|  | 
						
							| 物思いの種(2) 
 
 教室じゃ人目もあるからってことで、蔦子は祐巳さんに写真部の部室まできてもらうことにした。部室に入って座り、
 「わざわざ悪いわね」
 「いいえ別にいいわよ。特に用事も無いし」
 祐巳さんが言う。
 ここにいるのは笙子、蔦子、祐巳さんの三人。
 「志摩子さんの様子が変」の原因が判ったということで、これから祐巳さんに教えてもらうことになった。直接事態を目撃した笙子にとっても気になるところであろう。
 「志摩子さんも言ってたけど、結局、たいしたことはなかったんだけどね」
 祐巳さんが少しずつ話し出す。
 「白薔薇ファミリーって、問題というか、心配事が何も無いんだって」
 「そうなの?」
 蔦子は思わず身を乗り出す。
 「とにかくそうなんだって。それでね、何かと心配事の多い紅薔薇ファミリーや黄薔薇ファミリーのことを心配してくれてたんだって。それが何か物憂げに見えただけの話。」
 「そういうことか。なるほどね。確かに祐巳さんは早く妹作んないとね」
 「そう。その辺とか、心配してくれたみたいなのよ。ところで、」
 祐巳さんは頬杖をついて、
 「蔦子さんは妹作んないの?」
 「妹って、誰を?」
 「笙子ちゃんにきまってるじゃない。いつロザリオあげるの?もうあげたの?」
 祐巳さんは笙子のほうに向き直り、
 「どうなの?」
 と聞いてくる。
 「いまのところ弟子だわ。妹じゃないの」
 蔦子は助け舟を出す。
 「そう、そうなんです、一応」
 「ほほう」
 「何よそれ」
 「いいなーでもそのうち姉妹になるんだーこのしあわせものめっ」
 祐巳さんは軽く笙子の肩をたたく。手がネコパンチのかたちになっている。
 笙子の顔が赤くなっているようだ。今までは祐巳さん相手に負けることはなかったが、笙子を攻められると弱いな。突然、小さな物音がしたのに蔦子は気づいた。この部屋じゃない。反射的に壁を見る。壁の向こうは新聞部。笙子も気づいたようで、蔦子は口に人差し指をあてて「静かに」のサインを送る。
 今度は大きな物音が新聞部の部屋から聞こえてきた。椅子が倒れたような音だ。祐巳さんは、
 「だれかいるのかしら?」と言うけれど、蔦子は
 「それにしては音がしてから静か過ぎる。盗み聞きしてた人が怪我したかもしれないから、ちょっと見てくる」
 というとカメラを持って部屋を出て行った。笙子と祐巳さんも後をついてくる。
 
 
 
 蔦子は音がしないように新聞部のドアを半分ほど開ける。鍵はかかっていない。
 椅子が二つ倒れていて、リリアンの制服を着た生徒が二人倒れているが、様子が変だ。
 仰向けになっているのは日出実ちゃんで、真美さんは両腕で自分の上半身を支えながらも二人の体は重なっている。
 「日出実」
 「お姉さま」
 小さな声が聞こえてくる。二人の顔はキスできそうなほど近い。しかし、蔦子は容赦なくカメラのシャッターを切った。シャッター音に気づいた真美さんは素早く体を起こしてこちらを見る。
 「蔦子さん?!」
 「盗み聞きの代償は高いわよ、真美さん」
 真美さんは立ち上がり、何かを話そうとしたが、ドアが開いて笙子と祐巳さんまでがいるのに気づくと、倒れていない椅子にがっくりと座り込み、
 「完敗だわ。私としたことが」
 とつぶやく。
 「祐巳さんの声が聞こえてきたから、これは何かあるぞ、と。それであの時、日出実が変な足の組み方をしなければ」
 「だって収まりが悪かったんですもの、お姉さま」
 「下着が見えていたから、それを直させようとして」
 「転んじゃったわけね。とにかく、怪我が無くてよかったわ」
 最後に蔦子が付け加える。
 「蔦子さん、」
 真美さんがこちらを向いて言う。
 「その、写真だけど」
 「ああ、これね。もう少し成り行きを見極めようかと思ったんだけれど、ふふふ、シャッター押させてもらったわ。この写真がどうなるかは、祐巳さんが決める。」
 「祐巳さん?!」
 「記事にしなければなにもしないし、記事にするなら一般公開」
 「ちょっとそれだけは勘弁、お願い!」
 「わかりました。じゃパネルにしてプレゼントします。ね、蔦子さん」
 「祐巳さん、冴えてるわね。じゃそういうことで」
 「そんなー」
 「あの、祐巳さま」
 笙子が尋ねる。
 「お話の続きが聞きたいんですが」
 「すっかり忘れてたわ。真美さんと日出実さんにも話してあげる?」
 蔦子は祐巳さんに聞く。
 「別にかまわないよ。たいした話じゃないから。こっちにはこれもあるし」
 と蔦子のカメラを指差す。
 「じゃ、皆さん狭いですが写真部へどうぞ」
 蔦子は大げさにご案内のポーズをとる。
 
 
 
 写真部の部室は狭いけれど、なんとか五人座ることができた。
 祐巳さんが話し始める。
 「志摩子さんを連れ去った人は志摩子さんのお兄さん。乃梨子ちゃんを連れ去った女子大生はなんと佐藤聖さま。以上。」
 「以上ってそれだけなの?」
 真美さんが尋ねる。
 「これだけです」
 祐巳さんが答える。ちょっと不満げな真美さん。笙子は驚いているようだ。
 「聖さまって先代の白薔薇さまですよね?」
 というのは笙子。
 「どんな話をしたか知りたいですよね、笙子さん」
 「ええ、日出実さん」
 「きっと素敵なやり取りがあったんでしょうね」
 笙子と日出実ちゃんがすっかり盛り上がっている。が、祐巳さんは、
 「皆さんにお話できるのはここまでです。」
 と言って譲らない。
 「はいそれじゃお開きにしましょうか」
 これ以上進展がなさそうなので、蔦子はみんなを出口に促すことにした。ふと見ると日出実ちゃんが座ったまま残っていて、そして意を決したように蔦子に話し掛けてくる。
 「あの」
 「どうしたの?」
 「あの写真、欲しいんです。いただけますか?」
 「いいけど、真美さんがなんて言うか」
 「内緒で、私だけに」
 「どうして?」
 「ちょっと、どきどきしちゃったんです。どうしようどうしようって。その記念に。」
 かわいいこと言うなぁ、と蔦子は思いながら、
 「じゃ、明日の放課後にね。内緒よ」
 「ありがとうございます!」
 「日出実、戻るわよ」
 真美さんの声がする。蔦子は真美さんのところへ行き、
 「かわいい妹持ったじゃない」
 と言うと、
 「まあね」
 真美さんはまんざらでもなさそうだった。
 「妹にするんでしょ?」
 「誰を?」
 「笙子ちゃんの他に誰がいるっていうのよ」
 「わからない」
 「またそんな事言って。全リリアン生徒のなかで、あなたに一番近いのは笙子ちゃんでしょ。」
 それは事実だ。しかし、どう言ったらいいのか・・・。すると、蔦子の考えがまとまる前に、
 「それを妹にできなくてどうする!」
 真美さんはちょっと強めに蔦子の背中をたたいた。
 「じゃね!がんばって!」
 真美さんはそう言うと日出実さんと部室に戻っていった。真美さん妹ができててから偉そうって言うか、貫禄がついたよなぁ、と蔦子が思っていると、
 「蔦子さま、祐巳さまをお送りして今日はもう帰りましょう!」
 先に祐巳さんと歩き出した笙子の元気な声が聞こえる。
 「そうしましょう。ちょっと待ってて」
 妹。
 案外大丈夫かもしれない。真美さんを見てると。
 そう思いながら、蔦子は部室のドアに鍵をかけ、笙子の待つ場所へ向かった。
 
 
 
 (おしまい)
 
 
 
 
 あとがき
 
 このお話は「薔薇のミルフィーユ」の「白薔薇の物思い」の「物思いの種」の続きです。
 蔦子さんが志摩子さんの様子を気にしているのに、蔦子さんに情報が戻らないまま本編は終わってしまいます。それじゃあんまりな気がしたので、勝手に続きを書いてみました。
 
 
 
 [ マリみてのページに戻る ]
 
 |  |