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							| ガナッシュケーキとフルーツタルト 
 
 新学期になってからは、蔦子さまと一緒ではなく、一人で撮影に出るようになった。とは言っても、まだその回数は多くはないんだけれど。
 「行ってらっしゃい」
 蔦子さまはそう言って軽く手を振ると、やわらかく微笑む。
 「行ってきます」
 笙子はそう言って部室を出て、ドアを閉める。蔦子さまは今日は暗室にこもると言っていた。笙子は今日は何を撮ろうかと思っていたが、なんとなく部活動ではなく普通の生徒の日常を撮りたい、ような気がする。それで笙子は、下校する人並みなんかを眺めてみようと思い、クラブハウスを出る。スタート地点はどこがいいだろう。いったん校門まで行き、戻ってくるのも一つの方法だが、今日はそんな気がしない。普通に、中庭あたりから校門に向かっていった方がいいような気がする。そんな気がする。
 
 
 
 中庭は薔薇の館に面していることもあり、下校する生徒を追うのには適切なスタート地点だと思う。笙子はカメラの電源を入れ、液晶が灯るとレンズを適当に中庭に向ける。ファインダーに入った生徒のうち何人かが手を振る。笙子は右手を軽く振り返してからシャッターボタンを押す。そのとき、すぐ近くの後から、
 「笙子ちゃん」
 と声をかけられた。笙子は驚いてカメラを下ろし、振り向く。
 「ごきげんよう。調子はどう?」
 と言うのは黄薔薇のつぼみ、島津由乃さま。
 「ごきげんよう。調子は、ぼちぼちです」
 「なあに、それ」
 由乃さまが笑う。
 「蔦子さんは一緒じゃないの?」
 「独り立ちする訓練なので、今日は一人です」
 「そうなの?それならよかった。蔦子さんとケンカしたのかと思ったわ」
 由乃さまは顔を近づけてきて、
 「ところで蔦子さんとはどこまで行ったの?」
 からかわれているのだということは笙子も当然わかっていて、適当に答えればよかったのだが、思わず口をついて出たのが、
 「菜々さんとはどうしていらっしゃいます?」
 由乃さまの顔から笑みが消え、
 「笙子ちゃんは、どうしてその名前を知っているの?」
 と一歩笙子のほうに歩み寄り、さらに顔を近づけてくる。
 しまった。まずい。これはまずい。きちんと説明しないと、と笙子が慌てている間に、由乃さまは体を起こして少し考えているようだったが、
 「おのれ武嶋蔦子!」
 と言って走り出そうとするので、笙子は由乃さまの腕に飛びついて引き止める。
 「違うんです由乃さま!」
 「何が違うの!」
 由乃さまは立ち止まったけれど、語気は荒い。笙子は腕を放した。
 「説明してみなさい!」
 笙子は小声で言った。
 「クラブハウスはそっちじゃなくて、あっちです」
 
 
 
 振り上げた拳云々とは言うけれど、道を間違えるようでは仕方がない。由乃は深呼吸をすると、中庭のベンチの上に座った。右手で自分の座った右隣を指して、笙子ちゃんに座るように促す。笙子ちゃんは遠慮がちに近づいてきて、少し離れて座る。
 「もっと近くに来なさい。ここは人目もあるから、仲のいいところをアピールしないとね」
 笙子ちゃんは座ったまま足をずらしてこちらに寄ってくる。
 「よろしい。で、さっきの件だけど」
 「すみません。私の不手際です」
 申し訳なさそうに笙子ちゃんが言う。
 「何が不手際なの?」
 「名前を出してしまったことです。菜々さんの」
 「クリスマスパーティーの写真を笙子ちゃんに見せたことは蔦子さんの不手際じゃないの?」
 「私も写真部ですから、蔦子さまの撮った写真を見ることはあります。蔦子さまの不手際ではありません。写真の内容を口外した私の不手際です」
 「まあ、当事者に向かって言ったのが不幸中の幸いというわけか」
 「そう思っていただけると助かります」
 笙子ちゃんは目を落とし、首から下げたカメラを見ている。
 「蔦子さんのポリシーはわたしも知ってるわ。それも含めて、笙子ちゃんは修行中の身であり、必ずしも完全ではない、と」
 「申し訳ありませんが、そうです」
 「わかった。他に言いたいことは?」
 笙子ちゃんは目を上げて、
 「言ってもいいですか?」
 この反応はなんだろう。蔦子さんを悪者扱いしたのが良くなかったかな、と由乃は思うけれど、
 「まあ、この際だから言ってみたら?」
 笙子ちゃんは下を向き、
 「蔦子さまのことを、言われたくなかった、というのはあります」
 「うん。それはちょっとね、わたしも悪かった、と思ってる」
 「いえ、そうではないんです」
 「どういうこと?」
 笙子ちゃんは下を向いたまま、小さな声で言った。
 「・・・冷やかしです」
 由乃は思わず笑ってしまう。そうか、そっちのほうか。
 「聞いていただけますか?真美さまなんかひどいんですよ」
 なんだか意外な展開になってきた。笙子ちゃんいいのかそれで、と思わないでもないが、由乃は笑って次の言葉を待つ。
 「真美さまは原稿に煮詰まると写真部に冷やかしに来るんですよ。なんだかんだと言っては、最後はいつも「まあわたしはもう妹をつくっちゃったけどね」ですよ。たまりませんよ」
 由乃は声を上げて笑ってしまった。
 「由乃さま!」
 「ごめん、笙子ちゃん、ちょっとおもしろかったんで、つい、ね」
 由乃は体を笙子ちゃんに向けて座りなおした。
 「笙子ちゃんは写真部に入ったから、もう蔦子さんは時間の問題だと思っていたけど、そうでもないのね」
 「全然そうじゃないですよ。蔦子さまは優しいですけど、踏み込んでくれないし」
 「苦労してるんだ」
 「苦労してますよ」
 由乃の脳裏を菜々の顔がよぎる。有馬菜々。令ちゃんのことは知ってて、冒険好きで、由乃と遊んでくれるけど、由乃自身のことにはあまり興味がない様子。今のところは。
 同じだわ、わたしと笙子ちゃん。
 「わたしもね、実は苦労してるんだ」
 「そうなんですか?順調とお見受けしましたが」
 「それが、そうでもないのよ」
 由乃はそう言って笑った。想い人のことで愚痴りあってるなんて、こんな状況、変だ。
 「わたし達、変よね。こんな話題で盛り上がって」
 「そうですよね」
 笙子ちゃんも笑う。細い髪が緩やかに揺れ、綺麗な子だな、と由乃はあらためて思う。もう少し、この子と話がしたい。でも少し冷えてきたし、さて、どうするか。
 「日曜日、どこか外で会えない?」
 「えっ?」
 「学校じゃ話しにくいこともあるからね。それとも、予定がある?」
 「いいえ。でも」
 「でも、何?」
 「泊まりに来て、とか言いませんよね?」
 「そんなわけないでしょ。なあに、蔦子さんの家にはもう行ったの?」
 「いえ、それは、別に、えーと」
 「その辺もじっくり聞かせてもらうから」
 由乃は笑って立ち上がり、スカートを手ではらってプリーツを整える。笙子ちゃんも立ち上がった。カメラの電源がいつのまにか切れているようだ。
 「午後のほうがいいでしょう。駅に2時ぐらいでいい?」
 「はい」
 「カメラ、持ってこないでね」
 笙子ちゃんは笑って頷いた。
 
 
 
 その喫茶店は、笙子も見かけたことがある。駅前から一つ入った通りにある古風な店だ。でも不定期に休業するのか、シャッターが降りていることのほうが多いように思える。
 「ここでいい?」
 「はい」
 「一回入ってみたかったのよね、ここ」
 「私もそうですけど、ここちょっと硬派な感じがしませんか?」
 「そう?ケーキセットがメニューに出てるから大丈夫だと思うけど?」
 由乃さまが指差す先には、目立たないが小さな黒板のような看板が置いてあり、チョークで「本日のケーキ」について書いてある。
 「大丈夫そうですね」
 「硬派な喫茶店って何?コーヒーに砂糖入れるとマスターに怒られるとか?」
 笑って由乃さまはドアをあけ、中に入る。笙子も後に続く。
 喫茶店の中は思ったより広く、通りに面しているので明るい。
 「いらっしゃいませ。お好きな席へどうぞ」
 店員の女性が声をかけてくる。由乃さまと笙子は軽く頭をさげ、少し奥に入った窓際の席に座る。先ほどの女性が水とメニューを持ってくる。
 
 
 
 由乃さまとは初対面ではないし、普段学校で会話が全くないわけでもない。でも、何気ない、他愛のない会話がこうも続けられるとは思わなかった。金曜日に、会ってくれ、と言われたときはちょっと緊張したけれど、全然大丈夫で、今は由乃さまは黄薔薇さまの作るパウンドケーキがいかにおいしいか、について熱く語っている。
 笙子は中等部のときからリリアンかわら版で由乃さまのことを知っていた。その当時は純情可憐な美少女という印象を持っていたが、高等部での由乃さまはバレンタインイベントにフライング参加したときに見たあのスカートばっさばさで走る姿を思い出すまでもなく、活動的でかっこいい人だ。最初元気な由乃さまを見たときはちょっとイメージのギャップがあって驚いたけれど、病気を治して元気になったのだから、元からこういう人だったのだろう。ケーキがテーブルに置かれたので、笙子はフォークに手を伸ばす。
 「わたしたちって、どういう風に見えるかな?」
 由乃さまが突然話題を変えた。
 「どうって、言われましても」
 「赤の他人から見たら、よ」
 「友達か、姉妹なんじゃないですか?」
 「姉妹、ね」
 「あ、いえ、実のって意味ですよ」
 由乃さまは笑って、
 「リリアンって、ちょっと変わってるよね」
 「そう言われれば、そうかもしれませんね。私は姉がいるので慣れましたが、「実の」っていうのには抵抗があります」
 「慣れてるのに抵抗があるの?」
 由乃さまはフォークをお皿に置き、微笑む。
 「変ですね」
 笙子も笑う。なんだか今日の由乃さま、とてもいい感じ。
 「わたしたちも、変?」
 「わたしたち?なぜですか?」
 「だってほら、わたしたちは元カレ、元カノなわけだから」
 由乃さまはフォークを持つとシフォンケーキを切り始める。生クリームが山のように盛られている。
 「そういう二人が外で会ってたら、ヤバくない?」
 確かに笙子は由乃さまの妹になろう、と思っていたことは事実だし、
 「わたしもね、一時は笙子ちゃんを妹に、って考えていたのよ。結構真剣にね」
 そうは言っても、由乃さま。元カノって。
 「菜々はねぇ、わたしのことに、いまいち興味がないみたいなのよ」
 「由乃さま、それをわたしに言っていいんですか?」
 「いいの。聞いてちょうだい」
 「はあ」
 「令ちゃんに興味はあるみたいなんだけど。もちろん剣道の先輩としてだろうけど。令ちゃんは強いからね」
 由乃さまは一度窓の外に目をやり、
 「それでいろんな口実で菜々を連れ出したりして、それはそれで楽しかったんだけど」
 フォークが真上からシフォンケーキに刺さる。
 「菜々はイベントそのものが楽しいみたい。わたしのことはどうでもいいみたい」
 「そんなことはないと思いますけど」
 何を言うのが適切なのかわからないけど、とりあえず笙子はそう返した。
 「こういう話って、誰にでもできるってわけじゃなくてね」
 由乃さまが笙子をまっすぐ見る。
 「令ちゃんとか祐巳さんとか志摩子さんには言いにくいし、真美さんじゃ記事にされちゃうかもしれないでしょ」
 「真美さまは大丈夫ですよ」
 笙子は笑って、
 「蔦子さまはどうですか?相談に乗ってくれると思いますけど」
 「ねえ笙子ちゃん」
 「はい?」
 「蔦子さんは祐巳さんのことで何か言ってなかった?」
 笙子には由乃さまの意図がよくわからないけれど、
 「そういえば最近祐巳さまが以前のように相談に来ないのでさみしいとか言ってました」
 「そのとき笙子ちゃんなんて思った?」
 「え?」
 「誰にも言わないから」
 由乃さまは微笑む。黒く澄んだ瞳。とても綺麗。耳のあたりで切りそろえた髪がわずかに揺れる。
 「ちょっとだけ、なんだとこのやろーって思いました」
 由乃さまは笑って、
 「でしょう?」
 「ちょっとだけですよ!」
 「ふふふ」
 紅茶のカップを持ち上げ一口飲むと由乃さまは、
 「だからね、笙子ちゃんがいいな、と思ったのよ。金曜日にね。」
 「あのときにですか?」
 「そう。「おのれ武嶋蔦子!」のとき」
 それなら笙子にもなんとなくわかる気がする。由乃さまと笙子は一時は姉妹を意識した仲で、でも今は適当に距離がある。
 「縁あってわたしと笙子ちゃんは姉妹にはなれなかったけどね」
 「それは縁がないと言うのでは?」
 「今こうして一緒にケーキを食べる縁ならあるみたいよ」
 由乃さまは切ったケーキにクリームを引っ掛けて口に運ぶ。
 「そういうわけなんで、蔦子さんのことで誰にも言えないこと、言ってもいいわよ」
 「そ・・・そうですか」
 「苦労してるって言ってたじゃない」
 確かに、真美さまや日出実さんや、もちろん蔦子さまに言えないことでも、由乃さまには言えるような気がする。
 「ねえ」
 首をわずかにかしげる由乃さまの長い髪が滑らかに動く。こういう縁もありかな、と笙子は思う。
 
 
 
 「蔦子さまは優しいです」
 と言う笙子ちゃんの前に置かれたガナッシュのケーキに、真上からフォークが突き立てられている。
 「蔦子さまは、ですね」
 と言いかける笙子ちゃんだが、そのまま下を見て黙ってしまう。
 「なによ。最後まで言った方が体にいいわよ」
 「そうですか」
 「そうよ」
 笙子ちゃんは目を上げて、
 「蔦子さまは、受け入れてくれます」
 「それは聞いた」
 「でも、ですね、」
 笙子ちゃんはフォークを持つとケーキを切るが、そこで動きが止まってしまう。
 「だから、体に良くないわよ」
 由乃は明るく微笑む。笙子ちゃんはフォークを持ったまま深呼吸して、
 「わたしが欲しいのは、手ごたえ、なんです」
 面白くなってきたぞ、笙子ちゃん。
 「手ごたえ?」
 「そうです。なんと言うか、気に入られていると言うか」
 「愛されているという?」
 笙子ちゃんはまた下を向き、
 「・・・そうです」
 と答える。由乃は笑みを抑えつつ、
 「蔦子さんは、応えてくれてる、と思うけどな」
 「そうですか!」
 笙子ちゃんは目を見張り、こちらを見ている。由乃は身を乗り出して、
 「蔦子さんは厳しいから、気に入られてなきゃ今の笙子ちゃんのポジションにはいられないと思うわけよ」
 笙子ちゃんは由乃の話を黙って聞いている。
 「中途半端ってことを、蔦子さんは嫌うわけ。きちんとしてるのよ」
 「それなら、なぜ」
 笙子ちゃんも身を乗り出してくる。
 「結果として、中途半端になってるだけよ。蔦子さんはああだから、受け入れに時間がかかってるだけ。世の中は、イエスとノーだけで出来てるわけじゃないから」
 「そう・・・ですか」
 「状況から見て、蔦子さんは時間の問題だわ。その間、笙子ちゃんは今のペースで押しつづけてればおっけー」
 「時々引いたりしなくても大丈夫ですか?」
 由乃は思わず笑ってしまう。
 「由乃さま!」
 「ごめん。ちょっと意外だったから。でもね、蔦子さんに駆け引きはいらないわ。そんな人じゃないから。だから素直に想いをぶつけてれば、必ず答えを出してくれるわ」
 「そうでしょうか」
 笙子ちゃんは上体を起こして椅子に座りなおす。
 「蔦子さんはね、嫌なら最初からはじくわよ。今写真部にいて、蔦子さんのそばにいられる、という現実が何よりの証拠」
 「由乃さまから見てそう見えるのなら、きっとそうなんでしょうね」
 「そうよ。そうに決まってるでしょ」
 由乃がそう言って微笑むと、笙子ちゃんもちょっと、笑った。
 
 
 
 「菜々はねぇ」
 「お聞きしました、先ほど」
 「わたしのことはとりあえずどうでも良くて、純粋にイベントが面白いみたい」
 「それもお聞きしました。先ほど」
 笙子は二杯目の紅茶を一口飲む。
 「どう思う?」
 と言って由乃さまはテーブルにひじをついて頬杖になる。
 「普通だと思いますよ」
 「え?」
 笙子の答えに由乃さまは少し驚いたようだったが、
 「教えてくれる?」
 「はい」
 笙子は苺のケーキを口に運ぶ。このケーキは二つ目だ。チョコレートを食べた後は、酸っぱいデザートを食べたくなるものだ。
 「中等部の生徒にとって、高等部の山百合会は憧れなんです。テレビの女優と同じで、手の届かない世界だと思ってるわけです」
 「そうなのかな?」
 「由乃さまはそうじゃありませんでしたか?」
 「いやわたしは、令ちゃんばっかり見てたから」
 「そ、そうですか」
 「おのろけ勝負なら負けないわよ」
 そう言って差し出された由乃さまの手にあるクロームのフォークには、薄く切ったりんごが刺さっている。由乃さまが食べているのはフルーツ満載でカスタードクリームの入ったタルトだ。シフォンケーキはあっさりしすぎだったのだろうか。
 「ですから、菜々さんは、幻惑されているんだと思うんです」
 「幻惑?」
 「はい。いきなり黄薔薇のつぼみに山百合会に連れてこられて、今までと全く違う、憧れの世界に巻き込まれているわけです」
 「ふーん」
 「そこでは驚くことや楽しいことばかり起きていて、菜々さんにはそれを楽しむのが精一杯なんです」
 「そうは見えないけどな」
 由乃さまは手を引っ込めて、りんごをかじる。
 「それで、出来事をこなすのに精一杯で、その後ろにある人の気持ちまで手が回らないんです」
 「本当?」
 「わたしが菜々さんなら、絶対そうなりますよ」
 「本当にそう思う?」
 「本当です」
 「そうかあ」
 由乃さまは上半身を引いて椅子の背もたれに身を預ける。
 「考えてください。もし中等部のわたしが、蔦子さまに発見されてそのまま高等部の写真部に出入りするようになって、おまけに薔薇の館に連れて行かれたりしたら」
 「そりゃ大変だろうねぇ」
 「蔦子さまどころじゃありませんよ、きっと。でも、それでもわたしはちゃんと蔦子さまのこと見てますけどね」
 由乃さまが笑う。
 「負けませんよ」
 笙子もそう言って笑う。
 「菜々さんはまだ中等部で、由乃さまとお付き合いするようになって日が浅いですから、まだまだこれからですよ」
 「なるほどね」
 「菜々さんが高等部に入ってからだって遅くはないです。それまでにあせって無理強いしたりするのは良くないと思います。今の菜々さんには結構それは負担です」
 「うん。見えてきた」
 「今は存在をアピールしつつ様子を見ながら待つ、のがいいと思います」
 「笙子ちゃん、すごいじゃない」
 「いえ、去年の自分を思い出しただけですよ」
 笙子は最後に取っておいた苺を食べる。由乃さまは紅茶の最後の一口を飲んだ。
 
 
 
 「わたし達って、意外と良くない?」
 「いいですよね」
 「うまくやっていけそうよね」
 「行けそうですよね」
 夕方の道を由乃さまと一緒に歩きながら。
 「こんなことなら、笙子ちゃんを妹にしたらよかったのかなぁ」
 「もう蔦子さまと出会ってましたから、それはわかりませんよ」
 「負けるつもりは全くない、と」
 「はい」
 笙子は笑った。由乃さまも笑う。三つ編みではない由乃さまの黒くて長い髪が揺れる。
 「手、つないでみる?」
 「え?」
 笙子は驚いて立ち止まる。
 「でも」
 「記念よ、記念。いい気分だから」
 「あの」
 「わたし達二人の友情の記念よ。なあに、手をつないだだけで浮気なの?」
 由乃さまは笑って手を差し出す。からかわれているんだろうけど・・・でも、笙子は手を差し出した。由乃さまの手は暖かかった。
 「行きましょう」
 「はい」
 二人は手をつないで歩き出した。二人はそのまましばらく無言で歩いた。いろいろな想いが笙子の心を去来する。蔦子さま。菜々さん。苺のケーキ。そして由乃さま。茶話会で、もしかしたら、お姉さまになっていたかもしれない人。
 駅に向かって角を一つ曲がったところで、まだ別れる場所じゃなかったけれど、由乃さまが言った。
 「今日は楽しかったわ。また会いましょう、笙子ちゃん」
 「はい、由乃さま。わたしも楽しかったです。」
 「菜々や令ちゃんには内緒にしてよ」
 「もちろんです。蔦子さまには内緒ですよ」
 「それは、どうかな?」
 「由乃さまぁ!」
 笙子は思わずつないだ手に力を入れてしまう。由乃さまは立ち止まって、
 「痛いよ、笙子ちゃん」
 「す、すみません」
 「今のも内緒にしたほうがいいかな?」
 「由乃さま!」
 「また会ってくれるなら内緒にしてあげるわよ」
 「それは構いませんが・・・」
 由乃さまはつないでいない方の手を腰に当てて、
 「ま、わたしに勝とうなんて十年早いってことよ」
 由乃さまが笑う。傾いた日に照らされて、由乃さまの笑顔が綺麗に浮かび上がる。頬にかかった髪が揺れる。笙子は由乃さまに負けないぐらいの微笑を浮かべて言った。
 「負けませんよ!」
 由乃さまがつないだ手に力を入れてきた。笙子も手を握り返す。二人で一つの影が、路面に長く伸びている。
 
 
 
 (おしまい)
 
 
 
 
 あとがき
 
 このお話は、笙子同盟さまの笙子祭後夜祭の応援物資として書かれたものです。なので、由笙な内容になっています。
 笙子同盟のヒナキさまの許可もいただきましたし、最後のオフ会も終わりましたので、こちらで公開することにしました。
 こちらでの公開にあたりタイトルと内容をちょっとだけ変更しました。
 
 リリアンはスール制度があるので人間関係が複雑になりがちですが(笑)、普通の友情もあるわけです。別に姉妹じゃなくたって仲良くしてもいいじゃない。そもそも蔦笙は仲良しだけど姉妹じゃないしね。
 由乃さんを突っ込んで書くのは実は初めてなんですが、うまく書けてたでしょうか?笙子ちゃんもね、今では蔦子さんの前ではいろいろおとなしくしてるのではないかと思うので(笑)、こんな友情もありでしょう。
 それでは、ご意見ご感想をお待ちしております。
 ごきげんよう!
 
 
 
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