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							| モナ・リザのいない微笑 
 
 笙子ちゃんはかわいい。笑っているときはもちろん、何もしていなくてもかわいい。光の当たり方が違うだけで、子供に見えたり大人っぽく写ったりする。実は密かに撮っていたんだけれど、それは「わたしを見かけたら、それでそれが思わずシャッターを切りたくなるくらいいい私だったら、断らずに撮ってもらえませんか」という去年のバレンタインで初めて笙子ちゃんと会った時の約束があるからで、決して盗み撮りなどではないのだ。
 笙子ちゃんは綺麗。まだ幼なさもあるけれど、基本的に美形だ。もちろん笑ってもかわいいし、すましていても絵になる。祐巳さんは表情が豊かで、それが祐巳さんという人の内面もよく表していて、蔦子はそこに惹かれていた。ころころ変わる祐巳さんの表情だけでなく、祐巳さんという人そのものに惹かれていたんだと思う。だから笙子ちゃんは、そういう武嶋蔦子を浮気させるほど魅力がある、と言うわけだ。
 しかしその後茶話会で再会したのはいいけれど、あろうことか笙子ちゃんは写真部に入ってしまい、今はこうして蔦子の斜め向かいに座ってアルバムの整理を手伝ってくれている。
 文字通り笙子ちゃんと距離があったころは、自然体の笙子ちゃんを撮ることは難しくなかった。蔦子はアルバムをそっと置き、カメラを取って構える。ファインダーの中の笙子ちゃんは気配に気づいて顔をこちらに向けて微笑むが、それがぎこちない微笑みになっているので、蔦子はシャッターを押さずにそのまま待つ。そのうち笙子ちゃんは半ばヤケクソになって力んで笑むので蔦子は噴き出してカメラを下ろしてしまい、笙子ちゃんは不満げに笑う。
 本当は今、笙子ちゃんが不満げに笑う今がシャッターチャンスなんだけれど、この近さではそう何度も追いかけられない。これが最近の二人の近さだ。今後も引き続き笙子ちゃんを撮って行きたい蔦子ではあるが、今までと同じようには行かないと思っている。二人の距離が変わってしまったので、それに合わせて何かを変えなければいけないのだ。
 蔦子は笙子ちゃんに聞いてみる。
 「レンズ、怖い?」
 
 
 
 根拠は無かったけれど、それはすぐに確信に変わった。この人になら撮ってもらいたい。初めて蔦子さまに会った時、笙子はそう思った。うまく写れるかどうか、なんていうことは考えなかった。
 その後去年の茶話会で蔦子さまと再会して、キラキラ輝いて四角い画面に収まるたくさんの自分を見て、やっぱりそうだって思って。
 写真を撮られたことはあるけど、撮ったことはあまり無い。そんな笙子が写真部に入ったのは、蔦子さまが好きだから。もちろん今後写真写りを良くして行くに当たって、撮る側に立つことが役立つのではないか、と思っていることは事実だけれど、去年バレンタインで会って少しだけ話して、そして再会してあのキラキラを見せられて。
 これは、いわゆる、「落ちた」ってやつなのかなぁ。
 一時期は自分が写っていない写真でも見たくないこともあった。でも去年蔦子さまと会って以来、写真に対する抵抗のようなものはどんどん減ってきている。だから今も、放課後の写真部の部室で古いアルバムの整理のお手伝い、なんてことが苦も無くしていられるんだけど。
 蔦子さまの撮った写真が入ったアルバムを何冊か見たけど、蔦子さまと同じクラスとは言え、紅薔薇のつぼみこと福沢祐巳さまの写っている写真が多いような気がする、というか明らかに多い。笙子はちょっと複雑な気持ちになるけれど、それでも祐巳さまの表情の変化の多さが楽しくて、見ているこっちまでつい笑ってしまいそうになる。
 笙子はふと気配を感じ、目を上げると蔦子さまがカメラをこちらに向けて構えている。蔦子さまはテーブルの斜め向かいに座っているので、1メートルも離れていない。この距離であの大きなレンズを向けられるとさすがにちょっと怖いような気がする。蔦子さまは今でも隙あらば笙子のスナップを狙ってくるし、気づかずに撮られたときは綺麗に写っているので、笙子はできるだけ逃げないようにしている。これは写る練習で、ずいぶん慣れたつもりだけれど、それでもちょっとつらいと思うこともある。
 蔦子さまがシャッターを押さないので笙子は無理やり大げさな笑顔を作ると、よほど変な顔だったのか、蔦子さまは噴き出して笑ってカメラを置いてしまう。
 突然カメラを向けられて、それでも写ろうと思ってせっかく頑張って笑顔を作ったのに。でも今の力んだ微笑が変なものであろうことは笙子にもわかっているので、笑いながらも不満の意を表しておくだけにする。
 ひとしきり二人で笑った後、蔦子さまは妙に神妙な面持ちで聞いてくる。
 「レンズ、怖い?」
 「えっ?」
 考えを見透かされたようで、笙子は驚いてしまう。
 「動物でも、レンズを見ると怖がる犬とかいるから」
 蔦子さま。わたしは犬ですか。
 「ああ犬じゃなくてね。今のは近かったから、ちょっと悪かったなと思って」
 「近くだと、怖いと思うこともあります」
 「ごめん。いい表情してると、反射的に構えちゃうのよ、カメラ」
 笙子はテーブルから自分のカメラを取り上げ、蔦子さまに向ける。笙子のカメラのレンズは蔦子さまのものほど大きくはないけれど、いわゆるコンパクトカメラのように平たいものではなく、黒いレンズの筒が前に突き出していて、それなりに本格的なものだ。
 「蔦子さまは平気ですか?」
 「うん。レンズが怖いわけじゃないのよ」
 ファインダーの中の蔦子さまの表情はこわばったりしない。蔦子さまが苦手なのは、「写る」ことではなくて、「記録に残る」ことなのではないか、と思う。
 「わたしはこれからも笙子ちゃんを撮りたいんだけど」
 「わたしも蔦子さまに撮って欲しいです」
 笙子はカメラをテーブルに置く。
 「どうしたらいいかな?」
 蔦子さまは少し身を乗り出して、
 「わたしにできること、ある?」
 なぜうまく写れないのか、原因は笙子の中にある。笙子はそのことを知っている。だから、笙子はうまく答えられない。
 「決定的じゃなくても、お手伝いとか、おせっかいとか、ない?」
 蔦子さまの微笑みは優しくて、涙が出そうになる。
 「いきなりカメラを向けないでくれ、とかさ」
 だから笙子は、余計何も言えなくなってしまう。
 
 
 
 少しの沈黙の後、蔦子さまが言った。
 「多分、笙子ちゃんは、カメラの前ではキレイに写るように演技しなきゃいけない、と思っているんじゃないかな?」
 どうしてそのことを蔦子さまが知っているのだろう。どうしたらいいか判らない、とは言ったことはあるけど、演技とか、そういう形で相談したことは一度もない。笙子は去年のバレンタインのイベントで初めて蔦子さまと会ったとき、「らしくない」と言われたことを思い出す。
 「演技の必要はないのよ。祐巳さんの写真、見たでしょ」
 下を向いていた笙子は、いつの間にか蔦子さまを見ている。
 「いつも美人顔って訳じゃないけど、いい表情になってるでしょ。人柄がそのまま出るようなね。逆に言うとね、祐巳さんは演技ができないのよ。それが祐巳さんの強み。社会生活において、演技が不要なほどの人柄を持っている訳」
 その後しばらくの間、蔦子さまは福沢祐巳さまがいかに好ましい人物であるかを語っているけれど、笙子は聞き流してしまい、耳に入らない。
 「蔦子さま」
 「なあに?」
 「祐巳さまが好きなんですか」
 縁のない眼鏡のレンズの向こう側の瞳が、一瞬だけ険しくなる。
 「・・・どういう意味?」
 蔦子さまが肯定も否定もせず聞き返して来るのは、笙子の聞き方が悪いからだ。そのことはわかっている。笙子自身もそういうことを聞きたかったのではない。でも、ただでさえ具体的なことを正確に言い当てられて動揺しているところなのに、そのうえ他人の素敵な笑顔の話なんか聞きたくない。
 「わたしには、写るだけの価値はありますか?」
 笙子の聞きたいことはそういうことではない。でもそういう言葉が口から出て行ってしまう。たくさんの写真に写る、祐巳さまの無垢な笑顔を見た後では。
 「笙子ちゃん?」
 「写す価値もないですか」
 蔦子さまは目を閉じて息を吐き、少ししてから目を開けると、怒るでもなく微笑んでいる。
 「祐巳さんは祐巳さん」
 「そんなこと」
 「笙子ちゃんは笙子ちゃんよ」
 蔦子さまは両肘をテーブルについて、口の前で手を組む。
 「ごめんね。祐巳さんの話なんかしちゃって」
 「蔦子さま」
 「そういう人もいる、ってだけの話よ」
 多分蔦子さまには、笙子の目に浮かんだ小さな水の玉が見えていると思う。でも蔦子さまは、
 「出ようか、外に」
 と言って立ち上がり、笙子のそばまで来ると少しかがんで笙子の手をとり、覗き込むようにして笙子の目を見る。
 「こういうときは、こもってると良くないからね」
 
 
 
 蔦子さんと笙子ちゃんが一緒にいるのはもはや珍しいことではないのだが、ちょっと雰囲気が変だ。意見の対立、というわけでもないようだが、どうしたのだろう。真美はクラブハウスの入り口のあたりに立つ二人に近寄り、声をかけてみる。
 「ごきげんよう」
 「ああ、真美さん」
 蔦子さんは返事をするが、笙子ちゃんは軽く頭を下げるだけで声を出さない。
 真美は二人を見比べてから、
 「何か問題でも?」
 蔦子さんと笙子ちゃんは顔を見合わせてから、
 「別に。なんでもないの」
 と蔦子さんは言う。でも、
 「そうなの?笙子ちゃん?」
 「いえ・・・」
 笙子ちゃんはさっきまで泣いていたように見えるし、やっぱりちょっと変かな。蔦子さんと笙子ちゃんの間の懸案事項って、スール以外に何かあったかしら。部活姉妹にありがちな方向性の対立かな、とも思うけれど、笙子ちゃんがまだ写真にそんなに詳しくなっているとは思えない。じゃあ他にこの変態カメラ女がやりそうなことと言ったら。
 「ねえ笙子ちゃん、蔦子さんに変な写真撮られた?」
 明らかに驚いたように笙子ちゃんがこちらを見る。図星か。
 「蔦子さんは女子高生の美を集めている変わった人だから」
 「変わった、は余計」
 「お静かに。笙子ちゃんはもう写真部で、カメラだって持ってるんだから、蔦子さんを撮っちゃえばいいじゃない。で、笙子ちゃんは蔦子さんにカメラを向けられたら逃げる」
 「真美さん?」
 蔦子さんが言葉をはさんでくるけれど、
 「何があったか知らないけど、ただね、わたしは笙子ちゃんみたいなけなげな子を困らせる変人を何とかしたいだけ」
 「変人、はもっと余計」
 「それで、笙子ちゃんが撮るときは、蔦子さんはセクシーポーズをしなければならないの刑」
 「何それ」
 真美は蔦子さんがもっとはっきりと拒絶してくると思っていた。それは笙子ちゃんが蔦子さんに何か注意というか指導を受けているように見えたからで、それなら確かにその二人の問題のはずだ。でも蔦子さんは相手が泣くほど強くものを言う人じゃないし、今も状況を把握していない真美が勝手に進める話に乗ってくる。やはり当たらずとも遠からずなのか、あるいは今だけでもこの状況を打開したいのか。
 「アイドルの写真集なんかでありがちなやつよ」
 それならここはひとつ、協力してさしあげようじゃありませんか。
 「蔦子さんは笙子ちゃんにカメラを向けられたら、こんな感じで」
 真美は前かがみになると両手を膝につき、上目遣いで蔦子さんを見る。そのままの姿勢で笙子ちゃんに目をやると、表情に少し余裕が出てきているのがわかる。
 「こんな感じ?」
 今度は蔦子さんそう言って右手を頭の後ろに、左手を腰に当てて少し体をくねらせ、ちょっと首をかしげる。
 「そうそう。そんな感じで」
 首をかしげるところはさすが変態美少女ハンター、よく研究しているなあと素直に感心させられる。
 「口をあけると表情に動きが出るのよ」
 蔦子さんは手はそのままに首を横に向け、目はこちらを見たまま口をあけてみせる。確かに楽しく笑っているように見えてくるけれど、蔦子さんの表情は笑ったまま変化しないし、口もあいたままで変だ。そうか。雑誌で見かけるこういう表情って、カメラマンがモデルさんの一瞬の表情を切り取ってるんじゃなくて、モデルさんが表情を作って、カメラマンがシャッターを押すまで維持するんだ。演技なんだ。それがモデルさんの仕事なんだ。そこで真美は笙子ちゃんが幼いころモデルをやっていた、という話を思い出し、あたり一面が光に包まれ―――――
 「ちょっと今の何?」
 「さあ?」
 蔦子さんはカメラを首から下げているがセクシーポーズのままなので、両手は空いている。今ストロボを光らせたのは蔦子さんではない。とすると。
 「笙子ちゃん!?」
 「すみません真美さま、セクシーなお姿、頂きました」
 「ちょっちょっと待って」
 笙子ちゃんはさっきまで泣いていたような顔がウソみたいに笑っていて、ゆっくりと手にしたカメラをおろす。
 「笙子ちゃん、それデジカメでしょ?消して!」
 「消しません」
 「どうして?」
 真美は笙子ちゃんに詰め寄る。
 「今の真美さまの笑顔を見て、わかったんです。蔦子さまが何を撮りたいのか」
 「いや問題は笑顔じゃなくて」
 「わたしが撮られるときどうすればいいのかも、わかりました」
 「あのね」
 「真美さま、もちろんパネルにして公開したりしませんから安心してください」
 「蔦子さん!」
 真美はもう必死で、笙子ちゃんの手をつかんだまま今度は蔦子さんに向かって言う。
 「蔦子さんからも何とか言ってよ!」
 「スールって訳じゃないから個人的なことには立ち入れないし」
 「副部長でしょう?」
 「写真部、という立場なら、笙子ちゃんは今の写真で何かを発見したみたいだから、消して、とは言えないわね」
 蔦子さんはゆっくりと手を下ろし、
 「笙子ちゃんはね、わたしの変な顔の写真なんかも撮ってるんだけど、消してくれないのよ。だから多分ダメだと思う」
 「写っている方は変な顔、と思っているかもしれませんが、わたしにとってはとてもいい写真です。今の写真も、真美さまの優しさが形に表れている、いい写真だと思うんです」
 いつから笙子ちゃんはこんなに弁が立つようになったのだろう。これもこのステルス盗撮女のせいなのか。真美はあきらめて手を離す。蔦子さんと笙子ちゃんが変な雰囲気だったから、良かれと思って口を出してみたまではよかったが、逆に変な写真を撮られることになるとは。まったく、これなんて罠?
 「あのう、笙子さん」
 「はい、ごきげんよう日出実さん」
 「ひっ日出実?いつからここに?」
 「部室に戻ってくるのが遅いので様子を見に来たんです。そうしたらお姉さまと蔦子さまが踊っていて」
 あのあたりからか。恥ずかしい部分ほぼ全てじゃないか。
 「笙子さん、今の写真、もしよければ」
 「ダメに決まってるでしょ」
 「お姉さまぁ」
 「ダメダメ。戻るわよ」
 「笙子さん」
 「真美さまの許可が出ませんでしたので」
 笙子ちゃんはそう言って笑う。 真美は日出実の手を引っ張って歩き出す。蔦子さんと笙子ちゃんはなんだか微笑み合ったりしていて、すっかり仲良しになっている。一体何について揉めていたのだろう。多分写真のことだとは思うが、結局のところわからない。でもあの様子なら、首を突っ込んだ価値はあったということか。まあ、詳しいことはまた後で蔦子さんに聞いてみようと思う。
 教えてくれないかもしれないけど。
 
 
 
 「それでね」
 蔦子さまは話題を変える。
 「メープルパーラーのモンブランがね」
 その言葉とは無関係に蔦子さまの腕が動き、手にあるのは四角いクロームのフレームが付いた銀色のコンパクトカメラで、レンズがあまり目立たないようになっている。それでも笙子はカメラだと気づいてとっさに身を翻すが、座ったままではたいして動けるわけではない。椅子が音をたて、笙子は体を変にひねったままストロボの光を浴びる。少し間を置いて、蔦子さまが意味ありげに笑う。
 「蔦子さま」
 蔦子さまは笑った表情のまま、手のひらだけ返してカメラの裏側を笙子に見せる。デジタルカメラの液晶には黒い制服と白いセーラーのタイのようなものが写っているが、笙子の顔までは写っていない。笙子はひねった体を戻し、
 「わたしの勝ちですね」
 「そのよう、ね」
 蔦子さまはカメラをテーブルに置く。笙子は自分のカメラをテーブルから取り上げ、レンズを蔦子さまに向けて構える。
 「それでは蔦子さま、お願いします」
 立ち上がりながら蔦子さまは、
 「もうポーズのネタが尽きたわ」
 「髪に手をやってくださいませんか?」
 「こう?これいつかもやらなかった?」
 両手を首の後ろに当て、髪をかきあげるようなしぐさだが、蔦子さまはそれほど髪が長いわけではない。
 「蔦子さまはどんなポーズでも似合いますから」
 「そんなセリフどこで憶えたの?」
 笙子のカメラのファインダーの中でポーズをとる蔦子さまは、腰を少しひねって首をわずかにかしげている。写るほうは苦手、という蔦子さまだが、どうすればかわいらしく写るか、というようなことは良く知っていて、ちゃんとありがちなグラビアモデルの演技になっている。
 「いいですよー蔦子さま。いいですねぇー」
 プロのカメラマンになったつもりで、笙子はそれっぽい声をかける。以前はこうしているとファインダーの中の蔦子さまが消え、幼いころモデルをしていた自分の映像がフラッシュバックして驚くことも多かったが、蔦子さまのおどけたセクシーポーズの中にある優しさが、不幸な記憶を上書きして消してくれているような気がする。
 「ねえ笙子ちゃん、恥ずかしいんだから早く撮ってよ」
 「それではいきますねー」
 背景が写真部の部室そのままというところは趣に欠けるが、蔦子さまのポーズとのギャップが楽しい。
 笙子がシャッターボタンを押すタイミングを見計らったかのように、蔦子さまは片目を閉じて舌を出す。
 真美さまが身を挺して教えてくれたヒント、それは、「どのぐらい演技したらいいのかわからないなら、大げさにやってみたら?」
 蔦子さまもそれに付き合ってくれる。いきなりプロのモデルみたいになるんじゃなくて、こうやって楽しく撮ったり撮られたりしていけばいいんだと思う。笙子は今回もレンズから逃げてしまったけれど、次からは逃げないで、ちょっと大胆なポーズをしてみようかなと思う。
 写真部の部室には、蔦子さまがいつのまにかどこから手に入れたのか、既にそのような写真が載った本が何冊も置いてあることだし。
 
 
 
 部室に入ると、蔦子さまが壁に大きなポスターを貼っている。でもその壁は窓のある壁で、確かにポスターを貼れそうな壁はそこしかないんだけれど、窓がふさがってしまう。
 「蔦子さま?」
 蔦子さまは振り返って、
 「ごきげんよう、笙子ちゃん」
 と言うとまたポスターを貼り始める。
 「どうしたんですか、それ?」
 「ああ、これね」
 三枚目を貼り終わった蔦子さまは、テーブルの上からもう一枚、丸まったポスターを広げる。四枚目を貼ったら、窓のある壁がほとんど埋まってしまう。
 「背景よ。写真を撮り終わったらはがすわ」
 「背景、ですか?」
 「そう」
 笙子は部屋の真ん中まで歩いていき、テーブルにかばんを置く。
 「何を撮るんですか?」
 蔦子さまはしゃがんでポスターの下のほうをテープで留めている。
 「最近わたしばっかり写ってるみたいだから」
 えっ?
 「笙子ちゃんにも微笑んでもらおうと思って」
 どこかで見たような景色が、並べて貼られた四枚のポスターに描かれている。見覚えがあるような気がするけれど、これは何だろう?
 「モナ・リザ」
 蔦子さまはそう言って笙子の脇を通り過ぎる。笙子は振り返って、
 「あの、蔦子さま?」
 三脚を立てながら蔦子さまは、
 「最近わたしばっかり写ってて悔しいから、昨日の夜作ったのよ。モナリザさんには消えてもらって、背景だけ広げたの。パソコンでね」
 あっけにとられる笙子は何も言い出せない。
 「なぜかうちには大判のプリンターもあるのよ。勢いでやったけど、反省はしてないの。こういうのって勢いが大事よね」
 そう言っているうちに蔦子さまはカメラのセッティングを終えてしまう。大きなストロボが斜め上に向けて取り付けられている。
 「さあ、笙子ちゃん」
 蔦子さまはにっこり笑ってカメラに手をかけ、
 「微笑を」
 「つっ蔦子さま!」
 「この間のやつでいいから」
 「この間のって、あの」
 めいっぱい力んでたやつですか。
 「そ、それはちょっと」
 蔦子さまは腕を組んで、
 「いきなりグラビア系は無理かと思ってモナリザにしたんだけどなあ。手を組んで笑うだけなんだけど」
 蔦子さまや真美さまは苦も無くセクシーポーズをしていたけれど、あれって結構覚悟と言うか、割りきりが必要なんだなあと笙子は改めて思う。
 「とりあえず立つだけでいいから。あ、腕を組んでね」
 言われるままに笙子は腕を組んでカメラの前に立つけれど、うまく笑えない。蔦子さまはファインダーから目を離し、顔を上げる。
 「モナリザじゃ動きが無さすぎて、かえって難しいか」
 「そ、そうですよ」
 「じゃポーズは何でもいいわ」
 「何でもって」
 蔦子さまはしばらく考えていたが、
 「こんなのは?」
 と言って制服のスカートの裾を両手で摘んで少し持ち上げて片足を後ろに引き、上半身を少しかしげる。カートシーというポーズで、ダンスなんかでよく見かけるものだ。それならできると思い、笙子は同じようにスカートの裾をつまみ上げ、上半身をかしげてカメラのレンズを見る。表情がどうなっているかなんてわからない。
 「いいよー笙子ちゃん。もう少し足を引いて。うん。もう少しスカート持ち上げようか」
 「蔦子さま」
 「どうしたの?」
 「恥ずかしいです」
 「それはわたしもそうだったから、おあいこ」
 「あのう、蔦子さま、お願いが」
 「ねえ笙子ちゃん、やめるって言うのは無しよ」
 「そうではないんですが、その・・・一緒に写っていただけませんか?」
 蔦子さまはまたカメラから顔を上げ、あごに手を当ててちょっと考えている。
 「そうきたか。まあいいでしょう、最初だから」
 セルフタイマーを設定すると蔦子さまは笙子の横まで歩いてきて、カメラに向かって立つ。
 「さあ、ポーズ。お客さんがステージの向こうにいるようなつもりで」
 笙子は蔦子さまのスカートの裾を持ち上げるところや、足の動きを見ているうちになんだか楽しくなってきた。一緒にスカートの裾をつまみ上げ、一緒に上半身をちょっと傾けて、二人でレンズに向かって微笑む。楽しい。自然に笑いが顔に広がって行く。そしてストロボが光り、二人のにわかダンサーがフィルムに収まる。
 「今の、良かったよね?」
 「良かったです!」
 「もう一枚撮るわよ」
 「撮りましょう!」
 蔦子さまがもう一度セルフタイマーを設定して、二人でまた同じポーズ。笙子はストロボの光を浴びながら、忘れていた高揚と、小さな、でも確かな幸せを感じていた。
 
 
 
 翌日の昼休み、笙子はお弁当を持って早足で写真部の部室に向かう。ドアを開けると蔦子さまが一足先に来ていて、
 「できたわ、昨日の写真」
 と言って手招きする。笙子は椅子に座り、差し出されたまだ生乾きの写真に見入る。その写真の中には二人の少女がいて、モナリザの背景を背景に、スカートの裾をつまみ上げたごあいさつのポーズをとっている。謎といえば謎の写真だけれど、二人とも楽しげで、自然な微笑みになっている。笙子は写真に写る自分の表情に驚いてしまう。楽しそうな自然な微笑み。今の自分でもカメラの前でこうやって笑うことができるんだ。
 「笙子ちゃん」
 蔦子さまは柔らかく微笑み、
 「うまく行ったね」
 「はい。信じられないくらいです」
 カメラの前でこんなに綺麗に笑えるなんて、やっぱり信じられない。でも、写っているのは確かに笙子で、隣で同じポーズで写っている蔦子さまもとても綺麗。
 写真を見ながら、昨日のことを思い出しながら、笙子は気づいた。そう。確かにそうだ。
 「蔦子さま」
 「なあに?」
 「わたし、わかりました。うまく写る方法」
 「どうするの?」
 「蔦子さまと一緒なら、ちゃんと笑えるんです。大発見です」
 蔦子さまは笑って、
 「できれば一人で綺麗に写ってもらいたいんだけど」
 「それはそうですが」
 笙子は蔦子さまの目をまっすぐ見る。
 「一緒に写るのも楽しいじゃないですか」
 「それはね、否定しない」
 蔦子さまは両肘をテーブルについて、手のひらもテーブルに置く。
 「でもね」
 縁なしレンズの向こう側の瞳が細められ、
 「笙子ちゃんにやって欲しいポーズはたくさんあるのよ」
 蔦子さまには絶対勝てないな、と笙子は思うけれど、真美さまの「セクシーなお姿」を思い出して、ここは受けて立つことにする。
 「努力はします。でも」
 笙子は目を細めて笑み、少し首を傾げて、
 「最初はお手本をお願いしますね。できれば隣で」
 蔦子さまは笑っているけど、いつのまにか頬杖をついている。
 「お弁当にしましょうか」
 
 
 
 (おしまい)
 
 
 
 
 あとがき
 
 ここまでお読みいただきありがとうございます。
 今回は「原点回帰」ということで、蔦笙で真面目に写真に取り組んでみました。
 笙子ちゃんの一途なところや、蔦子さんのかっこ良くてヘンタイなところがきちんと書けてたらいいなあ、と思っています。
 で、真美さん。真美さん書くの楽しいなあ。真美さんはやっぱりなくてはならない人ですね。書いてると自動的に出てきて、おいしいところを持っていきます。
 
 ところで、アニメの第三期が始まりますが、実は「チャオ・ソレッラ」が密かに楽しみです。理由は、蔦子さんと真美さんがいっぱい出てるからです(笑)。
 それから「涼風さつさつ」。期待のルーキーこと日出実ちゃんは出てくるのでしょうか?日出実ちゃんのビジュアル確定にも期待したいところです。
 「面を打ち込まれたい」と言われて引く令ちゃんとか、アリスに抱きつかれて硬直する祥子さまとか、つい仏像のポーズをとってしまう乃梨子とか。
 楽しみです(笑)。
 
 それでは今回はこのへんで。ご意見ご感想をお待ちしています。
 ごきげんよう。
 
 
 
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