カナダ珍道中

by YEN CHANG (Yutaka Fukuoka)

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1999年9月2日・・・NY

今回は「Last of Ride」の面々、古谷夫妻、安達君、坂上さんと一緒の5人旅。
僕以外の4人はNYは始めて、特に安達君は海外も始めてとあって結構盛り上がっている。
機上でほぼ半日を過ごしPM7:45ニューアーク空港着。
トンネルを通ってマンハッタンのホテルへ、時差ボケもあり少し眠いがここで寝ては元のもくあみ、がんばって起きていることにする。
さっそく友人のベーシストSTORM(ALBUM[YEN]でもプレイしてもらった)に電話、安達君と一緒にダウンタウンへ。古谷夫妻は別の友人とポン食を食べに(これが彼らの最後の旅の夜に成るとは・・・この時誰も分からなかった)(笑)

STORMはとても元気そうで安心する。Cafeでお互いの近況など話し合い旧交を暖めた後ニッティングへ時間も遅くたいしたライブはやっていなかったがSTORMの友人のミュージシャンなども大勢いて楽しめた。
ニッテイングは前回来たとき(5年前)よりかなり大きく変っていて数カ所で同時にライブが出来るように成っている。例によってバイナーラルマイクで音収集をしたのだが部屋から部屋へ移る時などかなり面白い効果音が録れた。「いったいこれは何なんだ!」との質問は多く受けたのだがまあいつものこと。

ニッティングを出た後街を散歩・・なんだか懐かしい、STORMのアパートに居候していた頃このあたりはよく歩いたところだ、今夜一晩でさよならするのは惜しい・・・来年あたりSTORMと一緒にライブ出来たら面白いと思う・・・・結局これが最後に成ってしまった初海外旅行の安達君達もこの夜を楽しんでくれたのが彼らにとってのせめてものなぐさめか(笑)

チャイナタウンで夜食を取った後HOTELへ帰って就寝(AM2:30)


1999年9月3日前半・・・「怒濤のオタワ・イミグレ」

朝8:00頃目覚める、時差ボケはわりと上手く回避出来たみたいだ。
飛行機まで少し時間がある、古谷夫妻と一緒にセントラルパークを散歩、天気も良く気分が良い。

   

昼前にホテルをチェックアウト、ニューアーク空港へ。乗った飛行機はかなり小さなジェット機(60〜70人乗り)で先頭の部分はコンコルドみたいでカッコ良く、みんなで盛り上がる。

 

川をさかのぼるかたちで北上するのだがカナダ、五大湖に近づくにつれてやたらと大小の湖が多く目につくようになる、かなり面白い地形・・・・氷河が作ったのかな。
1時間ちょっとでオタワに到着。

さて問題のイミグレ。僕は人の少ない方の列を選んだのだが難無く通過、他の4人が並んだ列は結構長く時間がかかりそう・・・思えばここが運命の分かれ道だったか。一足先に出て待っている事にする。

迎えに来てくれていたグラントにはすぐ会えた。その他一緒に迎えに来てくれたメンバー、ギタリストのダリル、フォトグラファーのエイドリアンを紹介される。彼等も今回のライブツアーにそなえてかなり大きなバンを借りてはるばるトロントから来てくれたみたいだ。
「ヤアヤアお疲れさん」と自己紹介をしたのち談笑、みんな良い感じのやつで少し安心する・・・・が古谷君達Last of rideのメンバーがなかなか出てこない・・・・ン?少しばかり時間が掛かっている。グラントが係りの人と電話で話したのだがどうもビザの問題らしい。少しばかり時間が経って係りのおばさんが出てきてグラントト話している、けっこうな剣幕だ、時折僕の方も見ている。
ン?ン?ン?そんなに問題なのか?
まあ僕はなんなく通過したんだから、多少時間が掛かるかも知れないが出てくるだろう・・・・つい今しがた少し空いたドア越しにチラっと見えた古谷君もそんなに深刻風にも見えなかったし・・・・第一今回は5人まとめてのチケットで係りのおばさんは僕の事も確認済みだしもし問題があるのなら僕も一緒だろうし????

待てど暮せど出こない・・・時折グラントが中と電話で話し合っている・・・・少し焦れてくる、グラントに僕が話し合ってみようかと言ったのだがおまえはせっかく入れたのだから行くなとの事。今回はライブはするけれどノーギャラだぞ、いったいなんの問題があるのだ・・・・しかし出てこない・・・・待てど暮せど。
2時間位経った時であろうか、電話口でグラントが「ファック!シット!・・・・」云々と汚い言葉を連発しながら壁を叩いている。
「ン?ン?ン?  どした?どした?何があったん?」
「彼等はもうここにはいないって」
「エ!ンじゃどこに?」
「もうNYに還ったって、今頃は空の上」
一同「エエェ〜ェ〜〜ェ〜〜〜!」(800msec位のディレイが欲しいところ)
(この時グラントの怒ってはいるけどハトが豆鉄砲くらった様な顔が面白かった)

少しの間、頭が空白になったのだがすぐに事後の策を考えねば。
取りあえずNYに帰った彼等に連絡を取りたい・・・・しかし彼等はNYの後どこに行くのか分からない・・・グラントが予約しておいた今日泊まるホテルはまだ彼等は知らない、ここにいるメンバーは携帯など誰も持っていないし彼等の家は遥か遠いトロントだがそこの電話番号は知らないだろうし、ただ分かっているのは今日ライブをやる予定のオタワでのクラブの名前「Barrymore's」と住所のみ!日本で言う104で調べれば電話番号は分かるだろう・・・が・・・

たぶん後1時間ほどでNYに着くしもうライブのサウンドチェック&リハーサルだ。早いところ「Barrymore's」へ行こう!

アレ?古谷君達とインプロる予定だった僕のライブど〜しよう。


9月3日後半・・・OTAWA,Club「Barrymore's」

イミグレトラブルの余韻を残しつつ急いで車に乗り今日Liveをするクラブ「Barrymore's」へ。

車の中はグラント(Dr)、ダリル(G)、エイドリアン(Photo)と僕・・結局日本人はワシ一人に成ってしまった・・・マしゃあんめえ。広い車内が少しばかり虚しい(笑)これからこの車で野郎3人と広いカナダを廻る事になる。

      

      

僕のライブは無伴奏ソロで始まりバックトラック(環境音+PAD)に移り最後はグラント&ダリルとのインプロに突入という形にすることにした。
 バックトラックはかなり音の薄いものなのだが日本を旅立つ前日にネタが無くなった時の為に作っておいたのが幸いした。今回のツアーは休暇もかねるくらいの気楽な感じで来たのであるがそういうときには手放せなくなっているDATテレコもあったのも幸いした。

空港を離れるとすぐ絵はがきにあるような広い田園風景が広がる。天気は快晴、暑くもなく寒くもなくコンディションは最高・・・・お〜カナダ〜♪なんてふざけて国歌を歌いつつカナダというとジョニ・ミッチェルがいたな、THE BANDもそうだ、後ニール・ヤングもいた・ところでベン・ジョンソンはどうしたトロント・ブルージェイスは今何位だ、などと馬鹿話をしながら・・・奴らは少しあきれていたかも知れない・・・30分ほどでClub「Barrymore's」へ着いた。
着いてすぐにNYから電話が無かったかと聞いたのだが、連絡無し・・・・いったい今彼らはどこでどうしているのだろう。

「Barrymore's」は結構大きなクラブだ、キャパは1000人位か?

   

ステージではすでにセッティングが始まっている。映像とのコラボレーションもあるようでそのためのスタッフが4〜5人スクリーン、オブジェなどを準備している。今回はこの映像スタッフともう一つのバンド「Ariel」と組んでツアーをするみたいだ・・・・結構な大所帯。

RHが終わりすぐ本番。オープニングのグラントのMC紹介の後「YEN CALLING」ソロ、いつものとうり座ってやる。初めてやるグラント&ダリルとのインプロもまずまず。

    

海外でやると反応がダイレクトでこれは本当にありがたい。おおむね評判は良く演奏終了後色々質問を受ける。
「いったいどういう歌唱法なのだ?」・・・・「オリジナルだ」
「何語で歌っているのだ?」・・・・「UR WORDSだ」
「どこで覚えたのだ?」・・・・「世界各国を廻り、その後山に篭もって10年!」冗談だがまじめに聞いてくれる人もいて少し悪い気がした(笑)

会場にやたらと受けている二人組の女の子がいて聞いてみたら・・何と「イヌイット」人なのだという。 姿かっこは普通(どっちかといえばグラマラス)・・・・あたりまえか、そんな民族衣装着てオタワの街歩いているわけ無いよな。
 そんでもって二人してバンドでボーカルをやっているのだという。目の前でそのさわりをやって見せてくれた。
「ッア、フム!ッア、フム!」・・・CDでしか聞いたことがないがイヌイット独特の歌唱法「本物だ!」すぐさまDATを取り出し録音したのは言うまでもない。是非いっしょにセッションしたいということでアンコールの時一緒に出てもらった。

グラント&ダリルのデュオ・・・ダリル(G)の少しドゥルッティーコラムみたいなリフにグラントのシンプルなドラムがからんでゆく、途中ポエトリーリーディングも入る・・・シンプルだが徐々にくる感じ。グラントはポエトリーリーディングの中で「ファッキング・イミグレーション」を多発。

「Ariel」・・・タブラ、シタールなどを使って独特な世界を模索。ん〜多少企画倒れの感も・・有るんじゃ

後かたづけをした後、みんなで談笑、ミュージシャン、ビジュアルスタッフとも気に入ってくれたみたいですぐにうち解けた。やはりイミグレ問題の事は心配してくれていてあるビジュアルスタッフの女の子なんかは「一人になって大変ネ」なんて気のせいかうっすら目に涙を浮かべながら・・・ん〜そこまで(僕の方は)困ってもいないんだけれど・・しかし何て純な人なのだ、しかも頭もセンスも良さそうでこの際これを契機にお近づきになってあわよくば、なんて同情をよそによこしまな心が一瞬でも浮かばなかったと言えば嘘になるかも知れないがイミグレ問題、時差ボケもあり少々疲れでメッチャ眠い、2次会打ち上げには行かずホテルへ直行、速攻で就寝。グォ〜(AM3:00)

結局クラブへの連絡は無かった・・・・それにしてもいったい今頃彼らはどこでどうしているのだろう。 (この時彼らはNYへ返され、翌日の便で東京へ返る手はずをされ、手荷物だけを持って空港近くのホテルにいたのであった・・・後日判明)

翌朝は快晴・・・しかしひとりぽっちに成ったホテルの部屋でこれから先の旅を思い、、少し不安になる。

   

 続く・・・何時になるか(笑)



(c) Yutaka Fukuoka