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							| お泊りでGO!GO!! 
 
 そのロザリオは、まだ蔦子の手の中にある。呼び止めて、「私の妹になりなさい」と言えばいい。首にかける必要なんてない。ただ、それを渡せばいい。そして、それだけのことなのに。
 「ふう」
 蔦子は息を吐き、天井を見上げる。いつもの見慣れた模様や染み。漂う薬品の匂い。
 今週二回、笙子ちゃんに声をかけたのだが、二回とも次の言葉が、どうしても出てこなかった。問題は全て解決していて、何の障害もないのにもかかわらず、だ。
 ドアがノックされる。蔦子は驚いてロザリオが手から離れそうになるけれど、なんとか持ちこたえる。スカートのポケットにロザリオを入れながら、
 「どうぞ」
 と答えると、日出実ちゃんがドアを開けて顔を出す。
 「あのう」
 「そんなところに立ってないで、お入りなさいな」
 「編集長が、蔦子さまとお話したいので来てほしい、とのことなんですが」
 「日出実ちゃん」
 「はい?」
 「ちょっとこっちいらっしゃい」
 日出実ちゃんは一瞬不思議そうな表情を浮かべ、写真部の部室に入ってくる。後でドアが閉まる。蔦子は立ち上がって、
 「ちょっと聞いていい?」
 「はい?」
 「編集長、って誰よ」
 「真美さま、ですが」
 「でしょ。それなら、「お姉さま」でいいじゃない」
 「でも、突然「お姉さま」では、誰だかわからないかと思って」
 蔦子の笑みを見て、日出実ちゃんはまた不思議そうな顔をする。
 「わたしが日出実ちゃんのお姉さまを知らない訳ないでしょう」
 「でも」
 かわいいなあ。本当にまだ姉妹になりたてなんだ。そこで蔦子の思考は弧を描き、多分自分に不足しているのは、なにか儀式のようなものだと思い当たる。儀式。大げさでなくていい、なにか。自分を一人でなくするための、区切り、割り切り。そんな何か。言い訳とか、そんなものでもいい。真美さんの妹になった日出実ちゃんは、多分それを知っているに違いない。
 「日出実ちゃん、ちょっとこっちへ」
 蔦子は日出実ちゃんを暗室に招き入れるとドアを閉め、照明のスイッチを入れる。オレンジ色の暗室灯ではなくて、普通の蛍光灯がともる。
 「いいんですか?明るくして?」
 「暗いと話しにくいでしょう。ここなら、話し声が隣にも聞こえないし」
 「蔦子さま」
 蔦子は声を出さずに笑い、
 「別に襲ったりしないわよ。ただ、話が聞きたいだけ。じっくりと、ね」
 「わたしは蔦子さまを呼びに来ただけなので、今はちょっと時間が。仕事もありますし」
 「それはわかってるから大丈夫。今週の土曜日、家に遊びに来てくれない?ただし、一人で」
 「蔦子さまの家に、ですか?」
 「そう。そうね、遅くなるかもしれないから、お泊まりの仕度してきてね」
 「そんな」
 「学校じゃ話しにくいこともあるからさ。協力してよ」
 「でも」
 「話は以上。できれば真美さんには内緒にしてね」
 「できれば、じゃ内緒話になりませんよ」
 日出実ちゃんの頬が緩む。
 「絶対に、と言っても真美さんには言うでしょ?」
 蔦子は暗室のドアを開け、照明を消す。
 二人で暗室から出たそのとき、部室のドアが開いて笙子ちゃんが入ってきた。
 「蔦子さま!日出実さん?」
 笙子ちゃんはかばんを置いて、
 「何をしてらしたんですか?」
 「ごきげんよう。ちょっと内緒話をね」
 「どんなお話ですか?」
 「だから、内緒」
 みるみるうちに笙子ちゃんの顔に不満の表情が広がる。最近、笙子ちゃん遠慮しなくなったなあ、と蔦子は思わず笑みをこぼしてしまう。
 「日出実さんに言えてわたしに言えないことがあるんですか!」
 不穏な空気を感じ取った日出実ちゃんは、
 「そっそれでは失礼します」
 とさっさと出て行ってしまった。蔦子は一歩歩み寄って笙子ちゃんの肩に手を置き、
 「あるわよ。だって真美さんのことだもの」
 笙子ちゃんはとても驚いた様子で、
 「蔦子さま、わたし」
 「真美さんと、日出実ちゃんのこと。だから、内緒なの」
 「ごめんなさい」
 「いいって」
 蔦子は笑って、笙子ちゃんを抱きしめる。けれど、そのことで泊まりに来い、と言ったことは、今は伏せておくことにする。
 「ちょっと打ち合わせがあるんで、新聞部に行ってくるね」
 笙子ちゃんは黙って頷いた。
 
 
 
 「お姉さま」
 見れば、日出実が手招きしている。真美はただならぬ雰囲気を感じつつも、もうこの二人以外いなくなった新聞部の部室の隅についていく。
 「どうしたの?」
 「実は、蔦子さまが」
 「蔦子さんが?」
 「土曜日にわたしに泊まりに来て、と言うんです」
 「ふうん」
 真美は驚きもせずに答える。
 「わたし、どうしたらいいんでしょう?」
 日出実の困惑は真剣そのものだ。真美は少し間を置いて、
 「蔦子さんね」
 と言うと微笑を浮かべ、
 「蔦子さんの悩みって、わかる?」
 「蔦子さまに悩みがあるようには見えませんが」
 「編集長への道は、まだ遠いわね」
 「お姉さま!」
 真美は近くの椅子まで戻って座ると、日出実もついてきて座る。
 「蔦子さんの悩みって言ったら、笙子ちゃんのことしかないでしょう」
 「笙子さんとはうまく行っているように見えますが」
 「そうじゃないのよ。蔦子さんはね、妹にしたいのよ」
 「妹にしたければ、すればいいじゃないですか。今すぐでも」
 真美は笑って、
 「そこよ。問題は。蔦子さんはねえ、踏み切れないのよ。いろいろあってね」
 「そのことは、わたしも知ってます。姉妹を作らない主義だとか。でも、この状況ではそんなのもはや関係ないじゃないですか」
 真美は声をあげて笑ってしまう。
 「お姉さま」
 「いい、日出実。土曜日蔦子さんのとこ行って、それ言ってやって」
 「でも」
 「お泊まり、ということに抵抗がないわけじゃないけど、一肌脱ぎましょう、蔦子さんのために」
 「脱ぐのは私なんですけど」
 真美は笑って答える。
 「蔦子さんは怖い人じゃないから大丈夫。蔦子さんは姉を持ったことがないから、姉妹のことがよくわからないのよ。もちろん、頭ではわかっているつもりだけれど、実際のところは、ね。そこを説明してあげて」
 「どうしてお姉さまではなく、わたしなんですか?」
 「わたしに聞いても「妹にしろ」としか言わないと思ってるんでしょうね。きっと」
 「それで・・・」
 「そういうことよ.。それにね、蔦子さんを取材できるなんてめったにないチャンスよ」
 「取材ですか!」
 「そうよ。校内では知らない人のないほどの有名人。それに薔薇の館にも強いコネがある。こんな人他にいる?」
 「あのう、お姉さま」
 日出実はうつむきながら、
 「わたしと蔦子さまが、その・・・というようなことは、お考えにならないのですか?」
 まいったなあ。どうもノリが悪いと思ってたら、そんな事考えてたのか。
 「蔦子さんの頭の中は写真と笙子ちゃんのことしかないから大丈夫。それにわたしと日出実はもう姉妹でしょ?それとも日出実は蔦子さんが好きなの?」
 「そんな・・・わたしが好きなのは、お姉さまだけです」
 そういう事抜きでも、確かに、蔦子さんと一対一というのは、一年生にとっては楽じゃないことかもしれない、と真美は思った。
 「蔦子さんが来てって言ってるんだから、日出実はゲスト。お客様。だから大丈夫よ」
 「はあ」
 「新聞部なら薔薇さまとも渡り合うわけだし、ちょうどいい練習になるわ。行っておいで」
 「・・・はあ」
 日出実は乗り気じゃないみたいだけれど、ここはいろいろな意味で行かせておいたほうがいいと思う。だって、そのほうが面白いし。真美は、自ら墓穴を掘る蔦子さんと、それを見逃さない日出実を想像して、笑みが湧き上がるのを抑えられなかった。
 
 
 
 土曜日。
 「それでは、行って来ます」
 「大丈夫だから。基本的に蔦子さんが話を振ってくるから、それに答える。変なこと言ったら、突っ込む。大丈夫」
 「はあ」
 部室にはまだ数人の部員が残っているけれど、真美は日出実の体に両腕をまわして、耳元でささやく。
 「大丈夫だって。本当は私も行って取材したいぐらいよ」
 真美は一度だけ腕に力を入れ、そして手を離す。
 「では」
 日出実は少し笑って、そして振り向いて、部室を出て行った。
 「ごきげんよう」
 「ごきげんよう」
 ドアを開けて出て行く日出実とすれ違いながら、笙子ちゃんが部室に入ってくる。
 「真美さま」
 「ああ、笙子ちゃんなの?蔦子さんは?」
 「蔦子さまは先にお帰りになりました。これがお約束の写真です」
 笙子ちゃんはそう言って少し大きめの封筒を真美に渡す。
 「ありがとう」
 真美は封筒を机に置くと、座ったまま笙子ちゃんを見つめる。
 「どうかなさったんですか?」
 と言う笙子ちゃんに、真美は微笑みながら、
 「近いうちにね、きっといいことがあるわよ」
 と答える。
 「いいこと?ですか?」
 「そう。今日出実が蔦」
 まずい。これはまずい。かなりまずい。思わず視線をそむけてしまった真美だが、半ばあきらめ気味に笙子ちゃんに視線を戻す。笙子ちゃんは怒ってはいないようだったが、妙に冷静な声で、
 「真美さま」
 「はい」
 真美はとりあえずとりつくろった微笑を浮かべてみる。
 「最近、ですね」
 「最近?」
 「わたしの周りで、はかりごとの気配が、するんですよね」
 笙子ちゃん、怖いよ。
 「はかりごと?」
 「そうです。真美さま、何かご存知では?」
 「そうねえ」
 とは言ったものの、どうする、山口真美。日出実を蔦子さんと対決させたいけど、このままだと多分笙子ちゃんは蔦子さんの家に行ってしまうだろう。
 「笙子ちゃん」
 「はい」
 「その件で、お話があるんだけど」
 何とか、時間を稼がないと・・・
 「学校じゃちょっとしにくい話だから、そうね・・・」
 喫茶店やファミレスじゃ二時間が限度だろう。そうだ。
 「笙子ちゃん、わたしの家に来ない?」
 「真美さまの、ですか?」
 「そう」
 真美はいたずらっぽい笑みを浮かべ、
 「念のため、お泊まりの仕度、してきてね。話が長引くかもしれないから」
 蔦子さんには悪いけど、これも試練よ。プロセスなのよ。でもお泊まりはオプション。実際にはそこまでは行かないだろう。
 「来られる?」
 笙子ちゃんは少し考えていたが、
 「わかりました。行きます」
 「おっけー。じゃ、いったん帰ってから最寄の駅まで来て。迎えに行くから」
 「はい。でも、今からですか?」
 「そう。今からすぐ」
 「お仕事大丈夫なんですか?」
 「いいの。うちの若いのにやらせとくから。三時でいいわね。じゃ、駅で」
 「はい、三時に、駅で。」
 笙子ちゃんはちょっと笑って、ごきげんよう、と言って部室を出て行った。
 とりあえず、これで大丈夫。日出実、がんばれ。蔦子さんは手ごわいぞ。
 
 
 
 それで今日出実は、横向きに自転車の後の荷台に座っているんだけど。その自転車は、蔦子さまがこいでいるんだけど。蔦子さまも無言だし、日出実も何を話題にしたらいいのかわからない。ただ、風景が流れていくだけで。ただ、風が顔に当たるだけで。もし、ここに座っているのが笙子さんなら、蔦子さまはどんな話をするのだろう。
 
 「さあ、どうぞ」
 「うわあ」
 蔦子さまの部屋は広かった。十四畳ぐらいあるだろうか。手前に本棚があり、その隣に机がある。部屋の真中に机とは別に大きなテーブルがあり、そこには写真やアルバムが散らばっている。部屋の一番奥に大きなベッドと窓がある。机の反対側の壁には、洋服やさんのフィッティングルームみたいなカーテンつきのブースがあり、見慣れない黒い機械が置いてある。
 「まあ、楽にして。日出実ちゃんはお客様だから」
 「はあ」
 「こっちへ」
 と言うと蔦子さまは部屋の真中のテーブルに歩いて行き、日出実は後をついて行く。と、テーブルの向こうにソファが見えてきて、
 「とりあえず座っててね。飲み物持ってくるから」
 「はい」
 「どうしたの。元気出す!」
 と言って蔦子さまに肩を軽くたたかれる。
 「何か、まな板の鯉、みたいな気がして」
 蔦子さまは笑って、
 「襲わないって言ったでしょう。気を楽に。じゃ」
 と言うと部屋を出て行ってしまう。日出実は部屋を見回して、テーブル脇の棚に古そうなカメラを何台か見つける。何故か白い飛行機の模型が二つ置いてある。二つとも変な形。蔦子さま飛行機好きなのかしら。
 程なく蔦子さまは戻ってきて、飲み物とコップをテーブルに並べる。
 「炭酸がダメかと思って、りんごジュースもあるわよ」
 「いえ、大丈夫です。蔦子さまはペプシ派なんですか?」
 「いや別に。たまたまよ。安かったから。ドクターペッパーとか知ってる?」
 「知ってます。新聞部ですから。「サスケ」はご存知ですか?」
 蔦子さまは声をあげて笑い、
 「マニアックになってきたわね。知ってるわよ。関東地方の一部でしか手に入らないMAXコーヒーは?」
 「知ってます。すごく甘いんですよね」
 なんか、いい感じになってきたみたい。そこで蔦子さまは身を乗り出してきて、テーブルに両肘をついてこちらを見る。
 「それで、真美さんとはどこまでいったの?」
 蔦子さま。襲わないって言ったじゃないですか。
 
 
 
 真美さまの家まで、駅から歩いて十分もかからなかった。真美さまの家は一戸建てで、広い庭があって、その一部が駐車場になっている。敷地は蔦子さまの家よりは狭いみたいだけど、家は三階建てだ。駐車場は車二台分の場所があって、一方には深緑色の自動車が止まっていて、日本の車じゃないみたいだけど、笙子にはわからない。ヘッドライトの間の銀色の格子が、斜めの線で二つに分割されている。
 真美さまが門を開けてくれるので、笙子は後をついていく。少し歩いたところにある玄関のドアを開けるとき、鍵がかかっていた。真美さまは鍵を開け、ドアを開けると、
 「いらっしゃい、笙子ちゃん」
 と言って迎え入れてくれる。
 「お邪魔します」
 と言って笙子は玄関に入る。
 「今ね、家族が誰もいないの。こっちよ」
 真美さまは廊下の左側にある階段を上っていく。
 
 真美さまの部屋は、十畳くらいあるだろうか。とにかく本がたくさんある。壁はクローゼットと思われる部分以外はほとんど本棚になっている。床から平積みされた雑誌のタワーがいくつかある。部屋の左側にたたみ一畳ほどの大きさがあるテーブルがあって、紙や雑誌が無造作に載っている。その隣に別の机があって、ベッドがその向かいにある。洋間なのに何故か部屋の中央にコタツがある。真美さまは、
 「とりあえず暖まろうよ」
 と言ってコタツに入るので、
 「お邪魔します」
 と言って笙子も真美さまの向かいに入る。お湯が沸くポットや湯のみ、おせんべいがコタツの上に載っている。
 「みかんは今切らしてるんだけど、どうぞ」
 真美さまはおせんべいの小袋を手にとって開ける。
 「お話って何ですか?」
 笙子もおせんべいに手を伸ばす。
 「ああ。蔦子さんのことなんだけどね、」
 真美さまは袋から出したおせんべいを手に取ると意味ありげに笑い、
 「どこまでいったの?」
 笙子はいまさらうそをついても仕方がないと思ったので、
 「一緒にお風呂に入って、一緒のベッドで寝ました」
 と答える。おせんべいを袋から出してふと真美さまを見ると、さっきの笑みは消えていて、おせんべいを口にくわえたまま固まっている。
 
 
 
 「どこまでって」
 「日出実ちゃんの思ったとおりに答えていいんだけど」
 そんなこと言われても。
 「し、姉妹になりました」
 「それで?」
 「それでって、それだけですよ」
 日出実はコーラを一口飲む。エアコンが効いているのか、部屋は寒くない。蔦子さまは足を組替えて、
 「別に、黒いネズミのいる遊園地まで行きました、とかでもいいのよ」
 またそんなことを言う。
 「じゃ、そこの公園までって言ったらどうします?」
 レンズの向こう側の目が細められ、
 「許さない」
 「蔦子さま」
 「ふふふ」
 蔦子さまは上体をそらしてソファに身をあずけ、
 「姉妹になったのね」
 「そうです」
 「そのときのこと、詳しく教えてくれる?」
 「詳しくって言っても」
 「別に内緒じゃないんでしょ?」
 「ええ、まあ」
 「真美さんから申し込まれたんでしょ?」
 「そんなところですけど」
 「とりあえず、その辺から」
 日出実はもう一口コーラを飲み、息を吐く。
 「お願いね」
 日出実の脳裏にあの日のことがよみがえる。
 
 その日の放課後は茶話会特集のかわら版を発行し終わった直後で、部室は独特の開放感で満たされていた。真美さまは先に他の部員を帰して、日出実と二人だけで後片付けをしている。そうは言っても、たいした仕事量ではなく、すぐに片付けは終わった。
 「帰りましょうか、日出実ちゃん」
 「はい」
 二人で部室の外に出て、真美さまがドアに鍵をかける。
 「行きましょうか」
 「はい」
 二人で並んで歩き出したけれど、真美さまはずっと無言だった。それでも、大仕事をやり終えたような満足感があって、日出実は不自然に思うことはなかった。マリア像の前で手を合わせ、銀杏並木を歩いていると、真美さまが立ち止まった。日出実も立ち止まり、真美さまのほうを向く。真美さまは微笑んだように見えた。
 「日出実ちゃん」
 「はい」
 「わたしたち、姉妹になったら、うまくいくと思わない?」
 姉妹?わたしたち?え?
 「わたしは、きっとうまくいくと思うのよね」
 中等部の頃からリリアンかわら版のファンだった。それで三奈子さまや真美さまにあこがれて、新聞部に入って、茶話会をやって。本当はその時から、少し真美さまを意識していたんだけれど。
 「日出実はどう思う?」
 今の、呼び捨てだった。新聞の発行は楽しい。でもそれを認めてくれるお姉さま。お姉さまより新聞を取る、わたしを認めてくれるお姉さま。そんな人はいない、と思っていた。思っていたけれど。
 「ねえ?」
 目からうろこって言うのは、きっとこういうことを言うのだろう。
 「はい!」
 自然に、ためらうことなく、日出実は答えた。
 「うまくいくと思います!」
 真美さまは笑って、右手を差し出した。日出実も右手を差し出し、握手する。少し力を入れて。手を離すと真美さまはその手をポケットに入れ、何かを取り出す。クロームの鎖が手からこぼれる。
 「目立つから首にかけないけど、許して」
 真美さまはそう言って、日出実の手を取る。真美さまの両手が日出実の右手を包む。硬いものが手に触れるけれど、それだけでわかる。十字の形をした、ロザリオ。
 「真美さま」
 「これからは、お姉さま、よ」
 「お、お姉さま」
 「そう。その調子」
 真美さまは微笑むと歩き出した。日出実も歩き出す。真美さまの右手が、日出実の左手をつかむ。それからずっと、二人は手をつないだまま歩いた。
 
 「・・・こんな感じ、なんですけど」
 「いい話ね。真美さんらしいわ」
 いつのまにか身を乗り出していた蔦子さまの微笑みはやさしい。
 「いい話よ。とてもいい話」
 蔦子さまは目を細めて、
 「よかったわね、日出実ちゃん」
 日出実は照れてしまって、うまく答えられない。蔦子さまはソファに倒れこみながら、
 「そうかぁ」
 とつぶやいたきり、何も言わない。そのまま時間が流れていくけれど、日出実はどうしたらいいかわからない。突然蔦子さまが、
 「真美さんのこと、好きだったの?」
 と聞いてくる。
 「そんなことないですよ」
 「ないの?」
 「いえ、好きでしたが、違うんです。真美さまは、憧れだったんです。テレビの芸能人とかと同じで。三奈子さまも。普通の生徒から見た薔薇さまみたいなものですよ」
 「それが、どうして?」
 「茶話会のときから、真美さまを身近に意識するようになりました。ほんの少し前ですよ」
 「それでどうして姉妹になれるの?」
 確かにそう聞かれると、なぜ確信が持てたのか、よく思い出せない。でも。
 「うまくいく、と思ったんです。わたしと、真美さまなら。これから、いい関係を作っていけるって」
 「結構言うわね」
 「いえ、決して、おのろけでは」
 蔦子さまは笑って、
 「日出実ちゃんと真美さんは、「これから」の姉妹、なのね」
 「はい。そうだと思ってます」
 「なるほどねぇー」
 蔦子さまはまた後に倒れ、ソファに上体を沈ませる。
 「真美さんはね、見てたのよ、日出実ちゃんを。ずっとね」
 「えっ?」
 「確証はないけど、多分ね。真美さんはセンスもあるけど、カンだけで物事を決める人じゃないわ。裏をとる、のよ」
 「そんな」
 真美さまが、わたしを見ていたなんて。日出実には、それは思いもよらないことだった。
 
 
 
 真美のあごに力が入り、パリっという音をたててくわえたままのおせんべいが割れ、そのままこたつに落ちていく。
 かまよ、かま。ちょっとかまかけたつもりだったのに。それなのに、笙子ちゃんは。「一緒にお風呂に入った」?!「一緒に寝た」?!
 「それで、それ以外は?」
 真美は思わず聞き返していた。
 「そんなこと・・・言え・・・ません」
 と言うなり笙子ちゃんはうつむいてしまう。ねえ、どうしてそんなに顔が赤くなってるわけ?どうして上半身がくねくね動いてるの?ねえ?!これは・・・これは?ちょっと待った、落ち着け山口真美。
 「言えない・・・のね?」
 「・・・はい・・・」
 先週蔦子さんの家に笙子ちゃんがお泊りしたのは確かだ。でも、そんな。そんなはずはない。真美の知っている蔦子さんは・・・
 「妹にしてもらったの?」
 「いえ・・・それはまだ・・・です・・・」
 笙子ちゃんはうつむいたままで、こちらを見ない。これはいったい何よ。何を意味しているのよ。でも、答えはひとつしかない。蔦子さんは、落ちたのだ。ああ、武嶋蔦子がやられた!落ち着け真美、話題を引き継ぐのよ。
 「姉妹にならなくてもいいの?」
 「とりあえず・・・今のところは・・・まだいいかなっ・・・て」
 何よそれ。今のところ満たされてるから、とりあえずどうでもいいってこと?満たされているって、何がよ。わたしだって、日出実とはまだ何もないのに。三奈子さまとは、まあ、なんだ、その、ね。
 真美は、急に日出実のことが気になった。蔦子さんはそんな人じゃない。そんな人じゃないけれど、このくねくね少女といったら。時計を見る。まだ六時。蔦子さんの家まで、一時間半ぐらいかかるだろうか。行ったことはないけど、住所はわかる。笙子ちゃんだって先週行ったんだから道ぐらい覚えているだろう。
 「笙子ちゃん、これから蔦子さんの家に行くから、一緒に来て」
 笙子ちゃんはまだ余韻に浸っているようだったけれど、真美は笙子ちゃんの手をひいてこたつから引っ張り出した。
 
 
 
 「真美さんは、そういう人よ。日出実ちゃんはね、選ばれていたのよ。ずっと前にね」
 蔦子さまにそう言われてから、なんだか頭がうまく働かない。思わずコップを手に取るけれど、中は空だ。蔦子さまがコーラを注いでくれるので、
 「あ、ありがとうございます」
 と言うけれど、蔦子さまの微笑みはやさしい。
 蔦子さまはもっと怖い人だと思っていた。怖いと言うか、厳しい人。でも今日はやさしくて、微笑みもやわらかで。こんな人に優しくされると、結構・・・だなあ、と。
 「蔦子さまは、笙子さんのこと、どう思ってるんですか」
 思わず口をついて出てしまったけれど、蔦子さまは驚きもせず、
 「好きよ」
 「妹にはなさらないのですか?」
 「わからない」
 「姉妹は作らない、と聞いていましたが?」
 「前は、そう思ってた」
 蔦子さまはジュースを一口飲み、テーブルに両肘をつく。
 「姉妹になってもいいけど、そういう形にこだわらなくても、とも思う」
 「笙子さんとは、どこまで行ってるんですか?」
 「遊園地。黒いネズミのね」
 と言って蔦子さまは笑う。
 「こだわらなくてもいいですけど、姉妹、という制度があるんですから、使ったほうがお得ですよ」
 「お得?面白いこと言うわね」
 「笙子さんも、そのほうがうれしいと思いますよ」
 「どうしてそんなことがわかるの?」
 蔦子さまの声はおだやかで、問い詰めている感じじゃなくて、真意を知りたいような感じだ。
 「わたしは現役の妹ですから」
 蔦子さまの表情が変わらないので、日出実は続けた。
 「それにですね、お二人とも、バレバレなんですよ」
 「バレバレ?」
 「そうです。ロザリオがなくったって、蔦子さまはもう笙子さんに拘束されてるんですよ」
 蔦子さまは両手を日出実の肩にあててきて、日出実はそのままソファに押し倒された。蔦子さまの顔が、すぐ近くにある。何も言わず、まっすぐこちらを見つめている。縁なしレンズの向こう側の、黒くて澄んだ瞳。蔦子さまはさらに顔を近づけてきて、二人の額が触れ合う。キスできそうなほど近くにある蔦子さまの唇が、
 「バレバレなの?」
 と言う。日出実は事態を把握できなくて、何をどうしたらいいのかわからない。
 「そ・う・な・の・?」
 蔦子さまの唇が動く。
 「・・・は・・・い・・・」
 日出実はやっと声を絞り出したが、蔦子さまはそのまま動かない。
 電話が鳴った。
 蔦子さまは微笑むと上半身を起こし、
 「いいところだったのにね」
 と言って日出実にウィンクをし、机のほうに歩いていく。受話器を取った蔦子さまが、
 「どちらさまですか?」
 と言うのが聞こえる。
 「真美さん?!どうして?!」
 日出実はソファから体を起こして、蔦子さまの声を聞く。え?お姉さま?
 「わかった。今行くから」
 蔦子さまは日出実の方を向き、
 「ちょっと待ってて」
 と言うと、部屋を出て行ってしまった。
 
 
 
 どうも変だ、と思っていたので、ちょっと考えたけれど、真美さまの家に行くことにした。罠かもしれないけど、何の罠だというんだろう。それで蔦子さまのことを聞かれたので、先週のことを思い出してつい浸っていたら蔦子さまの家につれてこられてしまった。 蔦子さまの部屋のソファには、奥のほうから日出実さん、真美さま、笙子の順に座った。蔦子さまは真美さまと笙子にコップを置くと、笙子の隣に座る。笙子は蔦子さまの体に自分の体をくっつけて、蔦子さまの腕を取る。蔦子さまは何も言わない。
 「日出実に何かした?」
 真美さまが言う。笙子は蔦子さまの顔を見る。
 「別に、何も」
 とても素早いウィンクが二度。
 「本当なの?日出実?」
 「ほ本当です」
 「話を聞いただけよ。いろいろとね」
 「どんな?」
 「なれそめ、とか」
 「話したの?」
 「いえ、あ、はい、一肌脱ぐわけですから」
 「そうかー」
 真美さまは、まいったな、という感じで頭を抱える。
 「どうしたの、真美さん」
 蔦子さまは微笑みながら、
 「真美さんが行けって言ったんでしょ」
 「そうだけど」
 真美さまの様子がおかしい。昼に会った時はずいぶん余裕があったみたいだけど、今はなにか慌ててる。
 「日出実」
 「はい」
 「あれは言ったの?」
 「あれって何?」
 蔦子さまは余裕で、この状況を楽しんでるみたい。日出実さんと何があったのか気になるけれど、笙子は何故かあまり心配していない。
 「言いましたよ。「蔦子さまはもう笙子さんに拘束されている」って」
 「それね。それは結構きたわよ」
 真美さまの顔に笑みが戻り、
 「おっけー。よくやった。それで蔦子さんは何て?」
 「それは・・・」
 「日出実ちゃん、それは内緒にしましょうよ」
 「はあ」
 「話してよ、日出実」
 「話せる?」
 蔦子さまが笑う。日出実さんが言葉に詰まる。笙子もそれはちょっと気になる。
 「日出実」
 「あの」
 蔦子さまが遮って言う
 「食事にしましょう。お腹がすいてると変なもめごとになりがちだから」
 「もめるって何よ」
 「まあまあ」
 蔦子さまはただ笑って席を立つ。
 
 一階のダイニングに真美さまと日出実さんが座っている。笙子は蔦子さまの後をついてキッチンに入る。蔦子さまは冷蔵庫から大きなサラダボウルを出している。
 「お手伝いします」
 笙子が言うと、
 「じゃ、これ並べてね。ご飯もよそって。食器はこっちにあるから」
 「はい」
 蔦子さまはおなべから赤い煮物をよそっている。何かのトマト煮みたい。それをレンジに入れて温める。真美さまと日出実さんが話しているみたいだけど、よく聞こえない。
 「出来たわ。運びましょう」
 「はい」
 
 「簡単だけど、みなさんどうぞ」
 「いただきます」
 「これ蔦子さんが作ったの?」
 「ううん。温めただけ」
 「まあ、そんなもんよね」
 「お褒めに預かり光栄です」
 もしかして変な雰囲気になったらどうしよう、と思っていた笙子だったが、とりあえず大丈夫なようで安心した。日出実さんと蔦子さまの間で何かあったみたいだけど、今じゃなくて後で二人になった時に聞いてみようと思う。真美さまは、笙子に「いいことがある」と言っていたから、多分大丈夫なはず。
 「蔦子さん、さっきのことだけど」
 「後で。食べ終わってからよ。満腹になってからじゃないとね」
 蔦子さまはスプーンを口に運ぶ。笙子は日出実さんの目が泳いでいるのを見た。
 
 二階の蔦子さまの部屋の戻る時、クッキーの袋とポットを持って上がった。蔦子さまは人数分のカップを持っている。部屋に入ると蔦子さまは手早くカップを並べ、ポットのお湯を使って紅茶を淹れる。ティーバッグだけど、見たことのない箱だ。
 真美さまがクッキーをかじりながら、
 「それでどこまで聞いたんだっけ?」
 「わたしが日出実ちゃんから一撃を食らったとこまで」
 「ああ、拘束されている、ね」
 笙子は蔦子さまの体に自分の体をくっつけて座り、蔦子さまの腕を取る。
 「こんな感じでね」
 蔦子さまが笑う。
 「そんな。別にわたしは何も」
 笙子は蔦子さまの顔を見るが、蔦子さまは笑ったままで、
 「いいのよ、それで。いいの」
 「それで蔦子さんは何て?」
 「わたしね、悔しかったのよ。図星だったから。だから日出実ちゃんを押し倒しちゃった」
 「ちょっと、蔦子さん」
 真美さまが思わず立ち上がる。笙子も驚いて、蔦子さまをの腕を持つ手に力が入る。日出実さんはうつむいている。
 「ちょっと揺さぶってみようって言うのかな。日出実ちゃん面白いこと言うから、もっと図星のセリフが出てくるかと思って。変なことはしてないわよ」
 「押し倒しといて変なことしてないの?」
 「してないわよ。そこで真美さんたちが来て、おしまい」
 真美さまは座って、
 「日出実、本当なの?」
 「本当です」
 「本当に?」
 「本当です!」
 「日出実ちゃんをそんなにいじめないでよ」
 蔦子さまは笑っているけれど、でも笙子はやっぱり気になったので聞いてみた。
 「本当なんですか?」
 「笙子ちゃん」
 「少し気になります」
 蔦子さまの顔を困惑がよぎるけれど、
 「おでこは、くっつけた」
 「蔦子さん!」
 真美さまがまた立ち上がる。
 「そのくらいなら、いいです」
 笙子は蔦子さまをつかむ手に少し力を入れる。
 「日出実!」
 「真美さん、落ち着いて。日出実ちゃんは、ちゃんと役目を果たしたわよ」
 蔦子さまは紅茶を一口飲むと、
 「笙子ちゃんがいると言いにくいけど、わたしが欲しかったのは、言い訳。言いにくいなあ。日出実ちゃんはそれを二つくれた。もともと真美さんが日出実ちゃんを、わたしをけしかけるためによこしたんでしょ?」
 「確かにそうだけど」
 「それなら日出実ちゃんをほめてあげて。立派なものよ」
 「言い訳って、何の言い訳ですか?」
 「笙子ちゃん」
 「教えてくれませんか?」
 「笙子ちゃん・・・」
 蔦子さまは紅茶を飲み干した。真美さまがいつのまにか座り、身を乗り出している。
 「なんかすごく恥ずかしいんだけど」
 真美さまはクッキーを手に取り、
 「いいから続ける」
 蔦子さまは深呼吸して、
 「日出実ちゃんがくれた言い訳は二つ。「もう拘束されている」と「お得」」
 「うん。いいセンいってると思うわ」
 真美さまは日出実さんの頭にぽふ、と手を乗せる。
 「あの、だから、それは、なんの言い訳なんですか?」
 「笙子ちゃん・・・」
 「笙子ちゃんはねえ、もうあっち行っちゃってるからわからないのよ」
 真美さまが笑っている。
 「こういうことなのようっ」
 蔦子さまが覆い被さってきて、笙子はそのままソファに押し倒された。その後のことは、よく覚えていない。
 
 
 
 笙子ちゃんがみんなでお風呂に入りましょう、と言ったけれど、日出実ちゃんに却下された。真美さんがお泊りの仕度をしてきてなかったけれど、タオルやパジャマぐらいなら余分なのはあるから、別に困らなかった。二階の浴室で、順番にシャワーを浴びた。
 
 蔦子は部屋を見回して、
 「真美さんと日出実ちゃんはベッドで寝て。わたしと笙子ちゃんはソファで寝るから」
 「いいの?蔦子さん、ソファ狭いよ」
 「何とかなるでしょ。ね、笙子ちゃん」
 「はい!」
 念のため布団を二組持ち込んだけど、大丈夫、かな。
 見ると真美さんと日出実ちゃんはもうベッドに入っている。
 「夜中に変な声聞かせるんじゃないわよ」
 真美さんが笑う。
 「そっくりそのままかえすわ、そのセリフ」
 蔦子はソファに笙子ちゃんと並んで、というかくっついて横になる。ちょっときついかな。とりあえず毛布だけかけてもぐりこんでみる。エアコンが効いているので寒くは無い。これで大丈夫かな。
 「笙子ちゃん、平気?」
 「大丈夫です」
 くっついているというか、抱き合ってないとうまく眠れないような気がするけど、まあいいや。そういうこともあるでしょ、長い人生なんだから。でも結局、うまく眠れなくて、もう一つの布団をソファの足元に敷いて、蔦子はそこにもぐりこんだ。
 
 
 
 目覚めると、笙子ちゃんが隣に寝ていた。確か笙子ちゃんはソファに寝てたんじゃなかったっけ。この際別にいいか。笙子ちゃんの寝顔を見ていると、キスしたい衝動に駆られるけれど、真美さんがいることを思い出してそれはやめておく。布団から抜け出してベッドの方に行ってみる。まだ真美さんも日出実ちゃんも眠っている。真美さんの寝顔見たのって、修学旅行以来か。日出実ちゃんもかわいいなぁ。真美さんが面白がって日出実ちゃんをよこしてくれなければ、あの「言い訳」は手に入らなかった。そう、そんな程度のことでよかったのだ。蔦子がソファに戻ると笙子ちゃんが目を覚ましていて、
 「おはようございます」
 と言う。
 「おはよう。お腹減った?」
 「少し」
 「じゃお茶のしたくしましょう。サンドイッチがあるから。真美さんたちもそのうち起きるでしょ。一緒に来てくれる?」
 「はい」
 
 真美さんはサンドイッチの包みをひっくり返しながら、
 「賞味期限は大丈夫なの?」
 蔦子は笑って、
 「先週の残りじゃないわよ。新しいから大丈夫。」
 と言い、包みを開ける。
 「どうして先週のことを真美さまが知ってらっしゃるのですか?」
 「真美さんはね、何でも知ってるのよ」
 「説明してないの?」
 「ない。部室で盗み聞きしてたなんてことは」
 「蔦子さん!」
 「真美さま!」
 蔦子は笑いながら、
 「先週夜に電話がかかってきたでしょ、笙子ちゃん」
 「はい」
 「あれ、真美さんの冷やかしだったのよ」
 ツナサンドを食べていた笙子ちゃんの口の動きが止まる。
 「ねえ、日出実ちゃん」
 「あの時は大変だったんですよ。お姉さまが」
 「日出実!」
 蔦子は笑いが止まらない。
 「あの、わたしだけ、いつも仲間はずれのような気がするんですが、合ってますか?」
 「違うわよ、笙子ちゃん。真美さんがちょっかい出してくるから、わたしのところで止めてるのよ、いつも」
 「じゃあ、一番悪いのは真美さまなんですか?」
 「そのとおり」
 「蔦子さん・・・勘弁してよ」
 真美さんはサンドイッチを持った手をテーブルに置いてしまい、日出実ちゃんは苦笑している。
 
 
 
 紅茶が行き渡ると、笙子は両手でカップを包むように持ち、一口啜る。ちょっと熱い。日出実さんが蔦子さまと何か話し、笙子は変だと思って真美さまの家に行った。でもその後、蔦子さまのことを思い出したらなんだか照れちゃって、気がついたらここにいて、またお泊まりしてしまった。笙子以外の三人で結構話し込んでいたけれど、「言い訳」ってなんだろう。笙子としては、先週蔦子さまと仲良くなれたので、今じゃなくても近いうちに妹にしてもらえるものだとばかり思い込んでいた。だからなぜここで言い訳が出てくるのかわからなかったけれど、今、なんとなくわかった。蔦子さまは、まだ悩んでいるのだ。でも、うぬぼれかも知れないけれど、それは時間の問題のようにも思える。だから真美さまが慌てていた時も落ち着いていられたし、今だってこうして、蔦子さまに体をくっつけて座っていても、蔦子さまは拒否しない。
 「それで、どうするの蔦子さん」
 「どうって」
 「言い訳はそろったんでしょ?」
 「ああ、それね。確かにそろってる。日出実ちゃんのおかげよ」
 蔦子さまはカップを置いて、
 「潮時かな」
 と言って立ち上がる。蔦子さまは机に歩いていき、引き出しから何かを取り出して戻ってくる。蔦子さまの手からこぼれる、クロームの鎖。
 「蔦子さん?!」
 真美さまが声を上げるけれど、蔦子さまは微笑んでいて、笙子に歩み寄り、鎖の輪を広げる。
 「みんなパジャマとか着てたりするんだけどいいの?」
 「こういうのもありでしょ。それに、学外のことは記事にできないしね」
 と言って蔦子さまは笑う。
 「笙子ちゃん、受けてくれる?」
 笙子には何が起こったのか一瞬わからなかったけれど、目の前で揺れる十字架を見て、その向こうに見える蔦子さまの笑顔を見たら涙があふれてきて。
 「はい」
 と言うのがやっとで。
 蔦子さまはそのまま鎖を笙子の首にかけて、笙子を抱きしめてくれる。ずっとずっと、抱きしめてくれる。
 「日出実」
 「はい」
 「この人達、どうする?」
 「どうすると言われましても」
 「なんか抱き合ったまま動かないし」
 「はあ」
 「とりあえず、お茶でも飲む?」
 「はあ」
 
 
 
 四人で駅前のレストランに行った。いわゆるファミレスで、安いところ。席につくと、水とメニューが運ばれてくる。真美さんがコップを持って、
 「じゃ、水だけど、とりあえず乾杯」
 「水はお別れのときじゃなかったっけ?」
 と蔦子が言うと、
 「コップだからいいのよ。あれはおちょこ」
 「じゃ、とりあえず」
 蔦子はコップを持ち上げる。
 「新姉妹の誕生を祝してね」
 「照れるよ」
 四人でコップを軽くぶつけ合う。
 「何食べる?日出実?」
 「今日は真美さんのおごりじゃないの?」
 「なんで蔦子さんにまでおごんなきゃいけないのよ」
 「お祝いしてくれるんじゃないの?」
 「それは、さっきのでおしまい」
 「水なの?」
 蔦子は声をあげて笑ってしまう。
 「蔦子さま」
 「ああ笙子ちゃん、ごめん。ちょっとおもしろかったから」
 「蔦子さん」
 真美さんが真面目な顔をして、こちらを見ている。
 「蔦子さん、違う」
 「何?」
 真美さんはこちらを順番に指差しながら、
 「「笙子」、「お姉さま」」
 蔦子は思わず笙子ちゃんを見ると、笙子ちゃんもこちらを見ている。
 「し、笙子は何食べる?」
 「お、お姉さまと同じ物がいいです」
 「先が思いやられるわね、日出実」
 「はあ」
 
 
 
 (おしまい)
 
 
 
 
 あとがき
 
 ごきげんよう、浜野黒豹です。このお話は、笙子同盟さまの笙子祭IIに寄稿した「お泊りでGO!」の続きになっています。そちらを先に読んでいただくと、「先週」に何があったのかわかって面白いと思いますのでそちらもどうぞ。「お泊りでGO!」では期待をもたせた終わり方になっていたので、期待を裏切らないよう、今回のお話で決着をつけました。
 いやしかし、蔦笙真美日出実は書くのが楽しいですね。今回のメインは「蔦子X日出実」なのですが、某Y氏に「お風呂ベッド描写禁止!」とお題を出されたのでそのようにしてあります。ベッドの描写は、ちょっとだけあるんですけどね。真美さんと笙子ちゃんが乱入してくるのもその辺の配慮からのものなんです。そのおかげで四人が集まって、とても楽しく書くことができました。私の描く真美さんは少し荒っぽいかもしれませんが、蔦子さんとのやり取りから、二人の間の友情なんかを感じていただけたらいいな、と思っています。
 それではみなさんごきげんよう。ご意見ご感想お待ちしています。
 
 
 
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