンボジアプロジェクト[ Beyond the killing Fields] ワールドツアーも4箇所目、今回は'03.5月にオーストリアはウィーン、Schauspiehaus(読めるか(笑))にて行われました。

おかげさまでこの公演評判大変よろしくイェール大学(アメリカ)、シンガポール、ベルリンに続きもうすでに4回目。しかも今回は何と3週間に渡ってのロングラン公演。
伺候して公演自体は大成功! \(^O^) / ありがとうございます〜m(_ _)m

しか〜し、リハーサル含め滞在記間は40日を越え、、、、ウェーン、暇だったとよ〜、、暇潰しがこんなに辛いものだったとは(´Д`

名付けて「Beyond the killing time〜(暇つぶしを越えて)」
事の顛末です〜m(_ _)m


2003年4月17日(木曜日)

Vienna便りー1

いやどうも一週間の御無沙汰です、、みなさんお元気でしたでしょうか?
その後徹夜作業の荷造りを終えそのせいで飛行機の中はほとんど爆睡状態、アっと言う間にフランクフルトに着きトランジット、時差ボケもまったくなく無事にウィーンの生活に入っております。
しかしですねこまった事があった、今回演奏で使う器材を一つほど増やしたために重量オーバー3kg。超過料金が何と1万7千円ですと、、たった3kgで、、、ウ〜ム始めてですけれどこんなに取られるんですね、、みなさんも気をつけて下さい、あまくありません、ルフトハンザ、バカヤロ(笑)。

という多少のトラブルは有ったもののその後の生活はマア順調です。久しぶりに会ったメンバーもみんな元気、ア、照明のスコットはアメリカ人(from NY)んで多少後ろめたそうな感じだったな(笑)、、でも個人は関係ないからね、、ア、いままであまり書いては無かったけれど彼は相当な優れものです、、シンプル克つ大胆!ンなに色は使わない、、、分かってらっしゃる。照明と音楽って割と似ているところがあって刺激し合っております。

ウィーンは着いてからいままでとても良い天気が続いております。気温は東京より少し寒い程度、正に春到来と言う感じで、街には櫻も咲いております、、
ウ〜ムしかし、、寒いところだから着るものたくさんもって来いなんて言ったのはいったい誰だ!、、おかげで超過料金を、、、しかしまあ僕等が来る前までは雪が降っていたというし、、シンガポール人にとってはこれでも寒い感じなのかな、始めて雪を見たつう人も若干一名(JEAN)。

まあでも落ち着いた綺麗な街です、、まだ良く見ては無いのではっきりした事は言えないのですが、見たところ、、、町並みの建築にみだれが一切!、、まるで!、、無い!、、東京は新宿歌舞伎町のまったく逆をゆく感じで、、高さは大体5〜6階位に統一されていてこういうのをロココ調というかバロック調と言うかそのあたりはあまり明るく無いのですが窓という窓にはデコレーション、、まあ統一感があって、、絵に書いたようなヨーロッパの古都、、人々の心もやさしく、、酒場に入れば酔っぱらったおっさんが「ショパンのノクターンがどうのこうの」、、ウ〜ム、ダンケ、ダンケ。


2003年4月19日(土曜日)

Vienna便りー2

ウ〜ム暇だ、、、多少予想はしていたけれど(笑) 今はまだリハーサルの期間、今回はいわゆるロングラン公演に近いんだけれど、毎日と言う訳では無い、、らしい(今になって気が着くワシもワシだけれど)。
空いた日には僕らの他にも3つ位のグループが入れ代わりに公演をする、、といっても僕らの公演数が一番多いんだけれど(14回)、、、それで今は同じ劇場でこれまた入れ代わり立ち代わりリハーサルをしている関係上、一つのグループに当てられる時間が限られてくる、、いきおい暇が出来てしまうちゅう事になってる。
かと言って一日中どこかへ観光というわけにも行かず、、実に中途半端な時間が余ってしまう。

まあそれでもわりと小さな街だがら一つ二つは美術館などにも行け、エゴンシーレだのクリムトだの世紀末絵画もさっそく見て来た、、懐かしいですね、、そういえばパンク、ニューウェーブはなやかし頃、頭をシーレカットだの何だのと言って絵描きの友人に刈ってもらっていたなー、、、PINKのずっと前の話しだ。
こうして世紀末のウィーンを本物の作品や写真も含めた膨大な資料とともに見ていると、、見方がまた改まります、、、、いかんせんこちとら日本人でどうもグっと来るところが違っているかも知れません、、しかも百年前、、、しかし魅力あります、、、なんなんだろう?

帰す刀で現代系のところにも行って見たんだけれど、、こちらはわりとピタっと来ます。、、あくまで感覚的なものだけれど、、やっぱ今っすかね。
まだ他のグループとの接触はあまり無いんだけれど、、今の面白い人に会えるかどうか、、、楽しみです。
主催者やスタッフの人達にはケンセンが結構ボクの事フイてくれていたみたいで音楽、雄叫び共に好評、、ありがたや。

ということで暇があって滞在しているところがアパート形式のところで色々生活道具もあるもんで、いきおい自炊なんかも始めだした、作るのはもっぱらパスタ中心なんだけれど結構上手いっすよ(笑)。こちらのスーパーには本格的な良いソースが色々あって結構楽しめます、、なんか調味料も増えちゃった、、今日はソイソースも手に入れたんで和風パスタだ(笑)


滞在しているアパートメントホテル。角の一つ奥。

ア!レストランの値段は結構高い、ほぼ日本と同じです。

明日はPM8:00よりサウンドチェック、、アルムート(エンジニア)レベルは繊細に動かしてね、、たのんまっせ。



んではまたまた


2003年4月19日(土曜日)

Vienna便りー3

今日のサウンドチェックは午後8時から、それまで暇なので1人でプラプラと市内観光をした。宮廷、教会、博物館、、しかしこういう観光は1人で行ってもんなに楽しく無いもんですね(笑)、やっぱ家族とか友人とかあるいは恋人と行くのが正道なような気がします。  宮廷門の中に入ってその大きさ豪勢さにオ〜と驚いていると、、どこからか奇妙なしかしどこか懐かしい声が聞こえて来る、、、ン?これは「ホーメイ」!、、、なんでまた?見ると路上パフォーマンスの3人組がマウスハープ(口琴)と共にホーメイを唸っているではないか、、オッリョリョ、、こんなところで。


さっそく話しかけ「ワシはモンゴルから来た、キミ達なかなか筋は良いよ、、しかし惜しい、少しばかり違っとる、ほんもののを教えてしんぜよう」、、なんてウソウソ(笑)。
しばらく公園で話をして楽しみました。最近はウイーンといはず諸外国の都市に行くとよく路上パフォーマンスでデジェリドゥやなんかも聞く事が多いけれど、、ホーメイもそれに加わってゆくのかな?

劇場に戻りサウンドチェック。スピーカーそのものは良いのだが設置位置が、、上から釣ってある。 音がすべて天から降って来るような感じがしてどうも居心地が良くない。劇場では時折見かけるセットアップ、イエール大の時もそうだった、、どうしてこんな事するかなー、劇場人間、どうも分かりません。
「ウ〜ム低音まで上から来ちゃうと、落ち着きが悪いなー、、サブウーハーでも有れば、、」
と言ったところ「有るよ」というでは無いか、早く言えよ、アルちゃん、、、ということでサブウーハーを設置したところかなり改善した。しかし高音がまだピーキー、、しかし時間切れ、明日以降に。

劇場はSchauspielhausと言って小劇場だが1900年創立という由緒あるところらしい、、ということはここで世紀末ウィーンのイベントなんかも開かれていたのかな、、、今はパフォーマンスなどに良く使われているみたいだ。


表はこんな感じ

そして今回のフェスのポスター

かなり無気味な感じなんだけれど、、テーマは戦争、虐殺、、ウ〜ム、、旧ユーゴやチェコなどからも参加グループがある。


2003年4月21日(月曜日)

Vienna便りー4

昨日のめずらしく長いリハを終え今日は休日。
さて何をしようと思っていたらマン、コサール(影絵)がウィーンに住むカンボジアの友人と何処かへ行くというので一緒に来るか?ということ。
何でも列車に乗って行くというので、、オーこれはカントリーサイドか、、みんなで緑あふれる草原でサウンドオブミュージックさながらのピクニック、、オ−行来ます行きます。

と同行したのだが着いた所はそんなに遠く無い普通のしかしかなり大きめの公園。カンボジア人が家族で30人くらいだろうか集っている。アレ?サウンドオブミュージックはどうしたんだろう?(笑)、、、しかし、マンコサールと共に輪に加わり日長のんびりと過ごしたのであった。


聞けばウィーンにはかなりカンボジア人がいるんだと言う。マ好きで来たというより、やはり国から逃れるかたちで、多くの人が始めはチェコへそして政変の後またオーストリアへ移住して来たんだという、、チェコではチェコ語を覚えなくてはならず、、ウィーンではまたドイツ語を覚えなおし、、仕事もまた一から、さがして、、、大変です、ホント。ある人などはチェコでチェコ語を拾得し仕事も探しあまる時間で医者に成るための勉強をし後少しのところで資格をとれるつうところでオーストリアへ移住、、今はまた仕事をし生活費、学費を稼ぐ毎日、、ウ〜ム。 マしかしこういう話しをすると暗い感じを覚えるかもしれませんがそこはそれ、熱帯人特有?のたくましさ、みなんさんとても明るいのであった。公園ではみなさんの手づくりのカンボジア料理で舌鼓、とても楽しい一日でした。


男達はずっとカード遊び、カンボジア特有のゲームらしい、ユーロコインが行ったり来たり。

公園の後はお宅にもおじゃました、これが結構広い、、外国へ来るといつも感じるのだが、居住空間は広い、よく言われる事ですがウサギ小屋に電化製品(エレクトリック)がぎっしり、、それワシの部屋の事やないけ(笑)



ではまた


2003年4月22日(火曜日)

Vienna便りー5

ここのところほぼ毎日アップしいているな、、いかに暇があるかが分かると思います(笑)
といってネット環境が良いかと言えば実はそうでも無いです。
一応このアパートメントホテルは部屋から直に繋ぐ事が出来るということに成ってはいたんだけれどどうもうまく行かず、日に一回程度フロントへ行きそこからアナログ接続というめんどくさい事をしています。おまけにコードが短いためフロントの机のしたにもぐり込んで情けない恰好での作業でこの小さなホテルでは名物っぽく成ってしまっていて、、少し恥ずかしい。
姿勢が苦しく見た目にもかなり怪しい(笑)ので長時間の接続が出来ずウェブサイトをゆっくり見るということが出来ない、、、ンで(かなりグダグダと長く成りましたが)日本の状況がなかなか分からない、、、松井はどうなったかなー(これはアメリカですけれど)、、ダイエーの和田君が完封したのは友人からのメールで知ったけれど、、御存じだと思いますけれどこちらはまったく野球というものに関心が無い、、TVではサッカーばかり、ア、K-1もやっていたか、、野球、、気に成るところです。
後TVではやはりイラク問題の事が多いです、、ドイツ語は皆目分からないのでもっぱらCNNを見ています。(英語もかなり怪しいですが)

リハ−サルは今日が最後、いよいよ明日から本番突入ですが、、そろそろ色々な人、アーティストが(リハを)見に来るようになりました、音楽の方も今のところ好感触を得ている感じでありがたい、、アーダ、コーダと色々質問されます。しかし自分の方ではもう(イェールから数えて)4回目とということで、少し変えて行きたいなと思っているのが正直なところ。

リハの後、クラブへ行ったんだけれど、かなりセンス良しの女性DJがいて話しかけると僕らのパフォーマンスの事も知っていて見に来るという、、ウム、、小さな街なんで廻りが早いのかな、聞く所よると人口は160万、クラブからでたのは11時過ぎだったのだが街の人通りはとても少ない、、ウ〜ム京都みたいな感じか?ア、あと、流しのタクシーが少ないんですよ、、見つけるのに結構苦労した。

さて明日からいよいよ本番か、、今回は長いぞーっと。


2003年4月23日(水曜日)

Vienna便りー6

今日から本番、公演初日前にはもう恒例となっているエムティエイさんの儀式がある。今回も生きた鶏をマンコサールが締め祭壇に飾った。いつもながらの鮮やかな手付き、、、ウ〜ム、マン!


ベルリンのときには本番ステージで行ったのだが今回は3日後にそれを行うというので2回する事に成り楽屋で略式の儀式に成った。
次ぎはマンが締めるのところを是非ビデオで記録したい。

ウィーンではいったいどんな観客が来るのかなと思っていたのだが、年齢層がかなり高い、平均50過ぎというところ、、ウ〜ム大丈夫だろうか、かなり斬新なところもあるし、、、、
聞くところによると今日の観客はプレスと共に劇場の回数券(契約しているのならどの劇場でも良い)みたいな物を持っている人が多く、客層は明日以降変わるというのだが。

公演が始まってすぐカンボジア人の虐殺の告白の場面で観客席が「ガヤガヤ、ドタンバタン」
ン?うるさいなと思って見ると、、何と人が倒れているではありませんか、、アッレ〜!、、
客席の照明が少し明るくされ、どうも救急車を呼んでいるらしい、、ウ〜ムこれはどうしたものか
それでもパフォーマンスは続けられておる、、まあケンセンが判断を下すであろうと僕も続行していたのだが、僕の位置は客席に一番近いものだから騒動の一部始終が入って来る、しかしどうも命に別状は無さそうだ、貧血かな−、、その内真っ赤な服を着た救急隊員がドカドカドカ!ステージではエムティエイの告白が続いていて、実に複雑な状況、、アワワ、もうすぐワシの歌やがなー(笑)

というどたばた状況で始まったのだが終わってみれば拍手喝采、、まあスタンディングオベーションとまではいかなかったが、、この客層を考えると良いほうではなかったか。
講演後は主催者やプレス関係者と懇談、、評判は上々、、ありがたや、、、しかしあの(倒れた)おばさんは大丈夫だったろうか。年齢層が高いのも、、ウ〜ム。

公演は水、木、金、土、と続き、日、月、火、と休み。休日の日は他のパフォーマンスが組まれている。つまり僕らは4勤3休が3週間続くということになる、、暇だ、、ウィーンは快晴の日が続き実に良い気分、、誰か遊びに来ませんか(笑)


2003年4月25日(金曜日)

Vienna便りー7

今日は僕らの「The Conntinuum」と、「ミロシェビッチ」という公演の2本立の日だった。
観客も初日に比べるといわゆるその筋の人、、ってどの筋やねん、、が多く。貧血の方も表れず(笑)、、当方としては昨日よりやりやすかった、、、、しかしですね、今回の僕の位置は前にも少し書いたことだがステージというよりは観客席の一番前に横向きにしつらえてあってどうも中途半端だ。
まあやっている事も照明などと同じく裏方ぽいところとヴォシスパフォーマンスという表現っぽい ところと2面性があるので、、ウム、、音響効果の事だけをかんがえるとミックスエンジニアの隣にいるのが一番良いのだが、それだと歌う時観客は後ろを見てしまう事になるし、、、まあこの位置に慣れるしか無いな。

左下がワシの位置、本番では客席が迫っている。

歌の方はYEn Calling同様すべてインプロで入魂忘我状態で楽しく出来るのであるが、問題はサンプラーその他音源物。こちらの方はそうコントロールは利かない。これをを場面に合せてドンと出す時には今でも心臓バクバクだ(笑)、、失敗すると飛んでも無い場違いな音がドカンと出てしまう、、ンと生きた心地しませんで、、今日は一回ほどやってしまいました(笑)しかし顔面鉄面皮。
しかもこれらをあやつる精神状態は歌う時と180度逆のエンジニアそのもののそれ、んでもって見栄えは観客の目前で電脳皿回し状態、、あーアシスタントが欲しい、、。

とグダグダと書きましたが全体としての出来は良く観客のウケも非常に良かったです。
カーテンコールも4度ほど、、慣れないカーテンコールもようやく板に着きかけたか(笑) 公演後の懇談会、、オウ、ここでもビューティフル、ボイス、、、ウッウッウ

もう一つの「ミロシェビッチ」こちらは登場人物4人でほぼずっとしゃべりっぱなし、、すべてドイツ語なんで皆目見当がつかず判断不能。


2003年4月27日(日曜日)

Vienna便りー8

昨日の公演で一回目の一区切り、、講演後恒例の懇談、みんなで誕生日を祝ってくれたりして感謝、感謝でした、m(_ _)m.
日本から持って来た僕のCDももうすでに完売状態、、ウム、どうしようか、、しかしこれ以上は持ってこられない、それでなくても重量オーバーですから。

ということで今日から3連休、、バンザーイ、、しかし、さてどうしようかい。
マンが先週会ったカンボジアの人達とまた会うというのでお昼前にカンボジア人のお宅にみんなで伺った。食事をいただいた後は何とカラオケ大会、、といってもカンボジア民謡なんですがこれには結構食らいました。

普通古典的なカンボジア音楽はシンプルでコード的なのもは ほとんどついて無いんですがこのカラオケは違った、ベースなんぞも入っていて時折刻みもののコードもアレンジされていているのだがこれがかなりおおざっぱというかめちゃくちゃで、へたに解釈しようとするとこちらの頭が狂ってくる、、ア、アバンギャルドだ、、ク、クルシイ(笑)、、しかしこういうやり方もあったか、、恐るベシ、カンボジアカラオケ。

その後、僕だけ失礼して街を徘徊することにした。
シテファン寺院からケルントナ−通りを通ってオペラ座へ。

オ!ここが彼の有名な、、フ〜ムどれどれ、ア、見学も出来るのか、オッ立ち見はわずか9ユーロ、、オペラはあまり好きでは無い、 というか見た事もないが9ユーロなら、、
オ!今日は何とワグナー、のワルキューレ!
頭の中では「地獄の黙示録」ヘリコプタードシドシの勇ましい場面が思い出され、、、、ウム、この際ウィーンオーケストラも聞きに行けそうに無いし、、歌はなんとか我慢するとして(失礼)オケだけでも、、と思いそそくさとチケットを買って入ったのが運のツキ、、

何と!所用時間ほぼ5時間!!!
ハッレ〜!「ワルキューレ」ってそんなにあったんですか(笑)、、ろくにプログラムも調べもせずに入ったワシもワシだが。
しかしそこはやはり音楽好きなもんで、、ヘトヘトになりながらも一応全部見て来ました。

話しには聞いていたんですけれどホール、良いですね、、立ち見席でも十分バランスが良い音を聞く事が出来ます、、そして良いですね生音!ホント音量にしたらかなり低いんでしょうけれど細部まで聞き分ける事が出来、迫力も十分伝わります。
しかしですね実はオーケストラの方、今一つでした、、生オーケストラを聞いたのはそれこそ中学以来なんだけれど、、、こんなんだったかなー、、ミスも結構多いし、、後ですね、どーもホーン(多分ホルンかな)が少し♭して聞こえてしょうが無い、、カンボジアカラオケでこちらが狂っちゃったかな(笑)

ア、歌はもうこちらが主役ですから全員そりゃウマかった!、、しかしですね(再び)あのベルカント歌い、、どうもメロディーに聞こえて来なくて困ります(と言っても向こうは知ったこっちゃないでしょうが(笑))、、かろうじてmp(メゾピアノ)あたりからオケと交じりあって、オ〜美しいメロディーだなーと感じる事が出来るんだけれど、、、後はもう、、セリフとしてしか、、第一大袈裟すぎないか、、(これも知ったこっちゃないでしょうが(笑))

しかしまあ堪能しました、5時間たっぷり、、めったに出来ない体験です。
アーしかし、オーケストラは少人数編成でもよいから達人物聞けないかな。


2003年4月28日(月曜日)

Vienna便り「Beyoud the Killng Time〜暇つぶしを超えて〜」ー9

3連休2日目、、さて今日は何をしよう、暇を潰すのも結構疲れる。
正に「Beyond the Killing filed」ならぬ「Beyoud the Killng Time」。
オ!これ良いな、タイトルにしよう、日本語で言うと「暇つぶしを超えて」(笑)。
ちなみにKilling Time というすばらしいバンドがありましたけれどメンバーは全員近しい友達です、、オーイ!

ということで今日はシェーンブルン宮殿つうのにスタッフと共に行きました。
ハプスブルグ王朝の栄華がここにもゴマンとありました。しかし何時も思うのですがあんなゴテゴテ、金箔ギラギラの部屋に住んでよく落ちつけるものだ、王家の人々の暮し、精神状態はまったくこちらの想像を超えております、、ウム住めば都というものか、、ア!それまったく逆の意味ですね(笑)

広大な庭園も含めのんびりと散策した後、夜は1人でPOGGY&BESSというJAZZ系のライブハウスへ。

Mephist という女性3人のグループだったんですけれどこれはかなり良かったです。
Pf と Dr とノイズ系コンピュータという編成、のっけからノイズアブストラクト物、、ウ〜ムこういうのを何て言うんだろう、、最近は音楽のカテゴリー、ジャンルを表す言葉が多くても〜う分からず、覚える事も放棄して久しいですが(笑)、良かったです。ンでテクニックもジャズをベースにかなりのもの。速いテンポの変拍子などもやっているんですけれどノイズ系のコンピュータもそれにキチンと合せている、、オーバーダビングならそりゃ簡単ですけれど、、ウ〜ム参りました。運悪くコンピュータの人には話しが聞けなかったんだけれど、他のメンバーに話しを聞くと、、「それは私達も驚いているんだ、どうやっているのか分からない」(笑)との事。
ノイズ系、特にライブでは割とおおざっぱな演奏が多いんだけれど、ち密に組み立てていて、、これをライブでやるにはかなり時間と修練が必要だと、、、ちなみにこのグループの活動拠点はNYらしいです。
しかし良かった、漸く今の音に出会えたと言う感じ、、聞けば11月にはフェスも開かれているんだとか。

ライブ後遅くなったのでタクシーに乗ると英語がまったく通じない、、聞けばボスニアからやって来たんだとか。そこでヤドランカ知っているかというと、、オーもちろんだという話、、やはり彼の地では大スターらしい。
そこで彼女の曲ヤノモリを歌ってみせると大驚き、、何でお前が(笑)、、ハッハッハ、、

イスメタさんでした、、ではでは


2003年4月29日(火曜日)

Vienna便り「Beyoud the Killng Time 〜暇つぶしを超えて〜」- 10

今日はお引っ越し、アパートメントホテルを変更だ。
予定されていた事なのであるが、何でも僕が今まで滞在していたところは高いらしく、少しばかり安い所にして欲しいと言う事らしい、マア長期滞在だからしょうがない。

少し不安だったのだが着いてみると、オー結構良いでは無いか、広さも今までの倍はある、部屋も一つ多い。

リビングは10畳位。

今度は洗濯機(乾燥機付き)もついていて、これで手洗いから卒業。お風呂も広くバスタブが大きくて今度はゆっくり湯につかる事も出来る、今まではシャワーだけ。
さらに前の滞在者が残していってくれたものか、パスタ、米、小麦粉、調味料、コーヒー、お茶、ワイン、、その他缶詰にいたるまで食料もかなりある、、後は肉と野菜だけ買えば良い、、ありがたい。


石鹸、シャンプー、ローションは言うに及ばず、どういうわけか香水やロウソクまで、まあ揃っている、
電話は普通に着いていてもちろんアナログだけれどネット環境もOK。
TVアンテナが調子悪いのだが、これは御愛嬌、そんなに見ないし

これだったら始めからこちらの方が良かったなー、、しかしこれで前の所より安いの?
まあ前の所はフロントもあり毎日掃除のおばさんも来てどちらかというとホテルのサービスに近かったぶん高かったのかな。

このような形式をフラットと言うそうで、昨年のベルリンの時もそうだったんだが、ここまで物は揃っていなかった、、これは運不運も有るのかな、前までの滞在者がどれだけ物を残して行ってくれたかどうか、、そうだとすればラッキーです。

ア、今回はずっとシングルです、盟友マン、コサールも同じ、しかし近い所なんで行き来はしています。

ということでさっそくゆっくりと湯につかり、前滞在者の残して言ってくれた食料でオイルサーディーン入りパスタを作り、コロンビアコーヒーも入れ、前の所では落ち着いて出来なかったネットで久しぶり日本情報なども見ました。

何!日経平均、最安値更新、、、アキマヘンがな、、こりゃ暇つぶしを超えてなんて言ってらんない、、っといっても何も出来ない、次。
松井、イチローはいま一つ調子があがらない、、ウーム、松井は例のムービングファストボールとやらに苦しんでおるのか?、、和田君、何と坊行率トっプ、、次。
何?、白装束集団表れる、、何じゃこりゃ、新たなオームか?次。
オー!六本木ヒルズオープン、大賑わい、3日間の人出が90万人、、、ホントですか?半年前にこのPVの音楽をやったんだが、たしか高層タワーは一本だったはず、何処にそんな人が入れるだろう?
そう言えば帰ったら即、森ア−ツセンター(最上階)のPV音楽仕上げだ。


2003年5月1日(木曜日)

Vienna便り「Beyoud the Killng Time 〜暇つぶしを超えて〜」-11

その後、公演は順調に進んでいます、、しかし、アー後2週間ちょっと、、長いな。
今日は休日、マン、コサールと共にプタター公園、遊園地へ出かける事にしました。
ちょうどメーデーとあって物凄い人だかりでした、公園のあちらこちらでステージが作られ小規模ながらコンサートも行われてさながらカーニバル状態。

遊園地へ来たのは久しぶりだったんですが最近のアトラクションは凄いんですネ。
何て言うんですか、乗り物に乗ると言うんでは無しにヒモ(ワイヤー)を直接身体に取り付け(といってももちろんきちんとしたアタッチメントはありますが)、それこそ、縦横無尽、一気呵成にふりまわすという大胆な代物!、、その代表がバンジージャンプになるんでしょうが(これもありました)その他にも人間パチンコ玉のようなものや、大空中遊泳ブランコのようなものまで、、まあこれに乗りたい人は自殺願望者ではあるまいかと思いたく成るような、、、


当方もここで怯んではならじ、アジア人魂も見せつけてやらねばと思い人間パチンコ玉なら2人で乗れるしイッチョやったろかいとは思い列にならんだのですがマンの「俺は若い時のように心の臓が強く無い」の一言に助けられ、、ヤメにし、、二人で大観覧車に乗りました(笑)


やはりプラターへ来たなら大観覧車、、映画「第3の男」です。これに乗らねばなりますまい。
歴史があるぶんボックスもレトロ、、雰囲気あります、映画のテーマを口ずさみながらゆったりと一周、ハイこれでワシ等のアトラクションは終わり(笑)後は公園でゆっくりと過ごしそそくさと家路へ着いたのでありました。

とここまで書いて

が、しかし、、ここで事件が起こりました。
マンとは途中の駅で別れたのですが、彼が駅からアパートへ帰る途中に何と暴漢に襲われたと言うではありませんか。
暴漢は2人組で彼を羽交い締めにし財布を取り上げ、さらに蹴りを入れ逃げ去ったそうです。
これを知り即、マンのアパートへ行き、スタッフと共に警察へ連絡し事情聴取、1時間半、大騒動になったんですが、、もそっと速く連絡せんとあかんがなー。
まあ不幸中の幸いで怪我はほとんど無かったものの、現金、IDカード、免許書など取られたものはかなりあったみたいで、、当然ですがマンは相当落ち込んでいました。
ウィーンは安全な街ということで、こういう事はそうは多くはないらしいんですが、それでも起こる時は起こるんですね。聞くところによると東ヨーロッパから職を求めて来る人達も多く成ってきて、少しばかり治安も悪く成って来ているんだとか、、、、それにしてもとんだ休日になってしまったなー、、、みなさんも海外へ行く時は御用心。


2003年5月3日(土曜日)

Vienna便り「Beyoud the Killng Time 〜暇つぶしを超えて〜」-12(I氏の事など)

その後事件の犯人は見つかっていません、多分難しいだろうなー。
マンはその後落ち込みから、激しい怒りに変わり、俺はこんな街にはもういたく無い!なんて言い出したんですが、、スッタモンダの末、落ち着くとろろへ落ち着き、今日は実ににこやかにプレイ、、「YEN、明日はどこへ遊びに行こう」、、オイオイ
マアでも落ち着いて良かったです、、襲われたのが僕と別れた直後だったものですから、僕も多少の責任を感じておりました。

しかしこういう時に保険は重要っすね。

友人からの話し、、ア、これ面白いから書こ
僕の友人 I 氏がコンピュータ関連の仕事でアメリカは LA へ行った時の話ですが、、、、

I 氏は仕事を終えホテルへ帰りシャワーを浴び、ガウンを羽織り、ワインなどを片手にそのままバルコニーへ出て椅子に座りゆったりと佇んでいた。

バルコニーから見るLAの夜景はまるでブレードランナーのように美しい(I氏はブレランの大ファン)。
気候も程よく、シャワー後の火照った体にやさしく吹き込む夜風が気持ち良い。
「フ〜、今日も、交渉はハードだった、しかし何とか上手くまとめたな、、しかしカールの野郎ったら、、、フッフッフ」
などとハリソンフォード気分でひとしきり、、

そろそろ寒くなってきたんで部屋に戻ろうとすると、、、何と!どういう訳かカギがかかってしまって開かない、、、アレ?アレ?、、どうしたんだろう?、、エ、ウッソー!、オートロック?。
さーて困りました、バルコニーに閉じ込められちゃった、、、、ガウンの下はパンツ一丁、、その内夜風も次第にきつく成り寒さが応えて来る。
夜とあって誰も見えないし、また誰も自分の事に気付いてくれない、、、、
ここで大声を上げて隣の部屋の人にでも助けを求めれば良いのですが、時間も時間、恥ずかしさも手伝ってどうにもそれが出来ない。

途方にくれました、I氏は。ワインの酔いもとっくに覚め、もう頭からブレラン気分はすっとんでいます。洗い髪はすっかり風に吹かれて乾きボサンボサン状態。風にたなびくガウンからはチラチラとパンツも見えていたことでしょう。

見ると2階ほど下に少し張り出していて離れに続く廊下みたいに成っているところがある、、ここでI氏思いました。
「何とかあそこに辿り着けないものだろうか?そうすれば廊下ずたいにホテルへ入ってロビーへ行き、事情を説明し部屋へ帰る事ができる。はだしのガウン姿で少し恥ずかしいけれどそれでもパンツ一丁よりはましだろう、、、飛び下りることは可能であろうか?、、ム、ム、ム、しかし」

I氏はあまり運動が得意では無りません
見れば2階下といってもかなりの高さがある、しかも薄暗くて良く見えないが下はコンクリートで堅そうです。迷います、、、飛ぶべきか飛ばざるべきか、、、
しかし待っていても事態は一向に改善されないどころかどんどん寒く成ってくる、このまま凍えながら朝を迎えるのはイヤダ!、、しかし高いな〜、どうしよう。
ブレラン気分はすっかり無くなっていましたがこの時のI氏の心境は正にレプリカントに追い詰められたハリソンフォードそのものだったかも知れません。
I 氏はついに意を決しました。

エイヤ!!!、、、、ドスン、ボキ!!、、、アッレ〜〜?

どうも足首から変な音が聞こえたような、、、ここでI氏始めて大声をあげました。

「ヘッヘッ、ヘルプ、ミー」!!!!!

ということで足首骨折、そのまま病院へかつぎ込まれ、即入院。

、、っとここから保険の話になるんですが、、請求された金額が何と200万以上!、、聞いた話なので金額はうる覚えですが、大金です。
I氏の立場はフリー、さらにこの時は個人で保険に入っておらず、まさに泣きっ面にハチとはこの事。
まあそれでもこの時契約していた会社側が複雑な経路をたどって何とかしてくれ、全額ではないですが助けてくれたの事。

以上保険は大事だ、、そしてバルコニーに取り残されたら迷わず、助けを呼ぼう、、との話でした。

さて明日から3連休、何しよう。


2003年5月5日(月曜日)

Vienna便り「Beyoud the Killng Time 〜暇つぶしを超えて〜」-13

子供の日ですね、日本では鯉のぼりもはためいていることでしょう。
オ〜イ、お父さん、がんばって、、暇潰しているぞ(笑)
今年の大型連休はとびとびでさらにSARSの影響もあってか割と地味なんだとか、、ウムそれも良しでしょう。

さてこちらもニ度目の連休の始まりなんである。フムなにをしよう。
と考えてみたら、せっかくウィーンに来て休日なんだから、という何だか脅迫観念のような物にせき立てられるように無理して出歩く事も別に無いんである。
観光地に行くには行ったが、それで何か特別な物を得たかと問われればかなり怪しい。
ということで今日はアパートで静かにダラダラとパソコン仕事をする事にした。
手始めに長い間ほっておいたHPのワークスのリニューアル、最新アルバムが「Documenta」のままじゃさすがにチトまずい。

しかし難しいですね、最近は簡単にHPを作成するソフトがあるらしいのだが、そういう物をまったく知らない為、 HTMLをコピーしたりペーストしたりしてくり返し試し、、まあ時間が掛かる事まるでターヘルアナトミアだ。それでもこういう時じゃ無いと出来ないのは分かっているんで四苦八苦して作業を進めていたところ、電話。

「RIZA(リザ)だ、何している?お前を観光したいつってたな、連れていってやる」
夜の10時からウィーン市内を車でぶっ飛ばし、おれが好きな場所だ、、なんて別に観光名所でも無い少しばかり変わった建物や、通り、店などを紹介されたのだが、これが結構面白かった。運悪くカメラを持って行かず撮れなかったのが残念だが、、同じ観光でもこういうのは面白い。RIZA(は今回の別プロジェクトの若いビデオアート野郎だが、変わったヤツであった(笑)。

夜の観光が終わった後、深夜1時、何と昨年ベルリンでエンジニアをやってくれたT氏が来宅(もちろんアパートだが)。彼はまったく別仕事と遊びを兼ねてウィーンへ来ていて。明日早く旅たつんで泊めてくれとの事。
T氏はシカゴ育ちのアメリカ人だが今はベルリンで仕事をしている。世代もほぼ同じとあって気が会う。今でも時々メールのやりとりをしているのだがこちらに来て音楽関係の人とはあまり多く出会って無いので深夜にも係わらず話がはずんだのである。
、、、が、音楽話しも一段落つき、さてと思った頃、始まったのが、何と恋愛物、、、とつとつと悲恋を語るのである、、オイ、おっさんもう若く無いんだから(笑)、、しかしおっさんは純情だ、、気が着けばもう朝、、、、まさかウィーンくんだりまで来て外人に恋愛相談受ける事になるなんて思いもよらなんだ、、何だんねん(笑)、、しかしいいやつだ、純情だなー、、、しかしほとんど寝られなかった。

ア!しかし、こう買いていて、勘違いしてもらっちゃ困りますヨ!、間違ってもゲイ関係では無いっすからね(笑)、、実はアート関係多い、、念を押しとかないと(笑)

だらだらと休もうと思っていたらまったく逆方向に成ってしまった、、、しかしこれも旅ならでは。

ところで暇にまかせて友人のHPのBBSに書き込みを入れていたら、何だか飛んでも無い(面白い)方向に行ってしまっていて、軟禁状態のワシの救出作戦なるものが始まったみたいだ。アリガタイ、こりゃ当分の間楽しめます。


2003年5月6日(火曜日)

Vienna便り「Beyoud the Killng Time 〜暇つぶしを超えて〜」-14

昨日の徹夜悲恋よもやま話が利いたのか、何だか喉が腫れて痛くなってしまった。
オイTomお前のせいだぞ、ア、言っちゃった、、でもみんな知らないので大丈夫でしょう。(笑)

実はこの喉の腫れはウィーンへ来た直後にもあってその時は歯の痛みから来ているものだと思っていたのだが、今回は歯は痛くない、症状はつばや食べ物を飲み込むと痛くて扁桃腺に似ているのだが熱は無い。
今のところどうしようも無いというほどでは無いのだが今日は出歩かずゆっくりと休む事にした。 、、まだ休日はたっぷりと、中途半端に、ありすぎるゾ〜!!(笑)。

ということで今日も昨日に引き続きHPのリニューアル、ワークスのソロアルバムをアップ。
見ていただけましたでしょうか?、、こんな感じでいかがでしょう。
後、神楽CDと怪道丸、YASHA、もどうしよう?、、こちらはプロデュースでまとめた方が良いかな、、
さらにプロデュースも含めシングル物は、、これは結構な数にのぼるから、、ヤメ(笑)

何日かぶりに東京の携帯をチェックしてみたら、仕事依頼、、これで3本目、、帰国には間に合わず当然ボツ、、ア〜、この不景気の時に、、ウッウ、痛いゼ。
返事はこちらから電話連絡で返すのだが電話の音が近くて僕がウィーンからだというと皆驚く。
良くTVの衛生中継で見るようなタイムラグもほとんど無く、会話もスムースに進む。へたをすると東京からの携帯よりずっと音が良い(僕の部屋はJ−フォン、入り悪いんですよー)、、恐るべきボーダフォン。

べルリンの山中氏からも電話、彼も今回はボーダフォンにしたみたいだ。
彼は今IN-TRANGITに参加している。IN-TRANGITは昨年僕も参加したし、今回来ているメンバーも何人かは知っていて、オ!あいつは元気かなどと、近況などを話し合った。
今回もウィーンが終わった後、その足でベルリンへという話しもあったのだがすると2ヶ月近く、、これはもうムリ。
ミュージック、フェスかなんかでセッションバリバリ出来るんだったらすっ飛んで行くけれど。
今回ミュージシャンは少ないらしい(まあ前回もあまりいなかったけど)。
やはりシアター関係と音楽関係は微妙に違う、まあ最近はそれでも近づきつつあるのかも知れないが、、。

喉は明日まで収まらなかったらスタッフに連絡して何とかしよう、、ワシは保険にも入っているゾ。

そう言えばワシの救出作戦はどこまでいっているだろう、、隊長まっておりま〜っす。

オ〜トム、お前はイイやつだ。


2003年5月8日(木曜日)

Vienna便り「Beyoud the Killng Time 〜暇つぶしを超えて〜」-15

こちらは相変わらず晴天が続き街を歩く時はもうTシャツ姿が目立つように成った。本当に過ごしやすい日々が続いている。
 

しかし帰る時の事を考えると少し頭が痛い、何せ雪が降っていてー5度という情報の為、ジャンパー、手袋、帽子、その他、自分が持っている最大限の防寒用具も持って来た、これはどうしよう。バッグに詰めて帰るのもありだが、また重量オーバーの問題が、、、少々恥ずかしいが汗だくででも着込んでいくしかないのかなー、、しかし怪しまれないかなー。
とまあ色々不安はあるが10日先だ、それまでに考えよう、、解決策はなかなか思い着かないが(笑)。

その後、喉の腫れも収まり、スッタモンダも一応収まりパッフォーマンスは順調にこなしている。
HPの更新やら、Whacho,Ma-To組の救出作戦やらで、以外と忙しくなって来てしまった、、たくウィ−ンまで来てなにしているんだか(笑)。

朝はだいたい11頃起床、シャワーを浴びると同時に洗濯(これは2日に一回だが洗濯機が有るようになって便利に成った、前のアパートでは30分はかかったもんなー)、歯磨き、鬚剃りをすませ、コーヒーを入れ、メール、(日本の)留守電チェック、、、んなこんなで12時を廻る。

その後昼食は自分で作るか外へ行くかですまし、後は会場入り(大体6:00)まで観光するもよし、日記を書くもよしの自由時間、、暇でしょう?(笑)

会場へは歩いて30分、時間がある時は散歩がてら徒歩で行くのだが、大体Tram(路面電車)に乗って行く。
最初は結構迷いました。こちらの駅名、地名は長い! そして「S」で始まるのがやたらと多く、最後が「gasse」(通り)で終わるのが多い。
だもんでまん中の一番ややこしくて分かりにくいところで判断するんだけれどこれが、フガフガ、ブシュブシュ、、痔ドイツ語発音で難しい、、ンだけれどマアこれも馴れ。そんなに大きい街じゃないんで見れば大体分かるように成って来る、、がやっぱり長い!もっと5文字位に短くしろー!(笑)

んで公演は8:00から始まって(6:00からという1日もある)10:00時終了。
後は懇談してアパートへ帰る。
最近はアパートの近くに良いクラブ[RHIZ]というのを見つけ、割と新しい目のエレクリカなんかをやっているんだけれど、そこに行くこともある。ンなかんだで就寝は2〜3時か?たっぷりと寝てます。
3連休はまったく予定無し、、これが困るんでさァーダンナ、、、次回はやっぱ田舎でも行こうかな。


2003年5月10日(土曜日)

Vienna便り「Beyoud the Killng Time 〜暇つぶしを超えて〜」-16

あれ?今書いてて気がついたんだけれど、曜日がずっと火曜日のままだった、すんません。
こちらへ来て一ヶ月が経った、、海外へ来ると何時も思うのだが、長いような短いようなやはり日本で過ごす時間とはかなり違う、まあこのプロジェクトではやっている事も同じ音楽とは言え、ではダンスパフォーマンス、照明、トークとのからみで行われる為、自由度はある程度制限されていて、普段自分がやっている音楽だけつうのとはかなり違うつうのもあるんだけど。
期間もこれだけ長くなると正直フラストレーションも溜まってます(笑)。
昨年のベルリンはフェスものだったから他の多くのアーティストとセッション、話しなども出来たのだが、、、観光じゃやっぱ一ヶ月持たないなー(笑)

とは言っても何度も書いているように公演は順調、出来も実に安定している。これはやはり主役のエム、ティエイおばあちゃんによるところが大きいな。ま、おばあちゃんなんて言っているけれどこれも何度も書いているように彼女はカンボジアの至宝、世が世なら僕など一緒にプレイ出来ない方かも知れないのだが、、、公演は日によって客層も違ったり、入りもバラツキがあったり、反応もそれぞれ違うのだが、彼女はこれらに動かされることは本当に少ない、、あらためて積み上げて来たものの時間、大きさを感じます。

今回は休日が多く、僕などは困っているんだけれど、エム、ティエイさんにとっては良かったのかな。 やはりお年だから、、、連日歌も踊りも良く体調ばっちり。マ、ケンセンがこの事を計算してスケジュールを組んだとは思えないけど。(笑)

しかしですね、カンボジアのメンバーは出歩きません、ホント出歩かない。会場とアパートとスーパーのみ、食事はすべて(ほとんどじゃ無いですよ、すべて)自炊!レストランすら行かない、、 後は週一回位ウィーンに住むカンボジアコミュニティーの人達と会うくらい、んでもって食料を暢達してきたり、、うーん、このあたりは逞しいといえば逞しいんだけれど、、そして物価を比べるとたしかにかなりというかとんでも無く高く感じるのは事実なんですけれど、、、
せっかくめったに来れないウィーンくんだりまで来てこれだけ休日があるんだから、そんな大きな街でも無いし散歩でもすればそれなりに面白いものは見られるとは思うのだが、出歩かない、、、マンはさそえば出て来るけど、、

前回ベルリンまではあまり休日も無く、忙しかったんで、マアこんなもんかなとは思っていたんですが、、これだけ休日が多くてもやる事は変わらなかった、、
地元のウィーンのスタッフも驚いている「オイ!YEN 本当か?」(笑)
同じアジア人として通じるところも多々あるのだが、、ウ〜ム。

ということで僕が街を歩くのは一人が多い。最近はこちらで知り合ったジモチー、リザなどと、彼結構面倒見が良いんで助かっている、ダンケ。
滞在は後一週間ちょっと、、、今日からはViena Fes が始まるそうで街は大にぎわいに成っている。


2003年5月10日(土曜日)

Vienna便り「Beyoud the Killng Time 〜暇つぶしを超えて〜」-17

最近ゴミメールが多いなー、一日十通は来るぞ。海外からの宣伝ものがほとんどだがこちらへ来てから回線はアナログを使っているので多少時間も気にしているからよけいにそう感じる。どうしてだろう?HPでアドレス書いている為かなー?たまに海外からのメールもくるから英語文はそのまま捨ててという訳にも行かない。

今日で第二節終了、公演後はよくCDは無いのかと聞かれるのだが第一節ですでに売り切れも、うあまり無い、少しだあるのだがこれは気に成る人に渡すプレゼン用、とゆうんでどうしてもという人だけにダビングして渡すことにした。少々手間だがこれでこちらでの活動のきっかけになれば幸い。

さて最後の3連休が来てしまった、これが問題だ(笑)
ウ〜ム、こういう事が分かっていたら、新しいシーケンサ−と新しいマック(ノート)も買って来るんだった。そうしたらこの期間で使い方も十分に覚えられ、帰ってからの打ち込みはそれで出来たのに、、くやんでもしょうがないが、、
帰ったら即仕事が待っていて、また覚えられない、、ンなこんなでもう2年、まだVISIONだもんなー(笑)OS[X]も随分と先の話だ。

ウムしかし何をしよう、DATで街の音を、これはもうやった。市内観光、、ほとんどやった(笑) ン〜何々、ペラぺラ、、と「地球の歩き方」をめくる、、ア大体海外へ出る時は僕はこのガイドブックを使っています、ガイドブックは重要っすね、ひとり旅にとってはほんとパスポートの次ぎに無くては成らない感じです。英語圏ならまだしもその他のところでは皆目見当がつかない、重宝しています。 しかしやはり旅行者用という感じで編集されていて、そのあたりの情報は細かいんですが、長期滞在者用の情報がもう少しほしいところですが、、、

ン〜何々(再び)ウィーンからのエクスカージョン、、これだ、、ちらっと出てみませう。


2003年5月11日(日曜日)

Vienna便り「Beyoud the Killng Time 〜暇つぶしを超えて〜」-18(小旅行、その一)

3連休の初日、エクスカージョン(小旅行)は明日からと思ってグダグダとしていたのだが、どうにもこうにもやることが無い、、エ〜イと思い時間は午後の1時半を廻っていたけれどよし行って見べえ!
とりあえずド田舎に行き森だの山だの見てこの暇潰しでドロドロした気持ちをリフレッシュするのだ。
なーにウィーンは東京に比べりゃ小都市、、多分ほんの30分も出りゃ大丈夫とばかりウィーン西駅よりマードリンクへ、、

と思ったのだが、、アリャリャ、、乗り間違えてしまった(笑)、、、アノネ日曜日ということもあるのだがこちらの駅つうもんは極端に駅員さんが少ない。分からなくなったらもうそのあたりの人に聞くしか無いわけだが、、ここで聞き間違えてしまったらしい。

さらにこちらは改札つうもんが無いに等しい、これは慣れないと結構不安ですよ、、日本だときちんと改札があって「ハイこちらからこっちは駅内で切符買ってないと入れません」という区切りがあるのだが、こちらはすべて自己申告制みたくなっていて、すべて自由に出入りできる、、ハ〜地下鉄、トラムなんてキセルし放題です、、ワタシも知らずに2度ほどやってしまいました(笑)、しかし抜き打ち検査的なものはあるそうで罰金は40ユーロだそうです。

とまあ間違えて乗ったのも気がつかず、、オーそろそろ町並みが途切れてきよった、緑も深く成りウィーンの森に近づいてきたな、ウムウム良い調子、、と思っていたら終点、、アレ?

とここで始めて間違いに気付き、今度こそ駅員さんを見つけ少しまた戻って別路線へ、、マ−ドリンクへ着いたのがもう3時半、、目指すはさらにバスで行ったゼークリットなのだがここで怯んではならじ、、田舎へ、ド田舎へ行くのだ!、、とバスを待つ事40分、、さらに乗って2〜30分、、
伺候して漸く目的地「ゼークリット!」ヨーロッパ最大の地底湖!についたのだった。

洞窟ファン?としては見ておかなければ、しかし終了時間は5時、もうすぐじゃないか、と思っていたら、もうホントに締る直前!

「最終組が3分前に出たところだ、、早くしろ、洞窟は一本道だから走って追っ付けばなんとか成る」

てなことを言われ洞窟の中に投り込まれたのだが、、もういきなりとんでも無い長さの細い一直線トンネル、驚きました〜! 薄暗さもあって先が見えない,300m位あったかなー??


前情報も無しにいきなりこれじゃそらびっくらこく(笑) ホウホウの体で前の組み追い付きガイドさんの説明も有るのだがドイツ語でまったく分からず。
何でもここは昔石膏の採掘場だったのだが第二次世界対戦当時はナチスの秘密戦闘機工場だったとか、、ジェット戦闘機らしき試作機の破片や、計器類、、ウ〜ム隊長、怪しいです。

   

さらに一段と下がったところに地底湖があり、ここを船にてクルーズ、、かなりの規模だ、、光りも幻想的、音の反響も面白く、、うーむ、ここで録音出来れば、、が観光グループの中でいきなりオタケビ出すのはチトイまずい、、控えたのであった、、ここは映画でも舞台にされたそうだ。

と地底湖を見た後は小さな町を散策、、これ良かったです、、目指すど田舎とは少し違ったけれど、小川も流れ、、あてど無しに2時間程度小道をほっつき歩き、草むらに座ってボーっとして、日が暮れかかったところバスに乗り、今度は間違い無しに戻ってきました。

  

明日めざすはヴァハウ渓谷、ドナウ川下り。


2003年5月13日(火曜日)

Vienna便り「Beyoud the Killng Time 〜暇つぶしを超えて〜」-19(小旅行、そのニ)

目指すはヴァハウ渓谷、ドナウ川下り、今回は少しばかり遠い。
昨日の乗り間違えの事も踏まえ少し早め09:30にアパートを出発。昨日と同じくウィーン西駅からまずはメルクまで電車。今日は駅の インフォメーションできちんと聞き、乗り間違え無し、2度目はスムースにいった(何ごとも経験ですね)。

こちらの列車は喫煙席もあってこれは日本でいうところの寝台列車っぽい作りになっていてドアは密閉されており、そこに6人位腰掛けられるように成っている。始めはこれは1等席かと思っていたのだが、普通だという、、でもまあこちらは眺めが良いところが御所望。普通の禁煙席に座る。席はがらがら、、昨日(日曜)をはずして良かった。

駅を出てもうすぐ15分位だろうかすぐ低い山並に入って行き森が始まる感じだ。途中ザンクトペルデンで乗り換え鈍行列車に、窓から眺める景色がすばらしい、小高い丘まで畑が続く、ン〜これですよ、これ、車窓の旅(笑)

    

途中あまり良い雰囲気のところがあったので駅名は忘れてしまったのだが途中下車して畑の道の傍らでボー、、ア〜ナー、オマエー、、となーんも無い「村(ソン)」を眺めてきた。
観光名所も良いには良いんだが案外こういうところの方が後で記憶に残ったりするもんですね。

    

小1時間も待っただろうか、次ぎの列車でメルクへ到着。
駅前からどでかい修道院が見え、町並みも綺麗、ウンま〜ヨーロッパよ〜てな小奇麗な土産物屋さんが並んでいるがショッピングには興味無し、流して歩き、まずは発船場を探す。ちょいとした町外れにそれは有り、聞くと後10分で出るという、、ウム、どうしよう?メルクは見れないけどマ、いっかてなもんでそのまま乗船。

        

川下りはまことに天気も良く、人もまばらで絶好調(笑)ヤーみごとなもんです。渓谷と聞いてたもんで断がい絶壁系のものも少しは想像していたんだけれどそんな感じでは無くさすが大河、優々と流れておりました。時折対岸に見える村(ソン)も実にただ住まいがよろしく、あー降りてみたいと思わせるところも数々。

    

ンでこの川下りで一番の名所デルシュタインで途中下船、、この町がまた良い。家々が山の急な斜面にこじんまりと寄り添うように建てられていて小さな町(人口は900人足らず)なのだが立派な教会、そして城跡も山の頂上にある。まあ有名な町だからしてドナウ下りの絵ハガキ等には必ず出て来る町だ。

    

町を散策して歩いていたのだが、もう少し時間が欲しい、、気が着くともう4時半、、ウム、、と思っていたところ、目の前にホテル。
オ!っと思い、いきなりだが飛び込んでみたところこころよくOK、やり!日曜を外して大正解、、今日はここで一泊だ。

       

Romantik hotel Richard Lowenherz、、、名前が少々こそばゆいが、昔の修道院を改築してホテルにしいてありその名のとおり「マア〜奥様、ロマンチックでごさいますわよー」(笑)
シングル一泊91ユーロ、良いんじゃないでしょうか。

   

さっそく部屋に入り、リュックをおろし、必要なものだけもって、再び外へ、、ヘッヘーもう時間気にしなくて良いもんねー。去り行く観光船を優越感を持って見送り(笑)、めざすは山の頂上の城跡、ケーリンガー。船から見ていた時に気になっていたんである、、あそこへ登りたい。

すぐだよなんて教えられていたのだがいざ登ると結構疲れる、、ゼイゼイ、、ほとんど階段登りトレーニングの様相、頭の中で「巨人の星」が流れる。
それでも休み休み登ること約40分、、頂上へ着くと、、、やー絶景かな、絶景かな!
やっぱこれですね、下で見ていたんじゃ分からない、、ドナウとヴァハウ渓谷が一望のもと。遠くにある小さな村々もポツポツと可愛い。

見るとこのような川に面した山のてっぺんには規模こそ違え同じような物があって、、、昔はこれで松明や狼煙で連絡取りあっていたのかなー、、「殿!敵は今〜関を越えたところでございますー!」なんて、、城跡には日本の城でいう鉄砲包みたいなものもあってここが要塞であった事がよく分かる。

頂上には観光客はいなかったが地元の家族がピクニックに来ていて、ありがたい事にサンドイッチや飲み物もいただいたりした、、ダンケダンケ、ベッタベッタ。
あまり気分がよいので家族が帰った後も2時間ばかり一人でボーっと、、
しかしこういうところで一人っぽっちでボーっとしていると、、オレはこんな所でいったい何をしているんだ的な気持ちによくなるもんで、、、これがまた気持ち良いもんすね一人旅。

      

ったところいきなり日本から仕事電話、山の上とあって感度バツグン、「あの〜六本木ヒルズの〜」(笑)、、さらにオレはいったい的な気持ちが(違った意味で)増すのであった、、、エ〜イままよとばかりついでに友人にも電話。「何してんの?」

日が暮れ掛かり、(こちらの夕暮れは遅い、緯度は北海道より上)山を降り、ホテルへ帰りひとっ風呂浴びて夕食フルコース、、ヘッヘッヘ、、、いままではほぼ自炊、、いくら高くてもかまわんぞー(笑)、、、トラウトが旨い、、しかしこういうのは一人じゃそこまで楽しく無いっすね、ウム。

        

階段登りと長風呂がきいたのか夜はぐっすりと眠れ、明くる日の目覚めは爽快、朝日と小鳥の囀り、教会の鐘の音で目が醒めた。昨夜寝る前に洗った洗濯物(急な宿泊だったので着替えを持って来て無かった)もカンラカラに乾いている。さっそく川岸に降りて朝靄に煙るドナウをボーっと。

しかし不思議に思う事が一つ、メルクから川下りを1時間以上してきたのだがその間橋が一本も無かった。
どのようにして対岸との連絡をとっているんだろう?、、それとも対岸のソンとはあまり連絡が無くそのせいでまったく別部族に成ってしまってるんだろうか?、、と聞くとやはり渡り船なんだそうで、、さっそく小さなボートに乗り対岸の小さな村へ、、もうこちら何もめぼしい観光ものはほとんど無いのだが、、、散歩するにはもってこい、変なおみやげ屋さんも無い、、完璧な村(ソン)だ!、、、、対岸から眺めるデルシュタインの町も実に綺麗、、考えてみれば町にいては町(の全貌)を眺める事が出来ないんすね(笑)

         

ということでここでほぼ一日を過ごし、また観光船に乗りクレムスで下船、もうここは街であるからして軽く流し歩いた後、列車にてウィーンへ戻った、一泊二日の小旅行、、、マ良かったかな。

ア!そんなこんな書いていたらもう時間、写真なんぞ入れる暇が無い。また後日入れる、、かも知れません、、劇場へ行かなければ、今週からの公演で最後、フ〜。


2003年5月15日(木曜日)

Vienna便り「Beyoud the Killng Time 〜暇つぶしを超えて〜」-20

前回の小旅行、写真いれましたんで見てくらさい、、、ンと暇じゃ無きゃ、んな事(笑)

さて今週の公演でいよいよ最後、メンバーのみんなももうすぐ帰れるとあってうれしそうだ。
かく言う僕も小旅行が終わって心はすでに帰国モードになっているかな。
3連休の後の公演はなかなかエンジンがかかりにくいのだか、こういう状況もあってか今日は少しばかりチグハグ、エムティエイおばあちゃんの登場シーンの歩きの早い事、早い事。もう早く終えて帰りたい、、つうのが出ちゃっている(笑)。
とはいうもののみんな元気でこのパフォーマンスは元々とても悲しい話なのだが、こういう状況なので、どちらかというと(場面は少ないのだが)コミックシーンの出来が良い、、客席から笑いかかなりこぼれる。熱帯カンボジア人特有?の明るい逞しさが出ているとでも言えば良いのか、、

ア!、実はと言うか、ただ書いて無かったというだけなのだが、1週間ほど前から演出のケンセンはいない。彼は今ベルリンにいて(昨年僕も参加した「IN TRANSIT」)そのこフェスのめんどうを見ている、彼はキュレイターでもある、、忙しいっすネ。

と言う訳で今の僕らは放し飼い状態!、、、バンザーイ(笑)
このパフォーマンスはもう出来て3年目になるから彼がいなくても十分やって行ける、というか(良い意味で)演出家の手を離れ、独自の変化を遂げているようにも思う。ケンセンもそれは感じているみたいだ。

聞くと彼の作るものの公演期間は大体2年位だそうで、このパフォーマンスのように3年を越えるものは極めて異例というか始めてらしい、、さらに予定では2005年まで、、オイオイ(笑)、、でもまあ評判が良い事はメンバーとしてうれしい限りではある、、、ンが、今回の様なスケジュールはもうよしてね(笑)

チラっと聞いた話では、このパフォーマンスのメイキングドキュメンタリーの企画もあるらしい。

さて公演は後2回、、、がんばりませう。


2003年5月17日(土曜日)

Vienna便り「Beyoud the Killng Time 〜暇つぶしを超えて〜」-21

今日が、、、今こちらはは17日の午後ですが、、公演の最終日、楽日だ!フ〜やっとだ。 長かった、、、事前に予想していたよりもこの旅はハードだった、気持ちが疲れたっというか、、、

いえ公演自体も順調でこんなに暇があるのに何故とお思いになるかもしれませんが、、、
時間を取られるというか拘束されるのがこれほどしんどいとは思わなかった!というのが実感です。 僕等の仲間でこういうのを軟禁状態なんてふざけて言ってますけれど(笑)、、、今度はホント良く考えないと、、

僕はここに音楽をやりに来たのであって何も観光しに来た訳じゃ無い!、、小旅行なんて止むに止まれずやったわけで、、、ア、チっと(笑)

よく時は金なりなんてえ言いますが、そこまで(悪までそこまでですけれど)金に主向きをおいて無いというか縁の無い人生を送っていると時は金よりずっと大事、そこまで若く無いとなおさらっす。そこまでが多いな(笑)。

とは言え今日で終わり。しかしこの時期になって音楽方面の方から、、こちらでエレクリカ系レーベルをやっている、あるいはライブセッションに参加なんてちらほらと話しも来ているんですが、、タイミング悪し、、もちっと早ければ、、、ここに来てエクステンドはきつい。
 でもまあせっかくだから会ってみる事にはしています。、、ライブはどうかなー、、明日一日余裕は有るんだけれど。
 今は街全体がフェスティバル状態、休暇を取る人も多くなかなか廻りが遅かったというのもあるのかな。

ということで今晩から明日は忙しくなりそうでこの日記も多分書けないと、、、ということは長らく続いた「Beyoud the Killng Time-in Vienna 」の巻きはこれにて一件の落着〜、、

もちろんDIZZY DAYは続きますです〜、今後ともよろしく御贔屓のほどを〜ハハ〜m(_ _)m。


2003年5月18日(日曜日)

Vienna便り「Beyoud the Killng Time 〜暇つぶしを超えて〜」-22

なんて昨日書きましたがちょっくら暇が出来たんで、、(笑)
今はパッケージングもほぼ終わり、食器も洗い、軽く掃除もして最後の洗濯をしている最中です。

昨日の公演は最終日とあって会場は2階席もびっちりの満員御礼、、ハッハ〜m(_ _)m.
僕が言うのもなんですけれど、公演はかなり好評だったみたいで、2度、3度と足を運んでくださった方もちらほらいてありがたい限りです。

公演終了後、ヘンなやつが近づいて来て
「おまえオーバートーンを使ってただろう、、、ウ〜〜(っとカリグラをうなる)」
「オ!、、おぬしもか、、なかなかやるな(笑)、、それではこれはどうだ、、ウィ〜〜(っとホーメイ)」
「ウィ〜〜〜」
「ウィ〜〜〜」
てんで一気に仲良くなり、、そのまま話しに突入。

何でウィーンくんだりまで来て、、ンなやつが、、と思ったんですが、聞けば「サンイホ」さんは今ウィーンにいるんですってね。それでこの変なやつ、名はゲルビッシュって言うんですが彼はとても近しい友人だと言う事で彼自身はパフォーマーなんですが、のど歌に興味を持ちトゥバまで行ったんだとか、、、
ンでヴォーカリゼーションの話しからクジラの聴覚、テクノ、ガイヤ、はたまた仏教の話まで、、気が着いたらもう朝、面白いヤツでした、、、しかし遅かったなー。

     
「お前、何時帰るんだ」「明後日だ」「もう少し居れないか、サンイホに会わせてやる、スゴイゾ」「ウ〜ッムム(4日後に締めきりが(笑)、、)、、ムリだ、、どうしてもっと早く見に来て来れ無かったんだ〜〜!」

ということで泣く泣く諦めつつありますが、、。

さて今日はこれから、さよならパーティー、、みんなやっと帰れるとあってウキウキだろうなー お疲れさんした〜(^O^)/~

  


2003年5月18日(日曜日)

Vienna便り「Beyoud the Killng Time 」〜その後-1

帰って参りました〜\(^O^) /

さっそくうどんを食らい、只今広島、阪神戦を見ながらこれを書いているんですが、、いやあ、日本はいいなー(笑)

なんて言っておりますが、昨日のお別れパーティーも楽しいものでした。メンバーの他、音楽レーベルル、フィルムメーカー、色々な方がいて、少し遅かったけれどそれなりに知り合いも出来たかな?

パーティー後は行き着けになったクラブで雑談、そして仮眠をとり朝8時に空港へ。

懸念していた重量オーバーはまったく問題無し、、っかしいなー?僅かだが増えているはず、40Kgは越えていたとは思うのだが、、、やはり係員の胸先三寸ということか?、、とすると行きのアノ高慢ちきなANAの女性職員か?あいつだ、忘れんぞ顔は(笑)、、なんて、オーバー分はきちんと劇場側が払ってくれたんですけれどネ。
厚手のジャンバーは紙袋に入れて無事チェックイン。
僕の荷物はコンピュータの他、電子楽器など知らない人が見ると意味不明の物が多く日本を経つ時など梱包を解かれかなりチェックを受けたのだが、こちらでは全くチェック無し、、少々拍子抜けした。

という事で無事ウィーン空港を飛び立ちフランクフルトでトランジット。ここ何時も迷うんだよね、Aゲートまでやたらと遠い、今回はトランジットの時間が短かかったんですが、昨年一度経験しているので今回は問題無し、ゲートを繋ぐ長い廊下が面白い。

東京行きの飛行機に乗ったのだが席は運良く後方の2人席、さらに隣はいないみたいで、ラッキー。
飛行機の中では行きと同様上手く寝られました、前の日のパーティーで遅くまで起きていたのと何と言っても眠剤のおかげか。

眠剤はこういう時じゃないと使用しないんですが、、ウィーンへ行く前「時差ボケはつらいよね」なんて話していたら、知り合いのおばさんが、あたしのを分けて上げるつうてんで行きと帰り2回分ほどいただいた、、いや助かりました。
もう少し経たないと分からないけれど今回も時差ぼけは上手く切り抜けられたか?
これで明日からの仕事に順調に入れれば言う事なし。

帰ってそうそうWACHOよりメール、今夜の戸川純ちゃんライブに乱入を(笑)、、っとしかしさすがに疲れと荷解き他で、、ゴメン。

さて明日より打ち込み仕事〜!



(c) Yutaka Fukuoka