|  | 
						
							| 苺のミルフィーユ 
 
 下から上に苺のクリームやカスタードクリームをはさみながら芸術的に、時に無造作に積み上げられたパイ。頂上には白い生クリームと苺。半分にカットされた苺も全体にちりばめられている。最後は付属の苺ソース。商品説明には
 「このソースをかけてお召し上がりください」
 とある。
 苺のミルフィーユ。530円。
 その値段を見るたび、内藤笙子はため息をついてしまう。
 「ケーキ1個に500円は出せないよねぇ。」
 コージーコーナーで500円出したら、通常の3倍ほどもあるジャンボショートケーキが買えてしまう。じっくりショーウィンドウをの中を見つめた後、笙子は上半身を起こすと、駅に向かって歩き始めた。
 
 次の日。
 高知日出実は、ショーウィンドウを覗き込みながらため息をついていた。苺のミルフィーユ、530円。このソースをかけてお召し上がりください。
 「ケーキ1個に500円は出せないよねぇ。」
 日出実はショーウィンドウの上に目をやる。すると、信じられないものが目に飛び込んできた。「食べ放題」の文字列が!
 日出実は目にも止まらぬ速さでその紙を手に取って読み始めた。
 「今週の日曜日、お一人様1400円でケーキ食べ放題、ただし1時間以内、この招待券1枚で4名様まで有効、
 スペシャルサービスあり」
 見るとその招待券が最後の一枚のようだった。日出実は大切に、大切にその招待券をかばんにしまうと、あふれ出る笑みを抑えながら駅に向かって歩き始めた。
 
 放課後、新聞部の部室では、次の「リリアンかわら版」の編集会議が行われていた。と言ってもメンバーは真美さま、日出実、笙子さんの3人である。
 「どうぞ」
 会議の冒頭で、笙子さんはメープルパーラーの焼き菓子詰め合わせを差し出した。なんでも蔦子さまからの差し入れだそうである。
 「いいの、もらっちゃって?」
 真美さまが言うと、
 「写真部には写真部用のやつがあるんです。蔦子さまの家でいっぱいもらったとかで」
 と笙子さんが答える。
 「それじゃ、遠慮なく」
 真美さまは厚焼きクッキーと、マドレーヌをあっという間に食べてしまった。ところで日出実には密かな悩みがあった。例のケーキ食べ放題のメンバーをどうするか、ということである。真美さまと、あとは新聞部員の中からじゃんけんで、とか思っていたが、こうなると笙子さんも数に入れないといけないような気がしてきた。編集会議は滞りなく進み、焼き菓子つめあわせも空になっていた。
 そこでドアをノックする音があった。
 「どうぞ」
 「ごきげんよう」
 蔦子さまだ。
 「やっと現像が終わったわ。笙子、そちらはどう?」
 「順調です」
 そういえばこの詰め合わせは蔦子さまからのものだった。ちょうど食べ終わったころに現れるなんて少しできすぎの気がするけど、これでメンバーは決まってしまった。真美さま、日出実、笙子さん、蔦子さま。
 
 会議が一段落したところで、日出実は例の招待券を取り出して、
 「話は変わりますが、この4人でケーキ食べ放題に行きませんか?日曜日。」
 「ここどこ?メープルパーラーじゃないの?」
 と真美さん。
 「新しくできたところよ。「バニーユ」。知名度を上げるために、イベントやるんでしょう」
 蔦子さまは何故か詳しい。
 「昨日笙子と見に行ったのよ。ミルフィーユが芸術的だっていうから」
 「それでどうだったの?」
 真美さまは身を乗り出してくる。
 「すばらしかったわよ。でも1個530円のケーキには手が出なかったわ」
 「行きましょう、とにかく、行きましょう!」
 珍しく真美さまが興奮している。見れば、笙子さんもあのミルフィーユを思い浮かべてか、感動に打ち震えている。蔦子さまは、こちらにウィンクしてよこした。まるで「誘ってくれてありがとう」
 とでも言うように。
 
 待ち合わせの場所は現地なんだけど、笙子は30分も早く着いてしまった。招待券が無いと店内には入れないから、仕方なく窓から中を覗いたりしてみる。お客さんは女性ばっかりだが、ちらほら男性も見える。ケーキを窓越しに見定めようと思うけれど、意外とよく見えない。中に入ってからじゃないとだめか。
 と、その時店内からどよめきが起こった。何事かと思って覗いてみたが、原因はよく判らなかった。
 
 やがて日出実さんが真美さまとやってきた。程なく蔦子さまも現れる。
 「みなさん遅いですよ」
 「何言ってんの、まだ5分前でしょ」
 と蔦子さま。
 「私30分前からいるんですけど、そのときなんかどよめきが起こっんですよ」
 「フライングは笙子の得意技ね」
 いえ招待券がないからフライングじゃないんですけど、蔦子さま。
 「どよめきはこの「スペシャルサービス」と関係あるんじゃないかしら」
 と日出実さん。
 
 やがて一時間前の組の人たちが店から出てくる。みな満足げだ。いやがおうにも期待は高まる。招待券を持っている日出実さんを先頭に店内に入る。入り口にケーキのショーウィンドウがあり、奥が喫茶店になっている。あまり広い店ではない。
 「高知日出実様の4名さまですね。こちらへどうぞ」
 ウェイトレスが案内してくれる。
 4人で席につくと、ウェイトレスは
 「セルフサービスですのでご自由にどうぞ。ではごゆっくり」
 ごゆっくりなんかしてらんないわよこれは戦争よ、とばかりに笙子はすばやくケーキを取りに行く。残りの3人も後に続く。
 
 食べ放題専用のケーキはみなショーウィンドウのケーキより小さいけれど、笙子が見た限り違うのは大きさだけで質は落していないようだ。すばやく5つほどケーキを取ると、フォークをもって席に戻る。まだみんな戻って来てないけど、お先に失礼。最初は、普通の苺のショートケーキ。おいしい。スポンジに洋酒がちょっときかせてあって、甘味をおさえたクリームと合っている。思わず目を閉じて味わってしまう。この店、只者じゃない。
 
 「あー笙子さんがフライングしてる」
 日出実さんだ。今回は正真正銘のフライングだ。でも、おいしいんだから許して。
 「ちょっと笙子大丈夫?目があっち行ってるわよ」
 「蔦子さまおいしいです、この店只者じゃないです」
 見ると、蔦子さまのお皿にはタルトが3つほどしか載っていない。
 「蔦子さまムースも食べてください。これあげますから」
 半円形にチョコレートのムースが盛ってあり、中心はメロンのクリーム。てっぺんに丸くくりぬいた
 小さなメロンが載っている。
 蔦子さまは受け取ると、端っこのチョコムースをすくって口に含む。蔦子さまは目を閉じると、がっくりとうなだれてしまって動かない。
 「つ、蔦子さま、大丈夫ですか?」
 蔦子さまは顔を上げて
 「おいしすぎる」
 満面の笑みだ。
 「よかった、おいしいですよね、ここ」
 蔦子さまはチョコムースに目覚めたみたいで、それからはチョコレート系ばっかり食べていたようだった。
 
 食べ放題が始まって30分したころだろうか。パティシエと思われるお兄さんが現れ、周りを見回すと話しはじめた。
 「えー本日はご来店ありがとうございます。ただいまよりスペシャルサービスと称しまして、当店の
 看板メニュー「苺のミルフィーユ」を皆さんに一つずつプレゼントいたします!」
 店内をどよめきが満たす。前に聞いたどよめきの原因はこれだったのか。しかも食べ放題用の小さいやつじゃなくてあの530円のやつだと言う。ウェイトレスが一つずつお客さん全員の前にミルフィーユと苺ソースを並べていく。
 「私もう幸せでどうしたらいいか判りません」
 日出実さんが自分を見失っている。
 「大丈夫よ私がついてるから」
 新聞部姉妹はよく判らないことになってしまっている。大丈夫なのか。蔦子さまといえば、
 「ミルフィーユって食べにくいのよね」
 とかいいながら顔が緩みっぱなし。とりあえずソースをかけて、と。苺ソースの甘酸っぱい香りが、ミルフィーユをさらに飾り立てる。
 
 ミルフィーユは食べにくいんだけど、どう食べたか笙子はよく覚えていない。ときどきみんなの「おいしい」「んが」「ああ」とか言う声が聞こえていたのは覚えているけれど。既にみんなのお皿は空で、真美さまなんか
 「別腹とはいえおなかいっぱいー」
 という始末。
 「そろそろ時間だからお茶でお開きにしましょう」
 蔦子さまが言うので、行動不能に陥っている真美さまと日出実さんの分も含めて、蔦子さまと笙子は紅茶を取りに行った。
 
 紙コップに入った紅茶を飲んでいると、ちょうど1時間たったころだった。さっきのパティシエのお兄さんが、食べ放題の終了の時間が来たことを告げている。
 お会計を済ませて店を出る。大満足。どれもおいしかったけれど、特にあのミルフィーユを食べられたことがうれしかった。あの苺ソースの甘酸っぱさはいまでもはっきりと思い出せる。
 「日出実ちゃん、誘ってくれてありがとね」
 蔦子さまがウィンクしながら言う。何だろうこのウィンク。気になる。ジェラシーかしら。
 そうそう私からも言わなきゃ。
 「日出実さんありがとう、これからも仲良くしようね」
 「うん、よろしくね。どういたしまして」
 日出実さんが答える。
 「招待券もらったあと、メンバーをどうするか悩んでたんですけど、これでよかったですよね」
 真美さまは、
 「大正解よ。新聞部と写真部は不滅だわ!」
 と言ってこぶしを振り上げる。蔦子さまは、
 「楽しかったね、笙子」
 と言って微笑みかけてくれる。
 「ええ、とても」
 笙子は蔦子さまの腕にしがみつく。見上げると、空がとてもきれいだった。
 
 
 
 (おしまい)
 
 
 
 
 あとがき
 
 このお話は、笙子同盟さまで行われた「薔薇のミルフィーユ」記念チャットで座布団の枚数で優勝した私が賞品で書いたものです。賞品なのに書いている?そうです。このときの賞品は、「寄稿しなきゃいけない権利」だったのです。えーと、それ権利じゃなくて義務だよ(笑)
 でも楽しく書かせていただきましたので、それでもいいのです(笑)。
 
 
 
 [ マリみてのページに戻る ]
 
 |  |