鳶色のヒューキャストが立っている古神殿の二階バルコニーからは敷地全体が見下ろせる。そのアンドロイドの感知能力が、この遺跡の中ほどで爆ぜたギフォイエを確認した。腕組のヒューキャスト−モーゼスは事務的な口調で現状を説明する。
「始まったぞ」
「いよいよね。これからどうなるか楽しみだわ♪」
ヒューキャストに応えたのはオペラグラスを覗いている白フォニュエール、エルフィン・シーナ。手には低アルコール飲料が握られ、本日の拳闘士に持ちこませたキャリングチェアに座わり、サイドテーブルに盛られた菓子・軽食の山を崩そうとしている。言葉どおりに面白がっている彼女の様子から、連合いが死闘を演じているとはとても思えない。
対象的にモーゼスの後ろでは、仔ネコのようなフォマールがガッツポーズなのかファイイティングポーズかよくわからない構えを取りながら「にゃあにゃあ」走り回っていた。
「にゃああああ! ナインが勝つうううううう!」
「落ち着け鈴蘭。技巧が高い者同士の闘いは長丁場になるぞ。最後まで観戦したければ大人しくしていろ」
「そうそう、鈴ちゃんもこっちに来てお菓子食べなよ♪ このラッピー味のポテトチップ美味しいよ」
「やっぱりボク、ナインを助けに行くうううううう」
解説者と観客に諭されるが、そんなことでこの元気娘が黙るはずが無い。エルフィン・シーナがお誘いで振っている「らっぴーぽてち」を野良ネコよろしくを掠め取り、バルコニーの出入り口にダッシュする。一瞬、逃亡は成功するかに見えたが…、
ビタンッ
見事に顔面を床に打ち付ける鈴蘭。
「いたいいいいいいいいいいいいいいいいい!」
「様無いな。ここで菓子を食っていろと云うことだ」
「だぁあてぇえええええええ!!」
寝転んだまま手足をバタつかせ涙目で駄々をこねる仔猫に対し、さりげなく服の裾を踏んで阻止した冷血アンドロイドが言うに事欠いて説教くさく呟く。
「いいオトコ同士の決闘なんてめったにないんだから、邪魔しちゃ損よ♪」
鈴蘭が落としたポテトチップを回収しながらさりげなく本音を吐いてるエルフィン・シーナは、少女に手を貸し立ちあがらせた。開封した「らっぴーぽてち」を俯いている鈴蘭に渡し、顔を覗きこみ清んだ瞳で問いかける。
「それに鈴ちゃんはナイン君のことが心配?彼の強さを信じてないの?」
「しょえはああああ・・・」
「わたしはアイツのこと信じるよ。この闘いでさらに強くなるって」
笑顔で告げたエルフィン・シーナが前庭に向けた視線の先では・・・。「夢を追う少年剣士」と「守る為に戦う者」がお互いの力と命を掛けて、戦っているのだ。
「いつかは…って思ってたけど、さすがにいざとなると緊張するぜっ」
「そのわりにはリラックスしていて、嬉しそうに見えるがな」
「あったりまえだっ。念願だったヨシとの戦いだからなっ。最高のコンディションでなきゃつまんねぇだろ」
廃神殿の庭先を並んで歩くヨシとナイン。二人のヒューマーの進む先は戦場となる枯れた噴水の広場だ。
確かに今のナインと同様に、自身も高揚していることはヨシにも解っていた。
戦いが嫌いな訳ではない。確かに絶望を与えたのは大戦だが、希望も戦いの中にあったのだから。「狂戦士」などと呼ばれてはいるが、所詮あの大戦でのことが誇張されているに過ぎない。 巨漢の戦士にとって、ハンターズとは生活の手段でしかなかった。さして戦果を上げていない退役軍人にとって、パイオニア2の何でも屋は日銭を稼ぐにはちょうど良い転職先だったのだ。
だが、そのハンターズとしての日々の中で、戦いで背を任せてもらえる信頼も得た。笑い声を絶やさない仲間に会えた。趣向同じくした奴と熱く語り、夜を明かしたこともある。
何より、生涯を掛けて守りたい人を見つけることが出来た。
そして今・・・
―戦う事がこれほど楽しみなのは、久しぶりだ―
目の前を意気揚揚と進む少年を見ながらヨシの思う先は、この場をセッティングしたバトルプロモーターに感謝するか?ということだった。 あれこれと考えていると、妙なレイキャストがヨシのところに話を持って来た時の歯が浮きそうなキザったらしいセリフを思い出した。
「よっし!!着いたぜっ!! んん?どうしたんだ ヨシ?」
広場の中央で、ヨシに声を掛けるナイン。どうやら思考に耽っていたら何時の間にか到着したようだ。
「いや…。ちょっとプロモーターさんの言葉を思い出してな。『今回のバトルで感謝をするなら俺ではなく、あんたと刃を交えることを喜ぶ相手にしてくれ』だとよ」
「無駄ロボらしいぜっ」
二人ともにやりと笑い得物を手にし構える。ヨシが槍で、ナインは大剣。それぞれ使い込まれた馴染の武器だ。
互いに背を合わせ、数歩足を動かす。振り返り、眼を閉じて深く息を吐き、活気を吸う。晴れ晴れとした空に覇気が満ちる瞬間、武士(もののふ)共の声が響いた。
「六道流免許皆伝!新星(ザ・ノヴァ)Nain=Sakaki!!」
「我流 Berserga Yoshi」
相対する戦士に義を示し名乗り返した。
―感謝をしよう、少年。お前のその誠意に、そして純粋な闘志に―
そして一泊の静寂の後。
「「勝負」ッ!」
ナインが両手で支えているのは、自身より尺のある大剣、ラストサバイバーだ。だがハンターズとしては小柄な少年は大剣の超重量をも己の手足としていた。切っ先をやや落とし突き・切りのどちらでも初太刀にできるようにしている。構えも隙がなく、まさに八双構えだ。背には愛用のマグ、アプサレスが着かず離れず浮いている。
対してのヨシは我流と称しただけあって、槍を地面と平行にした独自のもの。達人の構えは秀麗さも含まれることがあるが、彼のは機械化された左腕と右足が異様な雰囲気を放っている。横にいるソニチがご愛嬌だ。
「ううぅぅおぉぉぉーーー!!」
鬨の声をあげたヨシがシフタを発動させ突撃する。
対してのナインは、補助テクニックを猪突する巨漢の戦士に向けた。ザルア。ヨシの周囲に生体フォトンの耐性を下げる青い光を纏わりつかせ、すかさず大剣一閃。
ダンッ
音は刃と肉体ではなく石畳から発せられた。強く踏み込んだ足が巨体の保有していた運動エネルギーを止めたのだ。ザルアをかけられた動揺は微塵も無く背を反らしバランスを保つヨシの鼻先を、赤と紫の切っ先が霞める。
姿勢を戻す反動でガエボルグを突き出す戦士より瞬き早く、再びテクニック・ギフォイエ。舞い踊る火炎玉で身体を隠し、攻撃を外されたヨシが炎から眼を守るために槍を手放し腕で頭部を庇うのを視界の端で見る。ギフォイエの命中に合わせてラストサバイバーを叩きつけ、その巨体を吹き飛ばす!
ヨシの身体は腰ダメの防御姿勢のまま数メートル後退。石畳に戦闘ブーツの滑り止めが平行線を付ける。クロスガード下の戦士の顔は嬉しそうに笑っていた。
「いきなり、これか・・・。即興じゃできない練った戦術だな」
「まだまだこれからあぁーー!」
少年は勢いを殺さずに追撃、右袈裟懸け。左足を引き身体を開いたヨシの顔を再び霞める大剣。
ヨシはザルアをデバンドで討つ消すと武器を取り出す。構えられたのはソウルバニッシュ。その動作は一拍の呼気で行われ、ナインの返し刀、左胴をあっさりと受け止めた。間を空けず、踏み込まれた足に向け左ローキック。
軽く足を上げローを受けたナインは、補助テクニックをかける。ヨシがシフタ、デバンドをつかっている以上自分も対抗しなければならない。ヒューマー同士の戦闘は武器がメインになりテクニックを忘れがちだが、使いこなせば戦況を一変させることも可能だ。事実初打でギフォイエを利用した強襲をナインは成功させている。
体勢を立て直した二人はお互いの武器を打ち合い、一時も止まることなく移動し、激しい打撃音を響かせた。しかし、この試合の見物人のモーゼスが予想したとおり手数の割には決定打が無い。演舞のように繰り広げられるそれぞれの一撃には十分な威力があるのだが・・・。
「手加減しているのか?こんなヨシに勝っても意味がない。本気でこいっ!!」
「余裕があるように見えるか?」
間合いを外した少年が問う。息を切らしているでもないのに、肩を怒らせ表情は硬い。
「それなら…。オレが勝つっ!!」
気合を入れ大剣を構え変える。危険を感じヨシが牽制で振るった鎌を軽く飛び越え、舞い上がった身体を丸め回転。落下と遠心力で威力を増した大剣にゾンデを這わせ打ち込む!
「六道流裏奥義っ!獅子神業雷!!」
戦士は頭上に掲げたバニッシュで受けとめたが、それも刹那の間のみ。
フォトンの刃は鎌の柄を折り、戦士の巨体を十数メートルも吹っ飛ばした。
壁に激突して飾られた装飾ごと破砕、貫通する。数枚繰り返したあと、崩れた石細工がヨシに降りかかりる。大きな身体を埋め尽くす量でヨシは完全に見えなくなった。
「どうした、弱いぞっ!もう終わりか?!!」
瓦礫に向かい、着地したナインの怒声。対する戦士の胸中にはある疑問が渦巻き始めていることに気づかぬまま。勝利。ただそれだけを目指しての雄叫びだった。
瓦礫を押し分け、おもむろに立ち上がる強者ヨシ。無表情でいるが心の中には黒いものに侵食されていた。そう、ナインに対する疑問である。
俺に勝つことが目的なのか?!本当にそれだけなのか?!
計らずもそれはナインが目指すものに対する疑惑だった。
戦いとは確かに非情だ。戦場では一瞬の気の緩みが死に繋がる。だがここは戦場ではない。
あの理不尽な暴虐と狂気の世界ではない。俺と奴が望んだ「戦いを楽しいむ場」のはずだ。
「一つ聞く。お前の目的はなんだ?」
「決まってる!ヨシに勝つことだッ!!」
口の中だけで そうか と呟いた戦士はうな垂れていた顔を正面に向けた。その相貌は怒りに狂う鬼のものだ。
[Berserk system 起動。Psycho Link 開始]
少年は鬼気迫るヨシを見た瞬間、身体が引く。混乱と恐怖。ヨシの怒りの根源がわからない。
「うぅ・・・、おおぉぉぉっ!!」
恐怖に押されたのか、無手の狂戦士に切りかかるナイン。その太刀筋は先程の鋭さも覇気も無くしていた。
狂戦士は振り下ろされる大剣を無造作に左腕で払う。それだけで大剣が悲鳴を上げ、その身に亀裂を入れられる。鉄槌に勝る義手で武器を打たれバランスを崩したナインの首を目掛け、右上腕を押し込む。旋回ラリアット。
喉から持ち上げられた瞬間息が詰まり、足も地から離れナインの身体が偽りの無重力にさらされ、中空に留まった。ヨシが少年の頭を鷲掴みにし持ち上げているからだ。
拘束から脱っする為四肢を動かし剣を当てようとばたばたと暴れる相手の抗いに、握力で対応する。こめかみに食い込んだ中指と親指から「ミシッ…ミシッ…」微かに鳴る異様な音。
苦痛のうめき声をだすナインの背でアプサラスが光る。狂戦士はそれにも構わず掌の圧力を上げ続け体勢を左90°ずらし、右足を大きく振りかぶった。顔面を鷲掴みした腕を引き寄せ、互いの胸筋がぶつける。強力な「引き」によりナインの両足を浮かし、掛け足を前に出すこの技は「大外刈り」、いや頭部を掴んでいる事から受身不可能の「STO」が正しい。刈り足が相手の脹脛を叩き、引き寄せた腕を押し出す。少年の体は腰を軸に天地が逆転された。
「砕けな!」
ゴァンッ!
ヨシの腕がナインの頭部もろとも地面に叩きつけられた瞬間、掌を中心にラフォイエが炸裂。同心円状に罅割れた敷石が砕かれ破片が飛散る中、二人が陥没する石畳に飲み込まれる!
「もう一丁!!」
密着状態からのテクニックで自身が灼かれてるのにもかまわず、アイアンクローで相手を無理やり起こし、再び「STO」のモーション。少年の頭蓋骨を粉砕しているかもしれないのに、狂戦士の行動には躊躇が無い。
ゴァンッ!!
二発目。
さらに深く大きくクレーターを掘り下げ、相手の頭部を半ばまで埋め込む。手を離し追い討ちの武器を取り出そうと、上体を起こしたヨシはそのまま後転。
ナインがうつ伏せのまま振り回した大剣が、一瞬前まで狂戦士の首があった空間を凪ぐ。そのまま回転の支点を肩、背、腰、膝と移し立ち上がる。回転は止まらず大剣を円盤投げのフォームで回し、さらに加速。
「六道流裏奥義 海流…!」
「遅い!!」
風を切る胴断の一撃を、義足の右が跳ね上げる。亀裂を抱いてい大剣は衝撃に耐え切れず握りを残して砕ける。だが、狂戦士の怒りは収まらない。奥義を繰り出したナインはそのまま廻り背を晒し、ヨシに攻める好機を与えた。
「おおおっぉぉぉおおぉおおおおぉっぅぅっ!!!」
獣の声をあげた狂戦士の連撃、連撃、連撃、連撃。
ライトウェイトといっても現役のハンターズの少年を軽く吹き飛ばし、急角度でえぐれたクレーターから飛び出させる威力だ!
陥没した場所から放り出されたナインは、数回バウントしヨシが埋まっていた瓦礫にぶつかった。
狂戦士も自分が作り出したボウルから出てくる。
脳震盪でも起こしたのか、頭を押さえふらふらと立ち上がるナインにヨシの堅い声音。
「ご主人思いのマグに感謝するんだな」
怪訝な表情で背後を確認したナインの顔から、血の気が引いた。
背負われているアプサラスは、上部の発光器を砕かれ特徴の羽も欠け折れていた。特殊な柔金属で構成されるマグはその軽さからは考えられないほどの頑強さを誇るのだが、狂戦士の猛攻はアプサラスの補助機能をも停止させていたのだ。
装着者の失意を感じたのか、無敵行動を終了したマグがその背から落ちる。単にナインがアレほどの攻撃を受けても軽い脳震盪で済んだのは、アプサラスの防御があればこそだろう。
剣を砕かれ、身を護るマグも破壊され、呆然と立ちすくむナインは年相応の男の子にもどっていた。
機械化した左前腕のカバーを開き軽く廃熱したヨシは踵を返し、何処とでもなく歩き始める。ヨシが背も向けたのは、泣く寸前の子供の様に顔を歪めた少年を見ていられないからであるが、ナインにとってその行動は拒絶に思えた。
「あ、あ…俺、おれ………」
「………」
「おれはまだ、や…」
「戦えるのか…その様で?」
背を向けた相手に紡ぐ言葉を否定されゆっくりと少年の気負いが下がる。そう、気負いだ。勝つことに執着していた自分が冷やされてゆく。
立ち去ってゆく狂戦士が何の怒りに震えているのかわかった…。
大きな背が小さくなっていき、やがて兄と慕った人物は目の前から去った。話す相手を無くした少年の思考は空転する。
ヨシがいなくなる。オレの前から。戦う相手がいない。そんなことはない、ヨシも楽しそうにしていた。全力を出した、オレが優勢、でもそれは見せかけ。
ヨシハ、オレト、タタカウコトヲ、タノシミニシテイタノニ、オレハ“カツ”コトシカ、カンガエテイナカッタ………。オレハ、ヨシヲ、ウラギッタンダ………
やがて視界はゆっくりと上昇して空を映(み)た。弛緩しきった手足を投げ出し倒れたからだ。
心の奥がダガーを刺しこまれたように痛む。心臓を移植する以前でさえ味わったことの無いほどの痛み。
「あれっ?俺、瞼なんて切ってないのに眼から血が出てる…」
それが涙であること気づかぬまま、傷を塞ぐ様に両目を押さえる少年の口から一度、嗚咽が漏れた。
その後、心のままに、泣き叫んだ。
「にゃ!」
伝説のケーキをほおばり生クリームで髭を生やした鈴蘭が不意に顔を上げる。じっと一点を見つめた後、扉に向いダッシュ!が、
「往生際が悪い」
「にゃああああああ! はなしえぇ、もーちゃああああん」
あと一歩のところでモーゼスに掴まれ、抵抗空しく襟首から吊り下げられる。モーゼスも馴れたもので、ぶら〜んと垂れ下がる鈴蘭をさながらクレーンのごとく運搬しエルフィン・シーナが座るチェアにポトリと落とす。
扱いも野良猫並だ。
「いいから座って菓子でも食っていろ」
「にゅうううううううう。もーちゃんきああああああああい」
「結構なことだ。勝手に嫌っていろ」
「ほらほら、そんなに暴れないの」
失笑を漏らしながらエルフィン・シーナがナプキンで膝上に座る鈴蘭の口元を拭いなだめる。
だが、鈴蘭は子供特有の我侭か、引き離された連れ合いを心から案じているのか。手足をばたつかせ涙声での叫びが続く。
「ううううう、なあいいんんん!なああいいいんんんん!!」
「これほどの痛い声を聞かされたのは、あの大戦以来だ」
「それだけ鈴ちゃんの心が籠もっているのよ♪よしよし、泣かない泣かない。ナインくんなら大丈夫だって♪」
「なにー? モーゼスが鈴蘭を泣かせたの?」
その声は扉からした。
状況として鼻をすする鈴蘭がエルフィン・シーナに背中から抱きしめられそれをモーゼスが見下ろしていれば、そう見えるかもしれない。
「人聞きの悪いことを言うな。俺は何もしていない。それにしても遅かったな。既に始まっているぞ」
「いいじゃない、別に。この勝負が長引くっていったのはモーゼスでしょ」
冷徹アンドロイドの言い分は、先程の野良猫扱いの事は棚の上に置いて厳重に錠がかけられた状態だ。しかも入ってきたニューマンの女性ハンター−ハニュエールが、両腕で抱えているアイテムボックスを見て話題を逸らしている。
その時モーゼスが背を向けている方で、小さなフォマールの目が光るのを誰も気がつかなかった。
「えいっ♪」
不意に鈴蘭がモーゼスの脇腹あたりと突っつくと、バシュッと圧縮されたエアーが抜かれる音と供にヒューキャストの頭部が開く。中から打ち出された漆黒のボールに中央から筋が入り上下に割れると、それは円筒形の形をしたフォース特有のマグ『アンダカ』となった。それは鈴蘭のマグであったモーゼスが進化した姿で、普段は肉体の変わりとしてアンドロイドのボディーに収められている物だ。
少女はフォトンドライブで宙に浮いているそれを素早く握り、即座に離した。
「くっ、待て!鈴蘭!」
我に返ったフォマールが叫び再びアンダカに手を伸ばすが、マグは餌を持ち逃げするハラペコ子猫の速さでバルコニーから飛び去っていった。
「ふにゅ? もしかして入れ替わっちゃったの?」
「鈴蘭もやるわね」
ニューマン二人のんきな態度に、鈴蘭 ― と入れ替わったモーゼスが渋面を返した。
身体が限界を超えた酷使に耐え切れず各所で悲鳴をあげている。倒れるって無様なことはなんとか避けたいけど、そうもいってられないぜ。なにせここはラグオルの地下深部。遺跡宇宙船の中だからな。エネミーの強さも半端じゃない。
「どうしたサカキちゃん?もう終わりにするかい?」
「いや、まだ、大丈夫だ。修行は、これからだぜ」
笑顔の団長の問いかけに、俺は息も絶え絶えに反論する。団長に頼み込んでつれてきてもらったんだ。ここで弱音を吐くわけにはいかねえ。
オレは強くなるんだ。
病室の窓から見る景色はいつも変わらなかった。それは部屋の主の影響か、それとも逆に景色が彼女の変化を拒んでいるのか。
静かに眠る母の手を握り、少年は呟く。
「かあちゃん。おれ大きくなったらハンターズになって、たくさんお金を用意してかあちゃんに楽な生活をさせてやるから。絶対だから」
茜に染まった空が漆黒に移る。
「なんか、懐かしい景色だな」
「ええ、とても懐かしいね」
「パイオニア2に居た時は、星って当たり前だったけど」
「こうしてみると綺麗でしょう。夜空って毎日あるけど、それでいてどこか遠くて、神秘的でえ」
セカンドーム、パイオニア4が建造した第2のセントラルドームから少し離れた高台で俺と**は草の絨毯に寝そべっている。
しばらく言葉も無く寄り添り、測らねば解らない星の動きを眺めていると**のBEEが呼び出し音を鳴らす。億劫にスイッチを入れる**。
「おい、**と小僧。貴様等、親だろう。人様に自分達の子供を押し付て逢引だと。ふざけるな。直にもどれ。」
「はぁい、りょうかい」
「それじゃ、****の怒りが本気にならないうちに帰るとするか」
**が癖のある間延びした返事をして****からのコールを閉じる。
よっと、と掛け声を出して立ち上がるのを、**が見てくすくすと笑った。
「ナイン、いちいち掛け声だして、まるでおじさんみたいだよお」
「そりゃぁ、もう俺も三十路だからな」
そうだ。もうパイオニア2がラグオルに到着してから幾星霜・・・
って。おい!俺が三十路だって?!
はっと、目がさめたナインは上体を起こすが、突如飛来したなにかが鳩尾に突き刺さり息をつまらせ再びダウン。しばし腹を抱えて悶絶する。
どうにか呼吸を落ち着かせ寝転んだまま首だけを挙げてみると、アンダカが胸の上にちょこんと佇んでいる。どうやら先程のボディブローはこのマグの突進だったようだ。
「なんだぁ?このマグって、モーゼスだよな。なんでここに?」
「逃げ出したからだ」
その声に少年が振り向いた瞬間、鈴蘭が槌杖を振り落とした。的確に眉間をえぐられたナインの視界は再び暗転する。
「貴様に今目覚められるとつまらんからな」
「えぐいことするわね。モーゼス」
「気にするな。この程度でくたばる小僧ではない」
冷めた口調で少年の顔面をえぐったサミットムーンをしまう少女の身体とその後続の人物は、リューカーの光柱から半歩も出ていない。鈴蘭と入れ替わったモーゼスとテラスにいたハニュエールがマグを追って転移してきたのだ。
さらにモーゼスは、アンダカの抗議らしき体当たりを左手で受けると、にゃあにゃあと仔猫的な動きをするマグに話し掛けた。
「いいから戻れ。戦士の宴に水を注すことは無粋極まりないぞ」
(だああってええええええ)
「この戦いは、小僧か狂戦士のどちらかの宣言があるまで続く則だ。くどいが何度も言うぞ。お前は大人しくしていろ」
(でも、ナインにけんとまぐがないいいいいいいい)
「たしかにな。だが、それは相手が彼奴である以上予測できたことだ。俺の見立てが外れたのは惜しいが、勝負は既に決したのだろうよ」
モーゼスが普段の半分の高さもない視点で見下ろす剣士の装備は、ボロボロだ。近くに散乱する大剣とマグの破片を見れば、どれだけのダメージを受けたか知れる。
それを見たニューマンの女性―メルヴィルが、運んできたアイテムボックスを置きながらポツリと呟く。
「でも、ちょうど良かったといえば、ちょうどよかったんだよね。折角苦労して持ってきた甲斐があるってものだし」
「やめろぉ…。鈴蘭…。ソウルのおっちゃんの頭はおもちゃじゃねえぞぉ」
妙なうなり声を発する少年を覗き込むと、眉間に皺が拠っていた。
一体どんな夢を見ているのだろうか?
「おきろー、ナインー」
(鼻をつまむな。鼻を)
少年の鼻腔を押さえ込んだメルヴィルに、アンダカに戻ったモーゼスが制止の声をかけるが、マグの状態では鈴蘭以外とは会話が出来ないので意味はない。
鈴蘭は強制的にエルフィン・シーナに連れて行かせた。リューカーを唱えたのが鈴蘭の体を使ったモーゼスである為、既にゲートは消失している。これで少女が取って返してくることもない。
やがて、息が苦しくなったのか少年が目を覚ました。
「あれ?鈴蘭の声が聞こえたような気がしたんだけど、メルヴィルだったのか」
「随分と派手にやられたわね。大丈夫?」
「ああ、大丈夫だ。ってどうしてメルヴィルがここに居るんだ!?」
「ここに来たのはナインに渡すものがあったから、それを届けにね」
逃げ出した鈴蘭を連れ戻すのに便乗した形になったが、そこまでは話さない。
メルヴィルはナインに手を貸し立ち上がらせようとするが、さすがに気まずいのか少年は一人で立つ。
「この状況だと、てっきり落ちこんでいるかと思ったけど。そうでもないね」
「ちょっと昔のこと、ハンターズを始めた理由と掛けだしの頃を思い出していたんだ。そしたらなんとなく、かな」
「じゃ、まだ続けるのね。この戦い」
「ああ、やる!武器とマグがねえけど、それでもやるさ!」
「そうこなくちゃね」
不敵に笑うニューマンが足元に置いたアイテムボックスを開くと、そこには白い鎧と盾、そしてよく見知った大剣、フロウウェンの大剣が出てきた。
「渡すものっていうのはこれのことよ。借りてくるの大変だったんだから大事に使ってね」
「これは、あの英雄の・・・!」
「そう、かの『ヒースクリフの遺産』の一つ、そしてそのオリジナルよ」
「オリジナルだって。こんなに大層な物をどこからもってきたんだ?!」
「内緒」
メルヴィルに唇に人差し指をあて「だまって」のシンボルをされると、少年はちょっと脱力した。
フロウウェンの大剣といえば、ハンターズで知らぬ者はない武器だ。SS級ハンターのヒースクリフ=フロウウェンが愛用した大剣のレプリカで、多くのハンターが使用している。
複製品といってもその品質は高錬度のフォトンで作製され実用性が高く、パイオニア1の軍備、ハンターズ、共に多数の大剣が使用されていた。もちろんそれはパイオニア2でも同様である。しかもこれはオリジナル。つまりは真のフロウウェンの大剣だというのだ。それに加え同銘の鎧と盾まである。
「マグだってここにあるし。準備にぬかりなしね」
「モーゼスがか? お前がオレに付くなんて珍しいを通り越して、怪しいぞ」
半眼でアンダカを見る少年に、モーゼスは沈黙を保ったままその背に取りついた。どうやら無言で催促しているようだ。信用しろと。
「わかった、しっかりサポートしてくれよ。もーちゃん」
アンダカの体当たりはナインの後頭部に直撃した。
傾き始めた陽の下、廃墟神殿を一人の少年が進んでいる。
真白(ましろ)の鎧に身を包み背をアンダカに任せ、歩を進めながらナインは鉢巻を額に巻く。
結び目が強くビシッと鳴り、
「よっし…。いくぜぇーー!!」
剣士 復活
腕を組み不動の仁王立ちをしているヨシは、閉じていた目を開いた。
ナインが戦意を失ったときにこの試合を止めることはできたが、自分の中の狂戦士が叫んでいたのだ。
まだ戦いは終わっておらぬ。さらなる戦の喜びを与えろと。
その言葉に従い戦士は、少年剣士の前から去った後も廃神殿に止まり続けた。
一人立ち続ける心の中で、久しく感じなかったものが沸き起こった。自身のことなら毛ほども感じない不安と恐怖であるが、対象が子供なだけに強靭な精神を揺らされたのだ。
ナインの復活はありえるのか、彼は再び剣を握ることができるだろうか?
だがそれも、今眼の前の少年を見たときに感じた戦慄きが、全ての負の感情を取り払っていた。
「やっと、戦う者の顔らしくなったじゃないか」
シニカルに笑う戦士が大きく息を吸い込み、ナインに問いかける。
「まだ、やるか?!」
「あたりまえだ!!」
ヨシの声さえかき消すほどの声量で応じる剣士。
戦士の笑みは深みを増し、再び戦いの喜びに全身を振るわせる。
「よぉっし!いくぜえ!!」
「おおぅっ!きやがれ!!」
互いの顔は大声を発し強烈な覇気を出していたが、その表情は誰が見ても歓喜だった。先程までのわだかまりなど微塵も残っていない。
最初の数歩を歩み、残りを一気に駆け間合いを詰める剣士に対し、ヨシはアイテムボックスから銃を2丁取り出す。白い蕾を模した物と黒十字の物だ。だが銃を構える間も無く英雄の大剣が伸び、とっさに身を捩ったヨシの背をかすり黒い鎧に傷痕を刻む。
渾身の突きが手ごたえ無く過ぎても、ナインは焦ることなく身体の中心をずらす。踏み込んだ右足を突っ張りヨシに倒れかかるように薙ぎ払いを撃ち掛けた。身体を開き右手を離して左腕一本で振る。
相手を捕らえたに見えた大剣の軌道は、身をかがめた狂戦士の頭上を過ぎ数本の頭髪を攫うに終わったが、拳闘ならともかく武器戦闘でのダッキングは、後ろに下がるしか二の手が無くなってしまう。
上体を戻すより早くフロウウェンの刃が翻り、曲げられた胴を狙ってきた。順当な詰めである。海老のように後ろに下がっても、踏み込んだ突きを撃たれるだろう。
狂戦士が取ったのは体当たり、「倒れ掛かるような」ではなく至近距離からのジャンプタックル。相手の膝を抜き、自らも倒れる。
両者は得物を優先して組合には発展させず、即座に飛びのき仕切りなおしの一拍が静寂と共に過ぎる。
再度突貫の姿勢を見せるナインに、腰だめに構えた銃を、乱射!!
「おらおらおらおらおらおらおらっ!!」
跳ぶ位置を前面から横に変えた剣士は、廃神殿の瓦礫の陰に入った。そのまま障害物横を駆け抜けたのは、全身を襲う警告が止まなかったためだ。一間空いた瓦礫から破裂音と共に吹き飛んでゆく。
心の中で距離を数えたナインが再び足先を変える。瓦礫の半ばを蹴りつけ天に駆ける。開けた視界には巨漢の戦士。
「六道流剣術、光神裁・・」
落下の勢いも相手頭上から逆手の大剣を突き刺す。先程の獅子神轟雷と同様頭上からの強襲だ。狙いは頂点を目指していたが、反れた。標的を変えたのはヨシの右足が大剣を迎え撃った為、叩き落した事による。
狂戦士は、ほぼ垂直に伸びた義足を下げると低く唸った。
「二度も通じると思うな」
「まだだ!」
奇跡的に着地を決めた剣士が、開いた間合いを一足飛びに詰め寄る。銃相手にはいかに接近できるかが勝負。
足技を使わせた思惑どおり、銃を構えなおされる前に距離は詰まった。フロウウェンの大剣を全力で振り切る。
とっさにスプレットニードルの弓部で受けるが、それだけだった。続く既視感、ソウルバニッシュを折られた時。切り取られたフォトン加速装置の一翼が空を回る。
しかし過去の現像に焦る事なく、翻った大剣が自分の首を刈り取る直前、棍棒代わりに花びらを閉じたホーリーレイを腕力だけで少年の顔面に叩きつける。
吹き飛ぶナインをそのままサイトし、トリガー。初弾、脇に掠っただけ。次弾、足元。終弾、不発。
「銃で殴るかよ、普通」
片手片膝を付きなんとか姿勢を正して、鼻血を拭う少年の悪態。
「ち、軟弱な銃身だな。この程度で歪んでやがる」
ヨシはホーリーレイを投げ捨て、
「最後はやはり、こいつだな」
酷薄な笑いを浮かべ狂戦士が取り出されたのは、青いフォトンの小刃が無数に稼動する武器だった。
【Psycho Link ブースト。Berserga モード起動】
「血が騒ぐぜ・・・」
機械腕である左肩のカバーが開き放熱板が露出した。その部分だけが陽炎に揺れるほどで、尋常ではない熱量が伺える。甲高い回転音を鳴らす得物を左腕だけで素振りし、感触を確かめる。
「今度はこっちの番だな」
狂戦士の言葉の終わりが、打ち合いの合図になった。
身体が地に擦るほど低い疾走で、呼気の間に剣士の懐に入り込む。
胴薙ぎに振り上げられるチェインソードが英雄の大剣と打ち合う。ヨシの力と少年の体重を載せた打ち下ろしが拮抗して、鍔迫り合いに入った。
フォトンの小刃が回転し、フロウウェンの大剣との間に激しく火花を散らす。
だが力比べは一瞬で、ヨシの左足がナインの足首を刈り取った。
剣士は抗うことなく倒れこみ受身と同時に側転。瞬きの前までナインの首があった場所にチェインソードがうなりをあげて叩きつけられたからだ。さらに、二度。三度。連続して打ち下ろされる楔を避け、転がる。
ヨシは深追いせず、ナインが一足の間合いから外れると構えを戻した。片腕で軽く持ち上げた青い刃の剣を肩に担ぐような簡易な構えである。
「ふっ!」
鋭い息吹を吐き、起き上がったナインにチェインソードを叩きつける。足を大きく引き上体をねじった剣士の頭部を小刃がかする。紙一重だ。
ナインはかえし斬りに全身のバネを使った突きを撃つ。再戦当初と同じ型、だがわずかに間合いが遠い。鎧にも届かず、ぎりぎりで見切り避けた相手に対し先程と逆向きに身体を捻る。かえし二段に払いかけ。カウンターを仕掛けに踏み込んだヨシの先を取った。
「うおぉぉりゃああぁぁ!!」
咄嗟に義手で防ぐ狂戦士を押し切るナイン。倒れないまでも巨壁に一撃が入った。
踏鞴を踏み姿勢を浮つかせることになったが、ヨシからの反撃はない。彼は今少年の一本に驚き、戦いの高揚に喜んでいた。
「やりゃあできるじゃねえか」
低く唸る狂戦士。顔は獰猛な猛獣の笑みが浮かんでいた。だが、対戦相手に視線を戻すと不意に曇った。
ナインの肩は荒い息に合わせ上下し、四肢も微かに震えていたのだ。
「残念だな。これでおわりか」
体力差は如何ともし難く、心身ともに限界を越えている今剣士を奮い立たせているのは
・・・なぁいぃんんんん・・・
愛する人の声。
「いや、まだだ!まだやれるっ!!」
息吹を吐き活を入れ、背を伸ばし剣を握る。陽光を背に剣士が立つ。
瞬間ヨシの目が眩んだ。
陽の光なら義眼が光度を調整するはず。ならばこの眩しさは一体なんなのだ?
「六道流 最高剣術」
ナインが頭上に掲げた大剣が、傾く陽を受け赤く染まる。
「七神龍」
心技体。気迫、大上段、握る拳。全身を巡る力が少年の瞳に勝機を見せていた。
「光牙斬!」
一足の間合いを駆け、全てを篭めた最後の一撃を放つ。
迫るレッドソードを視界に捉えた時ヨシは悟った。眩しく輝くのは剣士自身であることを。
「賢しいことをぉぉ!!」
迎え撃つ狂戦士の刃。
赤と青の大剣が撃ち合わさり、黄昏の空高く剣戟が響いた。
気を失った少年にリバーサーをかけたのは、彼の頭を抱えこんだ鈴蘭だった。
「ないんんん・・・」
「ふひゃ、ふぶひゃん・・・?」
間延びした呼びかけに少女の膝枕で横になっているナインが目を開ける。声がおかしいのは鈴蘭がぐにぐにとナインの頬をいじっているからである。
しばし呆然とぐにぐにされていたナインだったが、はっと意識が晴れた。
「あ、オレ・・。そうだっ!勝負は?!」
「だめえええ。まだねてるのおおおお」
起き上がろうとするナインを押し留め、自分の膝に抱きかかえる。衰弱している身体は少女の力でも止められるほどで、少年は再び夕暮れの空を見ることになった。
それでも矢継早に疑問を飛ばす。
「戦いはどうなった?ヨシはどうした?勝敗は?」
「えっとねえええええ」
「勝負は、俺の勝ちだ」
ナインの質問に戸惑う鈴蘭より高い位置から声がした。首を反らすといつものように仁王立つ巨漢が見えた。
「そう、か・・」
勝負の結果に承諾の言葉を口にだすと、疲労に痛む身体から力が抜けていく。戦いの緊迫感はもう欠片も無くなっていた。自分が倒れていることからうすうす解ってはいたが、改めて聞いたことで心の奥から納得できたからだ。
「しかし、最後の一太刀は驚いたな。撃ち終わりと同時に気絶するほど集中しやがって」
「その・・・、なんて言うか」
「なんだ?」
言いよどむ少年を戦士が促す。
「・・・鈴蘭の声が聞こえたからさ・・・。オレが精一杯できることでこたえねえといけねえって思ったから・・・」
ナインは頬だけではなく首まで赤らめて、ようやくそれだけ口にした。その言葉にふにゃっと頬を朱に染める鈴蘭は少しだけ腕に力を篭める。
ヨシは二人の暖かさに中てられぬよう一歩離れ、先程から様子を窺っていたエルフィン・シーナに向き直った。
「お疲れ♪」
「おう」
「どう?楽しかった?」
「ああ」
「強くなれた?」
「ああ」
嬉しそうにたずねてくるエルフィン・シーナに言葉短に応える。傍からすれば無愛想だがヨシとしてはこれが最も喜んでいる態度だった。
「じゃ、ご褒美に…♪」
爪先立ちをしたエルフィン・シーナが、手馴れた様子でヨシの首に腕をかけ顔を近づけた。夫も妻の腰に手を添えて唇を重ねる。たっぷりと3分は息遣いのみで過ぎ…。
「もーいっかい♪」
さらに続ける。
じーと夫婦の抱擁を眺めていた鈴蘭は、ヨシたちに後頭部を見せているナインの唇をみて、ぽつり。
「ナインもする?」
「い、いや!いい、しなくていい」
真っ赤な顔をぶんぶんと横に振る少年だった。
「まー、いいんじゃない。二人は戦いたかっただけで相手の命が目的じゃないんだから」
多少距離を置いた瓦礫の椅子に、二組のアベックから放たれる精神攻撃を避けたモーゼスとメルヴィルが陣取っていた。
既にキャストのボディに戻っているモーゼスは肩をすくめ歩き出した。
「付き合ってられん。俺は先に戻るぞ」
「ばいばーい。またね、もーちゃん」
去っていくキャストに明るく別れの挨拶をしたメルヴィルに、永遠の孤独を知る人物は億劫げに手を振るだけだった。
「あん。だめだよおおおおお」
「平気、平気。おわっ・・」
鈴蘭の静止振り切り起き上がろうとするナインは見事バランスを崩し、転倒直前に差し出された腕に寄りかかった
「一人で身に付ける力が強さの全てじゃない。覚えておけ」
「ああ、今ならわかるぜ。昔、師匠にも同じこと言われた時はいまいちだったけど」
太い腕の主の言葉に頷き返す少年。
ヨシの手を借り立ち上がったナインに、ぴったりと鈴蘭がくっつく。少年は自分が支えると精一杯の主張だ。
エルフィン・シーナが連れ合いの腕を取り、少年から離すと自らが絡まった。
苦笑をもらすヨシから離れたナインは少女に寄り添いながら、晴れやかな笑顔で一つの理を悟った。
「オレの強さはみんなと共にあるんだからな」
少年が自らを信じ、人を信じる限り、彼に宿る新星の輝きはこれからも増してゆくだろう。
Force In NOVA
「ナイン。そのかっこう」
「ああ、かっこいいだろ。あのフロウウェンの鎧だぜ」
「にあわにゃいいいいいいい」
後日、情けない顔で武具一式を「剣匠の娘」に返却しにいくナインであった。